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エリュトロンの眷属の人間:1

よろしくお願いします。

節単位毎に、毎日の投稿をしていこうと思います。

―――

 親友が来るのでよろしく

 エリュトロン

―――


「……親友?」

 朝、小屋の前に、小鳥の囀りと共にに置いてあったその手紙には、留守にしているこの森の主からの言い伝てが書いてあった。

 手紙を本棚に挟み、朝食を食べてから外に出る。

「親友、かぁ」

 多分、ドラゴンだろうと、私は思いを馳せた。そして、少し腹を擦った。


 日付を数えると、後、丁度十日で、エリュトロン様との付き合いを始めて十年になる事に気付いた。

 巨大な、強大なレッドドラゴン。そして、人や様々な形に変化したときの、等しく赤を基調としたその姿を久しく見ていない事に寂しさを覚え始めている。

 人とは比べ物にならない程の悠久の時を過ごすドラゴンにとって、一年、十年単位の記念日なんて余り意味も無いだろうことは分かっていたけれど、私はやはり、何かしら小さな事でも祝いたい気分だった。

 そろそろ帰って来ないかな、と空を見上げて思う。

 久々に火山に行きたくなったとか言ってから、数か月。唐突にこうして手紙が置いてある事はあっても、書いてあるのは一言か二言。

 もうすぐ帰る。あんまり仲の良くない奴と居合わせて色々やらかしたから後始末に時間が掛かる。眠い。いい場所だからもう少し居る。

 手紙は、短く、こまめに送られてくる。何だかんだ言って、エリュトロン様は寂しがりなのではと私は思う。聞かないけれど。聞かないけれど。……聞きたいけれど。

 すぐ近くの小さな畑で今日も虫を取る。柵は無いけれど、エリュトロン様の庇護の下、眷属となっている私の周りには、普通の獣は訪れない。害虫は付くけれど、害獣の心配はない。

 元々趣味でもやっていた園芸で害獣も気にしていたのは、もう、昔の事だ。この森に来る前の、十年以上も前の事だ。とてもとても、昔の事のような気もするし、つい最近な気もする。

 記憶は、時間を飛び越えている。


 虫を丹念に潰すのは、冬でも行う事だ。エリュトロン様の庇護はとても強く、その気になれば、この森に雪を降らせない事、ここら一帯を常夏にする事すら可能だ。

 余り意識的にはやっていないようだけれども、ここは冬でも余り寒くない。その代わりに夏はとても暑い。

 夏になると獣は舌を常に垂らして水辺に集まり、私もそれに混じったりする。眷属が来ても逃げない程の暑さだが、そこに変身した姿のエリュトロン様が来ると私以外は大体逃げていく。どの姿になろうとも逃げられていくのを、エリュトロン様は少しだけ寂しく思っているようにも見えた。

 ただ、エリュトロン様が近くに来ても逃げなかった獣も稀に居る。そういうのは大抵親を喪ったか、群れから追い出されたか、病気でもう衰えているとかそんな所だけれど、エリュトロン様の興味に入ると眷属に新しくなったりする。興味に入らないと、時々飯にされる。

 野菜を幾つか収穫していると、後ろからちょんちょんと角で突かれた。

 振り向くと、尖り角鹿が居た。普通の鹿より殺意の高い、枝分かれした角のどれもが鋭く尖っている、私よりも背丈の高い、巨大な鹿だ。目が穏やかに赤い、エリュトロン様の眷属の一匹。固有の名前は、エリュトロン様は付けていない。

 怒らせると角の先からため込んだ魔力を一度だけ吐き出したりする。眷属なだけあって、その魔力は普通の尖り角鹿より遥かに強く、当たると洒落にならない。と言うよりかは、その枝分かれした角の全てから発せられる魔力の光線は、使われたら最期、私などは死を覚悟するしかないだろう。

