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「かさねさん」
彼女は、私の名前を呼んだ。
剣を下ろして、私が話を聞く意思を見せると、舞は、静かに口を開く。
「こんなに食らいついてくるなんて、正直意外でした。もっと早く終わるかと思ってたんですけど」
「当然だよ。それとも、なに、目論見が外れたから降参にする?」
私が挑発するように返すと、舞はむしろ笑って、同じことを仕返してくる。
「降参するとしたらかさねさんの方じゃないですか?」
確かに、威勢のいいことを言ったけれど、ここまでほとんど主導権は彼女に取られたまま、防戦一方だったことを理解していないわけではなかった。
それでも、弱みを見せるわけにはいかない。
それに、彼女にさっき言った通り、勝ち目がないわけじゃない。
あれができれば、きっと――
「ごめんなさい」
突然、舞は私に向けて頭を下げる。もしかして、今の会話に傷ついたと思われた? なんて頭に浮かんだけれど、彼女の様子から、そんなことでないのは明らかだった。
「本気の勝負だって言いましたよね。でも、ごめんなさい。私……ここまで手を抜いてました」
「……だから?」
その続きは、聞く必要もなかった。
「だから――本気で叩き潰します」
真剣な声音で宣言した彼女に応えるように、私は再び剣を構えた。
本気と言った舞がどんな攻撃を仕掛けてくるのか、じっと視線を注ぐ。
そして、動き出した舞は、自分の力の源である武器を持った手を頭の上に振り上げ、そのまま――ぶん投げた。
「えぇっ!?」
な、なにそれ?
ステッキは私のいる鉄橋に向けて、まっすぐに飛んでくる。
近づいてくる杖は、別段光を放っているわけでも、空間を歪めているわけでもない。
しかし、キャッチしようとした私は、柄から放たれる異様な熱に触れて、手を引っ込めるしかなかった。杖は、私の手に弾かれて、橋のどこかでからからと軽い音を鳴らした。
これが、本気……?
疑心暗鬼を生じさせる私を見てか見ずか、彼女は、怒鳴り声のように張り上げた声を響かせた。
「《天を掴む――イルチェロ・ディオディ》!」
舞はなにかを押しとどめるように両手を示した。
掲げた五指を包むようにコントラーダのような光の刃が伸びていく。その刃は鉤のように内側に反り返り、鋭利な爪を模していた。さらに、彼女の履くエナメルパンプスも同色の光に包まれ、爪先には文字通り大きな鉤爪が一本伸びる。
獣のような爪を手に入れた舞は、先ほどまでのふわふわとした浮遊ではなく、空中を蹴って機敏に跳躍した。彼女は、瞬く間に橋にたどり着き、私と相対する。
「かさねさん、行きますよ」
どこか楽しそうな声色で宣言した光色の獣は、不安定な足場をしっかりと足爪で掴んで、まっすぐに向かってきた。
場所は橋の下、そこは組み合わされた鉄骨が剥き出しになっており、横に逃げ場はない。
そして、間合いでは武器を持った私の方が有利。
そう判断した私は、冷静に、駆け寄る彼女を迎え撃つように、剣を突き出して、その進路を阻む。
しかし、突き出した時にはもう、走り寄ってきたはずの魔法少女はそこにはいなかった。
猫のようにしなやかな動きで飛び上がった舞は、いつかの私のように、宙返りしながら、右手の爪を繰り出す。
彼女は空中で逆さになったまま、回転を勢いにして、私の頭を狙った。
「……くぅっ……!」
私は、とっさに首を振って、急所を避けるが、彼女のピンと伸ばされた指先は、私の肩の皮を抉り取っていく。
じりじりと熱く、ぴりぴりと意識を蝕む痛みが噴出する。
「やっぱり、そんなに甘くはないか……!」
しかし、タダでやられるわけにはいかない、と、右足を軸に転回し、背後に降りたはずの舞を切りつけた。
横なぎに刃が舞を襲ったが、彼女も同様にこちらに転回し、先ほど私の肩に傷をつけた爪で、剣を弾く。
二つの回転の勢いが相殺し、お互いの攻撃が止まる。
そして、舞はその勢いが死ぬ前に、さらにもう一方の爪で私の肌を削り取ろうとした。
「うぁ……がっ……!」
