2-5
早く帰らないと家の人が心配する、という舞ちゃんと別れた私は、駅前の人目につかない場所に降りて、変身を解いた。ペンダントを揺らしながら駅前を歩く。
私はジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、荷物を受け取るために、杏子の電話番号を呼び出した。もう家に帰ってるだろうか。それなら杏奈さんにも会えるかもしれないな、とのんきに考えて、コール音を待つ。
ぷつっと音が切れて、電話がつながった。
「かさね? 今どこにいる!?」
血相を変えたような声が受話口から流れた。
その声は、私が電話を掛けたはずの杏子のものではなかった。
「杏奈さん? 私いま駅にいるけど……」
「駅って、かさねは無事……?」
声色も。言葉も。内容も。
どれをとっても不穏な感じがして、私の胸はざわめいた。
「なにか、あったの?」
「……駅前でバスの転倒事故があったやつ知ってる?」
冷たい水が血管に流されるように、全身の血の気が引いていく。内臓がうねるように蠢くような感覚がして、気持ちが悪い。
もしかして、
そんな、
嘘だ。
いっそもうなにも言わないで。
私の祈りに反して、杏奈は続きを口にした。
「その事故に杏子が巻き込まれて、意識不明の重体らしいんだ……」
救急隊の連絡を受けて現場に来ていたという杏奈さんの車に乗せてもらって、私は病院に付き添うことにした。車の後部座席には、ぐしゃぐしゃに潰れた買い物袋が積まれていて、彼女がどのような状況に陥ったのかを少しだけ推し量ることができた。ハンドルを握る杏奈さんはいつもよりよくしゃべって、私はそれに上の空のあいづちを打っていた。
病院についてからどれだけの時間待ったのか、よく覚えていない。
なにも頭の中に入ってこなくて、点滴台を引いて歩く患者さんの病院服の色や看護婦さんがあわただしく踏み鳴らしていく床の色だけが、目の奥でチカチカと点滅するようにしていた。
とにかくしばらくの間が空いてから、看護婦さんが杏奈さんを呼びに来て、それからさらにしばらくして、青ざめた顔の杏奈さんが戻ってきた。なんとなく、それだけで結果がわかるような気がしたけれど、私は、どうだったのかと尋ねた。
「頭を、ね。強く打ってるから、運よく目覚めたとしても半身不随。運が悪ければ……このまま目覚めることはない、って」
震える声で、しかし、はっきりと、彼女は告げた。
杏子は、もう目覚めない。
脚から力が抜けて、フラフラとベンチに腰を下ろす。
急に頭がはっきりとして、私は目の前の現実に正々堂々対峙することになった。
こんな悪夢のような現実の中で、私は冴え冴えとした意識で、杏奈さんの震える手を見つめる。
「…………うぁ……あ……」
ぐるぐると頭の中を思考が回っているのに、口をついたのは言葉にならないうめき声だった。
全部私のせいだ……。
私がきちんと立ち回っていれば、転倒事故も起きなかったし、杏子がそれに巻き込まれることもなかった。
あの時、ショゴスを前にして、捕らわれた杏子を助けるために、魔法少女として力を手に入れたというのに――これじゃあ、私が、杏子の頭を殴ったようなものだ。
「私が……私が、悪いんだ……!」
あの時、私が神話生物をちゃんと止めていられたら。
杏子に「そこを離れて」なんて言わなければ。
バスロータリーからすぐに離れていれば。
最初から舞ちゃんを呼び出していれば。
後悔はとめどなく浮かび、その一つ一つが私の心にざくざくと穴を空けていく。
それでも、剣を握るだけの魔法少女の私には杏子をどうすることもできなくて。
私は、ただ唇を噛んで嗚咽を漏らすだけ。




