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6-5   時間が無限であったなら――。


 ちょっと読むのにダレてきました?(´ω`;)<大丈夫です?


 今回最後の辺りからうっすらシリアスパートに入ります。ご注意下さい。




 改めて彼女の誕生日を祝うと言ってからすでに三週間が経っていた。別に先延ばしにしていた訳でも忘れていた訳でもなく、純粋にお互い多忙を極めていた為だ。


 あの話をして別れた翌日から、急に怒涛の支払い請求書類が届き始めたせいで一時その作業にかかりきりとなってしまった。


 というのも秋口に向けて本格稼働させる制服の工房設備や人件費だけではなく、仕上がった製品の支払い、検品の結果報告書の確認など一口に書類と言っても内容は多岐にわたる。


 彼女の方も制服の本格的な発注書を受付始めてから思いもしなかった注文数の制服の制作を手伝ってくれる新規協力店を探して走り回っていると、エメリン嬢の手紙に書いてあった。


 しかしそれでもようやく少し暇が出来たかと思えば、まだプレゼントを買うどころか考えつきもしていない。そのくせ仕切り直しの誕生日会はもう明日に迫っていて俺は大いに焦っていた。


 女性に贈る品を買えそうな店など見当もつかない俺は、安易だが無難に彼女が喜びそうな物を扱っている店――マリー嬢の手芸用品店へと向かっている。


 焦りながら歩を進めた先には見慣れた赤い屋根の店。緑色のドアを開くと、来客を告げるベルが“ロン”と鳴った。

 

「あ、オーランドさん。そろそろ来る頃だと思ってたよ~! 二ヶ月ぶりくらいじゃない?」


 久し振りに見たマリー嬢は記憶の中と――そういえば照らし合わせられるほど俺はマリー嬢を知らない。


「あぁ、久し振りだ。それよりもそろそろ来る頃とは……彼女か?」


「ジェーンの他にアナタを話題にする人間なんて知らないわよ~。アタシとユアンだけで祝ったって聞いて拗ねたんですってね? それでここに来たってことは……あの子の誕生日プレゼント探しってとこよね」


 マリー嬢にほぼ決定事項のように言われて苦笑する。その通りではあるがここまでズバズバと物怖じせずに話す女性というのは珍しい。


「俺には彼女の好みそうな物がある場所はここ以外思いつかなくてな。良ければ、何か選んでもらえるだろうか?」


「え? アタシが選んだ物をジェーンが気に入ったらアタシの手柄になっちゃうけど良いの?」


「う……いや、しかしだな、以前俺も良いと思って購入したマチ針を彼女は使っていないようだから――気に入らなかったのかと」


 そう、彼女は俺が贈ったマチ針が気に入らなかったのか、ずっと小箱に入れたまま作業机の片隅に置きっぱなしなのだ。


 しかし俺の割と真剣なその発言に、マリー嬢は何故か宙を仰いで盛大な溜め息をつく。その反応に若干ムッとしたが、何か至らないところがあったのだろうか?


「……ユアンの言ってたことが、良ぉく分かったわ。まぁ、でもそれじゃあヒントだけあげる。ジェーンが今お気に入りの品はそこのショーケースの中にあるわ。だから探すならそこから選んで。手に取って見たいのがあれば声をかけてね」


 チラリと俺を見たマリー嬢は以前マチ針が陳列されていたショーケースを指差した。それに軽く頷き返して中の品物を眺める。……どれもあのマチ針と同じく華奢な装飾で道具というよりは美術品のようだ。


 どのアイテムも一点物なのか、工房名が値札と一緒に立てられていた。数があまりないのは仕入れ値の問題だろう。選ぶほど点数もないので助かる。


 ザッと眺めていたら、ふとその中の一点が目に留まった。


「これを見せてもらえるだろうか?」


 選んだのは銀製の指貫だ。マリー嬢は「良いよ~」と軽く返事をすると鍵束から細いが複雑な形の鍵を一本取り出してショーケースを開けた。銀製品だからと白い手袋をはめるように言われ素直に従うが――サイズが合わん。


