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9・怪しいお茶と単語の意味

「エドワードさま! お気を確かに! 性交は結婚相手となさってください!」


 わたしの叫びにディアナさまは口をぽかんと開けて、


「んまあ! なんてはしたない娘なの! せっ、せせっ……なんて言葉を大声で!」

「せせ、ではありません、ディアナさま、性交ですわ」

「お止めなさい! そんな言葉聞きたくないわ!」


 耳を塞ごうとするディアナさまの後ろでアレクさまは何故かお腹を抱えて爆笑なさっている。


「なんですの、アレクさま! ヴィーの侍女がこんなふしだらでよろしいのですか!」

「い、いやいやディアナ殿、アリスはなんか言葉を勘違いしてるんだよ。彼女は真面目で有能なんだけど、時々笑わしてくれるんだよなあ、うくくっ……。おいエド、おまえもなんか言えよ。だいたい、もう手を出しちゃったのか?」

「手を出すってなんです? わたくしはエドワードさまにぶたれたことなんてありません」

「それは『手を上げる』だろ!」


 なんだかよくわからない状況だけど、アレクさまは何故か面白がっておられる。けれど、エドワードさまの次の一言は、流石にアレクさまの笑顔を凍り付かせた。

 エドワードさまは離れようとするわたしの腕をがしっと掴んで、こう言ったのだ。


「どうして離れる、アリス? 僕の子どもを産んでくれないのか?」


 エドワードさまはあくまで大真面目の様子だけれど、わたしたち三人は固まってしまった。


「エド、おまえ、なんか変なもんでも食ったのか? 医者に行った方がいいぞ? 俺たちの前でそんな事言うなんて」

「アレクさま、僕は……」


 アレクさまの呼びかけに、エドワードさまは一瞬正気を取り戻した様子で戸惑い顔になる。そのままシャツの胸元を押えて、


「ああ、そうか、ここは……くそ、僕は何を……ああ、だけど苦しい……」


 息を荒くしてよろめいてテーブルに手を付いて身体をなんとか支えていらっしゃる。でも艶やかな黒髪が冷や汗に湿っているようで、明らかに体調が良くなさそうで。

 わたしは思わずエドワードさまのお顔を覗き込んで、


「本当にお具合が悪そうです。お医者様を……」

「アリス、おまえがいてくれれば僕は大丈夫だ!」


 ちょっと理性を取り戻されたかと思ったのに、エドワードさまはわたしを見るなり、なんとわたしを抱きすくめてしまった!


「駄目です、離してください!」

「いやだ! おまえは僕のものだ!」


 エドワードさまのお顔が間近に迫ってくる。わたしはあっけにとられているアレクさまとディアナさまを見て、


「たすけてください!」


 と懇願した。


「た、助ける、って、しかし、男女の事に立ち入るのも野暮かとも……おまえエドが嫌いな訳じゃないんだろ?」

「そういう問題じゃございません。それにアレクさまには申し上げてません。ディアナさま、なんとかして下さい」

「わ、わたくし? わたくしに何が出来ると言うの。エドワード殿に力で勝てる訳ないでしょ」


 抱き締められてわたしもなんだかぼうっとなってくる。エドワードさまの体温が高い。温かい。男の人ってこんな風に身体が硬いのね。そして背中に回された腕が力強くって。わたしはなんだか泣きそうな気分になってきた。でも泣いてる場合じゃない。エドワードさまに早く元に戻って頂かなくては、こんな事、将来の奥方に知られたら御不快に思われるわ……。


「ディアナさまの香草のせいなんですから、解毒剤を下さい!」

「は? い、言いがかりはよしてちょうだい! あれはただ身体を温める為のものよ。これはエドワード殿の意志なんでしょ。あなた、上の寝所にお連れして介抱して差し上げたら?」

