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ブラック・ゴート・チャイルド  作者: かたつむり工房
第四章 神の写し身との接触
25/35

4-3

 地を蹴った魔法少女がふわりと空に舞い上がったのが、始まりの合図。

 先手を取ったのは、私だった。

「《散りゆく双頭。覇を閉じ、革命の剣は世界に沈む――レクイエム・コン・レ・ヴィーテ》!」

 握った剣の切っ先で足元に敷かれたタイルの一つを叩く。

 キーン、と震えるような金属音を号砲にして、目覚めた彼らは重力のくびきから解き放たれたように、昇天を始めた。

 見渡す限り、一面すべての地点から一抱えもある蔓の大蛇が空に向けて昇っていく。

 無限の大空に逃げ場はなく、それはたった今地から離れたばかりの舞も例外ではない。

 空飛ぶ魔法少女に触れた大蛇は本能に従って、その口をぱっくりと開け、裾に、袖に、足に、噛みつく。自分の身体よりも太い蛇が何頭も纏わりついて、非力な彼女はなすすべもなく、地面に引きずり落されるしかなかった。

 落下地点に駆け寄った私は、地面に叩きつけられ、伏したままの舞に、夕日を反射して煌めく剣を振り上げた時、私は、彼女の囁きに気づく。

「《手をつないで。流星。私。目に見えない――メテオリコ》」

 近づいた私がそれに気がついたとき、もう、詠唱は終わりに差し掛かっていた。

 最後の言葉とともに視界から、赤いフリルドレスは消えてなくなってしまい、私は大きく息をのんだ。切り裂く対象をなくした刃が、地面を叩く前に立ち止まる。空振りの剣だけを掴んで、私はきょろきょろとあたりを見回した。

 首筋を撫でる熱風とともに、ちょうど背後を取るように、真後ろから聞きなれた声が届く。

「《輝き、貫き、閃光は闇夜を縫う――ステラ・ルーチェ・ストラーダ》」

 振り向きざま、剣を盾にするように身体の前に捧げた。

 幾度も神話生物を焼き殺した、真っ白な光が伸びる。

 光の帯は刃を境にして二つに分かれ、私を傷つけることはなく、虚空を割いて、行き着く先を探した。

 しかし、それは、三日前の再現。

 分かれた光の片方が足元の地面を削り、穴を空ける。私は、踏ん張る足を踏みかえながら、また、その呪文を聞いた。

「《切り裂き、貶め、虚実は剣の下に従う――ステラ・コントラーダ》」

 空中に舞い上がり、再び背後に回った彼女は、輝く光の刃を掲げた。

 燃えるように存在を示し、なにものも退けるがゆえに、なにものにも恵みを与える、光そのものでできた太陽の剣。

 そして、小さな声で、少しだけつまらなそうに、呟く。

「また、同じですね」

 彼女は、光線を防ぐのに手いっぱいな私の背中に、熱を放つ刃を振り下ろす。

 それで終わり――のはずだった。

「なっ……!」

 私の背中を覆うマントから、触手が伸び、さらにその先端は剣のように硬質で鋭利な形となって、舞の剣を受け止めていた。

 形を変える、黒い、触手。

 それだけで私が纏う外套の正体に見当がついた彼女は、悔しそうにぐっと奥歯を噛み、光刃を握る手に力を込めた。しかし、私の行動を阻んでいた光が細くなり、消え行く様子を見た舞は、一旦地面を蹴って私から距離を取る。

「それが……秘策ですか」

 舞は嫌悪感を隠すことなく、神話生物を身にまとう私を蔑むような目で見た。

「そう。このために作った策であり、これが――私の使い魔だよ」

 策が有効に作用したことでむしろ誇るように頷くと、元の形に戻ったショゴス扮するマントはぶるりと震えて、脳内に声が届く。

『大丈夫?』

「もちろん」

 肯定すれば、それで安心したのか、彼はそれ以上声をかけてくることはなかった。


 このショゴスは、日曜日、杏子のお見舞いに行った帰りに出会ったあのショゴスそのものだ。もともと、お母さんが住処に行ったときに連れてきた個体のうちの一匹らしく、あの時も私の監視に充てられていたそうだ。

 まさか気づくとは思っていなかった、と彼女は言っていたが、その時の会話によってこのショゴスは私に随分なついていたそうで、舞との勝負にあたって、使い魔として貸してくれたのだった。


