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1-6   さながら気分は引率中の教職員ね。



 馬車を帰してしまったので街に出ようにも当然徒歩ということになる。そこで心配されたのがさっきまでグッタリとしていた王子様の存在だったのだが、これは結構あっさりと解決した。


 私達は今、街でも一番賑やかな大通りを連れ立って歩いている。大通りと言ってもお金持ちが利用するお洒落な目抜き通りとは違って、もっと雑多で庶民の生活に根ざしている地域だ。


 目抜き通りほど洗練されてはいないけれど両側には多種多様な商品を商う店が所狭しと並び、足下にはしっかりと舗装された石畳が広がっていて歩きやすい。


 一日歩けばそれなりに良い物がそれなりの値段で揃う便利な場所である。連れ立ってと言ってはみたものの、今の私とクレイグさんの姿はほぼ“初デートを楽しむ子供の保護者”みたいなものだ。


「ほらアーネスト、あれがこの前話してた可愛い雑貨屋さん。あとはねぇ、あっちが美味しいクッキーを売ってるお店で、そっちにあるのが古本屋さんね。アーネストは本が好きだからきっと楽しいわよ! 」


「へぇ、これがいつもエマの見てる景色なんだ。ちょっと埃っぽいけど何だか面白そうだね」


 目的の店の場所はエメリンも知っているので先を歩かせているが……こんなに公然とした逢い引きがあっていいのだろうか? 


 私の目の前を恋人つなぎをしたエメリンと王子様がまるでただの放課後デートのような気安さで歩いている。貧困な想像力であれだが、第三王子ともなればもっとガッチリと護衛に護られているイメージがあるんだけれど。


 まだ朝方の顔をした街は人と物流の数が拮抗していて歩き辛い。王子様が埃っぽいと評するのもあながち間違いではないのだ。


 街に出るのにあの金モール付の制服では目立つから、私の黒いコートを貸したんだけど、私が着てもああはならない。面白味のないデザインの服でも着る人間が違うと凄く華やかに見えるな。


 さすがにクレイグさんのサイズに合う物が女子寮にあるわけもなく、彼は元のファッションモンスターのままだ。あまりに悪目立ちするので私と並んで二人から少し後方を歩いている。周りの視線が痛い。


 それに比べて前を歩くエメリン達は、傍目から見れば学校をサボタージュした美少女二人に見える。おかしな奴に連れ去られないようにしっかり見張らなければ。

 

 そんなことを考えて歩いていたら、危うくすぐ傍を通った荷車に爪先を轢かれかける。そのまま歩いていたら買い物どころではなかったが、すんでのところでクレイグさんが気付いて引き寄せてくれた。普段歩きなれているはずの街中で轢かれかけたので、かなり恥ずかしい。


「気をつけろ」


「う……すみません、次は気をつけます」


「何だ、まだ次があるのか?」


「いいえ、まさか。今のは言葉のあやです」


 少し意地の悪い声と共に私の二の腕を掴んでいた手が離された。視線だけは前を歩く二人から外さずに赤銅色の瞳が笑みの形に細められる。その横顔は荒削りだが男性的な魅力があった。


 少なくとも私は王子様よりは彼の顔の方が好ましい。理由は至極単純で、エメリンは美少女だから気にならないかもだが、私のような凡庸顔の女の隣にあの美貌の男がいるのは腹立たしいからだ。


 しかしそれも逞しい顎のラインを覆い隠してしまうたっぷりとしたフリルさえなければの話。角張った顎にファンシーで甘めなデザインがひたすらに浮いている。この格好のせいで本来彼の持つ魅力が大幅に殺されているのは間違いないだろう。


 あぁ、いま猛烈に青い猫型ロボットのアニメ中に出てきた、着せ替えカメラ的な道具が欲しくなってしまった。あのデザイン画を入れて対象者に向かってシャッターを切ったらあっという間に変身できる不思議道具って、今の若い子は知らないだろうなぁ。


 今日はエメリンと私の服の生地を見にきただけだからあれだけど、ついでに散々失礼な態度を取ったお詫びに既製品のシャツでも贈ったら良いかもしれない。


 質とお値段はこの恐ろしく似合っていないドレスシャツの数十分か数百分の一であったとしても、似合う安物の方がずっと良いはずだ。もしも造るとしたらどんな形が似合うだろうか。生憎と紳士物はカバー範囲外だがデザイン画くらいなら何とかなるのでは? 


