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1-7   私、管理人辞め(休職)ます。



 マリーの店で生地を購入してから早二週間。生地の脱色も上手くいったし、あの後も何度かマリーの店に通って制服に付いているボタンの類似品も探し出せた。同色の糸も、学年を見分ける為のリボンタイも、ちゃんと揃えた。このまま全ては順調に進むかと思われたのだが--。


 結論から言おう。私は彼女の制服を造ることの難易度をナメていた。女の子の服なんて身長と体格が似ていたら何となく出来るとたかをくくっていたのだ。しかし、今までの彼女の数々の行動を思い返せば分かったはずだったのに......。


 少し話が逸れるが、この学園の制服はちょっと“男子生徒に対してのサービスショットの量産が過ぎやしないか?”という造りになっている。


 例えば元々軽い生地なのに何故か無難なAラインやワンピースデザインにせず、敢えて風の影響を受けやすいフレアスカート。


 胸元を強調するような不自然な切り返しに加え、さらに下から持ち上げるように取り付けられたコルセット型のベスト。


 身体のラインにピッタリと張り付くように入った、腰やお尻周りの※ダーツ(平面の布を身体の凹凸に合わせて立体的につまみ縫いする洋裁の手法)の数々--。


 おまけにそれらの上から羽織るのが全く防寒着向きではないボレロという「絶対このデザインしたのは男だ!」と言いたくなる代物なのだ。乙女に夢を持ってる男のステレオタイプ。何て言うか、こう、無駄にエロい。この乙女ゲームを作ったゲーム会社の男女比率を知りたくなる。


 仮に私が母親ならパンフレットを見た時点でまず入学させないだろう。それどころかP〇Aに報告して何らかの事件になる前にデザインを変えさせる。


 と、まぁ色々言ってみたわけだが......根本はやはり彼女の、エメリンの体型なのだ。彼女は着痩せをするタイプだとは前々から睨んでいた。しかしそれは女性的な丸みの面であって--まさか乙女ゲームのヒロインの腹筋が割れてるとか思わないでしょう!? 


 もう絶対にこのゲーム制作者サイドは狂ってる。需要はあるところにはあると思うけど......っていうか今頃は倒産しているに違いない。何をどうしたらシックスパックの乙女と恋愛に発展するんだよ......。


 ちなみに彼女の胸は固かった。あれは胸じゃない。ただの胸筋だ。腕と脚がほっそりしているから気付かなかったと言ったら「あ、ドレス着る時に見える部分は鍛えるなって言われたんです」と返ってきた。--あぁ、そうですか。


 もうこれで何度目かのシーチングと呼ばれる生成りの木綿布で造ったシルエットをトルソーに被せる。簡単に言うなれば仮縫いの仮縫いである。丸みのない彼女の身体をどうすれば他のご令嬢方のように美しく見せられるかがこの制服の肝だ。


 前の制服の生地と違い今回は伸縮性が足りない生地を使用するつもりなので、彼女の身体の角張った部分を柔らかくカバー出来ずにしっかりそこが出てしまうのである。試行錯誤を繰り返してはみたが、この型で合わなかったらシーチングを買いに行かないと。それにしても--。


「ロックミシンとまでは言わないけど、せめて足踏みミシンが欲しいなぁ」


 寮の管理人としての仕事をするかたわら、手があいた時間でする針仕事は大変だ。作業の効率化をはかるためにいつかは欲しいと思ってはいた。けれど高価な物なのでさすがに「いつ買うの? 今でしょ!」とはならない。


 そもそもこの制服が完成したところでお金が発生するわけではないのだ。つまりは善意......と言いたいところだが、これは私の前世から引き継がれた個人的趣味である。なので本当はエメリンに生地代を払わせたのはちょっとあれだったかなと反省していたり。でも仕上がれば良いのよ要は、と開き直る。


 もうすぐ学園からエメリンが帰ってくる頃だ。今日も帰ってきたらすぐにこの部屋に来るようにと声をかけてある。それとは別に二週間前同じ日に購入した黒に近い深い紺色の生地。こっちは全く手付かずのまま部屋の隅に追いやられたままになっている。


 当たり前だが日常生活で接点がないクレイグさんとはあの日から会えずじまいだ。王子様とエメリンが間にいなければこちらから会いに行くような仲でもない。それでも彼にあの日の無礼の数々を謝りたいのだ、私は。


 ぼんやりとその使い道のない生地を眺めていたら、部屋のドアがノックされた。エメリンが帰ってきたのだろう。特に何も考えずにドアを開けると、そこには何故だか顔見知りの食堂のおばさんが立っていた。