 どうしたものかと悩んでいたら、マリー嬢が肩を震わせながら「うちの客層にこの手の大きさの人っていないからさ~」と俺の掌に手袋を広げ、その上に置いてくれた。


 置かれた小さな銀製の指貫は、細かな細工で蔓バラの装飾をあしらってある。それを転がしながら眺めていると、ふいにマリー嬢が話し始めた。


「いや~、いまあの子も忙しくって。寮の入口の掲示板に今年の新入生と今年から二年に進級した寮生に来年の新制服のサイズを書き込む紙を張り出したのね? そしたら思った以上に注文数が書かれててさ」


 “あの子”が誰を指したものか分かったので口を開こうとする俺に対して、マリー嬢は「良いからちょっと聞いて」と先手を打つ。そういえばまだ詳しいことは知らない。


 俺は丁度良い機会なので説明をしてもらうことにした。


「来年の春に間に合わせる制服って、アタシもジェーンもてっきり二年までの注文だろうと思ってたのよね~。だってそうでしょう? 三年生は買い直しても一年しか着られないもの」


 口を挟むことを禁じられた俺は黙って頷く。マリー嬢は満足そうに頷くと話を続けた。


「それでそんなに人数いないだろうけど、どうしても欲しい子達の為に一応は自由に書き込めるようにしてたのよ。それでそのまま数日張り出したままにしてたらさ」


 ――何となく先を読めた。掌の指貫から目を上げると、そこにはマリー嬢の困ったような顔がある。これはどうやら……。


「まさかの寮生全員分の注文が入ってて、しかもこれ、制服変更が決まってからは同じ物を学園にも張り出してたのよね? それを回収して集計で合わせたら何と、学園総人数分とかまで膨れ上がっちゃったのよ……」


 それでここまで誕生日の仕切り直しを延期しても何の苦情もなかったのか……。


「救いがあるとしたら家名の立派な家の子達の数って普通の家庭の子が通うとこより断然少ないことくらいかな。確か全校生徒で三百人弱でしょう? まぁ、それでも点数が多いから取り敢えずは冬物から随時協力店に縫製に回していく感じ」


 そう言って苦笑したマリー嬢は俺の掌の上から銀製の指貫を回収した。


 どうやら彼女の欲しい物と違ったのかと思っていたら「包装用紙はこの三種類の中から選んでよ。リボンもね」と棚の中から薄ピンク、赤、若草の包装用紙と金、銀、紺のリボンを取り出す。


 ―――これは正解、と思って良いのだろうか? 


「……ではこれと、これで頼む」


 答えの分からないまま若草の包装用紙と紺のリボンを選ぶ。するとマリー嬢は“ふふん”とばかりに鼻先で笑った。


 特に嫌な感じはしないものの思わず首を傾げていると、鼻歌混じりに包装していたマリー嬢が一瞬作業の手を止めて俺を見た。


「なかなかジェーンのこと分かってるじゃない。まぁ、アタシにはまだまだ及ばないけどね~。この工房の作品ってジェーンのお気に入りなのよ。最近根詰めすぎてて元気なかったけど、これできっと元気になるわね!」



***


 ―――と、聞いていたのだが……。


「マリーったらまたそんな勝手なことを……。本当に友人がすみません。ですがオーランドさんも、いくら何でも二度もこんな高価な物を頂くわけにはいきませんわ」


 彼女は包みを開けて中の品物を見て一瞬目を輝かせてくれた。しかしその後すぐに表情を堅くしてそう言う。


 だが、こちらも彼女がそう言うことは織り込み済みなので驚きはしない。


「とはいえ俺のこの商品を購入した売上はマリー嬢の誕生祝いでもある。いわばジェーンと彼女の二人分ということだ。それでも受け取れないと?」


 自分でも強引すぎる屁理屈だとは分かっているが、一度あんなに嬉しそうな顔をされてしまったら脅してでも渡したくなるというものだ。彼女は榛色の瞳で困ったように俺を見つめる。


 その顔が複雑な表情を浮かべるところをもっと見ていたいところだったが、あまりそうしていては突き返されてしまいそうだ。


 まだ迷っている彼女を前にそう判断して、向こうにいるアーネスト様とエメリン嬢の元へ合流しようと立ち上がる。


 今日はいつも女子寮の食堂では芸がないとアーネスト様が言うので、趣向を変えて遠出をしようということになった。五月の気候にも恵まれた絶好のピクニック日和だ。

 

