6-6 シナリオ……って、何だったの?
ようやく最終話が近付いて参りました。\(・ω・;)<ふぃ~。
もう少しだけお付き合い下さいませ。
今日も激務をこなした私は夕食後すぐに自室のベッドに倒れ込んだ。
例年も春先はただでさえ忙しいのに、こんなにイベントが多発するなんて全然訊いてない。
この間まで“夜は肌寒いなぁ”なんて思っていたのにもう秋口だなんて信じられないわ……。
どこかで誰かが“あれ?”と感じたかとは思うけれど、その説明はもう少し待ってもらえるかしら?
それもこれもあの嘘つき女が残していった攻略法が全く何の役にも立っていないせいだ。
春先は例年のことながら卒業と共にこの女子寮から去っていく子達の送別会や、入れ替わりで入ってくる新入生の世話もある。
他にも卒業後はすぐに家の決めた婚約者の元へ嫁ぐ子もいれば、箔を付ける為にお城にメイドとして働きに上がる子達もいるのでその面接練習なども一通り手伝う。
家に帰ればお世話をされなれているここのお嬢様方に他人の世話の焼き方を教えるのはなかなか難しいのよね……。
それから制服。思いもよらない反響があったのは良いんだけれど、ちょっと当初の予定を遥かに上回ってしまって協力店だけではパンクしてしまいそう。
私もデザインした責任があるので、手が空いた時間は極力縫うことにしている。この前後数ヶ月間の怒涛の仕事量といったらもう――記憶がなくなるくらいだ。
そこに唐突に降ってわいた私の誕生日イベントでしょう? 確かに嬉しいのだけれど、シナリオにないことなので怖い。
ぼんやりと眺めていた時計の十二の上で長針短針がしっかりと重なり合う。はい、現在、無情にも十月十一日になりました。
―――そう、なっちゃったのよ? 憶えているかしら?
タイムリミットは昨日まで……それなのにまだ発生するはずの途中イベントも回収しきれていない。それどころかものによっては起こる気配すらなかった。
これっていったいどういうことなの? どうも未だに件の【“お見舞い”】イベントの失敗が尾を引いている気がしてならないわ……。
しかも私の誕生日イベントの後にあったエメリンの誕生日イベント以降は、何だかランダムに内容が変わっている。
それも“大きく様変わりした”とかでもなく“本来ならない”小さな……サブイベント? が発生したりしていた。
内容は日常的なものが多いので、イベントではなく本当にただの日常生活の一部なのかもしれない。考えすぎは良くないと思いつつ、シナリオの存在を知ってしまってからは意識するなと言う方が難しいわ……。
あぁ、でも私は彼やアーネスト様といった主要なキャラクターにはあの日以来、直接お会いしてはいない。
学生であるエメリンは学園で二人に少しは会えるようで、アーネスト様の報告をしてくれるので助かっている。
そう、失敗と断定できないのは当のアーネスト様が割とお元気だということなのよね――。
時折熱を出しているとオーランドさんから走り書きのメモみたいな手紙が届くけれど、それもすぐに良くなる軽度の症状で命に関わるといった重篤な類のものではない。
もちろんそれ自体はとっても嬉しいけど……この現状を言い表すなら、間違いが正解に紛れて見つけにくくなっていってる状態といえばいいのかしら?
ともかくシナリオ全体が狂い始めていて、最早どこから手を付ければいいのか分からない問題集化してしまってる。赤本の役目を果たすはずの攻略法も冒頭の有り様だ。
そのうえ夕方頃に寮生の子達が持って帰ってきてくれた号外版に驚いた。
何と――第二王子は新しい御学友と婚約発表したというのだ! それも以前彼の婚約者の制服をズタズタに切り裂いたりして苛めていたあのご令嬢と。
え、何それ、その後二人の間にいったい何があったの? 一度少しの間とはいえ巻き込まれた私としては凄く気になるわ……。
やっぱりあれかしら、傷心の第二王子を献身的に支えて――みたいなの。もしくはそのご令嬢も私や駆け落ちしたあの嘘つきと同じ転生者とか?
まぁどちらにしても本筋に関係ないし、傷心から立ち直れたなら構わないけれど――第二王子はちょっと愛のねじくれたタイプの女の子が好みなのかしら?
とか何とか現実逃避していたらもう三十分も経っている。こういうふとした時に時間は有限だと思い知らされるなぁ……。
視界にはここ最近散らかりっ放しの部屋。しかし作業机の上だけは辛うじて綺麗に保ってあるので片付ける気力は起きない。
……時間は有限だと思いはした。けれど私は目の前に広がる現実を直視せずに、ベッドの上でだらしなくゴロゴロしながら号外版に再び視線を戻す。
そのまま何となく流し読みをしていたのだけれど、ふと最後にある一文に目が留まった。
―――またこのパターンなの……。
【“お二人のご婚約を祝して、急遽学園内で舞踏会を……”】
……ううぅ、シナリオが、サブイベントが……! お願いだからメインイベントを食べてしまうのはもう止めて!
というか第二王子よ、君は何で懲りないの? 一度は大々的なお付き合いで爆死した人間のやることではないでしょう?
