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3-5


 ピンポーンと呼び鈴が鳴って、待ち人の到来を告げた。

 門扉を開くと、私服姿の魔法少女が若干緊張した面持ちで立っていて、私の顔を見ると、ぴょこぴょこと頭の横の二本の房が飛び跳ねた。

「ごめんね、朝も行かなかったのに呼びつけちゃって」

「いえいえ、事情があったなら仕方ないですよ」

「うん……ちょっといろいろ整理したくてね」

 出会って早々少し沈んだ表情を見せる私に、彼女は心配そうに眼を細めるけれど、それを慮るような余裕はないのが情けなかった。

 玄関から舞を招き入れてテーブルのあるリビングに通すと、テーブルについた彼女は、早速私に用件を尋ねた。

「今日は話があるっていうことでしたけど」

 私は頷くと、一旦湯呑みを傾けてお茶をすすった。

「そうだね……。じゃあ、いい話と悪い話、どっちから聞きたい?」

「こういうのは、いいニュースから、が定石なんでしたっけ?」

 いたずらっぽく彼女は笑って、示し合わせたように成立した会話に、私の心も小さく弾んだ。しかし、それを抑えて、できるだけ真剣な口調で私は語り始める。

「私は、ネクロノミコンを手に入れなきゃいけない」

 昨夜、残されたノートをすべて読んで、達した結論の一つがそれだった。

 そう思わせることが、ネクロノミコンの管理者であり案内人である、あの掴みどころのない邪神の導きの意図だったのかもしれない。

 唐突な結論に、舞ちゃんは再び尋ねる。

「それが、いいニュースなんですか?」

「もしもネクロノミコンを手に入れることができれば、私は杏子を救うことができる」

 彼女は黒目がちな目とかわいらしい口を丸く開いて、驚きを表した。しかし、すぐに、冷静になって、反問を返した。

「……確か、ポップによればネクロノミコンは『命と魂に関するすべての魔術』が記述された魔導書でしたね。でも、だからといって、できるという保証はあるんですか?」

「実は、お母さんの日記が見つかったんだ」

 ナイアルラから与えられたものも含めて一通り確認してみたところ、あのノート群はすべて上岡あさみの日記やメモ、ひとくくりに言うならば手記というべきものだった。

 あれで筆まめなのか、あさみは今に至るまでの経緯を詳細に記録していた。

「お母さんってあの、魔女ですか?」

「うん。彼女の、生前の……って言っていいのかな。家を出るまでの日記とかノートが見つかって、その冒頭にはこう書かれていたんだ」

『あの医者は、真二さんはもう目覚めないと言った』

 私がその一文を目にした時の衝撃は言い知れない。

 まるで同じように、彼女は愛する人の悲報にうなだれていたことが理解できたからだ。

 そして、私の父親が交通事故にあって意識不明の重体に陥ったということ、その悲しみを綴る毎日がしばらく続いてから、こう書かれていた。

『もう、これに縋るしかない。輝くトラペゾヘドロン――どうしてそんなものが蔵にあったのかはわからないけれど、今の私には福音に等しい。しかし、まだ箱を開ける決心はつかない』

 トラペゾヘドロンというものを調べてみたところ、多面体の名前であるらしく、その形状は私がナイアルラを呼び出すことになったあの黒く輝く多面体に酷似していた。

 邪神の召喚を可能にするような代物を彼女がどのように手に入れたのかも、曖昧に誤魔化されていた。ただ、蔵にあったというなら、私と同じように、『呼ばれた』のかもしれない、と推測した。

「それから、彼女は邪神を召喚して、なんらかの交換条件と引き換えにネクロノミコンを手に入れた、っぽい」

 ネクロノミコンを手に入れた直後は喜びのせいなのか、その交換条件が関係しているのか、強く錯乱していて、文字も文章も定かではなかった。

 もしかしたら、それを『読んだ』ことが原因なのかもしれない。

「実際にネクロノミコンを手に入れていたと……。その交換条件がなんなのかは書かれてなかったんですか?」

「うん、何回も読み直したんだけど、それらしいものはなかった」

「なるほど……」

 そして、首尾よくネクロノミコンを手に入れた彼女は、いくらかの時間をかけてそれを理解し、最終的に夫を目覚めさせた。彼女の記述と、それから現在の父親を見るに、後遺症の一つも残さずに蘇生は成功したことは確かのようだった。

 まさに魔法。

 それを実現せしめるネクロノミコンを手に入れられれば――

「――杏子を救うことができる、そう思ったんだ」

 私を励ますように、彼女は心地よい声音で私に同意を述べた。

「きっと、成功しますよ。杏子さんは目覚めて、また一緒に遊べるようになります」

 そうなるといい。

 未来への希望も不安もいっしょくたに押し込めて、ぬるい期待感以外なにも抱かないように、私は思考するのをやめた。いい方向に考えても、悪い方向に考えても、ぞわぞわとした背筋の震えだけは消えることがなくて、ただ頭を切り替えることに努める。

