案内役のヒポグリフ:5
「……これで、正真正銘アサボシには勝てなくなったな……」
リザードマンが口を血で濡らしたワイバーンに対して、半ば呆れるように言った。
「これまでも勝っていた事がある事自体驚きですよ」
「百回に一回位だけどな。もう今度こそ、何をしようが勝てなくなっちまった」
「……それにしても、思ったより数が本当に少なかったですね、僕、この何倍も居ると思っていましたよ」
「俺もだ。まあ、少ないに越した事は無い」
「ですね。罠に殆ど意味が無かったのはちょっと残念ですけど……、罠が尽きるよりは余る方が良いですよね」
血だまりを作っているグリフォンの死体を見ながら、コボルトは言った。
そして「さて」と、リザードマンが私の方を向き直した。
口の血を舐め終えたワイバーンと、そして弓を構えたままのコボルトも私の方を向いた。
「言葉が分からないなんて、言わないよな?」
刀を目の前に突きつけられて、そしてコボルトとワイバーンは冷淡な目で私を見ていた。
今日、私は一歩も動いていない。
そんな事を思いながらも、私は頷くしか出来なかった。
「縦に頭を振るのが、肯定。横に頭を振るのが否定と捉える。
俺達の言う事だけに答えろ。
まず、十年前、ここに来ていたか? もしくは今回と同じような目的で誰かが来ていたか?」
頷いた。
「……随分と早いな。お前が、ここに来ていたか?」
私は、この首を振る動作だけしか出来ない。そして、その動作で私自身の命もどうなるか決まっている。
すぐに頷いた事が、何か悪い方向に繋がってしまったような気がした。けれど、嘘を吐いても見抜かれてしまう予感しかしなかった。
私はまた、頷いた。
そうすると、コボルトが口を挟んだ。
「ここ辺りで人族を殺したか?」
体がぶるぶると震えていた。頷いたらその瞬間、その構えている矢が私の脳天に突き刺さってしまう
予感がした。けれど、頷けずにいると、その刀の切っ先が私にいつの間にか近付いていた。
「どっちなんだ?」
私は、頷いた。それしか出来なかった。
コボルトは続いて聞いてきた。
「何故、殺した?
見つかったからか? それとも、食べたかったからか?」
それは、どう首を振れば良い?
「見つかったから、なら首を縦に振れ。食べたかったからなら、横に振れ。それ以外なら、動くな」
刀の切っ先は私のすぐ目の前にあったまま遠のいてはくれなかった。リザードマンは私から目を離さずにずっと、じっと私を見ていた。
嘘を吐くか? 吐いたとして状況は、……ああ、駄目だ、この人族達は、魔獣が人族を食べると強くなる事を知っている、グリフォンと大狼の脚力、膂力の強さでそれを分かっている。嘘はばれる。
私は、首を横に振った。
「……嘘を吐くか悩んだだろう?」
リザードマンが畳みかけて来た。
「考える時間があった。そんな時間なんて、ここに十年前に来ていたなら必要ないはずだ。
嘘を吐いたら、片目を潰してやろう。次に、神経の集中している爪先にこの切っ先を突き立てよう。
何、安心しろ。俺は治癒の魔法が使える。どれだけお前を苦しめようが、綺麗に治せる」
ただただ平坦な口調で、言われた。
「大丈夫だ、質問は後、少ししかない」
その少しの後、私は死ぬの?
殺されるの?
私は、誰も食べていないのに?
そんな疑問に、リザードマンは答えてはくれなかった。私には、首を縦か横に振る以外本当に何も出来なかった。答えない、という選択をしても待っているのは拷問だった。
リザードマンは腰のポーチから折りたたまれた紙を広げて、私の前に置いた。
それは地図だった。かなり正確な、そして広範囲の地図だった。
「お前はどこから来た? その前脚で指せ」
それが、一番の目的なんだと分かった。嘘は吐ける。
でも吐いたところでどうする? 私の命は、後、七十六日以内に戻らないと尽きてしまうのだ。
でも、戻ってしまったところで、そこを何らかの目的で――きっと私達の命を握っている人族達からしたら不都合な目的で――向かうこの人族達、ワイバーンを引き連れてしまったら、どっちにせよ私の命はあるのだろうか?
そうすると、逆に言うと、七十六日間は生きられる。戻らない限りは。
それが良い選択なのか悪い選択なのかは分からなかった。でも、ここで今殺されるよりは遥かに良い選択だと思った。
私は、違う場所を指し示した。
「ギャビィ!!??」
な、なに? わ、私の前脚に、刀が、突き刺さってる、貫通してる!
