エリュトロンの眷属の人間:4
朝飯が済んでから、クローロン様がワイバーンは要るか? と聞いてきた。
「いえ、鞍はグリフォン用のしかないので」
「そうか、鞍が必要なのか」
「私は眷属になってもそう体が強いわけでもありませんので」
「勿体ないな」
元々頭でっかちでひ弱な私が少しばかし強くなったところで、元々強い肉体を持つ魔獣のグリフォンが更に強くなったのに付いていける訳もない。
私が眷属になって出来るようになった事と言えば、魂を分け与えられたエリュトロン様に話しかけられても怖気なくなった事と、それからちょっとばかし火を出せるようになったり、重い物を持てるようになったり、他の魔獣に襲われなくなったり。
ちょっとした事は色々あっても格段に何かが出来るようになったとか、そういう事はほぼほぼ無かった。
エリュトロン様の大きな鱗を一枚背負い、またグリフォン用の巨大な鞍を持って暫くの間歩く。
クローロン様は今日も今日とてメラン様を頭に乗せて森を歩き回り、ワイバーンも気ままにどこかへと行った。
丘の麓に着いて口笛を吹くと、暫くして丘の向こうからグリフォンが飛んできた。
エリュトロン様の最古の眷属だ。
大鷲の前脚と、獅子のような後脚。体躯も眷属の中では一番大きい。歳も一番上だ。
全て、私の知っている限りの、という但し書きが付くようになったが。
年齢は、グリフォンとしてはもう数年もしたら獲物も獲れなくなり、自ら死を選びにいくのが普通な位の高齢だ。だが、眷属だからか、その羽毛は未だにピンとしているし、肉体も相変わらず鍛え上げられていて無駄が無い。
「今日も頼むな」
ただ、その鍛え上げられた肉体とは裏腹に、気性はとても穏やかで理知的だ。子供の頃から俺が育て上げたからな、とエリュトロン様は自慢気に言っていた。
鞍を当て、背負っているエリュトロン様の鱗がしっかりと固定されているか確認し、それからグリフォンに強くしがみつく。
「大丈夫だ」と合図を送ると、その巨体が地面を強く蹴る。どどっ、どどっ、と地を駆ける肉体の動きが直に伝わってきて、体が激しく揺さぶられる。
最初に乗った時はすぐに耐えられなくなって地面に転がり落ちた事を、この力強い振動を味わう度に思い出す。
そして十分な助走の後、強い跳躍と共に翼が大きく広がり、ふわり、と浮き上がる感覚が次いで訪れる。
高度を稼ぐ為に翼が激しく動かされ、今大地を駆けていた時とはまた違った揺れが体を襲う。最初の頃は吐きそうになるのを何度も必死に堪えた。
その揺れも、十分な高度を得た後は次第に緩やかになる。顔も埋めて必死にしがみついていた体をそこで漸く持ち上げると、遠ざかる大地と遥かな光景が目に入ってくる。
空を飛ぶ感覚は、その激しい様々な揺れを我慢するに値するほどに心地良く、そしてまた、中々に新鮮さも薄れないものだった。
一度上空まで到達してしまえば、後は滑空と時折の羽ばたきだけの穏やかな空路となる。
やや寒い風を身に受けていると、剥がれてから長い時が経とうともほんのりと熱を持つエリュトロン様の鱗が存在感を放つようになる。
研究から、装飾品から、半永久的な暖房としてから、鱗一枚でも用途は多岐に渡る。エリュトロン様の体から自然と剥がれ落ちたそれ一枚でも、私がこれから買うものの値と比べたら値が数桁以上違う。
次いでにという形で早々使いきれる金額でもなく、エリュトロン様の住む森の中で全く無用になるその金は、貧しそうなところにばら撒いたりしている。
グリフォンがふと、首を曲げた。曲げた先には、ワイバーンが遠くに居るのが見えた。
近付いて来たりという事はなく、遠くで見ているだけなのが分かると、グリフォンは首を前に戻した。
これが魔獣同士の挨拶になるのだろうか?
