筋肉惑星
注意、このお話は楽ハン(『現代最強は楽しいハンバーガーに転生しました』の略)を二章まで読んでおくとよりいっそう美味しくいただけます。
『筋肉惑星』
格安テナントに居を構えるは、
自称女神が経営するタレント事務所、通称『女神事務所』。
大物俳優を排出する夢を叶えるため、日夜、某小説投稿サイトに投稿を続けている。
そんな事務所の休憩室。
エルフの少女。アイナ・フォルシウスが虚空を見つめてため息をついていた。
「私ってキャラ薄いですか」
「なに?」
部屋の隅でトレーニングをしていた岳斗が、アイナの向かいのソファーに座る。
「私ってキャラ薄いのかなー」
「聞こえてはいたよ」
「キャラがね薄い気がするんです」
「そうか?」
「はい」
「それは、リアルのことか? それとも楽ハンのことか?」
「両方です」
「両方かよ! ・・・・・・俺はそんなことないと思うけどな」
「薄いですよ」
「ほら作中に出てくるエルフって脇役を除けばアイナだけだろ? それだけでも立派なアイデンティティを確立しているじゃないか」
「レイラがいます 」
「レイラはダークエルフだし、棲み分けはできてるだろ」
「人気で負けてる気がします」
「人気って(人気投票をしたわけでもないだろうに)それでキャラを気にしたのか」
「はい」
「確かにリアルじゃレイラは、なろう女優兼ここの秘書だもんな」
「私には何もないんです」
「なんかあるだろー。ほら、食いしん坊属性」
「あとからスーちゃんと被りました」
「料理をすると石炭を生成できる」
「足引っ張るだけじゃないですか」
「幼馴染属性、しかも誕生日まで主人公と一緒」
「今のところその設定が活かされたことってありましたっけ?」
「ネガティブってんなー、そうだ、いいこと思いついた」
「なんですか?」
「筋トレしよう」
「え?」
「筋肉はいいぞー! 筋肉は裏切らない!! 可視化できる努力!!! 体力の向上!!!! 生活にも役立つ!!!!! いいことづくめだ!!!!!!」
「声が大きい。キャラ設定上、トレーニングはしてますよ」
「まだだ! アイナの筋肉はそんなもんじゃないだろ!」
「い、いや! これ以上筋肉つけたらキャラが崩壊します!」
「薄いキャラなど崩壊してしまえ! なぜキャラが薄いと感じるかわかるか!? 筋肉がないからだ!! 筋肉だよ筋肉! 自身のカラを筋肉で破るんだ! 筋肉をつけてキャラに磨きをかけろ! アイナ!」
笛の音がなる。
休憩室のドアが勢いよく開かれる。レイラと特殊部隊の登場だ!
「液体窒素準備完了!」
「なんだお?」
「凍結開始!」
特殊部隊は岳斗に液体窒素をかける。
その隙にレイラがアイナの元に近づく。
「身柄確保! 撤退しまーす!」
液体窒素を浴びている岳斗が大声をあげた。
「つめてーー!」
特殊部隊が驚きの声をあげた。
「液体窒素を浴びせられて生きているだと! ば、化け物だ!」
「知らないのか! 筋肉は熱をたくさん作るんだ! その熱によって液体窒素を無効化したのだ!」
「む、無茶苦茶だ!」
特殊部隊と筋肉が言い争っている間にアイナはレイラに台所に連れていかれる。
「危ないところでしたね。あやうく筋肉と同化するところでした」
「え、いや、別にそこまで困ってなかったんですけど」
「アイナがもし筋肉マンになったら私の監督不行届で女神様に首をはねられてしまいますので、ちょっとここで待っててください」
レイラが再び休憩室に戻る。
特殊部隊が地に伏せていた。
「岳斗さん、やりますね」
「いや、俺なにもしてねぇし、少し触れただけだろ」
「台風はそこにいるだけで人を吹っ飛ばすものです」
「くっ、この世界を筋肉惑星にするという俺の野望が」
「さらっと地獄を作る発言しましたね!」
「お前もシックスパックにしてやろうか! ブハハハハハ!」
「もきゃああーーっ!!」
レイラ部隊は結果にコミットした。
『アドリブ』
「それでキャラが薄いって話なんですけど」
「うん、動じないね、それキャラにしたら?」
「真面目な話なんです」
「うーん、まぁあれだよ、楽ハンの方はさ原作を書いている作者さんに任せるしかないよ」
「そうですか?」
「だってこっちで頑張ったって台本通りに動くしかないんだからさ」
「そうも言いきれません」
「ほわっつ?」
「・・・・・・岳斗はアドリブ入れまくって、それでオーケーもらってるじゃないですか」
「そうだっけ?」
「女神様との会話の部分なんて丸々アドリブじゃないですか」
「確かにそうだな。現場(白い空間)行ったら女神のやつコタツで寝てたことあるからな」
「そういう個性が欲しいんです」
「ならいっそのことアイナもアドリブやってみたらどうだ?」
「それは・・・・・・私は頭の硬いエルフです。アドリブだなんてそんな」
「でもそれしかないだろ。ちょっといまやってみるか」
