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6-8   ラストダンスは、貴方と。


はい、もう残すところ最終話とエピローグ位になりました(・ω・`)<フー。


ロマンチックの引き出しが少なすぎてちょっと泣けました……疲れた!




 いざ彼女のエスコートを役をかって出たものの、その手をとって会場の外に出た後のことまで考えてはいなかった。


 ただ彼女の“預けた荷物を回収したい”という願いと“人が少ないところで休みたい”という二つの要望を叶えた結果、学園内にある大きな硝子で出来たドーム状の温室に連れてきたのだが――。


「学園内にこんな場所があるだなんて……凄いですね……!」


 残念ながら季節的に緑はあっても華のない温室内は地味だ。それにもかかわらず彼女は感嘆の声を上げて温室の天井を見上げる。


 今夜は透き通るような月が昇っているせいか、硝子張りの温室の中は白く照らし出されて夜だというのに仄明るい。まるで月の表面を歩いているようでとても幻想的だ。


 それに合わせて例えるならば、離れた場所から響いてくる楽団の音楽は汽笛。本館にある会場の窓から漏れるオレンジ色の光は、さながら灯台だ。


 思いつきで連れてきた場所だったのに随分と気に入ってくれたのか、そう言って珍しくはしゃぐ彼女の姿を微笑ましい気持ちで眺める。


 そんな彼女を見て俺は女子寮にエメリン嬢を迎えに行く馬車の中で、アーネスト様に告げられた言葉を思い出していた。


『エメリンはわたしに任せて、オーランドは何とかしてジェーンさんを説得するんだ。良いね?』


 それはただ今夜の舞踏会を満喫する宣言ではないのかと思ったが、アーネスト様は普段から女性的な顔に悪女のような蠱惑的な微笑みを浮かべて俺にそう言った。


 その時は曖昧な返事をしたのだが――馬車を降りて彼女を一目見たら、不意にいつだったかユアンの言った言葉を思い出す。


 ユアンの言葉を鵜呑みにするのは悔しいが、俺は確かに鈍かった。


 視界に彼女の姿を捉えただけで妙に心が浮き立つ。しかも久し振りなうえに珍しく飾り立てた彼女の姿は……俺のような朴念仁にも魅力的に見えた。


 その彼女が何故か自分の姿を卑下して居残ろうとするのが腹立たしくて、つい意地の悪い方法で連れ出してしまったのだ。


「……ようやく貴方の笑顔が見られたな」


 何の意識もなしに口にしてから、自分でも柄にもないことを言ったものだと驚く。しかし―――。


「もしもいま、私が笑っているのだとしたら……それは貴方が笑って下さるからだわ」


 白い月明かりがそう言って笑う彼女のドレスの上を滑り降りる。首筋に、胸元に、流れ落ちる光が淡い紫色のドレスに陰影を残して彼女の身体を淡く輝かせた。


「さっき馬車を降りたとき、そのドレスに身を包んだ貴方を見てどこのご令嬢かと驚いた」


 また懲りずに素直な言葉が零れたが、今度は驚かない。


「まぁ――ふふ、お上手ですわね?」


 俺の本心からの賛美に一瞬目を見張った彼女は、しかしそれをすぐにかき消して冗談混じりに笑って交わした。


 それが少し面白くなくて、二歩分ほど離れていた彼女との距離を一息に詰める。するともう目の前には驚いた様子の彼女がいた。


 けれど彼女に逃げる気配はない。俺は何故だかたったそれだけのことが無性に嬉しかった。


「ジェーン、もし良ければ俺と……一曲踊ってくれないか?」


「え、あ、ごめんなさい、私ダンスはしたことがなくて……」


 俺の急な申し出に彼女が慌てた素振りを見せた。慣れていないとはいえ、今のは自分でも誘い方が悪かったと反省する。


「昔――まだ今のアーネスト様ぐらいの年頃の時に街で聖夜祭のダンスを見たことがある。あれなら貴方も踊れるか?」


 今度は反省を踏まえて分かりやすい例を出して提案してみる。


 本当はダンスなど苦手であまりしたことがない上に女性をエスコートするのも苦手だが――ドレス姿の彼女を見ていたら自然と申し込みたくなった。


 俺の再びの誘いにしばらく迷っていた彼女だったが、会場から微かに漏れ聞こえる音楽がゆったりとしたものに変わったのを耳にして頷く。


 彼女の気が変わらないうちに手を差し出そうとして、ふと自分のはめている絹手袋が邪魔だと感じる。儀礼的に褒められたことではない。しかしここにはマナーに煩いお偉方もいないのだ。