 連日のデスクワークで身体が鈍っていたので久々の太陽の下は、あちらで裸足になって走り回っているエメリン嬢でなくとも気分が良い。まぁ……それにしてもかなりなスピードだが――。


 エメリン嬢にはあの寮内では手狭だったのだろう。子鹿のように軽やかに飛び跳ねるエメリン嬢の姿はアーネスト様でなくとも微笑ましく感じるものがある。


 馬車の御者達にも夕方までは近くの村に世話になるように言ってあるのでここにはアーネスト様とエメリン嬢、俺と彼女の計四人だけだ。


 初めての外での昼食に最初は戸惑っていたアーネスト様も食後のお茶を飲む頃にはすっかり馴染んで、ああしてエメリン嬢と外遊びに興じられるようになった。


 拝領した暁にはこうして外を視察することもあるだろう。それにどうせ慣らすにしても本人が楽しい方が良い。


 彼女とエメリン嬢には話していないが、ここは領地として拝領することが決まっている。そのため、今日ここに来るのも彼女の誕生日を祝う名目を隠して表向きは“領地予定地の視察”とした。でなければ今もまだ書類と睨み合っているところだ。


 しかしここは領地とはいってもまだ端の方なので人気も少ない。目の前に広がる青青とした草原に放牧に来ている牧人が遠くに見える。見渡す限りの緑の平地は春の日差しを浴びて活き活きと輝く。


 走り回ることに飽きたのか唐突にエメリン嬢が草の上に寝転んで、どうやら隣に座っていたアーネスト様もそうするように誘っているようだ。


 王城育ちのアーネスト様には厳しいかと思い、敷物を持って行ってやるべきかと考えていたが――その心配はいらなかったらしい。手を繋いで空を見上げている二人はここから見てもとても楽しそうだ。


 政治の中心から少し離れただけでここまでアーネスト様がはしゃぐのは少々意外だったが、連れ出した甲斐がある。この景色も人によっては退屈と感じるほどに長閑だ。


 けれど最近ようやく王城内に立ちこめていた不穏な空気もだいぶ落ち着き始めたいま、この平凡で穏やかな時間が以前よりとても大切なものだと感じる。

 

 とはいえ今あの中に合流するのはいくら俺でも気が引ける。さてどうしたものかと思案していたら……。


「今あの中に割って入ったらあとでアーネスト様に怒られそうですね?」


 急にかけられた声に振り返れば、いつの間にか隣に彼女が立っていた。その手にはまだ押し返そうとしているのか、プレゼントの箱が握られている。


 残念だが――どうしても受け取ってもらえないらしい。仕方なく回収しようと無言で手を差し出すと、彼女は躊躇いがちに箱を置いた。まさか本当に返されるとは……少々堪える。


 しかしそのまま受け取った箱をポケットに片付けようとした俺の手を、彼女が掴んだ。


「……今はまだ貴方からこれを受け取る資格が私にはありません。一度は突き返しておいてこんなことを頼むのは失礼だと理解もしています。だけど、マリーやオーランドさんが言うようにやっぱり私はこれが欲しいわ」


 そう言った彼女のいつもは凛々しくつり上がっている眉が、へなりと下がる。あの事件で切られた髪はしばらく顔を合わせないうちに、顎のラインをゆるく隠す程度まで伸びていた。


「もしよろしければ今は預かって頂いて――その、もし、もしですよ? 今日の非礼を許して下さるのなら……秋口にまた改めてこれを贈っていただけませんか?」


 何故か泣き笑いのような表情をした彼女の言葉に、胸が詰まる。


「あぁ――もちろん、構わない。必ず秋口にもう一度これをジェーンに贈ろう。その時こそはきちんと受け取ってくれるか?」


 そう答えながら口許に失敗した苦い微笑みを浮かべると、彼女も頷きながら同じような微笑みを浮かべた。


 ―――お互いに口には出さずとも。


 ―――この優しい世界が途切れる刻が近付くのを感じていた。



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