未来視-1
「ヴィクトリア。きみとの婚約は破棄する」
表情を動かす事もなく、アレクシス王太子は皆の前で、子どもの頃からの婚約者であるヴィクトリア・アディソン公爵令嬢に告げた。
「わたくしが、その、元平民の娘を殺そうとしたと、殿下はそう信じてらっしゃるのね」
ヴィクトリアの美しい貌もまた、表情を変えない。何の感情も出さず、己の運命に興味さえなさそうに、彼女はただ静かに問うた。王太子の背後には、ひとりの娘。平民として育った、この王宮の広間に着飾って足を踏み入れる事など本来到底叶わない筈の娘。しおらしく俯いて、どんな顔をしているのかは見えない。
「彼女だけではない。きみは、我が父王陛下暗殺未遂の罪に問われている」
王太子の声と共に衛兵がヴィクトリアに歩み寄り、その細腕を捕え、手枷を嵌める。広間はしんと静まり返り、そこにいる多くのひとはただ息を呑んで、王太子とその元婚約者を見つめているだけだ。がちゃりという手枷の音がやけに大きく響いた。他に聞こえるのは、王太子の背後にいる娘の啜り泣き。その娘を庇って立つ王太子は、憐れむようにヴィクトリアを見て、
「残念だよ。きみの処刑は三日後だそうだ」
「わたくしはやってないわ。けれど、何を言っても無駄なのでしょう。これは変えられない運命なのですから。御機嫌よう、アレク。愛していますわ」
「……連れて行け」
衛兵は無慈悲に令嬢の手枷を引き、彼女は自分のドレスの裾を踏んで転んだ。しかし、彼女に手を貸す者はいない。彼女は手枷に縛られたまま何とか自力で起き上がると、
「王家の未来に幸を」
と薄い微笑さえ浮かべて言った。
「なんと恐ろしい」
と誰かが呟いた。