いや、流石にそういう風には見えない。眷属同士なら、大狼の時と同じくもっと距離を詰めて親し気にしても良いと思った。
ただ、四肢に加えて翼を持つグリフォンよりも腕が翼であるワイバーンの方が圧倒的に飛行能力は高い。大地を駆けたり、地上での機動性は言わずもがなグリフォンの方が高い。
そんな事を考えると、相容れなさそうだとも思った。
街からやや遠く、人気のない場所に降りる。
「毎度ありがとうな。
それで、土産、何が良い? 果物か? 珍しい肉か? それとももっと別の何かか?
別の何か? うーん、食べ物じゃないのか? 食べ物か。
どういうものだ? そもそも素材そのまま? それとも私が作るような料理か?
料理か。色々あると思うが、甘いもの? 苦いもの? 辛いもの? あ、辛いもの。
お前も好きだなあ」
グリフォンは、そこ辺りの欲望ははっきりと出してくる。落ち着いている割には意外と気分屋のようで、土産として持ってくるものに関しては、毎回要望が違うし、そして注文もうるさい。
そんな訳で私は一人で歩き始めた。
魔獣の知性は人族並みだとしても、その気になればぱっくりと頭を食い千切ったり、ぐちゃりと踏み潰したりと、体格差だけでそんな事が出来る魔獣を人里に入れる事は厳しく制限されている。
知性を持っていたとしても、そうしないように覚えさせる、ではなく、出来ないようにまで洗脳に近いほどに調教された事を証明書として持っていなければ魔獣が人里に入る事は出来ない。
だから、人里で見る魔獣は人族を見て良く怯え、その姿はとても哀れだった。特にエリュトロン様の眷属になってからは、よりはっきりと目に映るようになった。
人里にある程度近付いてきた頃に、誰かがやってきているのに気付いた。視力も良くなっている私の目は、その姿が遠くにありながらも鮮明に捉える。
見た事があるコボルトだった。
私が棋士だった頃の、好敵手の一人だった。
彼はその生まれながらの脚力を生かして、とても猛烈に走って来ていた。
そして、距離が縮まってきて、口が開かれた。
「バカヤローーーーー!」
えっ。
肩をむんずと掴まれて、揺さぶられて。
「どうしてお前、居なくなったんだお前! 眷属なんてやってないでさっさと戻って来いよお前!」
「それは無理だよ」
「そんな冷静に言うなよお前! お前なあ、俺だけじゃなくてな、色んな奴がお前を探してたんだよ! 棋聖のケットシーでさえな、いきなり消えたお前を少しばかしは探したんだぞ! あの偏屈がだぞ!
お前なあ、お前な、どうして眷属になんかなったんだよ」
眷属になんか、かあ。
ただその言葉には、貶されているというよりかは、どうして俺達を放ってどこかへ行ってしまったのだという思いが込められていた。
「どうして、かあ」
少し考えてから言った。
「その時は疲れていたんだよな」
強くなって、生活もそれだけで沢山贅沢が出来るほどになって。
でも、大会などの強敵との連戦が続くと相手がどのようなパターンで来るか、この頃相手がしてくる戦法は何か、相手の隙はどこか、前調べをした上で自分の打ち方や発展形を計算して、想像して、組み直して。長時間の集中の後は泥のように眠って、勝っていたら気付いたらもう次の対戦がすぐ近くに迫っていて、負けていたら悔しさが溢れだしてきて。
大会の度に、体や精神はもう、寿命が縮んだのではないかと思うほど酷使された。
何周年だかは知らないが、そういう事もあって複数の大会が連続して開かれたその後、流石に静養を挟もうと人気の余り無い静かな場所に逃げるように身を移した時。
エリュトロン様がやって来た。
普通に歩いてきて、その威圧感に呑まれ、逃げる事も敵わず。何だこの人間はとただただ怯える私に頼まれたのは、対局してくれ、の一言。
真摯な一言は、少なくとも悪い人間じゃないと思えた。
そして集中してしまえばその威圧感も関係無く、為すがままに対局を終えて、負けたというのにとても嬉しそうに私を見る、その人間。
その後、ドラゴンである事を明かされて、気付いたら眷属にされていた。自分の物になれと言われ、多分、疲れていなくても逆らえなかっただろうけれど、その時はまあいいやと思った。
じゃあ行こうかと、私は引っ張られ、あの場所で過ごす事になった。
「……何か噂になってたんだよな、その近頃。とても怖い人族が人気の居ない場所で対局を迫って来るって。
それがコボルトだったとかリザードマンだったとかケットシーだったとか、対局した奴等が全員姿形が違うとか言ってたから眉唾ものだったが、やはりドラゴンだったのか」
「噂なんて流れてたのか」
