ドラゴンの元で育ったワイバーン:3
「何で仲良くなったかって、最初の頃を思い返してみると、俺はとにかく色んな事にワクワクしながらも、緊張していたんだよな。
タラッサから人族に対しての知識も結構貰ったとは言えさ、俺はそもそも他の人族と話した事そのものが無かったし、会った事すらも無かった」
「わタスィも。ドラゴン達に人族とはコウ言う種族なのダ、コウ言ウ事をして来テ、今は数を減らシていると、殆ド知ってイるだゲだっだ。
交流なドォ、した事は殆ド無かっタ。強いテェ言えば、一度戦っテ、勝ッてェ、食べタ事があるダケ」
まだ喋るのは難しい。でも喋れる。疲れるけど、楽しい。
「食べた事あったのか」
「ソウ。美味しかっタ」
「美味しかったのか」
「味ジャ、ないケど。魂ヲ、この身に取り込ム感覚ガ、トテモ、とてモ、心地良かっタァ」
「魔獣だけの特権だな。魔獣は人族を食べるとその身の魂が強化されるんだ。その身に宿る魔法がより強くなる。ワイバーンの場合は筋力が上がったりとかそういう事は余りないが、目が良くなったり、瞬発力がより強化されたりする」
「……何で魔獣だけの特権なんだ?」
「アサボシ、言ってやれ」
「生きたまマ、頭を食べないト、魂は取リ込めなイ」
「……俺、負けてたら、そうなっていたのか?」
「ソウ。ワタシ、勝ってタら、ネストルヲ生きたまマ食ベて、そのまマ帰ってタ」
「マジか……」
負けて良かった、流石にそこまでは思わない。けれど、今となっては負けた事にそう後悔は無い。
私に勝ったからと言って、ネストルは私に対して高圧的に接する事など無かった。そして、生まれ育った場所に居るだけでは絶対出来ないような経験が出来て、そして今となってはこうして喋る事に静かな、そして強い喜びを感じている。
「ワタシは…………イヤ、何でもナうィ」
「?」
負けて良かった、とは言わない。でも、ネストルに負けたのは私にとって悪い事では無かった。
ただ、言おうとすると恥ずかしかった。
「まあ、最初は俺も、そしてアサボシも何だかんだで緊張していたんだよな。
俺が寝ている間に食べられるとか、そんな事までは感じなかったけどさ」
「ソンナ事しテモ、負け惜しミにしかならなイ。ワダシが、ミジメになるだけダ」
それに、そんな事をする無謀を冒そうとも私は全く思えなかった。タラッサ、ドラゴンが愛情を掛けた育てた人族を寝込みに殺したりなどしたら、私はそれを無限に後悔するほどの恐怖と苦痛を味わわされて殺されると確信を持って言えた。
「街に辿り着いてさ。ちょっと待ってろと念入りにアサボシに伝えて俺だけ街に入って。
街に入る時、目の色でかな? 何かもうそこで俺がタラッサの眷属だって分かられたらしくて、その時点で俺、何か物凄く丁寧に扱われた。
欲しい物は何でしょうかとか、どうして来たんですかとか何か良く分からないまま質問攻めにされて、俺がしどろもどろで答えられずに取り合えずこれと交換で金が欲しいんですってタラッサから貰った物を渡したら、どっさりと金を貰って、こんなに? って聞いたらこれでも足りないとか言われて。
何とか深呼吸して落ち着いて、取り合えず人族と話すのも初めてだとか言って、そこから俺がどうしてここに来たかとか俺の生い立ちとか軽く話してたりしたら気付いたらもう夜になってて、温かい場所でお休みどうぞとか言われて、いや、外でワイバーンを待たせているのでと言ったら、そこまで引き留めずに、けれど何か本当に色んなものを両手に抱えて帰る羽目になって。
一年以上経った今でもあの時の事はこうやって鮮明に思い出せるんだけど、……今思い返してみれば、多分、タラッサを恐れていたんだろうな」
「……私は特に何もしてないぞ?」
「ワタスィ達には、多分、分からナいと思うェ。私もネストルも、ドラゴンの威圧ニ、慣れテしまっテいるかラ」
「……そうだな。俺達には分からないな。俺達にとってドラゴンは育て親だものな」
「そウ」
タラッサは、その言葉を聞いて、腕に抱きかかえたままの赤子を一度撫でた。
私達が来ても、半日以上経ってもこのドラゴンの赤子は眠りっぱなしだった。まるで私達の事など欠片も気にしていないどころか、気付いてすらいないであろうその様を見ると、小さくとも、生まれたてでもやはりドラゴンなのだと感じられた。
「それで、取り合えず役に立ちそうなものだけ持って行く事にして、後は返す事に決めたんだけど、そこでかな、俺とアサボシはちょっと打ち解けたと思う」
「果物よリ、甘イ食べ物ガある、何テ、ワタシは知らなかった。ワタシが外に出テ、初めて知っタのはソレだっタ」
「エリュトロンも俺に色んな物を食わせてくれたけれど、食べ物はそれとは全く別のものばかりだったな。食べ物かどうか正直分からないものばかりでさ。けれど匂いはどれも美味そうで、食べ物だけは腹一杯になろうとも抑えきれずに全部食べてしまったな。……主にアサボシが」
