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1-5   緊張感のあるお茶会はいかが?



 二人を助け起こした私達は結局昨日のように食堂に向かうことになってしまった。というのも病弱な王子様が顔面蒼白になってしまったからなんだけれど。


 クレイグさん曰わく何でも毎回これをやらかすらしいので“少しは学んで欲しい”とのことだ。この人も遣える主人がこんなだと苦労しそう。しかし昨日と違って幸い寮の中にいた学園の生徒は全員通学した後だ。


 なので私達は気兼ねすることなく表の廊下を使って堂々と食堂に辿り着くことができた。ちなみに約一名がそのことにとてもホッとしている様子だったのは言うまでもない。


 食堂で働くおばさん達も各々の家庭に戻って家事をする時間だからか案の定、いつも賑やかな食堂はガランとしている。私が早速人数分のお茶の準備でもするかと台所に向かおうとしていたら、フリルベアーことクレイグさんに呼び止められた。


「昨日に引き続いて馳走になるばかりでは申し訳ない」


「そんなに大したものはお出ししていませんから構いませんよ」


「そう言うわけにもいかん。だから良ければこれを使ってみてくれ」


 あぁ、何だ。要するに昨日のお茶が口に合わなかっただけか。そう思って振り返ると、クレイグさんの手にはどえらくお高い紅茶の缶があった。


「え、あのこれってまさか……王室御用達の?」


「あぁ。昨日紅茶を飲んでいた時に嬉しそうにしていたから。口に合えば良いのだが」


 随分と気前の良い人だな……。それにこういう女性受けする気遣いをするタイプには見えなかったから心底驚いた。王室の人間はこんな末端の一般人にまで気を配るものなんだろうか? 


 そう思って青い顔をしている王子様を盗み見てみたけれど、彼はエメリンの肩に顔を埋めて苦しげに呻いているだけ。となると彼のこのスマートさは天然だということになるのだが……その格好にピンクの可愛らしい紅茶缶。駄目だ、これ以上はもう無理。


「――ぶふっ!」


 そのあまりの不釣り合いさに今度こそ堪えきれなくなった私は真っ正面から吹き出してしまった。私の無礼な反応に、紅茶缶を差し出してくれていたクレイグさんが明らかに気分を害した表情になる。それはそうだろう。きちんと礼をしてくれた人間を前にして吹き出すなど失礼以外のなんでもない。


「昨日から気になっていたのだが、貴女は初対面の人間の顔を見る度にそんな風に笑うのが癖なのか?」


「ち、違いますよ、いつもは決してそんなことは!」


 クレイグさんが私にかける声には明らかに責めるような響きが含まれている。慌てて否定しようとして再び彼を見ようと試みたものの、やっぱり彼の衣装が気になってしかたがない。


 必死に顔を引き締めようとするのだが、唇の端が痙攣しているのが自分でも分かる。そしてそんな私に対して向けられる不信感に満ちた彼の視線の意味も痛いほどよく分かった。


 かくなる上はもう、はっきり認めてしまった方がよいのでは?


 そんな開き直りの境地に達した私は、ハラハラとした表情で私達のやり取りを見守っているエメリン “心配いらない”と頷いて見せた。王子様の顔色を見るにあれはもうすぐ気を失うんじゃないかしら? 


 こうなったらさっさと紅茶を淹れて円満に会話に持ち込まなくてはなるまい。当初の目的をすでに見失いかけている私達には、一刻も早く正気に戻る為のティータイムが必要なのだ。


「誤解を与えてしまって申し訳ありませんが、私は決して貴方の顔を笑ったわけではありません」


「そうだろうか? 少なくとも俺にはそうは見えなかったが」


「ええ、少なくともお顔を笑ったつもりはありません」


「ほぅ? それではいったい俺の何が、貴女の笑いの琴線に触れたのかお聞かせ願おうか」


 あらら、結構気にしていたのだろうか。赤銅色の瞳が私を映して胡乱げに眇められた。これで私は朝以上に腹を決めてクレイグさんに答えを突き付けなければならなくなったわけだ。


「私が昨日初めて貴方にお会いした瞬間から、たびたび貴方を視界に入れて吹き出しそうになっていたのはですね、」


 頼むから怒らないでほしいと願わずにはいられない。あぁ、でもそれは都合が良すぎるだろうか。この人は見た目のわりに心の細やかなところがあるみたいだし。

でも、お願いします。


 せめてその紅茶缶をテーブルに置いて。怖い顔でそんなファンシーな物を持たれていたらそれだけで変な笑いがわき上がってくるから!