「本当か?」
でもここで、頷いたら、だ
「ギィアアアアアッ!???」
な、ねじれっ、やっ、やめてっ! い゛だい゛!!
「本当か? 次はもっと痛いぞ?」
だ、だめ、む、むり!
もう片方の脚で、本当の位置を指し示しでぇえええ゛え゛
「本当か?」
本当だから、本当だから! だから、だから!
「本当なんだな?」
うん、そう、だから!
「じゃあ、ありがとうな」
刀が抜かれて、そしてそれは、私の首をさっと通った。
……え?
「人族を食べていないようだがな……すまんな、お前を生かしておくと不都合が多過ぎるんだ」
「……! ……!!」
体の、力が、抜けていく。
私の体が、倒れていた。
私の、どこかが、やっと、気付いた。
ああ。これは、きっと、運命というもの、なんだ。
私は、最初からきっと、こうなる、ことが、決まって、いたん、だ。
そうじゃ、ない、と、そう、じゃ、な、い、と。
わ、た、しは……。
い、……や……。
*****
「それで、これからどうするんですか?」
「それは、お前にはもう関係のない事だ。言ってあっただろう?」
「……そう、ですよね」
……とうとう、知る事になった。まだ、それに一生を捧げると決心をしてから十年も経っていない、そんな短い時間で。
「不死、か」
「全ての生物が抱く恐怖から逃れられるのだ、その為なら多少の犠牲など許される」
ネストルは空を見上げながら言った。それは、ハツヒとネストルが突き止めた、ここで起きた十年前の事実を隠した人族が言った言葉だった。
ただ、その素晴らしいものを作った末路が、人族が繁栄の頂点から凋落した原因であるとは、それを隠した人族も、ハツヒも知らない。
馬鹿げた事だ。
「これから、どうしようかなあ」
「それはお前が決める事だろう」
そう言って、ネストルは刀を握っている右手を動かした。
……ハツヒの首に。
「……コヒュッ……?」
「……あ?」
「ヴァッ?」
何をしたのか分からないと言うような、そんなネストルの声。
私の口から、純粋な驚きの声もした。
弓矢を落とし、崩れ落ちる。何が起きたのか全く理解していない顔が倒れる瞬間に見えた。
そして、動かなくなった。
そして私の視界には、丁度現れたエペタム、レイゲツの驚く顔が見えた。
その顔が、何故か急速に近付いていた。
いや、私の体が勝手に動いて、いる。
三歩、ネストルの隣を跳んでいた。まるで夢でも見ているかのよう。
勝手に体が、レイゲツを殺す為に動いている。完全に無駄の無い動き。殺すという事に対して理想そのものである動き。
大狼達を殺したときでさえ、こんな理想そのものな動きを私は出来ていなかった。
四歩目。着地と同時に私は体を捩じっていた。背後を向いたと同時に、私の尻尾がエペタムの額を、頭蓋をも貫通して突き刺している感覚がした。
慣れ親しんだ動きでも、私自身がやっているとは思えない、最短、最速の完成された動きだった。
「え、あれ、俺は?」
「ヴァッ? ヴゥ? アァ? ヴ?」
何故、こんな事をしているのか分からない。分からない。
でも、それでも、私の体は勝手に動き続けた。体を低くして、ネストルを乗せる体勢に。
ネストルがそこに乗り、私の体はどこに行くか決まっているかのように飛び始めた。
空が一気に高くなっていく。
空を飛ぶとき、いつも見る空。それを見て少しだけ落ち着いて、その直後に強い、とても強い恐怖が私を襲った。
ネストルが言った。口だけは自由に動かせた。
「エリュトロン、か?」
「ア゛ヴゥ」
違う。
こんな事が出来るのはドラゴンしか居ない。
その中でもこんな事をするのは、私はドラゴンの中でも一人しか知らなかった。
私が生まれ育った場所で私達を戦士として育て上げ、そして私とネストルを会わせた、金のドラゴン、クリューソス。
……最初からこうなる事を予想していたのか、そうでないのか、私には分からない。
でも、良い事では無いのは確かだ。
ドラゴンは何でも出来る、こうやって他者の体を勝手に動かす事さえも可能なのだ。だからきっと、最低限でもその場所へ行けないようにされるだろう。
でも、それよりも、私とネストルは、これからも一緒に居られるのだろうか?
離れたくない。
嫌だ。
……怖い。誰か、助けて。……誰か。




