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2-1   悪趣味なシャツを着る理由。

この回はもう一人の苦労人であるオーランド視点でお送りさせて頂きます。


ご了承下さいませ(*´ω`*)



 この国には三人の王子がいる。その中でも一番母親の身分が低く、身体も弱い末の王子アーネスト様が俺の主人だ。表面上はご兄弟の中でも一番優しげで儚げな印象を与えるアーネスト様が、実は一番厄介な性質を持っていることを知るのは王城内でも一部しかいない。俺の生家のクレイグ家は母親がアーネスト様の乳母をしていたために、息子の俺も幼い頃から彼の面倒を見ていた。


 アーネスト様を幼い頃から見ていて気付いたのは、その異常なまでの執着心だ。身体が弱いせいで周囲から何の期待もされず、見向きもされなかったがその実、幼い頃から恐ろしいほど知恵が回った。そんなアーネスト様には昔から良くない癖がある。


 顔や権力に釣られずに自分に優しくしてくれる人間はどんな手を使ってでも手元に置きたがるのだ。しかも自身が集めた人材が他者の興味を惹くのも嫌う。そのせいで俺も王城内では全く似合いもしない悪趣味なドレスシャツの着用を義務付けられている。


 しかし幼い頃からほぼ付きっきりで面倒を見ていたせいか、俺はアーネスト様を強く諫められない。虐げられる毎日にすっかり心を閉ざしかけていた彼が唯一信頼することが出来たのが俺だけだったせいもある。今更どう諫めてやれば良いのか見当がつかない。


 だから初めてアーネスト様が彼女に会った日から何となく嫌な予感はしていた。それが確信に変わったのはあの生地を買いに街に出た日だ。エメリン嬢の名誉を傷付けないように湾曲した言い回しをして、生地の山の中で奮闘する姿は俺から見ても彼女の真面目な人柄を感じて好ましいと思えた。


 出来ればアーネスト様に目を付けられる前に遠ざけてやりたいと--そう考えていたのだが......。


『ねぇ、彼女--ジェーン・マクスウェルだったかな? 裁縫が得意なんだってね。エマも随分気に入ってるみたいだ。女子寮の管理人なんかには勿体ないし......欲しいな』


 今朝、熱を出してベッドから起き上がれないアーネスト様がそう言った時から彼女の--ジェーン・マクスウェルの人生は大きく変わる運命になってしまった。


「王族だから罷り通るなんて、か。痛いところを突かれたものだな......」


 王城に向かう道すがら、彼女のあの言葉が思い出された。馬車で乗り付けると不快な表情を隠そうともしない彼女の不況を、これ以上買わないように今日は徒歩だ。彼女は一見すると大人しそうな女性だが、俺の見た目に怯えることもなくズバズバと物を言う。少なくとも俺のあの格好を真っ正面から笑ったのは彼女が初めてだ。


 もしも彼女を知らない人間にジェーン・マクスウェルという女性のことを訊かれたら、どんな言葉で語れば良いのか俺には分からない。いや、特に彼女の人柄に問題があるわけではないのだが--ただ、少々出会い方に問題があった。一言で言い表すとしたらお互いに最悪だったと思う。


 こちらは主人の遣いとして対面しただけだというのに、彼女が俺を見る目はまるで犯罪者を見るそれだった。しかし今となっては最初の彼女の警戒ぶりもあながち的外れではなかったわけだが......。


 そして思うのだが彼女は毎回会う度にその印象を変える。初めて見たときの印象はただの大人しそうな女性。次に言葉を交わした印象では理性的な女性。さらに次に会ったときには仕事に対して貪欲なまでの探求心を持つ女性と様々な変化を見せる。


 残念だがそれだけでもう充分にアーネスト様の興味を惹いてしまった上に、さらにエメリン嬢の信頼も厚いとなれば今回の抜擢は不可避だった。とはいえ、まるで騙し討ちをしたような気分で非常に後味が悪い。