「またお前か。何が欲しいんだ?」

 尖り角鹿はかごに入った収穫した野菜の内、カラシトマトを選んできた。

「辛いのが好きなんて、やっぱり変わっているよお前」

 口に入れてやると、食べて、咳をして落とし、それでも落ちて潰れたカラシトマトを咳をしながら食べきった。

「何度も言うけどさ、それ、そのまま食うものじゃないよ」

 どうして何度もそう食べるのか、エリュトロン様が聞いた所によると、人が煙草を吸うのと似たようなものらしいと言っていた。

 煙草なんて、あれのどこが美味いのか俺も分からん、とエリュトロン様は言っていた。

「げふっ、ごふっ」

 咳き込みながら去っていく先は、川だった。その内あいつ、血でも吐くんじゃないか。


 昼が過ぎ、軽食を食べ、昼寝をしてから軽く森を歩く。太陽が降り始めた頃。

 暑くなってくるこの季節、急な斜面を汗水垂らしながら登り、頂上まで辿り着いたのはすり鉢状の砂地。そこは、エリュトロン様の寝床。

 時々、私はここに来る。すり鉢のへりで座り、ただその荒地を、様々な事に思いを馳せながら、眺める。

 見た限りだと相変わらず、木の一本も生えていない場所だ。エリュトロン様の巨体が寝るのに適した場所、ただそれだけにしか見えない。

 しかし、その場所は私だろうと入ってはいけない。エリュトロン様が居る最中でも、留守中でも。

 入る者が居たら、容赦なく殺せと言われている。そして、それが眷属の誰かであっても。

 殺意を孕んだその言葉は、多分、自分のみならず、眷属の皆の頭にしっかりと刻まれている。

 十年間。いや、そんな年月など全くの意味もない。その言葉が覆される事は絶対に無く、私はそこへ入る事は絶対に無いだろう。

 眺めているだけならば、そう何も言われない。けれど、その荒地の下り坂へと一歩でも足を踏み入れようとすると、本能的に体がその恐怖を思い出す。

 エリュトロン様と付き合ってきた十年という年月。眷属として、けれどそう王様と部下のような堅苦しい関係ではなく、人の姿や様々な姿に身を変えたそのエリュトロン様と一緒に飯を食べたり、他愛ない話をしたり、戦遊戯で勝負をしたりと、様々な事を親しくしてきた。

 眷属として親しくさせて貰っているからこそ、自分を指の一振りで殺せるような強大なドラゴンである事を時々、ほんの僅かにだけれど、意識から薄れる。

 ここに来ると、それははっきりと思い出す。その姿を。二足で立ち上がれば、私など豆粒に過ぎない、その隔絶した差を。遥かな羨望と、何よりも勝るような恐怖を、美しさと共に。

 ドラゴン。それは、この世界において不釣り合いなほどに無慈悲な力を持つ生き物。

 全ての繁栄は、ドラゴンがその気になれば灰燼と化す。

 私は、その眷属として、ここで生きている。

 もう、十年。私はきっと、ここで一生を終えるのだろうという事に、後悔はしていない。ただ、満足出来るかと言われると、色々と悩む。


 夕方になり、私は再び立ち上がった。

 東からは星空が上り始め、西には真っ赤な太陽が地平線の先で沈み込もうとしている。

 見慣れた景色は相も変わらず、そして私はそのすり鉢の荒地を再び眺めてから、そこにエリュトロン様が眠っている姿を思い描き、それから息を何度か吸って吐き、そして帰路に就いた。

 闇の中を歩く事も、私の赤くなった目ではそう困難な事ではない。かと言って木の蔦で転んだりとする事は普通にあったりする。人に変身したエリュトロン様がお前の目はどこについているんだ、と笑うその足が蔦に引っかかると、蔦は一瞬で灰になっていた事を思い出した。

 隔絶。その言葉は眷属になってから、何度も反芻する事になった言葉だった。


 暫く歩いて、まず気付いたのは、そのエリュトロン様に匹敵する何かが、自分の小屋に居る事だった。やはりドラゴンだ、と直感した。

 エリュトロン様以外のドラゴンを実際に見た事は一度だけある。実際に、と断らなければそこそこの回数はあるが、実際には一度だけだ。

 数の少ないドラゴンの間でも交友関係はちゃんとあるようで、そして人の生涯という刹那の間でその交友が見られる事は、普通に考えたら、単純に珍しいものを見たという意味でもとても幸運だろう。

 それは私がここへやってきてからまだ、大した年月が経っていない頃の事だった。どれほどの時を生きているか自分でも分からないと言う、老いたゴールデンドラゴンがやってきた。太陽の光を身に受けて、優しく光るその金色は、今でも鮮明に思い出せる。

 変身をした後は、様々な獣や人族に容姿を変えながら、私にも話しかけてきた。どの姿であろうとも、その背後には雲の上まで伸びている大樹が聳えているような歴史、地の遥か奥底まで張っているような根があった。そして老いていても、何に変身しようとも、滲み出る生命力はエリュトロン様より遥かに強かった。

 素振りは穏やかで、口調もゆったりとしたものだというのに、その話に受け答えするだけでも、体から汗がひっきりなしに流れた。見つめられると、体を縫い留められたような、心臓を鷲掴みにされているような、鋭い刃を眼前に突き付けられているような錯覚に陥った。

 人や獣の姿に変身していた時も、それは自分達小さき者と目線を合わせる為の行為でしかなく、隔絶した差は間断なくそこにあった。

 多分、私がエリュトロン様の眷属となっていなかったら、エリュトロン様と長く付き合う事も出来なかっただろうと思う。

 眷属とならず、ドラゴンと暮らすという事は多分、不可能だ。

 あのプレッシャーをそのまま耐えられる存在が、そのドラゴンの同族以外に居るとは考えられない。


 次いで小屋が見えてきて、分かったのは、そのドラゴンの眷属が居るという事だった。

 緑色の目をしたワイバーンが小屋の前で立っていた。

 自分の背丈の二倍から三倍はあるそのワイバーンは、自分を見止めると、近付いてきてしきりに臭いを嗅いできた。そこに敵意は無い。

「通っていいか?」

 そう聞くと、素直に横に避けてくれた。

 そして、扉に手を掛けようとした瞬間、キィ、とひとりでに開いた。

「貴様がエリュトロンの眷属の人間か」

 淡々とした、そして自分を突き刺すような声がした。

 唾を飲んで答える。

「はい」

 中を見ると、本棚にあった本を立ち読みしている、身長の高い、人間の男の姿をしたドラゴンが居た。髪の毛は黒で、羽織っているものは白を基調としていた。

 そして、その背には赤子の小さな、黒いドラゴンが居た。

エリュトロン(レッドドラゴン)の眷属


尖り角鹿:

名前:無し

特徴:目が赤い。辛いものが好き。

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