「貴方のお顔に不釣り合いなその服装について笑っていただけですわ」


 あ。違う。あまり長く喋ると笑いの発作がおきそうになってしまうから、妙にお高くとまったような言葉になってしまった。おまけに私は顔立ちがキツイから人によっては絶対に馬鹿にされたと思ってしまうだろう。


 助けを求めてエメリンに視線を向けると、彼女から“援護不可能”の視線が返ってくる。ちなみに肩にもたれていた王子様はついにグッタリと落ちてしまった。もはや万事休すか……そう私が覚悟して土下座しようとした時だ。


「あぁ……そうだったのか。そういうことであれば仕方がないな」


「えっ?」


「この格好が似合っていないのは重々承知しているからな。かえって気を使わせていたようですまなかった」


「ええっ?」


「笑われている理由が分かってこちらもスッキリしたし、何よりアーネスト様が限界のようだ。よければ紅茶を頼んでも構わないか?」


「……えぇ」


 私が呆けたように“相槌を打つだけの人”になっていると、クレイグさんは苦笑した。何故だか知らないが、私はその表情が今まで見た彼の表情の中で一番らしいと感じてしまった。それにしても似合わないのを承知で着ているとはどういう意味なのだろうか? 


 青白いを通り越して白くなっている王子様のせいで、その場で訊くタイミングを失った私は、とりあえず紅茶缶を受け取ってティータイムの準備をすることになった。その後は険悪な空気がすっかり失せた食堂内で、何事もなかったかのようなお茶会が開かれる。


 何とクレイグさんは紅茶缶の他に小さなクッキー缶まで持ってきてくれていた。これもまた当然のように王室御用達の代物でとても美味。今日だけで舌が高級品に慣れてしまったらどうしようかと心配になる。


「あの、それで今日こちらにいらしたのはどう言ったご用件でしょうか?」


 このまま時間に流されてお茶会をしていたいのは山々だけれど、もしもこの後出ていけみたいな話になっては堪らない。出て行くにも準備があるのでなるべく早くサクッと首宣告を受けてしまいたいなぁ、などと思っていたのだけど――。


「今日はエメリン嬢の様子をどうしても見に行きたいとアーネスト様が仰るから来ただけだが?」


「……そう、ですか」


 もう、あれだよね。お金と地位のある人のなさることは平民にはさっぱり分からない。無駄にドキドキさせられて一気に疲れてしまった。まだ朝からほとんど仕事をしていないにも関わらず、蓄積された疲労値は朝から夕方まで働いた時と何ら変わらない。


 ワガママを言い出した張本人である王子様はエメリンと一緒にキャッキャ、ウフフと美味しいクッキーと紅茶にはしゃいでいる。その綺麗な顔を殴りたい気持ちに駆られる……。


 私にそんなことを思われているとは露にも知らない王子様はエメリンに「明日は学園に来られそう? エマがいないとつまらないよ」などと、ちょっと鬱陶しい正ヒロインのようなことを言っていた。


 しかしその言葉でふと大変大事なんではなかろうかという事実に思い至る。


「そうだわエメリン、貴女制服の洗い替えはあるの? 貴女のあの制服そろそろ繕うのにも布地が弱ってきているから、買い替えるなら明るいうちに街に行って注文しないと」


 ――あぁ、また私はやらかしてしまったらしい。


 それまで楽しげに王子様とお喋りに華を咲かせていたエメリンの顔が、みるみるうちに真っ赤になってしまった。


 考えてみたら今の私の発言は好きな男子の前で「〇〇ちゃんの家は貧乏だから制服が買えないのよ」と発言したに等しい行為だ。生前散々やられたくせにあんな屈辱的な思いを他人に、しかも恋する乙女にさせるなんて――!


 幸い金銭感覚の鈍い王子様はこの爆弾発言の真意が理解できていないらしく、黙り込んでしまった彼女を不思議そうに眺めている。ただ私の真向かいに座っているクレイグさんはそれとは対照的に同情的な表情だ。私はなんて馬鹿なんだろうか。


 けれど一旦口から出た言葉は二度とは取り返せない。後悔するよりも先にまず事態の収拾をはからねば。格好の良いことを考えたところで完璧に冷静な判断が出来なくなっていた私は、次の瞬間その場にいた三人が目を丸くする提案を口にしてしまった。


「私もちょうど冬用のお仕着せを仕立てようと思っていたところなのよ。そうだわ、せっかくだから今から皆で一緒に服の生地を買いに行きません?」


 急におかしなテンションでおかしなことを言い出した私を前にして、若い二人は驚きはしても拒否するとい 反応は思いつかないはずだ。だからこのとき私が浮かべたぎこちない笑顔の真意に気付いてくれたのは、パッと見そうは見えない心遣いの出来るフリルベアーことクレイグさんだけだった。


 こうして、当初の予定からどんどんと離れていく私達の一日が幕を開けてしまったのだ。

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