「え、何をですか?」
「アドリブの練習だよ。そうだな大まか流れとラストだけ決めて2人で演じてみよう」
「そういうことですか。分かりました、お願いします」
「その意気や良し。そういうのに最適のアプリがあってな・・・・・・あー、スマホ女神に壊されたままだった。ちょっと待ってて」
岳斗はティッシュの空箱2つと、小さく切った紙を大量に用意する。その紙になにやら文字を書き、それぞれの箱に入れる。
「それは?」
「この箱の中にはシチュエーションが書かれた紙が入っている。そしてもう一つの箱には物語のラストが書かれた紙が入っている」
「なるほど、これでランダムに物語の骨組みを作るわけですね」
「そういうことだ。それ以外は俺たちのアドリブで繋ぐんだ」
「うわぁ、緊張しますね。でもアドリブ力が鍛えられそうです!」
「気負わずにやろう。俺はシチュエーションの紙を引くからアイナはラストの紙を引いてくれ」
「はい!」
「まずは俺からだな」
岳斗は箱に指を入れる、そして一枚の紙を取り出す。
「む、これは」
「なんて書いてあるんですか?」
「『学校』だ」
「意外とベタですね」
「こんなもんだろう。さ、アイナも引いて」
「はい」
アイナはラストの箱から紙を引く。そして紙の文字を読んで硬直する。
「なんだ? なんて書いてある?」
「・・・・・・はく」
「漂白? そんなの書いた覚えないぞ」
「違いますよ、『告白』です」
「よっしゃああーーッ!! やるかーーッ!!」
「なんですかそのテンションの上がり方は!」
「ほら、いいからやっぺーー! スリー、ツー(無言で指折り)」
アイナもそのカウントを聞いて真面目な顔になる。
先程の様子とは打って変わって、なろう女優モードに入ったのだ。
(ラストの箱には『告白』の紙しか入れてないよーん)
汚い筋肉なのであった。
先に切り出したのは岳斗からだ。
「屋上に呼び出してどうしたんだ? もう放課後だぞ」
「(うわ、最低限の設定を説明しつつ私にバトンを渡してくれた)あ、あの、先輩に言いたいことがあって」
「(はいはいオイラが先輩ちゃんね)言いたいこと? ああ、プロテインの正しい使い方なら」
「そんな事じゃないんです」
「なに? プロテインをそんなこと呼ばわりするだと」
「え、いえ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「プロテインは人類が作り出した英知の結晶だ。言葉には気をつけたまえ」
「は、はい(あれ? 告白する流れに持っていけない)」
「ところであれを見てくれ」
「あれって?」
「ほら、ここからだと校庭の様子がよく見えるだろ?」
「本当ですね(いい雰囲気?)」
「アイナを待っている間に筋肉を観察していた」
「人のことを筋肉って呼ぶのやめてください」
「ははは、き・・・・・・アイナは手厳しいな」
「今、筋肉って呼ぼうとしてましたよね」
「それで俺に何のようなんだ?」
「それは・・・・・・(あ、やっと本筋に持っていける)。
私、先輩のことが・・・・・・す」
「す? スクワットのことか?」
「いえ、す、すす、」
「どうした君らしくもない。はっきり言いたまえ」
「先輩のことが好ーー」
パァン!!
「な!? なんの音!?」
「すまんアイナ、私の筋肉が体内で弾けてしまった」
「だ、大丈夫なんですかそれ!?」
「ああ、超回復にはその前の超壊滅が必要不可欠なんだ。だから俺は体内で筋肉同士を引っ張りあいっこさせて意図的に断裂させているんだ」
「は、はぁ」
「それで筋肉の弾ける音でよく聞こえなかったんだが。なんと言ったんだ?」
「いえ、なんでもありません」
「そうか」
「ちょっと、一旦止めていいですか」
「どうしたんだ?」
「告白失敗したじゃないですか!」
「うーん、俺もビックリだ。なぜ押し切らなかったんだ」
「あの空気で告白する気になんてなりませんよ!」
「そういうことだ、アイナ」
「え?」
「アドリブというのは、ゴールにたどり着けない場合が多々あるといということだ」
「それじゃダメじゃないですか・・・・・・やっぱり私には向いていなかったんです」
「そう悲観するな、悪いことだけじゃないぞ」
「え」
「告白して成功する。それだけの物語が、告白する前に冷めて告白を取りやめる展開にまで持っていけたのだ」
「それドラマにならないんじゃ」
「ならないかもしれない、だがドラマティックなのは後者だと俺は胸筋を張って言える!」
「・・・・・・なんだか、熱いですね」
「そうだ、アイナに足りないのは、キャラなどではない、ポテンシャルは十分にある。本当に足りないのはその熱さだ!」
「熱さ・・・・・・」
「元気があれば何でもできる。情熱があればなんでも成し遂げられるはずだ!」
「何となく分かってきた気がします!」