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3-2


 それから、私たちはもうしばらくパトロールを続けた。

 頃合いを見て合流した後、いつも集合場所にしている公園で変身を解き、私たちは魔法少女から女子中学生の姿に戻る。

「それじゃあまた明日ね、舞ちゃん」

 別れの挨拶をしながら、私は家の鍵をちゃらちゃらと振る。

 いつもはこのまま解散なのだけれど、今日に限っては、私の背中に声がかかった。

「あ、かさねさん!」

「なに?」

 すぐに振り返って応えたにもかかわらず、彼女の言葉は歯切れが悪かった。

「えと、その……も、もう六月ですね~」

「うん、早いよね~」

 まさか呼び止めてまで世間話がしたかったわけじゃないだろうに、当たり障りのない会話が続く。

「……そう、ですね」

 なにか、言いたいことがありそうなのに、どうにも踏み出せないという様子だった。

 いつもすっぱり話を済ませる彼女にしては珍しい。

 首をひねる私とうつむく舞の沈黙空間を壊したのは、思いもよらない存在。

「おいぽ! かさね!」

 おいぽ? とさらに首を傾げながら、舞の肩に目を向ける。

 使い魔であるポップが自分から話しかけてくるのも、めったにないことだ。

「この後は暇ぽ?」

「え?」

 ……ポップからお誘い?

「暇かと聞いているんだぽ!」

「ちょっと、ポップ!?」

 ご主人である舞ちゃんも、慌てた様子で黄色いふわふわを問いただす。

 すると、使い魔は怒涛の勢いでしゃべり始めた。

「舞から毎日毎日『かさねさん、友だちがいなくなって辛そうだけど大丈夫かな?』とか、『かさねさんともっと仲良くなりたいなあ』とか、聞かされるのはもううんざりなんだぽ! 舞からは誘えないみたいだから言ってやってるんだぽ!」

 突然の暴露に大きく取り乱した舞ちゃんは、わちゃわちゃと意味なく手を振り回していた。

「な、なななな、なに言ってるのポップ!」

「全部事実だぽ! かさねはわかったら舞と遊ぶんだぽ!」

「ええっと……舞ちゃん?」

 私が舞の方を見ると、もうたまらないとばかりに顔を伏せて、髪の間から覗く耳は真っ赤になっている。どうやら心配してくれていたというのは本当のようで、私は胸の奥がほっこりと温かくなるような感じがした。

 えへへ。

「じゃあ、どっか遊びに行こっか? どこ行く? モール?」

 尋ねると、舞ちゃんはもじもじと手を組み合わせて、なにかおねだりでもするように私を誘った。

「そ、それだったら、あの、うちに来ませんか」

「舞ちゃんち?」

「ええ、今日は両親ともに出かけていてお手伝いさんしかいないですし、リラックスできるかな、なんて。いや、まあ、なにもない家ですけど……」

「お手伝いさん!? 舞ちゃんって実はめちゃくちゃお金持ちなの?」

「平均よりは上だとは思います」

「ほぇー、すごい」

 私の称賛に、舞は曖昧に微笑んで踵を返す。

 それじゃあ行きましょうか、という彼女に従って、私たちは舞の家に足を向けた。




 舞ちゃんのお家は私たちの集合場所からは歩いて十五分ほどの距離にあった。

 藤砂と木鈴の境である日戸川を越えたあたりから住宅街が続き、建売住宅が連なる辺りを通り過ぎて、静かな道を歩く。随分長い塀だなあ、なんて思いながら歩みを進めていくと、その角を曲がって現れた大きな門の前で、舞は立ち止まる。

「ここです」

「すご……」

 豪邸ともいうべき友人の家を前に、私は言葉を失った。

 洋風の門の前は広々とスペースがとられ、木まで植えてあるのに、その横にはガレージのシャッターが三口横に並んでいた。

 門の中へ入っていく道にはレンガタイルが敷かれ、広々とした庭に、リビングの窓からウッドデッキが張り出して、居住スペースを抜きにしても既に家が二軒は建ってしまう。

 ポーチに入り、ガチャリ、と小気味いい音を立てて舞が玄関を開けると、人ひとり住めそうなエントランスが私を出迎えた。

「おじゃましまーす……」

 場違い感に委縮モードの私が小声で挨拶すると、舞ちゃんは眉をハの字にしてちょっぴり困り顔を見せた。

 パタパタと忙しげなスリッパの音がして、家の奥から現れたのはエプロン姿の女性。

「まーいちゃん、帰ってきたらただいまってちゃんと……って、あらあら、お客さん?」

 女性は動きやすい格好に、明るい色の髪をシンプルにまとめていて、年恰好は三十代くらい。温和な表情が浮かべていて、初対面でもとっつきやすい印象を受けた。

 彼女が舞を見ると、舞はすぐに間に立って紹介を始めた。

「この人はこの家のお手伝いさんの三代さんです。それで、彼女は、前に話した友達のかさねさん」

「ああ、あの! 家政婦の三代です。どうもよろしくお願いします~」

 そういうと、彼女は私のことがわかったようで、深々と礼をする。

「上岡かさねです。舞ちゃんにはお世話になってます~」

 挨拶ってどうしたらいいのか、人付き合いの経験の少ない私は戸惑いながらも彼女に礼を返した。それだけやり取りすると、舞ちゃんは廊下に上がった。私もおたおたと靴を脱いで、三代さんが並べたスリッパに足を通す。