「しかし欲しい物が王室御用達の足踏みミシンとはな......」


 らしいといえばそうかもしれないが、俺は彼女から出された条件の商品を思い出して苦笑した。確かに趣味程度で欲しがるには高価な代物だが、彼女はまだ二十代に見える。その年頃の女性が欲しがるならもっと他にもありそうなものなのに、彼女は敢えて、というよりもっときっぱりした意思を持ってそれを欲しがった。


 近所からも管理人としての彼女は勤務態度も真面目で毎朝の生徒指導もしているのだと訊いている。天職にも見える今の職を辞さなくてはならないと言ったら、彼女はどんな顔をするのだろうか?


 --恐らく今日の比ではない叱責を喰らうのだろう。俺が。気が進まないのは元より理不尽さを感じるがこれも王城の仕事ではよくあることだ。


 それよりも、今日の彼女のもう一つの反応を思い出す。いつものドレスシャツ姿でなかっただけで判別がつかなくなるほど俺は無個性なのだろうか。答えは否だ。身体が無駄に大きい自覚もあるし、髪色も特徴的だ。城の中で他の者達が俺を見間違えるのは見たことがない。だとしたら問題はこの場合、彼女の人を認識する能力だ。


 あれで本当に寮生の見分けがついているのだろうか? しっかりして見えて意外と失言癖のある彼女だ。関係のない人間が入り込んでいても気付かなさそうではある。


 とはいえ、あの悪趣味な服装でしか彼女が俺を認識していなかったのは少なからずショックではあった。何が、と問われても困るが--。あぁ、だがそうか。俺が勝手に手間のかかる人間の面倒を見るもの同士の連帯感を持っていたのが悪いのか。


 そんな詮無いことを考えていたら慣れ親しんだ城門が見えてきた。心持ち歩く速度を速めてアーネスト様の私室へと向かう。恐らく報告を早く訊きたくてメイド達に俺を捜させている頃だ。城内を歩き始めてすぐにアーネスト様の身の回りの世話をしている顔見知りのメイドに捕まった。やはりすでに捜索が開始されていたようだ。


 迷惑をかけたことを詫びてメイドと別れる。そういえば良く見かける顔でありながら名前を知らない。これでは俺も彼女のことを言える立場ではなさそうだ。


 無駄に広くて長い廊下の角をいくつか曲がってようやく目的の豪奢なドアの前に辿り着く。ノックをすると中からすぐに「入って」と弾んだ返事が返ってきたことを確認して入室する。ベッドの上には朝から幾分か顔色のマシになったアーネスト様が起き上がっていた。


「ねぇ、それでオーランド、彼女の勧誘は上手くいったかい?」


 ドアを閉めた途端、早速本題に入る若い主人を見て苦笑が漏れる。普段周りに他人がいる時は十六歳とは思えない大人びた対応をするというのに心を許した人間にはどこまでも緩む。緩急のつけかたが上手いのか、さもなければただの甘ったれた子供か。昔からのことなので俺にとっては微笑ましい。他者にとっては地獄だろうが......。


「--まぁ、今のところは、と言ったところですが。一応は依頼を受けてくれるようです」


「へぇ、その分じゃちゃんと伝言してきてくれなかったのかな?」


「彼女にも今まで培ってきた生活というものがあります。あまり無理を言うものではありますまい」


「はいはい、分かったよ。今はそれで納得するさ。相変わらずオーランドは頭が固いな」


 “今は”に妙に力が籠もっていることを加味すれば、この我慢も保って一月といったところだろう。今のところそれまでに大きな失敗をするしか彼女が逃げられる道はなさそうだ。不意に教えてやろうかと思案するが--しかし仮にそう進言したところで彼女は手を抜かない気がする。