これでまた逃げられ――んん、婚約解消したら目も当てられないじゃない。第一王子も弟を止めてあげなさいよ……。
真っ直ぐな第二王子様はどうしても世間に大っぴらな交際をしたい性格のようだ。一ご家庭内なら微笑ましいけれど、国の号外版でお知らせする規模ではやめて欲しいわ。
【“開催日時は十二月二十四日の聖夜祭に合わせ――”】云々。
あぁでもこれは、まぁ……この世界の女の子にとっては立派なメインイベントよね。
さっきまでの怒りから一転。私はこの号外版を持って帰ってきてくれた子達の興奮した顔を思い出して思わず苦笑してしまった。
考えてみればこの王家主催の催しにアーネスト様が出席しないはずはないだろう。となれば、自然とエメリンのイベントに派生する可能性が高い。
それに何よりも――彼がここを去ってしまう時期がずれるはずだわ。
秋口のイベントが潰れてしまったことを喜べば良いのか、別れる時間が悪戯に長引くことを悲しめばいいのか、今の私には分からない。だって現状会えていない訳だもの。
でも、そうか。彼はまだしばらくこの街中――じゃなくて、王城にいるのか。そう考え直した私は作業机の上にあるオニキス色の小箱から、あのチェス盤を模したマチ針ケースに納めたジャックを抜き出す。
クルクルと指に挟んでジャックを回した後に、その額に口づける。やってしまってから羞恥心でベッドに突っ伏してもがく位なら止めれば良いのは分かってるのよ?
“良い歳をして何をやっているのか”と自分を客観視も出来ている。うん、大丈夫。
この間マリーの店で彼女がユアンとふざけ合っているのを見ていたら、今さら過ぎて自分でも笑ってしまう大きな発見があった。
どうやら私は―――、私は、ね。
主要キャラクターを彩る大勢の書き割りの中でも、たぶん一番地味な役所の私なんかが“その言葉”を伝えることは―――きっとない。
これ以上この“何か”が膨らんで蓋を閉じられなくなる前に、言葉とマチ針を片付ける。
「―――さてと、新たに発生したエメリンのイベントに集中しますか!」
考えてみたら、シンデレラの魔法使いだって書き割りだもの。なる程、だとすればこれはむしろ究極のメインイベント。
舞踏会……良いわ、フィナーレを飾るには上等な舞台じゃない!
きっとエメリンのお家はあまり大した物は用意していないでしょうし、私も魔法使いの端くれとして最後に特別素敵な魔法をエメリンにかけてあげないとね。
***
さて二週間前に意気込んでドレスの製作を始めたまでは良かったのだけれど――思った以上に難しい。
エメリンの体格は私の財布が犠牲になった代わりに少しふっくらと女性らしくなったので今回の問題はそこではない。
では何が問題か? お答えしましょう。正直最近では制服の縫製が早くなってきたからもしかしたら、と思い上がっていたのよね。
制服に使用する生地とドレスに使用する生地は根本的に違うし、ドレスは本来機能的には出来ていない。……盲点でした、はい。
舞踏会まで時間はまだあるものの、エメリンのお小遣いで購入した生地を使って失敗するのは忍びない。ここでまた自腹を切ってマリーの店で自分は着もしないドレス用の生地を購入する羽目になった。
良いのよ……マリーが結婚するとかってことになれば、これでブライダルメイド役をかってでるから……いつか使えるわ。たぶん。
しかしこのままでは駄目だということで協力店の中にあったドレスを手がけているお店に救援要請をして、今は学園が休みの日にそちらにお邪魔している。
だけど――この私のドレスの造形に対するセンスのなさよ……。現状のままではほぼ教わっている職人さんの作品になってしまう……!!
機能美的なものがないドレスは見ていて美しいラインであるとか、わざと頼りないように見せるシルエットが大切なのに――私が造るそれはどう贔屓目に見ても垢抜けない安物ドレス。
いや、デザインは腕をわきまえた一番シンプルで難しい飾りのないドレスなのよ?
“お寿司は玉子”的なのではなく、純粋に簡単で無駄のない奴。着る人間が着たら色と柄さえどうでも良くなるかと思って。
なのにそれですら安い社交ダンス用のドレスみたいなのだ。
教えてくれている職人さんはこの間すでに三着目に取りかかっている。しかも毎回私のドレスもどきの手直しをしながら。
申し訳ないのと余計なプライドの板挟みになってしまう。制服だったら出来るんですからね?
と、愚痴はこのくらいにして。
――先日の十月二十一日はオーランドさんの誕生日だとエメリンに教えてもらったので、何かプレゼントを……と思ったけれど私の収入ではマチ針の足元にも及ばない物しか送れなかった。
まぁ、一般人が王城詰めの人を相手に物を送るなんて端から見たらとても恥ずかしくて見ていられないだろう。
けれどそれでも何かを送りたかった私は、いつもお世話になっているあのお爺さんの仕立屋さんでカフスボタンを購入して、カードと一緒にエメリンに渡してアーネスト様伝いに彼に渡してもらった。
「……三十三歳か……結婚を考えるお相手がいてもおかしくない歳よね」
そう口にしてみると胸の辺りがズクリと疼いた。でもこの疼きは私が感じて良いものじゃない。そんなことよりも今はこのドレスを仕上げることに専念しないと。
眼前に見慣れた女子寮の門。その門柱にもたれて誰かを待っている風な、これまた見慣れた少女を見つけて私はその名を呼ぶ。
私の声に気付いたエメリンがこちらに向かって大きく手を振りながら駆けて来る。その姿を見ながら、もうすぐそこなんだから待てばいいのにと苦笑してしまう。
「ジェーンさんお帰りなさい! 待ってたんですよ! はい、これ」
ビシッと勢い良く差し出されたブツは真っ白な飾り気のないカード。荷物を足の甲に載せてそれを受け取る。嬉しそうなエメリンの頭を軽く撫でながらもう片方の手でカードを開いて差出人の名前を確認する。
【ジェーン、誕生日の贈り物をありがとう。良いデザインで気に入った。エメリン嬢のドレスを造っているそうだが、あまり無理をしないように。アーネスト様と二人で出来上がりを楽しみにしている。 オーランド】
差出人とその文面に、エメリンを撫でる手に心を込め直す。うん、今日の夜はこのカードのお陰で行き詰まったドレスもはかどりそうだわ。