「そうだな、お前はそんな事気にする程余裕無かったもんな。
それでさ、あの時は勝ち進んだ奴等、全員死んだような目をしてたからな。俺だって酷く疲れてたし、連続した大会が終わった後、逃げるように静養しに行ったのも、珍しくなかった。
ただな。
けれどな。
疲れが取れればまた戦いたいと思ったぞ俺は。例外なく、皆、戦いの場に戻ってきた。俺だったら疲れが取れた時点で戻りたくて溜まらなくなったと思うし、相手がドラゴンであろうとも、……多分、戻りたいとか言ったと思うぞ。お前もそうじゃなかったのかよ?」
私は思い出しながら言った。
「まあ、思ったさ、私も。
でも、眷属にされてから、ドラゴンに対して人里に戻りたいですって言うほど、私は度胸のある人族では無かったし、それに私にとっては、言うほどあの生活も悪くなかった」
眷属になってから何もしなくていい時間がいきなり沢山増え、生きるってこんなに楽な事だったんだな、と、そこで私は初めて思ったのだ。
恒戈をやり始めた最初の理由は、私にとっては生きる為だったのだ。そこが多分、コボルトや他の多数の人族とは違った。
コボルトの好敵手は、それを聞いて、はぁ、と溜息を吐いた。
「……まあ、分かってたさ。お前のその赤い目を見た瞬間から、もうお前を戻せないんだって事はな。
でもな、こんな辺境まで探しに来て、やっと見つけたんだ。
対局位はさせてくれよ?」
「あー……」
「まさか腕が鈍ってるとか言わないよな?」
「それも少しはあるかもしれないけど、今は少し事情があってな、余り長居はしてられないんだ」
「なるほど、なら、歩きながら口だけでやるか?」
「ずっと探していたって言う割には、私がそういう事出来る程器用じゃないのを忘れたのか?」
意識を盤上のみに落とし込む。そんなようにしか私は恒戈を出来ないのだ。歩きながらなど、以ての外だ。
「あ、すまん、そういうのはそのままなんだな、お前は」
「それがあったからこそ眷属になったからな、私は。まあ、時間に余裕がありそうだったら早打ち程度なら出来ると思う」
「ならさっさと用事とやらを済まそうじゃないか」
「そうだな」
何度も来る内に、最初は酷く驚かれた鱗の売却も慣れ親しまれたものとなっており、受付嬢に「そろそろ来る頃でしたよ」と言われた。
「そちらの方は、やはり知り合いだったのですね」
「突然人里から消えた私をこうして探し当ててくれる位には、仲の良い奴だよ」
そう言うと、受付嬢はとても驚いた。
「そんな方が貴方に居たのですか」
「失礼な」
もう少しこの受付嬢の口が軽ければ、貴方に友達が居るとは思いませんでした! とかそんな事を言われそうな気がした。
確かに、自分の身の上なんて殆ど話さなかったし、こっちに来ても特別親しくする人など作らなかったが。
背負っていた鱗を渡すと、少々待つように言われ、その間もコボルトと話す。
「お前、どんな生活してるんだ?」
「……一言で言えば平穏な、牧歌的な生活だな」
妙な顔をされる。
「私が眷属になったのは、ドラゴンに対して物怖じせず恒戈を出来たからだけで、それ以外にすべき事柄なんて全くないからなあ」
眷属に最初からしてしまえば、誰でも対等に恒戈が出来たのだろうが、エリュトロン様は何故かそこ辺りはこだわっていた。
性格の悪い奴を眷属にしてしまったら嫌じゃないか、とかという事を後から聞いた。そういう経験があるらしかった。
「他に人族の眷属は居るのか?」
「いや、人族は私だけだね」
「……寂しくないのか?」
「意外と、余り。同じエリュトロン様、あ、私が仕えているドラゴンの名前な、そのエリュトロン様の眷属は人族じゃないのなら、結構居るし。言葉は通じなくても気持ちや意志は通じ合うし、交流もある」
「あのグリフォンも?」
私がグリフォンに乗ってやって来たところから見ていたのか。よっぽど待っていたんだな。
「そうだな。あいつは私より古参だ。普通だったらもう老いが段々と体を蝕んでいく年齢なんだがな、眷属だからか、まだまだ元気な奴だよ」
自然と、言葉が口からぽんぽんと出てくる。いつもより私の口は饒舌だ。
……ああ、私は、嬉しいのだ。突然居なくなった私を探してくれる人族が居たという事を知って、その嬉しさは後からじんわりと滲み出てきた。
出会っていきなり体をがくがくと揺さぶられたり、まくし立てるように半ば一方的に話されたりして、それが少し隠れていた。
受付嬢に大袋に入った金を渡されてから、外へ出る。
「そんな大金を裸で持っていて……大丈夫か」
「多分ね」
私が殺されたらどうなるのだろう? エリュトロン様はどの位怒るのだろう?
