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8・王太子殿下と怪しいお茶

「アレクさま!」


 離れた距離からエドワードさまが声をかけた。雨と風の音がうるさい中で、アレクさまは馬上で振り返って下さった。


「なんだ、エド……と、アリス? いったい何をしてるんだ」


 ほら、やっぱりアレクさまは不審そうなお顔をなさっているわ。だって、エドワードさまと、ヴィクトリアお嬢様の侍女のわたしが二人で乗馬なんてあまりに不自然だもの。

 でもエドワードさまは怯む風でもなく、いつもの笑顔で雨の中をアレクさまとディアナさまに馬を寄せて挨拶なさる。慌ててわたしも同じようにする。


「ディアナさまとアレクさまがお風邪を召したら大変です。話は後で、ともかく離宮へ向かいましょう」


 とエドワードさまが仰って、濡れて寒そうなディアナさまも激しく同意したので、取りあえずわたしたちは一緒に離宮へ入る流れにする事には成功した。


―――


「伴の者はどうされたのです」

「ああ、はぐれてしまってな。ディアナ殿が早く森の奥へ行きたいと仰って」

「アレクさまとディアナさまから離れるなどとんでもない失態です。王太子たるアレクさまの御身に害をなそうとする者でもいたら、命でも贖えませんよ」


 身体を拭いて服を着替えてさっぱりして食堂へ集まると、アレクさまとエドワードさまはそんな事を話し合われていた。


「あらまあ、この平和な王国で、そんな物騒な輩などそうそう近づいてはきませんわよ」

「そういう油断が時に大事を招く可能性があるのですよ、ディアナさま。目に見える形で襲って来なくとも、こういう人手の薄い所での毒殺、なんて事もあり得る。僕が毒見役になりますよ、アレクさま」


 エドワードさま、上手い! こう言われては、夢の通りにディアナさまがアレクさまのお茶になんか入れるのは難しくなるんじゃない?

 でも、ディアナさまは笑い飛ばして、


「そんな心配はないですわよ。それにエドワード殿だって、アディソン家の大切な跡取りでしょう。毒見役はわたくしが引き受けますわ」


 と阻止しに入って来た。むっ。

 ちなみに、ぴっちりした乗馬服から薄手のガウンに着替えられて、なんか一層女っぽくなっていらっしゃる。


「お、お毒見ならわたくしがっ! 皆さまお国に大事な貴い方ばかりですもの、わたくしが適任です!」


 とわたしは前のめりに名乗りを上げた。でもアレクさまは面白そうに眉を上げて、


「ええ、アリス、おまえがどうかなったら、俺はヴィーに顔向け出来ないなあ。それに、他にもおまえがどうかなったら困る奴がいるしなあ?」


 なんて仰った! どういうこと?


「アリス。おまえは僕がヴィクから借りて来たんだから、無事に返さないといけないんだよ」


 とエドワードさまが仰る。……なんか、本当に毒殺の危険があるみたいな会話だけれど、アレクさまのほうは、そんな訳ないと思ってらっしゃるみたいで、なんだかにやにやなさっている。エドワードさまを見て、


「まー、遂にその気になったのは目出度いことだな。前から言ってたように、ちゃんと配慮するからな!」

「いやそういう訳ではないんですんで。ただ、アリスがヴィクに付いて家を出てしまうと機会がないから今のうちに乗馬を教えようと思っただけで」

「べつに誤魔化さなくていいじゃないか。俺はおまえの味方だ」

「なんのお話です?」


 訳ありげなお二人の会話に、わたしとディアナさまは同時に質問した。エドワードさまはどうされたのか深い溜息をついて、


「なんでもないんです。アレクさまの誤解です」

「誤解とはなんだよ、エド」

「まあとにかく、皆さままだ身体が温まっていないでしょう。アリス、お茶を入れてくれないか」

「はいっ!」


 離宮の召使の人が既に茶器を用意してくれていたので、わたしは疑問は置いておいて、エドワードさまに言われた通りにお茶の準備にとりかかる。そうだ、わたしがお茶を入れていれば、妙なものをディアナさまがアレクさまのお茶に混ぜる事を阻止できる……しなくては。きっとその為にエドワードさまはわたしを連れて来たんだ。


「ん……いい香りだな」


 わたしが淹れるお茶をアレクさまはいつも褒めて下さる。どんな茶葉でも最大にその美味しさを引き出すとか仰って下さって。


「これで身体は温まりますよ」


 とエドワードさま。するとすかさずディアナさまが、


「実はわたくし、身体が冷えた時に良い香草を少しばかり持っていますの。生憎一人分しかないのですけど、是非アレクさまお試しになって」


 って、小さな包みを取り出された。

 これって……やっぱりお嬢様の悪夢の通りなの……? わたしはまだ、あれが未来視なのかどうか半信半疑だったけれど、どうやらエドワードさまの心配は当たっていたみたいだと感じて怖くなる。