「体ガ、大きイからナ、物も沢山入ル」
「ひどいもんだよ。一口食うか? って聞いて渡したら一口で全部食っちまうんだから」
「一口は、一口ダ」
「うん。千切って渡さないと一口で食っちまうって、俺は学習したよ」
互いに進んで歩み寄った訳じゃない。ただ、緊張を解してくれたのは何だかんだでネストルだったのだろう。ネストル自身が自覚していなくとも、私の緊張は、不快感は、気付けば薄れていた。
ネストルを背に乗せて北へ飛ぶ事は、私自身にとっても楽しい事となっていた。
「人里にハ、私は入れないケド、ネストルは良く、私に色々ト美味しイ物や面白い物ヲ良く持ってきテくれタ。それハ、強イ楽しミだっタ」
「わくわくしてたもんな、お前」
「中でモ、一番ンッ」
痛っ……舌を噛んだ。
「少し、休むか? 疲れてるだろ、お前」
「……イヤ。喋ルのは、それ以上ニ、楽しイ」
正直、喋れない口に戻るのが段々と嫌になって来る程に。炎は吐けなくていい、咆哮も出来なくていい、噛み砕ける顎も要らない、だからそれでもこのままで居たいと思ってしまう程に。
「――それでさ、段々寒くなってくるに連れて、リザードマンのこの体って言うのは勝手に眠たくなってくるもんなんだな。本能が眠気を訴えてくるというか、体が気が付いたら眠ろうとしているというか、そんな感じだったんだよ」
「ねすトるガ、寝テしまッて、ワタスィが、温タめたこともあっタ。
放置シたら、春まデ、寝テしまっていソうだっとぅぁ」
「温かくなって起きたら、アサボシが俺を包んでいて。呆れたような目で見られたなあ」
「ワタシだっテ、寒イのニ、ワタシの中で寝るネストルは、とテも気持ちイい顔をシていた」
「その後すぐに、大き目の町に飛び込んでさ、ワイバーンに着せる防寒具、極寒の地でも耐えられるのが欲しいんだって言ったら、そんな人族が居ない事はないらしくて、でも物凄い金額だった。
それでさ、困ったのはアサボシはやっぱり、人里には入れないって事だったんだよな。知ってたけどさ……。
この魔獣は絶対に人を襲いません、っていう証明書が必要で、その証明書を取る為には、魔獣を指定の場所に一定期間預けてくださいって言われて、預けて何をするんですか? って聞いたら、人族に対して絶対的な恐怖心を植え付けるとか言われて……」
「今は、仕方の無い事だロう。ワタシのキバは、尾ハ、カンタンに人族ヲ殺せル。肉体的な差ガ、強過ぎル」
「だとしてもお前も見ただろう? 人族を乗せている魔獣、その殆どが人族に怯えてた」
「ダカら、私ハ、今ハ、と言った。今は、ダ。
私達ガ、救うのだろウ?」
「言ってくれるねえ。頼もしいよ」
「わタしダッて、見ていテ、心地良かっタ訳ジャない。私達ハ、道具ジャ、ナイ。もう、伝え聞いテいる遥か過去のヨウに、虐げられたクモ、ナイ」
そんな会話を、タラッサはいつしか真剣に聞いていた。
そして、口を開こうとして一度閉じて。
「……何かあるのか?」
ネストルも気付いて聞いた。
「……無理だ」
「無理、とは?」
「確かに人族と魔獣が対話出来る物は、遥か過去にあった。ただ、それは銃のような単純な物では無い。人族が知恵を何百年も積み重ねて作り上げた、銃というものがただの積み木のように思える程に精緻な構造をした代物なんだ。
作り方を知っても、今の人族が銃を作った程度に簡単なものではないんだ」
「…………」
「想像出来ないか? なら、人族が知恵を積み重ねて成し遂げた事を一部言い連ねてみようか。
いつ、どこに居ようとも、誰かと声を、顔を合わせて会話が出来るようになった。
月へと飛び、その足を踏み下ろした。
この山脈一帯を一撃で破壊出来る兵器を作り上げた。
生命の形作る情報を操作し、病気を種族単位で克服した。
そんな事を遥か昔には成し遂げていたんだ。魔獣が、そして幻獣さえもが駆逐されたのはその次いでに過ぎない。
そしてそれらの進歩はまだ、序の口だった。私達ドラゴンが生み出されるに至ったそれの存在は、その先に作り上げられたものだ。
そして、人族と魔獣が対話出来るようになる代物は、それに近い所にある」
ネストルは、それでも、と言うようにタラッサを見た。
タラッサはそれを見て悲し気にしながらも、決めたように言った。
「もっとはっきり言おう。
それをお前達だけで作り上げるのは、お前達が月に行くより難しい」
「…………」
私とネストルは、言葉が無くてもある程度の意思疎通が出来ていた。私は人族の言葉で思考していたし、そしてまたその人族の言葉を理解出来ていたから。
私が言葉を喋れなくとも長く親しむ内にネストルは私の言いたい事を時間を掛けずに理解してくれるようになったし、またネストルが言葉を発さなくとも、ネストルの考えている事が私には分かるようになってきた。