「舞ちゃん、応接間用意しましょうか?」

「ううん、大丈夫。かさねさん、私の部屋行きましょう」

 彼女の導きに従って、私は豪邸の奥へ足を踏み入れた。

 エントランスのすぐ奥の階段を上がると、ずらりと収納棚が並ぶ廊下があり、舞はその一番手前の部屋の扉を開く。

 その部屋は、大きめのベッドと勉強机が置かれ、床には絨毯が敷かれているだけの殺風景な部屋だったが、他よりはだいぶ普通な感じがして、私は少し落ち着いた。

「舞ちゃん……家すごいね。あとめちゃめちゃきれい」

 彼女は、また少し困った顔をする。

「でもかさねさんの家もかなり広いですよね? 土蔵とかありましたし」

 そういえば、一度パトロールで通りかかった時、彼女に自分の家を紹介したのだった。

 こんな豪邸に住んでいることを知っていたら、もっと平身低頭に紹介したのに……と今更後悔する。

「うちは広いだけだもん。ぼろいし、古いし、私が生まれるちょっと前までトイレくみ取り式だったらしいんだよ?」

「それはちょっと嫌ですね……」

「でしょ?」

「しかし、あんな家――日本家屋っていうんですか? ってことは、かさねさんのお家は結構古い家柄とかなんですか?」

「んー、よくわかんない」

 実は私の父親は婿養子で、あの家は母方の上岡家が代々住んできた場所らしい。

 しかし、それらについての記憶を受け継ぐより前に、母方の祖父母は亡くなり、一人娘である上岡あさみは失踪してしまったため、いまいち父親も把握していないようだった。

「祖父母もお母さんも亡くなっちゃったから、そういうの聞いたことないんだよね」

「あ……ごめんなさい」

「ううん、おじいちゃんおばあちゃんは私が生まれるより前だし、お母さんは――いや、お母さんは戻ってきたのか」

「戻ってきた?」

 不思議な物言いに、舞は首を傾げた。

 首をひねっているのは私もなのだから仕方ないことだけれど。

「せっかくだから、舞ちゃんには話しておくね」

 そう言って、私は、ここ最近の自分の母親の話を始めた。もともと失踪していたことから、ついこの間一緒にお茶をしたことまで、一通り母親に関することを話す。

 少なくとも、彼女が魔法少女としての私たちに関係していることは確かだったし、私と行動を共にしている以上、舞ちゃんにも接触してきてもおかしくはないからだ。

 すべて話すと、彼女は真剣な顔で、私の言葉を咀嚼した。

「かさねさんが魔法少女になることを予言し、神話生物とともに現れる。邪神や世界についての知識を持つ魔女、そして『ネクロノミコンの所有者』……」

 考え込むように彼女はしばらくうつむいて、それから、使い魔を呼び出した。

「ポップ、ネクロノミコンって知ってる?」

「ネクロノミコンは、命と魂に関するすべての魔術が記述されているといわれる魔導書ぽ」

 命と魂。

 それを操ることができたら、なにができるだろうか。

 その先の思考は、舞が重ねた発言にかき消された。

「前にもネクロノミコンの話をどこかでしたような……」

「かさねがナイアルラトホテプの話をした時だぽ? 彼奴はネクロノミコンの管理者だぽ」

「邪神がネクロノミコンの管理者……」

 そうだ、確かにポップはそんなことを言っていた。

 その二つを結び付けて考えると――

「上岡あさみは嘘をついていた可能性がありますね」

「確かに」

 彼女は邪神に追われていたといった。しかし、彼女はネクロノミコンの所有者であり、邪神はその管理者だという。素直に考えれば、管理者が所有者に与えたということになるだろう。

 あるいは、彼女がネクロノミコンを管理者から奪ったという可能性もあるが、その場合はネクロノミコンなしに邪神の裏をかいたことになる。

「少なくとも言えるのは、その母親を名乗る女性が現れた時、必ずかさねさんは命の危機に置かれています。くれぐれも気をつけてください」

 舞のいうことはもっともで、私は神妙に頷いた。

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