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未来視-2

シリアスです(一応)

『クスクスクスッ……』


 広く冷たく薄暗い部屋に女の忍び笑いが漏れ響く。


「な……なぜ」


 苦し気な男の喘ぎ声が重なると、女は一層妖艶な声をあげる。


「なぜって、だって殿下はちっともわたくしを見て下さいませんもの。だからもう回りくどいことは止める事にしましたの。わたくしを知りさえすれば、殿下もわたくしをお望みになる筈だもの」

「ばかな。俺にはヴィーしかいないと、貴女の気持ちに応える事は出来ぬと、昨夜はっきり申し上げたはずだ! 貴女も承知なさって、それでもいとことしての交流は続けて欲しいと仰ったから俺は!」

「……殿下はきっと、子どもの初恋をそのまま引きずっていらっしゃるだけですわ。お人形のように美しく従順な少女との、おままごとのような関係しかご存知なくて。こんなに若くて逞しくていらっしゃるのに、お気の毒だわ」

「う……うるさい! いくら王弟殿下の姫といえ、俺にこんな事をしてただで済むと思うのか。茶に怪しい薬を盛るなど、王家の姫の所業とも思えぬ!」


 窓の外で稲光が走り、灯りのともらぬ室内をかっと照らし上げた。

 人払いされた王太子アレクシスの寝所、広い寝台に整えられた絹の寝具の上で、男女の影がひとつに合わさろうとしている。男は――アレクシスは、その端正な顔を怒りに赤く染め、覆い被さる女を睨み付けているが、その四肢は力なく寝台の上に投げ出されたまま、随意に動かせぬ様子であった。


「怪しいなどとは心外ですわ。殿下はお疲れでいらっしゃるから、素敵な夢を見られるように計らったまでですわ」

「ぬかすな。このことは罪に問うからな。それがいやであれば、今すぐこの部屋を立ち去れ。未婚の女性王族がこのような恥知らずなおこないをしたと知れれば、まともな結婚を望むどころか、即修道院送りになるだろう!」


 アレクシスの言葉に、薄着一枚で顔を近づけている女はまたくすくすと嗤う。稲光が再び室内を刺す。照らし出された童顔は、普段の無邪気は消え失せ、におうような欲を貼り付かせている。それは艶めかしくうつくしく、並の男ならば己の立場も女の立場も忘れ果ててとっくに陥落してしまっていただろう。

 けれど、アレクシスはただ愛おしい婚約者の面影を狂おしく脳裏に走らせることで、薬がもたらす熱を治めようと努めていた。

 そんな王太子に対し、ディアナは紅い唇を近付けて囁いた。


「か弱い女に寝所で組み敷かれたなど、本当に皆の前で仰いますの? 父は恐らく、わたくしの言い分を信じると思います。お具合の悪いご様子だった殿下を看病して差し上げようと伺ったら、力づくで、と。そしてだれもが、自らのあやまちを認めずにか弱い女に罪を着せようとする殿下を、非難することでしょう」

「何を言う。何故俺が非難されねばならんのだ!」

「油断なさるからですわ」


 あっさりとディアナは言った。


「もしもこれが媚薬でなく、毒薬だったらどうなさいました。王太子殿下ともあろうお方があまりにも無防備」

「だ、だれが、世間知らずな従妹の姫がこんな真似をすると予想できようか!」

「それが殿下の甘さなのです。善良な許婚とぬるま湯の中で過ごしておられるうちに、殿下は警戒をお忘れになってしまったのですわ。違いまして?」

「……」


 たしかに、己の油断が招いた事態だとは、アレクシスも認めぬ訳にはいかなかった。せがまれるままに乗馬に出かけ、天候の急変に慌て、伴の者たちとはぐれたまま、離宮に駆け込んだ。濡れた衣服を替えたあと、身体を温める効果がある香草だと言って従妹が用意された茶になにか入れるのを止めるなど、思いつかなかった。かれの身体の不調に気づいた従妹が、自分がみているからと言って使用人を遠ざけた時も、不自然と見抜く余裕がなかった。

 もしも相手が本当の暗殺者だったら? 王太子として気構えが足りなかったのは、事実かも知れない……。


「わたくしが殿下を護って差し上げます。わたくし、こう見えてもけっこうしたたかですのよ」

「……ああ、それは、よくわかった」

「今宵、わたくしに、御子を授けて下さいませ……そうなれば、婚約は解消してわたくしを正妃に出来ますでしょう? アディソン公は父が説得してくれますわ。ヴィクトリアには、弟君のローレンスさまとのご縁を」

「なにをばかなことを! 王弟殿下の秘蔵の姫が、なんというあばずれか!」

「ふふ、田舎育ちで純朴な娘と思われていましたか? 生憎、両親の目が届かなかったおかげで、わたくしは色々学ぶことが出来ましたのよ……欲しいものは、どんな手段を使っても奪うのだ、という事も。かんたんですわ、純朴なヴィクトリアから殿下を奪うことくらい」

「ヴィーを傷つけるような事は絶対にせぬぞ!」

「でも、苦しいでしょう? 先ほどよりお身体が熱い」

 

 そう言ってディアナはアレクシスの胸をまさぐる。顔にかかる吐息とは逆に冷えた掌の感触にかれはぞくりとしたが、それでも身の内の熱が去る気配はない。


「抗わなくてよいのです。わたくしが夢を見せて差し上げます。ですから、わたくしに御子を」

「断る!」


 だが、拒絶の声は、自分でも驚くほどに弱々しかった。ディアナは妖しく笑んだ。そして湿った唇を押し当てて……。


―――


「いやーーーーーっ!! アレク!!」


 ヴィクトリアは、自分の叫び声で目を覚ました。

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