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それから、彼女がさらに口を開こうとした時、ドアからコンコン、とノックの音が鳴る。続けて聞こえてきたのは三代さんの声だった。
「舞ちゃーん、お手がお空でしたら、こちらの扉を開けていただけませんか~?」
私たちは不思議な要望に顔を見合わせる。
舞ちゃんが鍵もかかっていない部屋のドアを開けると、廊下に立つ家政婦は、お盆を乗せた折り畳みテーブルを抱えていたようだった。
そのまま、部屋の中に入ろうとすると、
「あら、あらあら?」
横に持った折り畳みテーブルの天板がつっかえて、彼女は立ち往生する。ため息をついた舞が、お茶の乗ったお盆を取り上げてぼやいた。
「横着者」
「申し訳ありません~」
いそいそとテーブルを携えた三代さんが部屋に入ってきて、カーペットの上に広げた。
「かさねさん、どうも粗相お見せしましてすみません~」
「いやいやそんな」
さらに、お盆を舞から受け取ると、彼女はまた「あらあら?」と声を上げる。
「お茶菓子、忘れちゃいました~。すみません、すぐに――」
「いいよ、私いく」
家政婦のこういったことには慣れているのか、舞ちゃんがそう言い出して、すぐに扉を開けた。三代さんの「お菓子はキッチンにお皿がならべてあります~」という声を背中に受けて、彼女は廊下へ出ていった。
「じゃ、じゃあお願いします……」
初対面の方と部屋に残されて、すこし心細い気持ち。それを察したのか、三代さんは私を見てにっこりと笑った。彼女は流れるような手つきでティーポットからお茶を淹れる。熱い紅茶がカップの中から湯気を立てて、ふわりと甘い香りが広がった。
「舞ちゃんがお友達を連れてくるなんて初めてですよ」
三代さんは、手を動かしながら口を開く。
彼女に友達が少ないというのは意外だった。いや、家に連れてこないからイコールいないというわけではないのかもしれないけれど。
「けっこう意外です」
「そうですか? 昔から外に遊びに行くより家にいる方が好きな子だったんですよ」
「ずっと舞ちゃんのことお世話してるんですか?」
「ええ、最初はベビーシッターとして雇われて、それからずっとです。最近はずいぶん外に出かけるようになりましたね。かさねさんと毎朝ジョギングをしているんでしょう?」
「そ、そうですね。私もあんまり運動とかしなかったから、いい機会かなって……」
嘘をつくことに罪悪感を抱きながら適当に話を合わせる。
この方向に話が広がってしまうと困るな、なんて小さな心で考えていると、話は逸れることなく続いて、一安心した。
「かなりのおばあちゃん子でしたので、おばあさまが亡くなられてからは笑顔もあまり見せなかったのですが、ここ一月はずっと明るくなって、安心しました」
私は、彼女の言葉に聞き覚えがあった。
正確には言葉そのものではなく、その内容。
そして、彼女も同じだということが私には嬉しかった。
「私も、舞ちゃんに会えてよかったです」
すると、三代さんはまたにっこりと笑った。
それから彼女は空になったティーポットを持って立ち上がり、部屋のドアを開く。
「舞ちゃん、食器は後で片しますから置いといてくださいね」
扉の外にはさっきとは反対にお盆を持った舞がちょうど立っていて、彼女を招き入れてから、三代さんは部屋を出ていった。焼き菓子の乗った皿を受け取って、私は舞ちゃんに尋ねる。
「舞ちゃんって結構引っ込み思案だったんだね」
彼女は持ち上げていたティーカップを一度下ろした。
陶器が擦れる音が聞こえるくらいの沈黙があって、舞は聞き返した。
「三代さん、そんなことを話したんですか?」
「うん、友達を連れてくるの私が初めてだって」
「まあその通りですよ。……あんまり交友関係が広い方ではないので」
「それは、私も」
すこし意外そうに私を流し見た。続けて私は、開いた口から、こんな時でもないとすることのできないちょっとした自分語りを始めた。
「私、小さいころから一つ年上の幼馴染にべったりで全然友達作らなくってね。小学校の頃はそれでもなんとかなったんだけど、中学校になると学年の壁も大きいし、いろんなところから人が来るからさ、言っちゃえば馴染めなかったんだよね。
一応部活には入ったけど、絵が得意なわけじゃないし、意識の差があって、別にいじめられてるわけじゃないけど、なんとなく楽しくないというか」
つらつらとただ自分のことについて話すのは初めてで、不思議な感じだった。
頼まれてもいない自分語りをするキモい奴とか思われないかな、なんて心配もしたけれど、こうでもしないと心があふれてしまいそうで、彼女の方はできるだけ見ずに、私は話をつづけた。
「私の幼馴染がね、三代さんと同じこと言ってたんだ」
舞の身動ぎが私の視界の端に映って、同時に紅茶の表面で波紋が立つ。
「かさねは最近明るくなったねって、自信がついてきたみたいだねって。三代さんも舞ちゃんについて同じことを言ってた。
それは、きっと私が魔法少女になって、舞ちゃんに会って、自分の居場所を見つけたからなんだ。
でも――」
私は言葉に詰まった。
私が魔法少女になっていなければ、杏子は――
育ての親が見るのと同じように私を見ていてくれた彼女を失ってしまったことに、目頭が熱くなって、声は涙混じりになる。
机の上にあった私の手の甲に、そっと手が重ねられた。顔を上げると、彼女の琥珀色の瞳が、優しくこちらを見つめていた。
あの時感じられなかった温もりが感じられて、胸が温かくなる。
「ありがとう」
心の内を言葉にして、私は鼻声のままお礼を言った。
すると、今度は舞ちゃんが目の前の私をまっすぐに見て、口を開く。
「そのことに関しては、私も同じかもしれません」
なにかを思い出すように空を睨みつける。私の手を包む彼女の指に少しだけ力が込められて、指の腹が肌をたわませた。
「九歳のころ、私のおばあちゃんが亡くなった時――ええ、そうです、まさに祖母の心臓が止まった瞬間、滲み出すように神話生物が現れた。それが、私と奴らとの出会いであり、始まりです。その時のことは今でも忘れません」
それは怒りだろうか、舞の声が震えて一旦言葉が止まる。
「私はその怪物がおそろしくて、そのうちポップに出会って、それから、かたきを討つみたいな気持ちで、魔法少女としてやってきたんだと思います」
怒りと償い。
私たちの動機は違っても、失ったものも得たものも同じで、もしかしたら私たちは出会うべくして出会ったのかもしれない、なんて、私は柄にもなくロマンチストみたいなことを考えた。
でも、そんなことをそのまま口にするのは気恥ずかしい。
「これからも一緒にやっていこうね」
ほとんど無意識に口から転び出た言葉に、彼女は頬を紅潮させるようにして喜びの表情を示す。舞は大きくうなずいて、私をじっと見つめた。
「約束、ですよ」
彼女がその言葉を受け入れてくれたことも、そんな絆を得ることができたことも、私にとって最高級の喜びで、微笑みが抑えられなかった。
今度は私から、舞ちゃんの手を取る。
ただぎゅっと、小さいころにしたように指切りの約束を交わす。
向こう側からも、ぎゅっと指同士は固く定められた。
小指と小指を絡めあった誓いの印は、それだけで、私たちに力を与えてくれるような気がした。