「アリス、これをアレクさまのお茶に」


 とディアナさまはわたしにそれを差し出して来る。アレクさまが拒否なさってくれれば良いのに、なんの疑いも持っていないご様子でアレクさまはディアナさまにお礼を言われている。わたしはどうにかしてディアナさまの気を変えられないかと思って、


「ディアナさま。結婚していない男女には御子は生まれないんじゃあないでしょうか」


 と言ってみる。本当はそうではない事は、純真なお嬢様と違って、知識として知っているんだけれどね。


「は?」


 いきなりのわたしの言葉に、ディアナさまの笑顔が凍る。そのお顔を見れば、本当の狙いはやっぱりそれだったんだと判る。


「なにを言い出すの、何の関係があるのよ? も、勿論わたくしだってそんなことくらい知っていてよ? だからなに?」

「あら、ご存知ないのかと思いました。申し訳ありません」


 怒っているディアナさまにしれっと謝ったものの、ディアナさまは怪しい香草を引っ込めようという様子はない。アレクさまに至っては、


「なんだアリス、いきなり子どもだなんて気が早すぎるんじゃないの? ははは」


 なんて……もう、一体どなたの為にこんな苦労をしていると思ってらっしゃるの?! 


 エドワードさまはこのやり取りを見ててそっと溜息をついた後、アレクさまに話しかけた。


「アレクさま、身体、冷えてます?」

「ん? いや別に。もうすっかり温まった」

「なら、そのお茶、僕に譲って頂けませんか。なんかさっきから寒気がして」


 ディアナさまが出したものに対して、お毒見を、とは流石に言い辛いと思われたようだ。普通なら王太子殿下に対して失礼と叱られるだろうけれど、何しろお二人は幼馴染の親友なのでアレクさまは、


「おおそうか、風邪を引いたらいかん、じゃあディアナ殿、俺は次の機会にでも頂くから、ここはエドに譲っていいだろうか?」


 と気安く仰った。何としてでも怪しいお茶をアレクさまに飲ませないぞ作戦は功を奏しそうに見えたのだけれど、ディアナさまは顔を強張らせて頑なに、


「これはアレクさまの為に取り寄せた特別なものですもの。我慢して下さいませ、エドワード殿!」


 と首を横に振る。そしてアレクさまのカップにさっさと粉末を振りかけてしまった!


(ああもう!! ……あっ、でも、このお茶をうっかりこぼしてしまったらいいんじゃない?)


 もちろんこれは叱られるだろうけれど、クビになるまではないだろう。

 でも、わたしがカップに手を伸ばそうとした時、なんとエドワードさまは先にそのカップをひったくるように取って。


「駄目だよアリス、おまえがディアナさまに仕返しされるよ」


 わたしにそう囁くと、一気に中のお茶を飲み干してしまった!


「おいおい、エド、意地汚いぞ」


 流石にアレクさまも呆れた声を上げたけれど、エドワードさまは平然とカップを戻して、


「すみません、余りに寒かったもので……お許し下さい、アレクさま、ディアナさま」

「もう! どういうことですの! アディソン公爵子息ともあろうお方がこんな失礼な方だなんて!!」


 当然ディアナさまは怒りの形相でエドワードさまを睨み付けている。どうしよう……ディアナさまはエドワードさまの悪口を言いふらすに決まっているわ。それくらいなら、わたしがお咎めを受けることくらい、何でもなかったのに!


 だけど、そんなわたしの慌てた様子を見たエドワードさまは、なんでだか、場にそぐわない優しい笑顔を向けられた。


「僕の事は心配しなくていいよ、アリス」

「で、でも、エドワードさま、ちょっと無理やり過ぎです。エドワードさまのお立場が……」

「おまえは気にしなくていいよ。ああ、温まったらなんだか眠くなってきたなあ。ちょっと横になって来てもいいですか、アレクさま」

「あ、ああ、別に俺は構わないけど、大丈夫かエド。なんか変だぞ、おまえ」


 アレクさまは、怒るよりむしろ心配そう。いつも冷静なエドワードさまからは想像もつかない振る舞いだったから……。


「ありがとうございます。じゃあ、行こうか、アリス」


 そう言ってエドワードさまは何故かわたしの肩に手を回す。ディアナさまははっと息を呑み、アレクさまは目を丸くする。


「おいおい、いったいどうしたんだよ?!」


 わたしもある事に気付く。エドワードさまは、ディアナさまの香草入りお茶を飲まれてしまった。未来視通りならば、怪しい、人を操るお茶を。男のひとを、おかしくさせるお茶を!!

 エドワードさまは、とろんとした目で、わたしを見つめている!

 わたしは叫んだ。


「だだだ駄目ですよエドワードさま! わたしとは性交出来ません!!」

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