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10・すれ違う気持ち

 媚薬騒動のあと、ディアナさまは田舎の静養地へ帰ってしまわれた。アレクさまから『二度と近付くな』とまで言われてしまっては、王都に身の置き所がないと感じられたのだろう。アレクさま以外にもまだ婚約者のいない貴公子はいらっしゃるのに、なんでアレクさまに拘ってしまったのだろう。第二王子のローレンスさまもまだお相手が決まってらっしゃらない筈。どうしても王妃になりたかったのかしら……。


『さすがにもうアレクさまにちょっかいかけて来ることはないと思うけど、このまま田舎に引き籠って終わる方でもないだろうなあ』


 なんてエドワードさまが仰るので、可哀相な反面不気味な気もする。

 ……そういえば、エドワードさまはアレクさまと同じ年齢。まだお相手は決まっていない。王弟殿下の姫と、貴族家筆頭の跡取り令息……釣り合っているんじゃないかと思う。

 んん。どうしてそう考えるとなんだか胸の奥がもやもやするのかしら。わたしには関係ないことなのに。いえ、でも、あんな卑怯な手段でアレクさまとお嬢様の間を引き裂こうとしたディアナさまはエドワードさまには相応しくないわ。もっと、素敵な令嬢が他にいらっしゃる筈よ。


「アリス?」


 そんな事を考えながら廊下を歩いていたら、いきなり背後からエドワードさまに話しかけられたのでわたしは飛び上がりそうになった。


「は、はいっ。ななな何でございましょう?!」


 エドワードさまがどなたと結婚なさるかなんて事は置いておいても、せ、で始まるあの言葉の意味を知ってしまって以来、わたしは恥ずかしくってエドワードさまのお顔をまともに見る事が出来ないでいる。あんな言葉をエドワードさまの前で大声で発していたなんて、ああもう消えてしまいたい。

 というか、他の男の方も、今までと違った目で見てしまうんだけれども。結婚したらあんな事をするんだなんて、わたしにはとても耐えられないわ。まあわたしはお嬢様のお世話をして一生結婚なんてしないつもりだからいいのだけれど。

 そんな恐ろしいこと、お嬢様は大丈夫なんでしょうか、と思わず侍女長に言ったら、愛情があれば大丈夫ですと笑われてしまったけど、本当かしら……。


「アリス。最近僕のこと避けてない?」


 あうっ。気付かれていたわ。


「さ、避けるなんてそんな」


 エドワードさまがじっとわたしを見ていらっしゃるのを感じるけれど、わたしは恥ずかしくてエドワードさまの目を見る事が出来ない。

 エドワードさまは小さく溜息をつかれた。


「……ごめん。反省している」

「はあ?」


 え。なんでエドワードさまが謝るの?? わたしがばかだったというだけなのに? 

 びっくりして思わず顔を上げると、エドワードさまの切れ長の黒い目が真剣な光を帯びてわたしに向けられていた。


「な、な、なんです? わたくしの方こそ、はしたないことを申し上げてしまってお詫びを……。もう、アレクさまには謝罪致しましたし」


『アレクさまとディアナさまが性交せずに済んでようございました』


 なんて面と向かって言っちゃったのですもの! でも、消え入りそうなわたしの謝罪をアレクさまは笑い飛ばして、アリスのおかげでしなくて良かったよなんてさらっと仰って下さって助かったのだけれど。ちなみにその後、会話を聞いてらしたお嬢様に、なんのことかと聞かれてアレクさまはお返事に困ってらっしゃったので、やっぱり申し訳なかったとは思っている。


 でも、アレクさまにはすぐにお詫びを言えたのに、エドワードさまにこの話題をもちかける勇気が出なくて。どうしてなのかは、自分でもよくわからなかったけれど……避けてばかりいないで、早くお詫びを言って元通りになりたいと思ってはいたのに。


「まあ、時と場合によっちゃまずいけど、あの時は、おまえの間違いのおかげでディアナさま本人から企みを聞きだせた訳だし、アレクさまも、もちろん僕も、なんにも悪く思っちゃいないよ」

「ですけど……」

「そんな事を気にしてたのか。僕はおまえに嫌われちゃったのかと思ったよ」

「嫌う? そんな滅相もない。どうしてそんなことを?」

「だってさ……僕は、効果を判っててあのお茶を飲めば自分を制御できる自信を持っていたんだ。なのに、おまえに変な事を言って、おまけにその事を忘れてて……」

「エドワードさま、思い出されたんですか?」

「気になってしかたなかったから、アレクさまに頼み込んで教えてもらったんだよ」


『僕の子どもを産んでくれないのか?』

『おまえは僕のものだ!』


 あの時のわたしへ向けた言葉を、エドワードさまは気になされて。それでこんなに暗いお顔を?


「だって正気を失ってらっしゃったんですもの、しかたありませんわ。それくらい解っています。それなのに、わたしがエドワードさまを嫌うだなんて」

「だけど、気持ち悪かっただろう。おまえ、ディアナさまに、たすけてください、って言ったそうじゃないか」

「それは……だって、エドワードさまがあれ以上変になられては、エドワードさまが後悔なさると思ったからです。今でさえ、そんなに気にしてらっしゃる。わたしのことなんかどうでもいいのに」

「じゃあ、おまえは嫌じゃなかったのか」

「いやだとかいやじゃないとかわたしが申し上げることではありませんわ。だって、あんなのエドワードさまのお気持ちと全く違う事くらい、わかりますもの」

「どうして、おまえに僕の気持ちが解るんだよ?!」


 突然エドワードさまは声を荒げた。え……怒ってる? なんで? こんなエドワードさまを見たのは、初めてかも知れない。わたしのせいだ。わたしは一気に胸がぎゅうっと苦しくなった。


「も……申し訳ありません。わたし……つい……出過ぎたことを……そ、そうですよね、わたしなんかに、エドワードさまのお気持ちが、わ、わかるわけ、ないのに……」

「アリス!」


 エドワードさまははっとしたご様子だった。

 駄目……泣いたら駄目だ。本当はエドワードさまはとてもお優しいのだもの。侍女なんかが思い上がった発言をしてそれを怒るのなんて当たり前なのに、わたしが泣いたりしたら、きっとまた気にされるわ……だってわたしは大事な妹の侍女だから……。


「アリス、違うんだ、そんな意味じゃない!」

「す、すみません、お許しください」


 許す。なにを。わたし。いやだ、エドワードさまに嫌われたくない。でも。

 頭が混乱してしまう。


「待ってくれ、アリス!」

「すみません、あの、わたくし、お嬢様のご用があって。お許しください、本当に、反省していますから!」


 失礼だという意識はあったけれど、これ以上向かい合っているのは不可能だった。なにか仰っているエドワードさまの方にただ一礼して、わたしは小走りでその場から離れた。


「……ああっ、もう! こんなつもりじゃ!」


 背後でそんな声が聞こえたけれど、初めてのお怒りに動転していたわたしは、なにも考えられなかった。

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