 地面に降り立った舞に、私は宣戦布告するように、切っ先を向ける。

「さあ、ここからが本番だよ!」

 そう言った私の一挙手一投足を見逃すまいとするように、彼女は私に視線を注ぐ。

 その瞬間を狙って、私は頷いた。合図とともに、ショゴスは地面を這わせていた触手を目にもとまらぬ速さで振り上げ、彼女の胴体を絡めとった。

「なっ、せこっ……!」

「勝負にずるいもせこいもない!」

 伸縮する触手は舞の胴体を掴むと、あっという間に私の手元に引き寄せた。

 目の前の獲物へ、袈裟懸けにするように私は剣を振り下ろす。

 しかし、今度は私が驚く番だった。

 剣を受け止めたのは、黄色くて、丸い、ふわふわとした球。

「ぽ、ポップ!?」

 手のひらサイズだった黄色い毛玉は大きくサイズアップして、私の剣とご主人さまの間に身体を滑り込ませていた。

 舞の頭よりも大きくなったその身を挺して、確かに彼は私の刃を受け止めている。

「使い魔はこっちにもいるんだぽ!」

 久しぶりに彼の啖呵を聞いて、私の頭に、彼が言った一番新しい言葉がよぎった。

『舞の願いを叶えるためぽ』

 この威勢のいい使い魔も、ご主人のために必死だったのかもしれない。

 しかし、所詮それは毛玉で、ただの盾に過ぎない。

 私は刃を切り返し、使い魔のいない反対側から再び斬撃を飛ばした。

 彼ができたのは時間稼ぎだけ。

 けれど、彼女にとっては、それで十分だった。

「《ここにいること。あるべきこと。星が、私を、君を、すべてを定める――アトラツィオネ・ディ・ステラ》!」

 彼女の声に合わせて、世界が――反転する。

 落ちる。落ちる。落ちる!

 重力に囚われた私は、頭を下にして、空へ落ちていく。

 河川敷の端で埃塗れになっていたスケートボードが、公衆トイレの横で自動の挨拶を再生する自動販売機が、鉄橋の上を走る自動車たちが――すべてが逆さの世界の中で、空に向かって落下を始める。

「なに……これ……」

 目の前の光景が現実だとは、信じられなかった。

 実は、たった今VR世界にダイブしたんだという方がまだ信憑性が高い。

 あまりのことに、どうしたらいいかわからなかった私は、呆然と反転した世界を見つめたまま、重力に身を任せるしかなかった。

 しかし、数メートルほどの落下の後、私の身体はズンと下向きの慣性に揺れる。

 衝撃で我に返って、私は、さっきまで自分が立っていた地面を見上げた。

 私を天井に繋ぎとめたものは、身に着けていたマント。

 ショゴスが、舞を掴んでいた触手を離して、川岸に立つ鉄柵まで手を伸ばしてくれたようだった。

 よかった……。

 って、じゃあ、舞ちゃんは!?

 助けてくれた使い魔にお礼を言う間もなく、私は、また勝負の相手の姿を探した。

 彼女はさっきの場所からそのまま、私に杖を向けていた。

 宙づりにされた状況で、やれることは多くなく、再び彼女の魔法を剣で受けることしかできなかった。舞のステッキの先端に光が灯り、攻撃魔法が私という敵に向けて、開始される。

「《星は流れ、光は闇を払う――ルーチェ・ステラーレ》」

 淡く光る星屑のような光の点が杖の先に次々と現れ、天に川を作るように、寄り集まって、一つの流れとして、私を襲う。塊として光線を作るストラーダとは違い、点と点が集まったその攻撃を剣の刃でだけで完全に防ぐことは不可能だった。

「うっ……ぐぅぁっ……!」

 刃は流れを分かつことはできても、せき止めることはできず、漏れた星屑が私の身体を削る。肩を包む布ははぎ取られ、純白の鎧に血しぶきが飛んだ。

 痛みに耐えながら、私は、視界の端に安息の地を見つける。

「ねえ! 私をあそこまで投げられる!?」

 攻撃に耐えながら、身に着けた使い魔に話しかけると、すぐに返事が返ってきた。

『うん』

 私が見つけたのは、鉄橋。

 もうなにも走っていない、誰もわたることのできない橋の、その裏側。屋根のように地面よりも上空を走る高架橋は、反転した世界では貴重な地面となるはずだった。

『行く?』

 ショゴスはすぐにもできるというように尋ねる。

 できるだけ早くこの攻撃から抜け出したい私は、それに答えた。

「うん、行くよ! 三、二、一!」

 合図に合わせて、手のひらのようにマントの四隅が私の身体を掴んで、ぐぐっと後ろに引っ張られる。助走をつけて、振り子のように、自分が飛んでいくタイミングを見極めた私は、呪文を唱えた。

「《薔薇よ――ローザ》!」

 花弁の嵐が吹き荒れて、一瞬だけ、私の周りは安全地帯になる。

 その間に、私の身体は、マントを脱いで、鉄橋をめがけて放り投げられた。

 心地よい浮遊感。

 目的地が近づいたところで左手を伸ばす。

「《城壁の蔦は永遠を数える――ヴィーテ・ローザ》!」

 さらに伸びた蔓が、橋脚に巻きつき、私を鉄橋の裏側まで運んだ。

 ようやく地面を両足で踏むことが叶い、私は踵を返す。そして、宙に浮かび、こちらを見つめる彼女に剣を向けた。

 しばらく、間合いを計るような張り詰めた時間が過ぎて、舞は、空中に立ち止まる。

「かさねさん」


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