だが、考えることは二人とも同じだったようで、回転の勢いのまま蹴りつけた私の金属製のブーツが、舞の脇腹に刺さり、彼女は声にならないうめき声を上げる。
魔法少女の力で蹴りつけられた舞の身体は吹き飛び、鉄骨と鉄骨の間に落ちる。
ここまで何度も攻撃を仕掛けながらも、実際に友人を吹き飛ばしたのは初めてで、つい、口が滑ってしまった。
「あ……ごめ――」
跳ね起きた舞が、悠長に謝っている私の足元を刈り取る。
彼女の爪が足首の高さを薙ぐのを見て、私は反射的に飛び退き、少し離れた鉄骨の上に着地した。同じように跳躍して、鉄骨に上がってきた舞は、少し怒ったような声で言う。
「真剣勝負、ですよ」
戒めるように言い聞かされて、私はあんな言葉を吐いたのが、恥ずかしくなった。
「うん……!」
気持ちを引き締め、再度、向かい合う。
舞ちゃんも、本気でやってくれるって言ったんだから、私が真剣にやらないでどうする。
目を向ければ、彼女も真剣な目で、こちらを見つめていた。機を窺うように、私たちが平行に走る鉄骨の上を歩くと、カツン、カツン、と靴裏が鉄骨を叩き、かすかな音が響いた。
私は、小さな声で呪文を唱える。
「《ヴィーテ・ローザ》」
左手袖から蔓が出たことを確認した私は、前方にいる舞の位置を確かめる。
私と同じように立ち止まった彼女と目が合って、私は、思いがけず、笑ってしまった。
警戒するように、目を細める舞。
そして、投げた。
正眼に構えていた剣を血払いするように逆手に持ち替え、左手で、力いっぱい、剣を、投げる。
私が去年のスポーツテストで出したハンドボール投げの記録は、たったの九メートルで、二点しか取れなかったけれど。
魔法少女としての私が投げた剣は、風を切るような音を立てながら、舞の身体へまっすぐに、その切っ先を埋めようと飛んだ。
「強い魔法少女は、武器を手放したりしないものですよ!」
さっき自分から杖を投げていたくせに彼女はそんなことを言って私を煽った。
最低限の動きで投擲を避けた舞は、剣のない今を好機と見て、こちらに飛び移ろうとする。
しかし、そこで気がついた。
私が伸ばした左手首から、蔓が伸びていることに。
引き戻した剣が、彼女の位置を通り過ぎるタイミングで、蔓を掴み、振る。
ぎりぎりのスウェーバックで刃を避けようとした彼女の左胸を、紙一重の差で切っ先が切り裂き、一文字の傷を刻む。
「はぁっ!」
さらに、円軌道を描く飛剣をさらに無理やり振り戻し、彼女の首を刈り取るように、薙ぎ払った。
舞は、鉄骨から一段下の床裏に降り、それを避ける。
剣が彼女のいない空を切り、彼女は私の足元に駆け寄る。
光と熱を固めた爪が私の足元を切り裂こうとした時、再び私の左手に直剣が戻ってきていた。
ガキン! と、硬いものがぶつかり合う音が二重に響く。
私は、伸びてきた手を、上から踏みつけ、拘束。
舞は、逆手で振り下ろされた剣を、がっちりと掴んで、停止。
お互いがお互いの攻撃手段を押しとどめ、どちらも動くことができない状態。
千日手とも膠着ともいうべき状態に、私は疑問を投げかけた・
「こういう時って、どうしたらいいのかな? 引き分け? 仕切り直し?」
「なにいってるんですか?」
「え、だって――」
「――まだ、勝負は終わっていませんよ」
その言葉に目を見張る私をよそに、彼女は口を開き、呪文を唱える。
「《空に比して、空は青く、星は空をも生む――」
でも、彼女は杖を持っていないはず……!
あるわけがないのに、自分が踏みつけている手を覗いて、杖を握っていないか確認する。
じゃあ、ただのハッタリ……?
ぐるぐると、空回りする思考の中に、コン、と軽い音が届く。
それは、目の前の彼女が、なにかを蹴り上げた音。
そして、視界に下端から入り込んできたのは、浮かび上がるピンク色のステッキ。
「うそっ……!」
『強い魔法少女は、自分の武器を手放したりなんかしない』
計算高い後輩は、最初からそれをわかっていた。
掴んでいた刃を押しのけて、星の輝きを放つ杖を掴むと、彼女の手足から光が消える。
「――ソニック・スパラーレ》」