人族と魔獣が意思疎通をする。それは、そんな延長線上に単純にあるものだと思っていた。そういう時間を掛けて出来る繋がりを人族の技術で組み立てる事は、単純な事の積み重ねなのだから簡単だろうと思っていた。
どこでも顔を合わせて会話出来る。それがどういう意味なのか私には理解出来なかった。
月へと足を踏み下ろす。宇宙には空気が無いのだとドラゴンから聞いた事がある。そんな場所を介して、どうやって月まで辿り着いたのか。
他の事も、何をどうしたらそんな事が出来るのか、私には皆目見当がつかなかった。ここら一帯を一撃で破壊出来る兵器の作り方も、病気を種族単位で克服する方法も。
そしてそれらを実現するより、私とネストルが時間を掛けて意思疎通出来るようになるのを、時間を掛けずに誰もが出来るようにする事の方が遥かに難しい。
そんなものだとは、微塵たりとも思っていなかった。
「だから、お願いだ。アサボシが幾ら世界を駆け巡ろうとも、ネストルがどれだけ知を搔き集めようとも、それでも絶対に叶わない事は、諦めてくれ。
お前達の一生が、ただの徒労で終わってしまう」
強制するような言い方ではなかった。ただ、心の底からそんな道を選ばないでくれと言う叫びが聞こえてきた。
けれども、私はすぐには頷けなかった。
あんな事が、これから至る所で起きるようになるのだろうか。それを傍観していたいとは私は思わない。
…………。
この方法は、無理だろう。
そう、ネストルに言おうとした時だった。
「なあ、タラッサ。俺の両親に関して……それを作ろうとしていた、タラッサが滅ぼした人族達に関して少し聞きたいんだが」
「……何だ」
何を聞きたいのか、その時点でタラッサには理解出来たらしく、苦い顔をした。
「ドラゴンが作り出された理由は、人族がそれを発明したからだと言う。
そして、他の様々な文明や、数多な人族と共にそれは葬り去られた。
そう、俺は聞いた。
……なら、何故、今また、それを作り出そうとする人族が居るんだ?
タラッサの言う通りなら、今は銃程度のものしか作れない人族が、どうしてそれを直接作り上げようとしているんだ?」
「……完全にそれの存在を抹消する事は不可能だったからだろう」
「何故、不可能だったんだ? 死なないし、何よりも圧倒的な力を持つドラゴンが、何故?」
ネストルは、タラッサを真直ぐな目で見ていた。
タラッサはそんなネストルを見て、少しの間を置いて息を吐いた。
それから観念したように話し始めた。
「……私達には、それを根絶する為に作られた存在だから、それを作り上げる為の知識を持つ者に対して、本能的に殺意を覚えるようになっている。
範囲は広く精密で、ある程度の高さまでなら空を飛びながらも、地に足を付けて生きる人族達がそれの知識を持っているかどうか分かる。
しかし、問題はそこまでだったという事だ。
紙などにそれらの知識を書かれたものが残り、それが何も知らない人族に手渡されていた場合、私達にはそれを突き止める術までを持っていなかった。私達の創造主ですら、そこまでの追跡を正鵠に捕える能力までを私達に授ける事は出来なかった」
「疑わシイ、人族達を、全員殺ス訳ニハ、いかなカったのカ?」
「私はその時代に生まれていて直接大量の人族を殺めた訳でも無いから、聞いた話でしかないが。そこまですると、人族が滅ぶと分かったから、らしい。
私達が作り出された理由は、あくまでもそれを根絶する為であって、人族を滅ぼす為でも、人族が魔獣や幻獣を駆逐しようとするのから守る為でも、他の如何なる理由で作り出された訳でもない。
ただ、だからこそ、私達はそれの完全な根絶を出来ずに今も尚、こうして存在し続けているんだ」
「……今デモ、ソノ知識は、どこかに転がっていルという事カ」
「そういう事だ。もしくは、それが何かと知らないままにどこかで伝承され続けているのか」
そしてまた、それを追い求めるという事は。
ネストルも気付いているのだろう、黙ったままじっと空を眺めていた。
そこから人族と魔獣が簡単に意思疎通をする物を作る方法を探し出すのは、一番の近道だろう。月より遠い道だとしても、月までは行けるかもしれない。
ただ、問題は。その知識を手に入れてしまったら最期、もうドラゴンから狙われる存在になる、本能的に殺意を抱かれる存在になるという事だった。
その工程を踏まなければ、それには辿り着けない。
私にとっては外界で生きる為の様々な知識を与えてくれた、そしてネストルにとっては育て親を敵に回さなければいけない。
「ネすトル……もっと、別ナ方法もアルんじゃないかナ?」
「…………かもなあ……」
そう言いながらも、私はその出来た道に縋りたい気持ちを中々捨てられなかった。