「いいえ、エドワードさまがなんでわたしなんかに。あの香草には、男の方が性交したくなる効果があるのでございましょ! わたくし知ってます!」


 アレクさまは驚いた顔でディアナさまを見つめる。だってあの香草は元々ディアナさまがアレクさまへと差し出されたものだから。ディアナさまは真っ赤になって、


「な、何を言うの! だいたい、性交したくなる効果、って何て言い方なのよ?! あれはね、媚薬、って言うの!」


 しん、と室内は静まり返った。


「媚薬……? ディアナ殿、あれは媚薬なのか? それでエドの様子がおかしくなったのか」

「あ、アレクさま! ち、違います、わたくしは……!」

「俺に、媚薬を飲ませようとしたのか。それを察知したエドは、阻止しようとして」

「違います!」

「何が違うんだ。今、自分ではっきりと『あれは媚薬だ』と言ったじゃないか! エドの様子も全部説明がつくぞ!」

「あ、うう」


 ディアナさまは口をぱくぱくさせたけれど、言い訳が思いつかなかったようで黙ってしまわれる。


「ああ……よかった……」


 エドワードさまは大きく息を吐いて、わたしに寄りかかったまま、ふうっと気を失われた。


「エドワードさま!!」

「エド!」


 エドワードさまを受け止めきれなくて倒れそうだったけれど、アレクさまが駆け寄って代わりにエドワードさまを受け止めて下さる。


「なんだよ、この茶番は俺の為か。ちゃんとはっきり言ってくれれば良かったのに」

「お嬢様の夢なので、確かな証拠がなかったのです。申し訳ありませんアレクさま。エドワードさまは大丈夫でしょうか?」


 わたしの問いに、アレクさまは鋭い視線をディアナさまに投げる。


「これは、本当に大丈夫なのか? もしもエドに何かあったら……」

「だ、大丈夫ですわ! そんな危険なものをわたくしが使う訳ないではないですか!」

「まあ、そうだな。危険なものを俺に飲ませようとしたとなれば、そなただけでなく王弟殿下のお立場さえ危ういぞ。本当にいったいどういうつもりだ。俺にはヴィーという婚約者がいるのに、王弟殿下の姫のそなたが、どうしてこんな真似を!」

「だ、だって……アレクさまはちっともわたくしを見て下さらないんですもの! 今まで、わたくしが誘いをかけてその気にならない男性なんていなかったのに!」

「つまり、俺を戦利品かなにかのように思っていた訳か?」

「違います! わたくしは本気でアレクさまのことを! アレクさまの御子が欲しかったのです!」

「俺は絶対にヴィーを裏切ったりしない! そんな卑怯な手段で俺を裏切らせようとしたそなたの顔も見たくない。この件はここにいる者だけの胸に仕舞っておこう。その代わり、二度と俺に近付くな!」

「あ……ああ!」


 厳しいお言葉に泣き崩れるディアナさま。なんだか少しだけ可哀相な気もしなくもないけれど、アレクさまはやっぱりお嬢様一筋で、お二人の間柄を護れて本当に良かったと思う。


 ディアナさまは別室に行かれて、意識は取り戻されたけれどまだ足元がふらついているエドワードさまをアレクさまはソファに休ませる。


「ありがとう、エド、それにアリス。おまえたちが来てくれてなかったらどうなっていたか」

「いえ、お役に立てて良かったです。……僕、お茶を飲んでからの記憶があまりないんですけど、変な事言いませんでした?」


『僕の子どもを産んでくれないのか?』

『おまえは僕のものだ!』


 あの台詞を思い出すと胸がドキドキする。でも。あれはディアナさまの薬が言わせたこと。エドワードさまがわたしを特別に思うなんてある訳ないもの。


「べ、別に何もないぞ。なあアリス。まあ、その、なんだ、アリスに言いたい事があるなら、記憶がはっきりする時に言えばいいだろう」

「はあ……」


 不思議そうな顔をなさっているエドワードさまは、本当になにも覚えていないみたい。

 わたしは話を変えようと思って、


「でも本当に、アレクさまとディアナさまが性交せずに済んでようございました」


 と言った。

 アレクさまとエドワードさまは同時に激しく咳込んだ。


 ――その言葉の意味をちゃんと侍女長に習うように、とお二人から諭されて、わたしは後日、『結婚』と同程度の意味だと思っていた言葉の真実を知る事になる。

 そ、そんなぁ。男女が一緒の寝台で休んで神さまにお願いしたら、コウノトリが赤ちゃんをおなかに運んでくるんではなかったのぉ?!

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