その気になれば一国も簡単に滅ぼせる力を持ったドラゴンだが、歴史においてそのドラゴンからの被害というものは僅かしかない。
その僅かも、馬鹿な国が領土を広めようとしてドラゴンを倒そうと画策し、何も出来ずに返り討ちに遭ったというものだけで、ドラゴンから手を出してきて、人族が沢山死んだとか、そういう歴史は一つとして無かった。
何から何まで隔絶していて圧倒的な割に、驚く程温厚な種族だ。
ただ、怒らせた時、それがどうなるのかは誰も知らない。
返り討ちは、怒るの範疇にも多分、入っていない。
必要なものをいつものようにポンポン買って、私の体重に以上になるそれら全てを背負い、それでも平然としている私を見て、コボルトは本当に私が眷属となった事を噛みしめているようだった。
他の眷属達への土産やらを多めに買った後、最後に盤を買う。
「まあ、適当な場所でやろうか」
「……そうだな」
町の外れで、盤を地べたに置いて、駒を置き始める。
外は昼過ぎだった。戻る時間も鑑みたら、そう長い時間は残されてない。
「済まないが、時間を掛ける事は出来ない」
「分かってる。早打ちで行こう」
この十年間、私はエリュトロン様の眷属として、人里から離れて生きていた。
その間、恒戈で戦ったのは、主にエリュトロン様とそれからこの町の人族だけだ。そして、自分より強い相手は、あのゴールデンドラゴンだけだった。
人族には到底出来ない、純粋に時間を積み重ねて手に入れた強さは、後から思い返せば思い返すほど、完璧な理詰めで構成されていた。
あの時あった有名な流派全てに対応出来るような、どの組み合わせを選ぼうとも、奇抜な手を狙おうとも、運に任せようとも、全てを呑み込んでしまうような、完璧さ。
その一戦を研究するだけで、私はより強くなれる気がしたのは、今となっては良い思い出だ。
しかし結局のところ、その強さの秘密はやはり、無限に枝分かれする盤上を人族よりも遥かに深くまで単純に知っているからだった。
研究を進めて目にしたのは、人族が積み上げてきたものを全て、知っているの一言でばっさりと切り捨てるような無情さだった。
試合が始まり、パチ、ことり、パチ、ことり、と互いに駒を動かしながら玉を回していく音だけが耳に入る。
早打ちは、綱渡りのようなものだ。今まで培ってきた知識を手に持つ棒として、ひたすらに互いが前へと歩んでいく。
疑念や見落としがすぐに揺れとなって足元を襲う。
転んだら最期、戻れる事はなく、落ちて潰れる。
眷属である間、鱗を売って有り余る金で棋譜を取り寄せて貰った事もある。このコボルトや、棋聖のケットシーの戦法が変わっていったのも私は知っていた。
けれども、こうして戦うと、生活を賭けて、矜持を賭けて戦い続けたこのプロ達とはもう差が付いてしまっている事を自覚した。
棋譜を見ても分からなかったそれは気迫だった。盤上を通して、それで食ってきた、鎬を削ってきたんだという矜持が伝わってきた。それは、私が失ってしまったものだった。
しかし、足元がふらついたところで、そう簡単に私は落ちる訳にもいかない。
負けるのは悔しいし、勝つのが嬉しいのは、微塵たりとも変わっていない。負けたくはない。気迫と共に来る攻めを、駒を犠牲にしながらも致命傷は避け、必死に隙を探す。
パチ、ことり、パチ、ことり。