「今ので、とりあえず話は一つ終わりかな」

 私がそういうと、舞はもう湯気の立っていない煎茶を口に含んでから、話題の切り替わりを察して、続きを促した。

「じゃあ次は、悪い方ですか?」

 促されたところで、しかし、こちらについては重い口がそう簡単には動いてはくれなかった。どうやって切り出そうかと向かいに座った友人の表情を窺うけれど、一向に気味好い話し口は思いつかない。

「どうしたんです?」

「えっと……」

「話しづらいなら、一旦時間を置いても構いませんが……」

 そんな風に気を遣ってもらうと、こちらが申し訳ないばかりだった。

「ううん、大丈夫」

 ゆるゆると首を振って、これで話し始められるならよかったのだけれど。

 やっぱり始まらないこちらの様子を見ながら、彼女はただ黙って待っていてくれた。

 うだうだしていてもしょうがない、と私は意を決する。

「あのね……しばらく、パトロールやめてもいいかな」

「え……」

 呆けたように声だけを口にした彼女は、一瞬の後、気を取り直して、取り繕うように言葉を紡いだ。

「ま、まあ、元々一人でやっていたことだから困ることではないですけど、どうしてか聞いてもいいですか?」

「…………」

 理由を言うべきなのか、迷った。

 きちんと彼女にもわかるように説明すれば、必ずそのことについても触れることになってしまうだろう。まだ、私の中でも咀嚼しきれていないことなのに、それを語ってしまうことが正しいのか、私には判別がつかない。

 まだ魔法少女になって一月かそこらの私ですら、少なからずショックを受けたことだ。もう何年も魔法少女として活動している舞ちゃんであれば、それだけ衝撃は大きくなるのは明らかだった。

 黙ったままの私に対して、彼女は厳しい口調で、諫めるように語り掛けた。

「もしかして、杏子さんが助かるってわかったから、やる気がなくなったとか、ですか? 気持ちはわからなくはないですけど、ちょっと無責任というか――」

「ごめん、そういうわけじゃない」

「じゃあどういうことなんですか?」

 後ろめたいことがあるせいか、いつも通りの彼女に問いかけが、まるで私を詰っているように聞こえた。

 まっすぐに私を見つめる舞の姿を視界に収めた。

 真摯に向き合ってくれている彼女を、勝手な忖度で蚊帳の外に置いていても、本当にいいのだろうか。

 本当に、仲間だというのならば、ちゃんと話すべきなのではないか。

 …………。

 私は、いくつか考えて、気になっていたことを聞いてから、もう一度考えるという妥協案を取った。

「舞ちゃん、その前に二つ聞いていい?」

「どうぞ」

 怒っているのだろうか。呆れているのだろうか。友達付き合いの経験の浅い私には、彼女がどう思っているのかも、こんなときどうしたらいいのかも、わからなかった。

「今までにしゃべる神話生物に出会ったことってある?」

「しゃべる、神話生物ですか? なんでまたそんなことを……一応今のところ見たことはないですけど」

「…………そっか」

 やっぱり、そういうことだったんだ。

 どきどきと心臓の周期が早まるのを感じて、テーブルの上を私の落ち着かない手が動き回った。それから、私は板敷の床を見つめたまま二つ目の質問を投げかける。

「ポップは、いる?」

「今度はポップですか?」

 舞が呼び出すこともなく、彼女と同体の彼は静かなリビングに姿を現した。

「なんのようだぽ」

「ポップに一つ聞きたいことがあるの」

「さっさと要件を済ませるぽ」

 毛玉の使い魔は――いつも通りなのかもしれないけれど――落ち着かず、気が急いている様子で、もしかしたら、私の聞こうとしていることを察しているのかもしれなかった。

 舞の肩の上に腰を下ろすポップを見つめて、私は震える声で尋ねる。

「ポップが舞ちゃんに力を与える理由は、なに?」

「そんなの決まって――」

 使い魔に向けた質問に、ご主人が口を挟む。

「ごめん、舞ちゃん」

 私は、酷であることを理解しながらも、彼女の言葉を途中でとどめる。

 当のポップは、いつもなら「そんなの決まってるぽ! 旧神を封印し続けるためだぽ! 今更聞くんじゃないぽ!」なんて言ってもいいのに、そんな歯切れの良さはなく、ただ呟くように答えた。

「……舞の願いを、叶えるためぽ」

「え? ……私の?」

 戸惑う舞は、首を傾けて自分の使い魔に目を向ける。

 ああ、たぶん、彼は悟ったんだ。

 あるいは、彼の理性は常に誠実であり続けようとしていたのかもしれない。

 どちらにせよ、ここで、核心を訊かなければならないようだった。

 畳みかけるように、私は質問を続ける。

「二つって言ったけど、ごめん、もう一つ聞くね。ポップは――ハスターなの?」


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