 そう思ってふと肩口の位置と肩幅の正しいライン、首周りの太さ、腕周りに胸板の厚さ……と視線でなぞってみる。


 こう言うと変態みたいな感じがする“お、あの子のスリーサイズ気になるな”的なの。気分はバレないかハラハラしながら女子高生を見てるオッサンだわ。ねっとりとは言わないけどわりとじっくりは見た。


「そんなにジッと見られなくても、この服が似合っていないのは重々承知している。恥ずかしい思いをさせてすまないが、出来ればさっきのようなことにならないように前を見て歩いてくれないか?」


 あまりにじっくり見つめすぎたせいで注意されてしまう。上から少し居心地の悪そうな視線が落ちてきた。どうやら彼を傷付けてしまったようだ。


「あら、失礼しました。でもその格好が似合っていないとは思っていましたが、別に一緒に歩くのが恥ずかしいとは思っていません。ですから意味のない謝罪はしないで下さい。ただ前を見ろというのは重要な忠告ですわね」


 確かにさっきの二の舞は格好が悪い。目視での採寸を途中で打ち切られたのは残念だが、忠告にしたがって素直に前を向くことにした。前を行く二人は若い子らしくフラフラと店の前を眺めては何か楽しそうに意見を言い合っている。私も日が高い時間に外出するのは久しぶりなので少し楽しい。


 あの寄宿舎は有名な教会建築の大家に建てさせたものらしいけれど、日が射す時間帯でもちょっと薄暗いのが玉に瑕なのだ。荘厳で美しいが乙女の園というより、シスターのいる修道院といった感じで毎日いると気が滅入る。


 親の仕事を引き継いだ癖にと言われるかもしれないが、それとこれとは別問題なのだ。風と、光と、行き交う人々の声を聞いていると胸の中がすうっと軽くなる。思わず口許が綻んだ。


「何か面白いものでもあったのか?」


 急に頭上から降ってきた声に驚いて上を向くと、そこには少しだけ不器用に微笑んだクレイグさんがいた。うぅむ、こやつ中々やるな。王城仕えなのだからこれくらい気を遣えるのは当たり前なの?


「いま笑っていただろう? だから何か気になる物でも見つけたのかと思ってな。違っただろうか?」


「人には自分を見るなと仰るのに、私もそう言うとは思いませんでした?」


 別にそれぐらい指摘されても良かったのに、はしゃいでいる姿を見られたのが何だか悔しいような、気恥ずかしいような気になった私は思わずツンと顔を背けて言ってしまった。その直後に自己嫌悪に陥る。何で無闇に突っかかってみたの? 馬鹿なの? と。


 どうにも最初の出会い方が悪かったせいか妙に喧嘩腰な物言いになってしまう。やっぱり今のなし、謝ろう。そう思ってクレイグさんを見上げると「確かにそうだ。すまなかった」と先を越されてしまった。


 その後は何だか変な空気になってしまって店まで無言で歩いた。完璧に自業自得とはいえ居心地の悪い思いを味わう。先を行く二人がいつも生地を買う赤い屋根の店先でこちらに手を振ってくれたときは心底ホッとした。店先で待機していた二人に合流して店内に入る。


 大人が十人も入れば一杯になる狭い店内は色とりどりの生地や手芸小物で溢れていて、いつ来ても賑やかだ。緑色のドアに取り付けられたベルがロンと鳴って来客を告げると、奥から見知った店員が出てきた。


「いらっしゃいま……ってなぁんだ、ジェーンじゃない。こんな明るい時間に来るの珍しいねえ! そっちの人達はお連れさん?」


「なぁんだ、はないでしょうマリー。私はこの店の上客よ?」


「あはは、ゴメンって! それで上客様は今日は何をお求めですかぁ?」


 明るい金茶の長髪を緩い三つ編みにしたトレードマークに、紺色がかった青い目の彼女はマリー・クワトロ。この店の二代目で、私の唯一の友人だ。


 この店はマリーの母親の代からの付き合いで、良く大人買いをしてしまう私にとっては魔境である。明るい人柄と人懐っこい笑顔で後ろの三人に「よろしくね~」と挨拶していく。


 見た目で良いところの人だと分かると思うんだけどそんなことは気にしない。彼女はきっと国王陛下を前にしたって変わらないだろう。


「今日はちょっと頑丈な白い生地が欲しいんだけど」


「ホイホイ、それじゃあまずご予算はどれくらいあるの?」


「エメリンちょっとこっちに来て」


 私が呼ぶと、入口付近で端切れを使った小物を王子様と眺めていたエメリンがキュッと表情を強ばらせる。緊張と警戒。さっきの私の無神経さが彼女にこんな顔をさせているのかと思うと申し訳なくなった。


「うんうん、そんな緊張しなくても大丈夫だよ。うちは良心価格だし、何てったってジェーンのお連れさんだもん。サービスするよ~」


 気さくなマリーのおかげでエメリンの表情も少し和らぐ。男性陣には見えないように円陣を組んでエメリンの予算を覗き込む。私の予想通り、エメリンの予算額は伯爵令嬢とは思えない厳しい金額だった。


