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最終話   ハッピー・ハッピー・エンドレス。


ここまで長かった……!(・ω・*)<自分のせいな。


ようやくジェーンとオーランドの関係に決着がつきました!


よろしければ次のエピローグまでお付き合い頂けると嬉しいです。




 女子寮の裏庭で焚き火をしながら、私は秋の気配から徐々に冬の訪れを感じさせる空気を肌に感じていた。


 焚き火の炎が大きくなりすぎないように時折灰をかき混ぜながら、今朝エメリンから届いた手許の手紙に視線を落とす。


【ジェーンさんお元気ですか? わたしとアーネストは元気です! そうそう、最近うちの道場に通ってる子達もメキメキ強くなって来たので、再来年あたりはそっちで開催される武術大会にも出場出来そうですよ~!】


 相変わらず勢いのあるペン捌きに苦笑しつつ、その文面から元気そうで安心する。それにしても――エメリンというご令嬢は、どこまでいっても破天荒な娘だ。


 まさか第三王子改め“大候伯”の婚約者……というかもう実質奥方であるにも関わらず、向こうに行って一月足らずで護身術を教える道場を開いてしまうのだから。


 まさか拝領した土地というのにあのピクニックに行った場所が含まれているとは思わなかったけれど、エメリンはあの場所が気に入っていたものね。


 きっともう人目を気にしないで、毎日あの辺りを道場の子達と元気に走っているんだろう。せっかく少しふくよかになったところだったのになぁ。


 そういえばあの舞踏会の夜に学園から聞こえてきた大きな拍手。あれは“二人の王子が同日に婚約発表をしたから”だと興奮気味に戻った寮生達から教えてもらった。


 確かにおめでたいことだったのだろうけれど……その話を聞いた時は第二王子のことを考えたら少し気の毒になって素直に喜べなかったものだ。


 第三王子のねじくれた愛情表現なのかもしれないけど、そこは全校生徒の前で華を持たせてあげてよ、と。


 ――しかもアーネスト様、結局夏の制服を支給された途端に拝領予定の領地に卒業を待たずにエメリンとユアンを連れて行ってしまった。


 制服のコンプリートをしたらそれで良いのか? というか制服は学校に着て行くものであって……どこで着るつもりなのかしら? まさか普段着?


 まぁ、エメリンはテスト期間前に連れて行ってもらえて嬉しそうだったけれど。後日私がテストの問題プリントを封書で送ってあげたら“とっても”喜ばれたわ。……本当よ?


 ユアンは男子寮の管理人だったお爺さんが復帰したので「また元の遊び人に戻すくらいなら有効利用します」とアーネスト様が回収していった。


 そのせいで最近では店番をユアンに任せて遊びに来ていたマリーとは、お互いの休みが合う時にしか会えない。あ、これは当たり前か。前まではそれが普通だったのだし。


 制服の着方も様になってきた新入生――と呼ぶにも……ここでの生活に慣れ始めた子達が煙につられて時々ここを覗いていく。


 こうして見ると――私の考案した制服、この短期間で良く広まったわね。着てくれる娘さん達もみんな可愛いし。


 前世の心残りもなくなったことを考えれば現時点で私は書き割りとしては最高の“ノーマルエンド”を迎えられたんじゃないの?


 彼女達と「おかえり」と「ただいま」のやり取りを幾度か繰り返していたら、ようやく静になった。

 

 灰をかき混ぜながらまだ焼け残っている部分がないかを探す。断片的に名前や場所が書き込まれた部分が見つかったので、それもしっかりと炎に抱きかかえてもらう。


 しかしこの紙は簡単には燃えてくれずに、端の方から徐々に縮れて燃えていく。重要な情報を上質な紙に記されると処分するのがなかなか大変だわ。


 この季節になってようやく焚き火をしても誰にも見咎められなくなったので、時間を作っては少しずつこうして燃やしている。


【もちろんユアンとオーランドさんも元気です。あの二人ってば毎日言い争いをしてるんですけど、いつも丁度真ん中くらいの意見で決着がつくから見ていて面白いんですよ!】


 ――そんな二人の姿は意外と想像しやすい。何だかんだでこちらにいた時もそこそこ仲が良かったし、きっと良い組み合わせだわ。


 第一王子の攻略法はすでに全焼却処分を終えているので、今日は第二王子の攻略法を焼却中だ。


 この中に隠しキャラクターの攻略法がないあたりでようやくあの嘘吐き女を赦せた。きっと本当に本気の恋だったんだろう。


 それにしても攻略人数が少ない割に何て枚数なのかと横の紙袋を覗き見る。大長編大河みたいなシナリオの厚さだわ。


 こんなに上質の紙を大量に燃やすのは勿体ないけれど、裏をメモ用紙に使うには危険すぎるし。何て物に書いてくれたのだ。


【アーネストが用意してくれたお屋敷の私の部屋は、広すぎてまだちょっと落ち着きません。たまにアーネストが忙しくて帰って来れない日は女子寮を思い出して寂しくなります】


 ――エメリンのこの手紙をアーネスト様に見せたら何て言うかしら? 