 少し迷ったものの、俺は手袋を外して上着にしまい込む。


 そのまま素手になった手を彼女の方へと差し出せば、彼女もまた自分の肘まである黒い手袋を外して近場の枝にそれをかけると、その手を差し出してくれた。


 ただの都合の良い勘違いかもしれないが……彼女は少しだけ嬉しそうに微笑んでくれる。


 気恥ずかしさを感じながらぎこちなく手を重ねれば、お互いの手の冷たさに驚いた。けれどソッと彼女を抱き寄せて流れてくる音楽の欠片に触れていると、それも感じなくなる。


 ダンスというには素朴すぎる聖夜祭の踊り。学園内での舞踏会とは比べるべくもない俺と彼女だけのささやかな舞踏会は、ひどくゆったりとしたその曲が終わるまで続いた。


 ――しかしその曲もずっと続くものではない。音楽が華やかでテンポの速いものに変わる頃には、どちらともなく身体を離した。


 途端に熱を失い寒くなった胸元に、もう一度彼女を抱き寄せたい気持ちを何とか押し留める。幸い踊る前には冷えていた手はいつの間にかじんわりと温まっていた。


「「……あの」」


 同じタイミングで口を開いた俺達はそんなことすらおかしくて、顔を見合わせて笑い合う。まるで十代に戻った気分だ。


 当時と違うのはあの頃には漠然と将来の仕事を認識していて、責任感はあれど、はしゃぐことなどあまりなかった。たぶんそれは彼女にしても同じことだろう。


「そちらからどうぞ」


「いいや、そちらからだ」


 クスクスと楽しげに笑う彼女を見ていると、いっそこの時間が終わらなければ良いと強く感じる自分がいた。出会ったばかりの頃はここまで彼女の存在が自分の中で大きくなるとは思ってもいなかったのだが……。


「ふふ、このままではいつまでたっても平行線ですから私から言いますね?」


 目許に微笑みを残したまま彼女がそう言う。俺も異論はないので頷いた。


 すると彼女は背中を向けてゴソゴソしていたかと思うと、やや緊張した面持ちであの荷物の包みを俺に差し出してきた。あぁ……何だ、そうか。


「……タイミングがここまで重なると怖いな?」


 彼女のそれが俺と同じ意味合いであれば尚更だ。彼女も俺の言葉ですぐにピンときたのか苦笑する。


「――えぇ、そうですわね」


 その彼女につられるように苦笑しつつ、自分の服の内ポケットから小さなケースを取り出す。包装を開けるのは前回もやったので今回邪魔な外箱は置いてきた。


 ふと思うところがあって「先に受け取っても構わないか?」と訪ねれば、彼女は小さく頷く。受け取る時に触れた指先は、ほんの僅かに震えていた。


 差し出された紺碧の包み紙を彼女が見守る前で開ける。中に包まれていたのは黒に近い深い紺地の紳士用シャツだ。


「………………」


「いつもオーランドさんにはお世話になっているのに、男性に何を贈れば良いのか全然分からなくて! ユアンにも何度も練習台になってもらったんですけれど……サイズはあの、エメリンに頼んでアーネスト様に確認してもらいましたから大丈夫だと……」


「………………」


「生地はお会いしたばかりの時に購入した物でして、あの、でもお城勤めの方に贈るには不出来ですし、だから、その、やっぱり……やっぱり回収し」


 「ます」と腕の中で小さく彼女が囁く。受け取った送り物ごと抱きしめた彼女の身体は、力を込めれば折れるのではないかと思えるほど華奢だった。


 ――俺はさっきのダンスで忍耐を使い果たしてしまったのだろうか?


 滑らかで少しひんやりとしたドレスの生地が、熱くなった掌に心地良い。


 腕の中で硬直してしまっている彼女を抱きしめたまま、この後どうやって警戒しないで欲しいと言えばいいのかと悩む。突然こんなことをされたら普通は叫ばれるだろう。


 でも彼女はそうしない。そのせいで俺も身体を離すタイミングがはかれない――というのは言い訳か……。


「ジェーン、その、すまない。どう“嬉しい”と表現すれば良いのか咄嗟に思いつかなかった」


 本当ならまだそうしていたいくらいだったが、彼女に嫌われるのが怖くてそうもいかない。……今更かもしれないが。


「いえ、気に入って頂けたのなら、大変嬉しく思いますです」

 