 けれどそれを見たマリーは「これだけあれば大丈夫だよ~」と安請け合いをしてしまう。こういっては何だが、エメリンの提示した額は私の冬用のお仕着せ用の生地よりも安い金額だ。


 “どうするつもりなの?”と視線で問えば“大丈夫、大丈夫”と返ってくる。仕方なくそれを信じることにして円陣を解いた。


「じゃ、アナタはあっちで彼氏とうちの商品でも見ておいで。良いのがあったら安くするから彼氏におねだりしちゃいなよ」


 そう言われたエメリンが頬を染めて、王子様とクレイグさんのところに戻っていく。その初々しい反応にマリーと二人で思わず目配せしてしまう。そんな私達を見たクレイグさんがフッと笑ったのが目端に映った。一瞬その表情に気を取られていたら、マリーに腕を掴まれて生地の山影に連れ込まれた。


「ちょっと、びっくりするじゃない。いきなりどうしたの?」


「びっくりはこっちじゃん! ね、ね、あの悪趣味な人ってもしかしてジェーンの恋人? は!? じゃあ白い生地ってまさか――、」


「ち・が・い・ま・す! 分かってて馬鹿なこと言わないで! 白い生地はあの子の制服用よ」


「ちぇ、なぁんだ~。せっかく恋バナができるかと思ったのに」


 とんでもない勘違い――いや、違うか。もとい私をからかったマリーはその後はきちんと店員らしく生地を選んでくれた。けれどどの生地も一着分となるとやっぱり少し足が出てしまう。


 ほんの少額であってもお金の貸し借りはさせたくない。エメリンにこれ以上恥をかかせないために私とマリーは黙々と生地の山を掘り起こしていく。中々“これ!”という生地がない。どれも予算の問題で淡い黄味を帯びていたり、薄い青味を持っていたりと真白に近い物がないのだ。


「あ、そうだ! 良いこと思いついた!」


 店内の物もだいたい見終わってしまった三人が心配そうにこちらを窺っている最中にそう叫ぶものだから、私だけではなく他の三人もビクリと肩を跳ねさせた。しかし当のマリーはそれに気付いた様子もなく「そうだ、これしかないわ」と自分の導き出した結論にしきりと頷いている。


「マリー、良いことって何なの?」


「あのさ、白を捜すのが無理なら白にしちゃえば良いんじゃないの?」


「んん……ん、あぁ! ああ、そっか、そうだわ!」


「ね、ね、そうでしょ?」


 私とマリーが二人して妙なテンションになっていたら、クレイグさんが他の二人を代表して「説明を頼む」と言ってきた。それはそうか。良い歳の女が二人していきなり騒ぎ出したら気持ち悪いものね。


「だからぁ、脱色しちゃおうよ! ってこと」


「マリー、それ簡潔すぎよ」


 彼女に任せていたら説明にならないので、私から三人に簡潔に説明することにした。ギュギュっと要約すればちょっとくらい糸が黄味を帯びている生地でも、漂白剤につけておけば完璧とまでは行かなくともそれなりに白に近付けることが出来るのではないか、ということだ。


 こんなに簡単なことに何でもっと早く気がつかなかったの。使った時間が悔やまれる。そうと決まれば生地もあっさり見つけられて、しかもそれなり以上に安くしてもらえた。マリーに「良いの?」と訊いたら「良いんじゃない?」と返ってきた。相変わらずの友人である。


 私の方はといえば、当然自分の生地は寮にあるので適当に口実を合わせるために黒に近いような深い紺色の生地を購入した。使用用途は後で考えよう……というのは言い訳だ。


 それぞれの生地を見つけられた私は、マリーにお礼を言ってそれを包んでもらう間、いつもそうするようにお会計の横にあるガラスをはめ込んだ棚の中を覗く。ここにはちょっとした高額商品が納められているのだが、その中でも一番お気に入りの商品を眺める。


 チェス盤を模したケースに納められたチェスの駒の形をしたマチ針のセットだ。小さいのにしっかりどの針がどの駒か見分けられるほど精巧に作られていて、手は出ないがこうして眺めるだけでも楽しい。


「お待ちどう様~って、ジェーンは本当にそれ好きねぇ? 見物料とるよ?」


「買えないんだから見るくらい良いじゃないの」


「それはオマケできないからね~」


 悪戯っぽくそう言うマリーに「知ってるわよ」と返して商品を受け取る。ドアの前で待っていたエメリンがピョコンとお辞儀をするのを見たマリーが、お会計カウンターの内側から笑って手を振った。


 バラバラのお礼をマリーに述べて出た外はいつの間に降り出したのか、今年初めての雪がちらついていた。

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