 そこまで考えてから頭を振る。あの子は女の子みたいに綺麗な顔をしていながらとんでもない肉食系だもの。


 絶対エメリンがこんなに可愛いことを言っていると知ったら自分のベッド運び込みそう。近い将来そうなるにしても、さすがにそんなのまだ早いから駄目だわ。


【だからジェーンさんもマリーさんと一緒に遊びに来て下さい! 皆で待ってますからね! 追伸・こっちに来てからオーランドさんがモテてます】


 最後の一文に我知らず「でしょうね」と独り言が零れた――と、突然風向きが変わって煙が私を飲み込んだ。


 途端に目の前が黒い煤を含んだ煙で覆われて、何も見えなくなる。


 あと嘘でしょう、この煙とんでもなく目に染みる! まさかこの高級紙特殊加工か何かしてたの!?


 煙に溺れるように喘ぎながらその中から脱出したら、涙が止まらなくなった。後から後から、涙が溢れるのはこの煙が目に染みたせい。きっとそう。


 私の前世の夢は全部叶ったし、どうやらこの世界の主要キャラクター達も“ハッピーエンドっぽいもの”で決着がつきそうだ。


 一応腕を疑われるのは癪だから教えてあげるけれど、あのシャツの手直しなんて本当は翌日の昼には終わっていたのよ? 


 でもね……物事には“揺り戻し”が付き物でしょう? 誰だってここまで条件が揃ってるのにさらに欲張って全部駄目にしたくないわよね?


 だから、私は今日も今日とて書き損じた手紙を焚き火にくべる。


 うーん……あの嘘吐き女と違って安いノートに書いた下書きを燃やしているけれど、これも資源の無駄には変わりないわよね。いい加減やめないと。


 オーランドさんからの手紙での催促とかもないし、彼の方にしてみたら“場の空気に飲まれた”というやつかも知れない。だったら今更ここで私が手紙なんて送ったところで迷惑しかないだろう。


 もし万が一……有り得ないけど返事を待っていてくれたとしても、彼に伝える答えだってもう決まっている。


 たった一言“お断りさせて頂きます”と言えばいい。例え私の口が違う答えを叫びたがっているとしても、だ。


 もう“王子様の世話役”としての出世は出来なかろうが、有能な彼を欲しがる人はきっといる。名家ではなくてもその土地の豪農だとか……そういうお家が。


 だけど私はここから出たこともないただの管理人で、そんな私が独り占めするにはあまりに彼は勿体ない。


 だから――お願い、誰も私をけしかけないでそっとしておいてよ。もう少し時間が経てばこの“揺れ”も静かに、静かに治まるはずだから。


 今すぐこの焚き火の中にあのシャツも、指貫も、マチ針だって投げ入れてしまえば済むのだと頭では分かっている。


 そう出来ないのも、しないのも、きっと私の中に未だくすぶる苦くて甘い弱さのせいだ。



***



 一日おきに躁と鬱を繰り返している私だが、今日はマリーが昼から遊びに来るので躁の日である。昨日は鬱の状態だったから今日は楽しまないとね。


 マリーが来るまでに昨日の焚き火の大半を終え、これであの嘘吐き女から預かったシナリオは残すところ第三王子だけとなる。いやー頑張ったわ私。


 あんまり煤臭い格好でマリーに会うのも如何なものかと思って適当なところで切り上げたのに――遅い。しかしいつも私が不満を感じ始めた頃に現れるのが彼女だ。


「ジェーン、お待たせ~! 今日はこのマリーちゃんと着せ替えごっこをしよう、そうしよう! ってなわけではい、これがジェーンの分ね」


 マリーはやたらとハイテンションに食堂に現れるなり、何の前置きもなく洋服の入った袋を押し付けてきた。それを袋から取り出して広げた私は思わずちょっと微妙な気分になる。


 というのも真っ白なサテンで造られたその服は何だかパッと見た感じウェディングドレスっぽいのだ。


「待て待て、待ってマリーちゃん。いったいこれは何なの? 説明してよ」


「んも~、ノリが悪いなぁジェーンったら。これはねぇ、ほら、以前お世話になったドレス職人さんの試作品なのよね? でもこれを注文したお客さんが丁度ジェーン位なのよ、サイズが」


「……それって主にどこ見て言ってるの?」


 本当はそんなこと訊かなくても分かっている。さっきからその視線が私の胸元の辺りを彷徨っているからね?