 そうは言うものの――語尾も、態度もあからさまに不自然だ。これは余程怖がらせるか怒らせたか? 顔色を窺おうにもここは仄明るい程度の光量しかなく、そのうえ彼女は顔を上げてくれない。


 それに言葉もなく向かい合うには今までの日々に時間を使いすぎた。今日この時を逃せばもうこの先、彼女と関わることはないだろう。


 二人の間に落ちる沈黙に気ばかりが焦る――と、


「……あの、よろしければここで一度袖を通してみてもらえませんか? その、以前より少しお痩せになられたような気がしましたので」


 そう先に口を開いたのは彼女だった。その榛色の瞳が丸眼鏡越しに真剣に俺を見つめる。一気に仕立屋の目になった彼女を見ていたら、何故かとても愉快な気分になった。

 

「あぁ、ジェーンの仰せのままに」


 俺のまだぎこちない軽口に彼女はふわりと微笑む。これではどちらがエスコート役だか分からない。


 手渡されたシャツに着替える間、背を向けて彼女が待つ。二人の間に落ちる沈黙はさっきまでとは違いとても穏やかだ。


 袖を通したシャツの生地は柔らかくて軽く起毛している。購入したのは“出会ったばかりの頃”ということだったから、まだ俺があの奇抜なシャツを着ていた頃だろう。


 あれからもう季節が一巡したのかと思うと感慨深いものがある。


 全てのボタンを留めてみれば確かに、彼女が言うようにほんの少し胴周りにゆとりが多い気がした。


「ジェーン、待たせてすまん。もうこちらを向いてくれて構わない」


 振り向いた彼女の顔にはさっきまでの恥じらいはなく、純粋に自身の作品の出来映えを確認する職人のそれにかわっていた。


 そうして少しの間、無言のままシャツの余った部分を摘まんでいた彼女はふと顔を上げて「マチ針を使うので少し動かないで下さい」と言う。


 頷くとどこに隠し持っていたのか、見覚えのあるチェス盤柄のケースが視界の端に映った。


「そのマチ針……使っている気配がなかったから、気に入らなかったのかと心配していた」


「そんなこと、あるはずがないわ。とっておきの時に使おうと思って大切にしまっておいただけです」


「――ユアンの時にもそれを?」


「ふふ、まさか。今日が正真正銘、おろしたてです」


 作業に集中しながら話す彼女の指で一本、また一本とマチ針が挿される。


 この分ならポケットに入れておいた秋口に渡すはずだった指貫もきっと大切に扱ってもらえることだろう。そう思う一方でこのまま普通に手渡すのでは後悔が残りそうだと感じた。


 しかしそれを待つ時間はごく短く「はい、良いですよ。脱ぐ時には針に気をつけて下さいね」と言われ素直に従う。

 

「今日中に受け渡すのは無理かと思いますので、また後日エメリンに持たせますね……」

 

 俺からシャツを受け取った彼女はそう言うと、再び俯いてしまった。しかし声をかけようにもここに来て初めて拒絶のようなものを彼女から感じる。


 まるでこれ以上は話したくないと言う風に、頑なに地面を見つめている彼女の首筋に月明かりが滑り落ちた。


 そんな姿を前にふと学園の方から聞こえてくる音楽に耳を澄ませば、いつの間にか最後の曲に入っている。もう、時間がない。


 そう感じた俺は彼女が視線を上げないつもりならばと、その足許に膝をついた。突然の行動に驚いた彼女の視線が膝をついた俺の視線と絡み合う。


「ジェーン、残念だが舞踏会が終わるまでもう時間がない。あー……その、手を出してくれないか?」


 何を言われているのか一瞬理解が追いつかなかったのか、両手を差し出す彼女に思わず苦笑する。


「――左手だけで良い」


 そう言ってもまだ不思議そうな顔をして素直に左手を差し出してくるあたり、彼女は男に対してあまり警戒心を持たないのかと僅かに心配になった。


 一世一代のことなのに時間に追われるのは情けないが、俺は服の内ポケットから例の銀で出来た華奢な指貫を取り出すが――緊張のせいで手が少し震える。


 彼女の左手の薬指の先に銀製の指貫をはめたが、それだけでは不充分かと思い、その手の甲に触れる程度の口付けを落とす。


「シャツの手直しを終えたら……どうかジェーン、貴方の口から今日の答えを訊かせて欲しい」


 この行為の意味が伝わったかどうかは――俺と同じくらい熱い手をした彼女にかけるしかない。


 ――学園の音楽が止み、大きな拍手がここまで聞こえてくる。


 ――せめて見つめ合う時間だけでも、いま少し止まれば良い。

 


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