朝が来て、昼に砲弾が飛び交い、歩兵が自爆するぞと脅しを掛けながら、夜が来る。砲兵の懐に潜り込んだ私の竜の眷属が、あと一歩及ばず槍兵に討ち取られ、しかし守りは手薄になった。
駒が互いに更に減っていき、ただ、砲兵を倒せなかった事が決定打となり、私は負けた。
意識が戻ってきて、目の前には、私をじっと見つめるコボルトが居た。
「意外と鈍ってはいないんだな」
接戦、とまではいかなかったと思うが、そう言われた。
「……十年、全く鎬を削らずに居て、そう言われるのは光栄な事なんだろうな」
「勝負勘さえ取り戻せば、十分通用する腕前だと思うぞ、俺は」
「嬉しいね」
早打ちとは言えど、こうして久々に好敵手と戦ったのはとても楽しかった。
少しの沈黙の後、コボルトが口を動かした。
「なあ」
その声に、私は目を合わせた。
「やっぱり、戻って来れないのか? ……もうちょっとだけでもさ、こうして一年に数回とかそんな少ない頻度じゃなくてさ」
「今は、無理だね」
今も同じく、エリュトロン様とだけ暮らしていたのならば、多少は融通が利いたかもしれない。十日、五日に一回、グリフォンに乗って対局に行く位の事は、出来るかもしれない。その位の要望は、多分通るだろう。
ただ、今はクローロン様が居る。その子供のメラン様が居る。
「……今は?」
「私にも事情があってね、今はちょっと駄目だ」
「いつ頃になれば、そう来るようになれるんだ?」
私は、口を噤んだ。
いつ頃? クローロン様があの場所で子育てを終えるまで。それはいつ?
返せない私に、コボルトは残念そうに頭を下げた。
「ま、まあ、年に五、六回はこうして人里に降りてくるからさ。気が向いた時にでも来てくれればまた対局出来るよ」
「……分かったよ。で、次はいつだ? ちゃんと日を決めておこうぜ」
「そうだな……」
私は空を見上げた。青い空の端に、月が見えた。
そういえば、今日は満月だった。
「次の次の満月にしようか」
「次の次の満月だな?」
「ああ」
その位が丁度良い。
それから少しの間談笑した後に、私は別れを切り出した。
「そろそろ、私は帰らなくてはいけない」
「……そうか」
「ありがとうな、こんな私を探してくれて。……とても嬉しかった」
そう言うと、ぽりぽりと頭を掻きながら、コボルトは恥ずかしそうに言った。
「お前が何も連絡しないのが悪い」
「まあ……すまん」
親族との繋がりというものも私には無く、正直このコボルトがここまで探してくれる程私の事を思ってくれていたとも知らなかったのだ。
「ああ。あ、後、一つ頼まれてというか、いいか?」
「何だ?」
「これ、お礼としてでも受け取ってくれ」
そう言って、私は有り余った大金を渡した。
「え、あ、ああ、良いのか?」
「どうせ金を使う用事なんて、いつも暮らしてる場所じゃ何もないんだ」
「……そうか」
私は荷物を纏め、立ち上がった。コボルトも立ち上がり、最後に握手をして、挨拶を交わす。
「まあ、元気で良かったよ。また、次の次の満月にな」
「ああ。何度も言うが、探してくれて、ありがとうな。また、次の次の満月にな」
そう言って、コボルトは人里へ、私はエリュトロン様の住む森へと、グリフォンの方へと別れた。
エリュトロン(レッドドラゴン)の眷属
グリフォン:
名前:なし
特徴:目が赤い。年老いているが、肉体は無駄なく鍛えられている。好物は美味しいもの全般。気紛れ。