「オーランド、君は今わたしからどうやって彼女を逃がそうか考えただろう?」


 勘の鋭い主人にかかれば俺の考えなどはお見通しなのだろうが、実際他者の考えを言い当てるこの癖だけは好きではない。


「それを考えたかどうかがアーネスト様の決定を左右するとは思えませんが。それにいくら使用人の考えることだからとはいえ、上の者がそのように下の者の考えを言い当てるのはあまり褒められた行為ではありませんな」


 さっきの彼女からの言葉もあってか思わずいつもならしないような発言をした俺に、ベッドの上で彼が驚いたような表情を浮かべる。迂闊な発言をしたとは思ったが、妙なことに少しすっきりとした心持ちだ。


「--ふぅん、オーランドはずっとそう思っていたのか?」


 見目だけは神話の世界からやってきたような彼の瞳に冷たい色が宿る。これは機嫌を損ねたか--そう思った時だった。


「だったらもっと早く注意してくれ。数少ない味方の君にまで嫌な気分をさせたいわけではないのだから」


 今まで散々長年繰り返されてきた無茶苦茶なやりとりの中で、こうも意外なほど素直に自分の非を認められるとは思ってもみなかった。考えてみれば今までワガママを叶えてきたことは数え切れないほどあったが、こうして意見を言って会話を成立させようとしたことはあまりなかった気がする。


 なる程、俺は長年彼に遣えはしてきたが向き合いはしていなかったということか。彼は城の中で言葉を交わす人間がほとんどいない以上、俺がそうすべきだったのだ。急に目の前の霧が晴れたような気分を味わっていたら、そんな俺を見つめていた彼が視線を逸らした。


「エマも、君も、わたしに優しすぎるんだ。だから--だからつい、どこまでだったら許されるのか試すような真似をしたくなるんだ」


 逸らした視線の先を見た俺に呟くように言った彼の言葉を耳にして、ふと思う。これはまだ捻れた感情表現を軌道修正する余地があるのではないだろうか、と。特に最近ではエメリン嬢のおかげで休みがちな学園にも以前よりは確実に通う日数も増えている。学力には何の心配もない彼だが、学友の少なさというか、他人との意志の疎通が苦手な部分は前々から心配していた。


 これはあながち良い兆候かもしれない。そう考え込んでいた俺に彼が急に投げかけた疑問が“そういえばそうだな”とおかしな感心をしてしまうものだった。


「......それでどうしてオーランドは今日その格好で外に出たんだ?」


 昔は悪趣味なドレスシャツを着るのに人並みに抵抗があったものの、いつの間にか普通に着用するようになっていた。断れば幼かった彼が散々泣いたせいだったが今となってはそんなこともないというのに。


「あぁ、言われてみればそうですね」


 本当に、どうしてだろうかと首を傾げる。しかし考えてみたところで答えになるものを思いつかない。思いつかないのであればさほど大したことでもないだろう。


「着替えたら参りますので、大人しく--」


 しているようにと釘を刺す前に、神話めいた美しさを持つ彼は俺に向かってこう言った。


「いや、もうあのシャツは着ないで構わない。これからはその格好で生活してくれれば良いよ。いつまでもわたしのワガママを律儀に聞いてくれるからオーランドがもう良い歳だと忘れていた」


 妙に大人びた物言いをする彼に“成長したな”と感慨深い思いを抱いていたら、ムッとしたような表情で睨まれた。


「わたしはもう十六歳で、オーランドも今年で三十二歳だ。世間で言えば三十二歳だってまだ若造なんだろう? だったら若造の君がそんな顔でわたしを子供扱いしてくれるな」


 ......成長したと思ったら急に反抗期に入ったのだろうか。


 さっきまではこの他者の考えを言い当てる癖が少し煩わしいと感じていたはずなのに、今はそうでもない。青年でも少年でもない、少女のような顔でむくれる主人に苦笑する。結婚もまだしていないというのに子供の成長を見ているような気分になりながら、俺は彼に彼女から入った注文品の手配を相談するのだった。



自分で書いててびっくり。


王子様は軽いヤンデレ属性かもしれませんΣ(・ω・)

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