「アハハ、気にしない気にしない! これもあの時の恩返しだと思って協力しようよ。それでせっかくなら楽しもう――ってことで、私はこっちのこれ着るね。着終わったら見せ合いっこしよう」


 マリーはそう言いながらも、ちゃっかり自分は地見目な若草色のドレスを手にして柱の陰に隠れた。ブライダルメイドのドレスねあれは。


 うぅ、気は進まないけど……確かに先方さんには散々お世話になったから断るのもなぁ……。


「ジェーンったら、早く着替えなってばぁ~!」


 柱の陰から不満そうなマリーの声が聞こえてきたので仕方なく付き合うことにした。それにしたって何もこんな落ち着かない場所で着替えたくない。


「マリー、私あっちのパントリーの中で着替えて来るからねー……」


「はいはい、了ー解!」


 ―――――数十分後―――――。


「って言ってたのにいないし……」


 何とマリー、さっきの柱の陰に着てきた服の抜け殻だけ残して、どこかに行ってしまったらしいのだ。いくら寮内がセントラル・ヒーティングだからって何で今の季節にはもう寒い格好で彷徨くの……。


 彼女の奇行に呆れながらも寮の中を探そうと食堂を出ようとしたら、食堂の入口に小さなブーケが置いてあった。やれやれ……随分と細かいごっこ遊びだわ。


 可愛らしいことに憧れる友人の一面に最後まで付き合おうと腹を決めて、小さなブーケを手に取る。


 玄関先に向かうまでの廊下でさらにマリアヴェールと手袋、さらに白いハイヒールをゲットした。次は何があるのかと彼女の言うように少し楽しくなりながら玄関先に辿り着くと――。


「あ、ほら、噂をすれば! やっとお待ちかねのジェーンが来たわよ~!」


 はしゃぐマリーの隣には――私がここ数ヶ月間ずっと焦がれてやまない赤銅色の髪と瞳を持つ男性が立っていた。


 その姿を目にしたら、一瞬言葉の発し方どころか呼吸の方法でさえも忘れてしまう。


「あー、その……久し振りだな、ジェーン」


 そう声をかけてくれるその人は、何故だか私がずっと自室の作業机の上に置きっぱなしにしていたあのシャツを着ていた。


「マリー嬢に……このシャツが、ずっと前に出来上がっていると聞いていたのに返事が来ないから、突然押し掛けるのは迷惑と分かっていたんだが――その、すまん。来てしまった」


 何が起こっているのか分からなくてマリーの方を見れば、その後ろからユアンが現れる。


「オタクらさぁ、いい加減こっちの苦労ってもんを考えてくれよな? 気もそぞろに仕事されちゃいい迷惑なんだよ」


 そんな辛辣なユアンの軽口すら懐かしい。振り向き様にマリーの拳がユアンの横腹にめり込むのが見えた。エメリン程ではないけれど、マリーの一撃だってなかなかの威力なのだ。……あれは痛そう。


 未だ一言も発せないでいる私の目の前まで歩いてきた彼が、その長身を屈めて視線の高さを合わせてくれる。


「なぁ、ジェーン。これ以上は待てそうにない。イエスでも……ノーでも構わないから、せめてこの場で返事を訊かせてくれないか?」


 そう言う彼の赤銅色の瞳が不安そうに揺れる。私と同じように揺れているその瞳に捉えられたらもう――考えていた“お断りの言葉”を口にするのなんてとても無理だ。


「―――この場で貴方に“ノー”と言えたら、それはきっと私じゃないわ」


 咄嗟に口から出た可愛げのない返事を悔やみつつも、何とか涙だけは堪えようと思っていたのに視界が滲む。


 私の答えを聞いた彼は、次の瞬間それまでの緊張した表情から一転させて、あの大型犬のような柔らかな笑顔を私に見せてくれた。


 眼鏡を外して涙を拭おうと下を向きかけた私のマリアヴェールに、オーランドさんが手をかける。そのままマリアヴェールを持ち上げた彼が、少し照れたように微笑んで私の眼鏡を取り上げた。


 視界がぼやけていてもさすがにこれだけ顔が近ければ誰だか間違えることもないけど……!


 思わず緊張して目を瞑ることを忘れている私の唇に、オーランドさんの唇が重なる。ちなみに彼も目を開けていたものだから、その恥ずかしさたるやもう――筆舌に尽くしがたい。


 一度唇を離して私の反応を確認したオーランドさんの顔が再び近付いてくるけれど―――今度はちゃんと目を閉じた。二度目は一度目の触れるだけの口付けよりも少しだけ長くて深い。


『アタシ達、ちょっとお邪魔みたいだから後で迎えにこようか?』


『あー……だな。“アーネスト達のドッキリ気に入った?”とか訊ける雰囲気じゃねーし……表で待たせてる馬車の連中にもうちょいかかりそうって伝えようぜ? 何よりアレ、見ちゃマズいっつーか、見てらんねーよ』


 ボソボソと何だか話す声が聞こえたような、気のせいだったような――?


 三度目の口付けをする頃にはお互いの表情を見て微笑みを交わす余裕も出てきた。四度目にその広い背中に腕を回せば、私の爪先は意図もたやすく床から離れてしまう。


 目の前の彼はマチ針のジャックではないし、あの指貫も指輪じゃないけれど。書き割りの魔法使いの私には、この彼だけが王子様。

 

 “揺れ”は治まるどころか増すばかりで……この先どんなにオーランドさんに相応しい女性が現れたって諦める気なんてもう起きない。


 ――きっとこれ以上の“ハッピーエンド”はこの世界中のどのシナリオを探しても見つからないわ――。

 

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