4・公爵令嬢の新しいご友人
お嬢様の誕生パーティから一週間。
アレクさまの従妹のディアナ様は、お嬢様にべったりだ。『わたくしの一番の親友』とあちこちで言い回って、毎日公爵家に遊びに来られる。お嬢様は嫌な顔ひとつせずにお相手なさっている。王妃教育や社交に忙しく毎日ぎっしりとスケジュールが詰まっているお嬢様は、他の仲の良い令嬢がたとのお茶会だって、ひと月前には予定に入れておかないとこなせないというのに、お嬢様は、
「ディアナ様がわたくしをお気に召して下さって嬉しいわ」
なんて人の好い事を仰っている。
え、なぜわたしが気に入らなさそうなんだ、って?
だって、ディアナ様は『ヴィーと一緒にいたいから』と仰って、忙しい合間を縫ってアレクさまがお嬢様に逢いに来られても、帰る素振りも席を外す素振りもなく、そのまま三人で過ごされているんですもの! アレクさまもお嬢様のやや微妙な顔をなさっていたりするけれども、ディアナ様は、お忙しいお二人が時間をやりくりしてやっと逢う時間を作られているのに、何も気付くご様子もなくってお二人の間に座ってにこにこして殆ど一人で喋っておられる。
「ねえアレクさま。ヴィーったらね、アレクさまの前ではお澄ましだけれど、昨日の夜会ではね……」
こんな調子で、いつの間にかアレクシス殿下からアレクさまと呼び方まで変わっている。お嬢様が私的な場ではそう呼ぶからご自分もそうしていい、と思っておられるみたい。そして、アレクさまだけの呼び名だった、ヴィーという愛称も「わたくしもそう呼んでいいでしょ、ねえ?」と強引に押し切って使ってらっしゃる。流石にアレクさまも、今まで馴染のなかった従妹の姫に向かって駄目だと大人げない事は言いにくいらしい。
「最初ヴィーって大人しい方かと思っていましたのに、昨日は夜会で、ふふ、ゴドウィン侯爵子息とそれは親し気に楽しそうに声を上げて」
「まあディアナさま、コンラッドの話が面白かったから笑っただけで、わたくしそんなに声を上げてなんか」
「あら、いいじゃないの。貴女がアレクさまがおられなくても楽しく夜を過ごされていたと聞かれたら、アレクさまも安心なさるだろうと思っただけなのに、どうしてわたくしの言葉を否定するの?」
ディアナ様は笑顔を崩さず、如何にも無邪気で悪気がないように見える。見えるけれど……。
(絶対悪意の塊でしょ、この女!)
わたしは壁際に控えてその様子を見ていてイライラしてしまう。まるでお嬢様とコンラッドさまが、アレクさまのおられない所で変な風に親し気だったみたいに聞こえるじゃないの。まったくこの女、いえこの姫は、容姿は愛らしく、田舎暮らしのせいということで年齢の割に幼げで、言葉遣いはきちんとしているのに妙に舌っ足らずな喋り方で、男の方に今や大人気だと聞くのに、どうして既に婚約が調っているお二人の間にばっかりいるのだろう。
でも、ディアナ様の言葉にお嬢様が困ってらっしゃる様子をアレクさまはすぐに察されたようで、
「ディアナ殿。コンラッドは俺にとってもヴィーにとっても幼馴染で親しい友人です。それに何より、ヴィーの妹のクリスの婚約者ですしね。俺とヴィー、クリスとコンラッドが結婚したら、彼は我々夫妻の義弟になるのです。きっとヴィーを気遣って楽しませてくれたのでしょう、彼は昔から話が面白い奴だから」
ときっぱりと諭すように仰って下さった。
「まあ。道理で親し気でしたのね」
「わたくし彼を紹介する時に申し上げた筈ですけど……」
それでも凹んだ様子もないディアナ様に、お嬢様は小声で仰ったけれど聞き流されてしまった。
「アレクさま、お忙しいのでしょ? ヴィーの話し相手はわたくしがいますから大丈夫ですわ」
「ん? ああ……」
おまえがいない所で話したいのだ、とはっきり言えない礼儀正しいお二人がもどかしい。でも折角来たのだからとアレクさまは気を取り直されたようで、
「いや、まだもう少し時間は大丈夫です。ヴィーとの時間を大事にしたいし」
「まあ、ですけど、その分後でお休みなさるお時間が減ってしまうのでは? アレクさまの負担になってしまっては、ヴィーも心苦しく思うと存じます」
あーもうっ!! アレクさまがいいと仰って、しかも「ヴィーと」って限定されているのに、なんなのこの女は!!
遂にわたしは我慢の緒が切れた。
「アレクシス殿下、お茶が入りました。今日の茶葉は、コーリーから『お嬢様が殿下の為にお疲れがとれるよう特別に選んでお取り寄せになった』香りのよいものなんですわ!」
「あ、ああ、アリス、ありがとう。頂こう」
「お嬢様もどうぞ」
「ありがと、アリス」
「……わたくしの分は?」
「あら? 申し訳ございません、ディアナ様、もうお帰りになられるのかと思って」
げふんとアレクさまは噎せた。お嬢様は、お客様に対して失礼なわたしを咎めるような顔をなさったけれど、目は笑っている。
アレクさまは仰った。
「そうかディアナ殿もうお帰りか。御機嫌よう」
「あ、あの、わたくし別にまだ……」
「ディアナ殿はお身体が丈夫でないのだから、お休みなさる時間が減っては良くあるまい」
「え、でも」
「遠慮なさる事はない。ヴィーの話し相手は俺がいるから」
「は、はい……」
ここぞとばかりにディアナ様の言葉を逆手にとって、アレクさまは畳みかける。
「お帰りですか、ディアナ様。馬車を呼びますね!」
「あの、アリス、わたくし……」
「アリス、ディアナ殿に馬車まで付き添って差し上げてくれ」
「承りました! ではディアナ様、どうぞ」
「うう、わたくし、また明日も参りますわね」
ディアナ様は遂に重い腰を上げてアレクさまにお暇の挨拶をなさる。アレクさまはディアナ様に労わりの言葉をかけつつも、わたしに感謝の目配せを送って来られた。
エドワードさまには、お嬢様とアレクさまにいつも付いているか次の間に控えているように、と言われているけれど、たまには二人きりにして差し上げましょう。アレクさまの視界から外れると途端に不機嫌な顔になるディアナ様をわたしは丁寧にお見送りした。