「--どうしたんですか?」


 驚きに目を丸くして開口一番そう言った私に、おばさんがとんでもないことを言い出す。


「いま玄関先にあんたのコレが来てるわよ!」


「何ですか、誰ですコレって。というかその親指しまって下さいよ」


「なぁに照れてんのよこの子は! ほら、あの悪趣味な人よ。あんたを呼んでくれって言うから食堂で待つように言っといたわよ?」


「へぇ!?」


 いきなり何で? どうして? そんなことが頭の中をグルグルしている私におばさんが「誰か帰ってくる前に行った方が良いんじゃないかい?」と教えてくれたので慌ててスカートに付いた糸くずを払い落とす。おばさんからのチェックも入ってゴーサインが出ると同時に廊下を走った。


 別に乙女的な意味なんてない。ただこれ以上大人として恥を重ねないためなんだからね! である。普段から全く走ったりしない私は自室から食堂まで走りきった時点でわりと疲れていた。しかし弁明させてもらいたい。最近深夜に作業するために寝不足が続いているせいと、この女子寮が広いせいだ。断じて年齢のせいじゃない。


 食堂の入口付近で呼吸を整えて中を覗くが--あれ? おばさんの人違いだろうか。あのハイセンスファッション(笑)の彼がいない。そこにいるのは上下真っ黒な服で揃えた長身の男性の背中が見えるだけだ。ちょうど窓からの日が射さない影に立っているせいであの特徴的な髪色かどうかの判別もつかない。正直見に行って彼でなかったら困る。


 うーん、このまま立ち去ってしまおうか? 私は管理人なんてやってるくせに人見知りなのだ。


 うん、やっぱり戻ろう。早速回れ右して自室に帰ろうかと思ったら、振り返った廊下の先にエメリンの姿が見えた。ちょうど学園から戻ってきたらしい。繕いを重ねた制服に心が痛む。ついでだしこのまま彼女を連れて部屋に戻ろう。そう思っていたら--。


「あーっ! マクスウェルさん! いまお部屋に呼びに行こうと思ってたんですよー」


 ちょ、おま---コラコラコラコラ!!? 私が必死に顔の前で人差し指を立ててジェスチャーしたのだが彼女には伝わらなかったらしい。短距離ランナーもかくやというスピードであっという間に私の目の前までやってきて「ただいま戻りましたぁ」と柔らかく微笑んでくれた。


 いつもなら褒めてあげても良い元気さが今日の私には若干腹立たしく感じる。若さとか若さとか若さとか、あと空気の読まなさ。この騒がしさでは食堂にいる男性にも聞こえたに違いない。こうなったら全く気乗りはしないが顔を合わせるしか道はなさそうだ。


 寮生の身内で苦情を言いに来たとかだったら嫌だなぁとか考えて肩を落としている私を見たエメリンが「顔色が悪いみたいだけど大丈夫ですか?」と心配してくれる。気遣いが......遅いよ。


「あー......せっかく走ってきてくれて悪いのだけど私、いまから来客の相手をしなくちゃならないの。だからまた後で--」


「あぁ、クレイグさんもいま到着したんですね! 良かったぁ~お待たせしちゃ駄目だと思って焦って帰ってきたんですよ」


「--貴女いま誰が到着するって?」


「あれ、違いました? おかしいなぁ先に行くって聞いてたんですけど」


「いえ、あのねエメリンそこじゃなくて、どうしてクレイグさんがここにくる予定になってるの?」


 そんな困惑気味な私の問に答えてくれたのは目の前にいる頭の中がお花畑の娘ではなく、背後からかけられたのはあの低くて深みのある私好みの声だった。


「今日は彼女にこちらに寄らせてもらうと伝言を頼んだんだが--。気配がするのになかなか入ってこないと思ったら、ここで貴方は何をしているんだ?」


 えぇー......訊いてないよそんなの。背後を振り返らなくとももう誰かは分かったので代わりに目の前にいるエメリンを軽く睨む。彼女は持ち前の可愛いお顔で「えへ」とばかりに笑ってごまかした。いやそんな顔しても騙されないぞ、この脳筋娘め。背後の彼の中で私の大人気ない度が上がった気がする。何それ理不尽。内心の葛藤を悟らせないように後ろを振り返ったら、そこにいたのは至って普通の格好をしたクレイグさんだった。


