序章
「まずは自己紹介をしましょうか」
唐突に現れた真っ黒な塊は、一つの形にとり、あっという間に黒スーツを着た男が目の前に立ち現れていた。
彼は機械的に礼をする。
「『這いよる混沌』。『無貌の神』。呼び名は様々ですが、一応、ナイアルラトホテプの名で通っています。長いのでナイアルラとでもお呼びください」
一見物腰柔らかな男性が現れたことに正直拍子抜けして、私は、自分の手のひらに乗った均整の取れていない箱に視線をくれた。
それから、たった今自分をナイアルラトホテプと呼んだ彼に、一歩歩み寄る。
真っ黒な瞳は刺すように私を貫いた。
「ああ、つまらない。そんなつまらない祈りのために、私を呼んだというのですか。忌むべきことだ」
まるで一人で戯曲を演じるように、芝居がかった口調で語る。
彼には、私の祈りが、届いたのか。
神、だから……?
「なんだっていいわ。あなたが、邪神なのでしょう?」
「ええ、その通りです。しかし、神というのは呼ばれて飛び出て願いごとを叶えてくれる便利なランプの魔人とは違うのですよ」
「じゃあどうしたらいいの!? 私は、彼を助けるためだったらなんでもするわ!」
最後の希望が断たれようとして、私は必死になって叫んだ。
もう、彼を助ける望みは、ここにしかないのだ。
「ほう。なんでもする、と?」
癇癪を起こしたように喚く私の様子になにかを見たのか、彼は目を細めて、反応を示した。
「ええ、覚悟はあるわ」
実際にこの箱を開けてしまうまで、私はその覚悟を試され続け、そして、私は彼のためならなにもかも捨ててしまっても、後悔はしない。
なんと言っても――邪神を召喚しようというのだから。
彼は強気な言葉を口にする私を迎え入れるように手を広げ、冷たい笑みを浮かべた。
「汝、世界を救う覚悟はあるかね?」