「----良い」


「ん? 何か言ったか?」


「あ、あぁ、いえ、何も全くですわ!」


 思わず思った内容がそのまま口から出てしまっていた。怪訝な顔をしているクレイグさんからさっと距離を取る。これ以上の恥の上塗りは全力で避けたい。しかしそんな思いとは裏腹に彼の均整のとれた身体に見惚れてしまいそうになる。だってあんな均整が取れてたら何を来たって似合うじゃないか。生前あった学校のコンペだったらモデルとして絶対取り合いになる。


 私は女性の服しか造れないけれど、紳士服専攻の学科の子だったら放っておかないだろう。生前このゲームを貸してくれた友人などは一日中付きまとってでも口説き落としたに違いない逸材だ。


 それぐらい、普通の格好をしたクレイグさんは普通に格好良かった。そもそも考えてみれば当然か。この世界は頭がおかしい系の制作者サイドが造ったとはいえ乙女ゲームの中で、彼は攻略対象の王子様の周りに侍る従者だもの。見目が良くて当たり前のポジションなのだ。あのピエロみたいな衣装を脱げばこうなるのは自明の理。勝手にモブ仲間だと思っていた私は裏切られた気分である。


 と、話を戻そう。


「作業ペースを上げろ、ですって?」


「あぁ、貴方には実に申し訳ないんだがアーネスト様からの言付けで、これからしばらくの間はエメリン嬢の制服の製作に集中してくれとのことだ 。ちゃんとその分の仕立て代金とその間の管理人手当ても払う。代わりの管理人も短期間だが雇っておく」


「ちょっ、ちょっと待って下さい! 私の本職はこの女子寮の管理人であって王子様のお気に入りの娘さんの為に制服を仕立てることじゃありませんよ? そもそも趣味程度の私には荷が重すぎます。そういうのはお抱えのお針子さんにでも頼んで下さいませ」


「それは俺も進言した。だがどうしても貴方に頼みたいとのことだ」


 何なんだそれは。普通に考えてあり得ない。こんな無茶苦茶な王族のワガママに何故私が巻き込まれないとならないの?


「あのですね、こんなことは貴方に言ったって仕方がないのでしょうけれど、それでも無礼を承知で申し上げます。何故、女子寮の職を一時的にでも辞してまで私が、貴方の主人のワガママに付き合わなければならないんですか? それも、一般人は拒否できないと知っていて。王族だから何でも罷り通るなんておかしいでしょう?」


 ......あぁ、まただ。またやってしまった。謝るんじゃなかったのか、私の馬鹿! しかしいくらなんでも横暴が過ぎる。この人は無能そうではないのにどうしてこんな馬鹿げた話を私のところに持ってきたのだろう? こうして噛みつかれると知っていて。私が自己嫌悪に陥っていたら怯えた表情のエメリンと目があった。あぁ、そういえばそこにいたっけね。こんな面倒なことになるんなら制服を造ってやろうなんて思わなかったのに--。


 雨に濡れた子犬のような表情でこちらを見ているエメリンに同情したかと問われれば、残念、答えは否だ。なんだってそんな面倒な男の子に惚れられたのよ。きっと寝不足で濁った私の目は彼女を怯えさせるのに充分の威力を持っているに違いない。でもそんなことは知るもんか、だ。


 自分でもびっくりするぐらい大人気なくやさぐれる私に、その状態を観察していたクレイグさんがある提案を持ちかけてきた。


「貴方の言うことは至極もっともだ。ただ俺も主人に命じられた手前、簡単に引き下がる訳にもいかん。代わりに何でも貴方の欲しい物を言ってみてくれ。どんな物でも構わん。報酬とは別に用意させる--というのはどうだろうか?」


 --彼のその効果的で魅力的な申し出に、私はあっさり頷いてしまった。


 私が彼に頼んだ報酬はこの国で一番の性能と、それに見合ったお値段を誇る信頼と実績の“マーティン・レッドメイン社”製の足踏みミシン一台。


 は? チョロい? だって仕方がないじゃない。王室御用達の服飾関係先にしか出回らない逸品だし、お金を積んだって売ってもらえるものじゃない。第一、一般市民じゃ一生働いたって買えないのよ。記憶が戻ってからずっと欲しかったんだもの。後々考えてみたら遠慮なんてしないでマリーの店のマチ針も一緒に頼んでみたら良かった。


 ---まぁ、そんなわけで。


 私は管理人としての魂を一時的に売って、短期間ではあるものの“王室関係者の仕立て屋”さんになったのだった。



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