6-3 とある世話役の憂鬱。
何だかんだで結局アーネストに甘いオーランド\(´ω`*)<過保護w
「――ふふっ」
ベッドの上で書類を整理する合間の息抜きにエメリン嬢からの手紙を読んでいたアーネスト様が小さく笑う。線の細さと声の軽やかさからそうしているとまるで女性のようだ。
最初は二日から三日おきだった手紙も、最近では一日おきにとてつもなく分厚い封筒が届く。そろそろ日記と言っても良いだろう。
ここ一月と少しを発熱と回復を繰り返しているアーネスト様は以前よりもさらに身体が薄くなった。
季節の変わり目に体調を崩されることはよくあるものの、今回は少々長引いている。しかも体調不良に加えて秋口に向けての準備もあるせいで、ここ数週間は一日も学園に通えていない現状だ。
学力的にはもう卒業出来るレベルの教育課程を修了しているので問題はないが、エメリン嬢に会う機会が減っていることが回復の妨げになっているような気もする。
しかしこの年頃は心配しすぎても自尊心を傷付けてしまうのでどう扱うのが正解なのか悩む。
「……手紙に何か面白いことでも書かれていましたか?」
悩んだ末に無難な言葉を返すと、ベッドの上で手紙を読んでいたアーネスト様は「オーランドも読んでみなよ」とそれを手渡してきた。
人に送られた手紙に目を通すなど送り主に対して如何なものだろうか?
少なくともエメリン嬢は俺に読まれることを加味せずに書いたのだろうから読まれたと知れば気分の良いものではない気が――。
「オーランド……君が何を考えているか分かるよ。でも大丈夫。それにこの手紙はむしろ君が読むことを考えた内容かも知れないよ?」
主人にこうまで進められたのでは受け取らないのも感じが悪い。俺はまだ納得しきれないでいたが渋々受け取ることにした。
柔らかいクリーム色の便箋にエメリン嬢の声をそのまま文字におこしたような元気な文面が並ぶが――若者特有の文面は読み辛いな……。
最初の数枚は学園での日常生活で、その内容の端々に【アーネストがいないとつまらない】と書かれているのは素直なエメリン嬢らしくて微笑ましい。
しばらく授業の内容と進み具合を書き連ねた文面が続く。微笑ましいがこれでは学級日誌だな……。そう苦笑しながら自分の学生時代をチラリと思い出す。
しかし次の便箋を読み始めると舞台はどうやら学園から離れて、寮の生活に触れたものが多くなった。
不意に空気が揺れた気がして手紙から顔を上げると、アーネスト様と視線が合う。その表情はどこか得意気だ。
―――なる程、俺の読んでいる表情を観察していたわけか。
そうと分かればアーネスト様に背中を向けて再び手紙に視線を戻す。背後から「ケチだなぁ」と声をかけられたが背を向けたまま軽く肩を竦めて聞き流した。
「ちぇ」と言う声を最後に紙をめくる音がする。どうやら書類仕事に戻られたようだ。……これで妙な詮索を受けずに読み進められるな――。
とはいえ、相手はあのアーネスト様だ。油断はせずに背後に少しだけ意識を残しつつ続きを読む。
【そうだ、聞いてよアーネスト! 最近ジェーンさんってばやけにケーキを買ってきてわたしに食べさせてくれるの。嬉しいけど何でかな~……って思って訊いてみたらね“エメリンはもう少しふっくらした方が可愛いわよ。その方がドレスも似合うと思うし”だって!】
それは俺も常々案じてはいたが、さすが同性だけあって彼女のあまりの直球な行動に噴き出しそうになる。――背後で一瞬アーネスト様が動く気配がした。……これは気をつけて読み進めないと危険だな。
【それにねぇ、この頃は寮の子達にわたしにコートマナーだとかダンスの難しいステップとか教えさせようとするの! 皆も最初は嫌々教えてくれてたんだけど、最近前みたいに意地悪じゃなくなってきたかも?】
文面からはエメリン嬢の困惑の色が見えるが、俺は彼女が急にそんなことを言い出した心当たりがある。まず間違いなく二週間前に彼女に話した内容のせいだ。
【寮生の子達と仲良くなれるのは嬉しいけど急に“淑女らしくね”って言われても無理だよぉ】
急な環境変化に戸惑うエメリン嬢には悪いが、俺としては彼女に拍手を送りたい気分になる。しかしあの寮にいる令嬢達をまとめるだけでも大したものなのに、その上さらに下町出身者であるエメリン嬢の教育を頼めるとは……。
実際あの寮で管理人をやるには彼女の手腕は勿体ない。辣腕と評して差し支えない教育力を持ちながら活かす場所が寮内だけなのか――。
そう考えていたら不意に自分が二週間前の彼女に話した内容を今さらながらに悔いているのだと気付いた。
あの日は何故か言葉が上手く出てこなくて途中で余計なことまで話題にしてしまったらしい。最初のやや浮ついた気分は、話を進める間に徐々に曇っていく彼女の表情で次第に沈んでいった。
明らかに会話の内容で彼女の気分を害したのだろうが、朴念仁な俺にはどこで口を滑らせたのか分からない。
いつの間にか手元の手紙に視線を戻すことすら忘れてぼうっとしていたらしい。気がつけば背後から近寄ってきたアーネスト様が俺の手から手紙を抜き取っていた。
「ねぇ、オーランド……ここまで読んだ?」
最後の一枚を指差しながらアーネスト様が気の毒そうに、そしてどこか面白そうに指差した行に視線を走らせる。
【あ、そうそう。この頃ユアンさんがよく遊びに来るよ! あの人賑やかだからジェーンさんも楽しそうだし、この間は二人でマリーさんのお店に遊びに……じゃなくて、買い物に行ったんだって。もしかして良い雰囲気なのかな~? アーネストはどう――】
―――まだ続きそうな手紙から視線を逸らして書類の山に向き直る。
この書類の山の中には秋口までに終わらせなければならないものが山ほどあるのだ。休憩を切り上げて仕事に戻ろうとした俺の肩にアーネスト様の白い手が添えられる。
「ねぇ、オーランド。少し頼みたいことがあるんだけど――」
そう傍目には真っ白な心根を持っていそうに美しい笑顔を、真っ黒な心根で浮かべる主に軽く頭痛がした。
―――手紙を寄越したのはそういうことか。
何を考え違いをしているのかは謎だが、俺は彼女の交友関係をどうこう言うつもりも資格もない。アーネスト様にしては下手な手口だ。
「エマの様子を見に行きたいんだけど……駄目かな?」
しかし間近にある見慣れたその顔に差した影に、背筋が冷たくなった。潤んだ瞳からこの後さらに熱を出すであろう気配を感知した俺はゆっくりと首を横に振る。このまま外出などすれば拗らせるのはまず間違いがない。
無言の拒否にアーネスト様が「そう……」と呟いてベッドに戻ると、再び憂鬱そうに書類に目を通し始めた。やつれた見た目と相まって気の毒だが仕方がない。
鬱々とした沈黙の中、書類をめくる音と時折アーネスト様が咳き込む音だけが室内に響く。
そのまま二時間ほど互いに黙々と書類整理に取り組んだ。アーネスト様は長考と即決を繰り返してベッド脇のテーブルに書類の山を築いていく。
「……ん、オーランド、ごめん、ちょっと休むよ」
か細い声でそう言ったアーネスト様の身体がベッドに沈み込む。俺はまだベッドの上に積み上げられた残りの書類が雪崩ないように避難させた。
すぐに小さな寝息を立て始めたアーネスト様の寝顔に、ふとさっきの意趣返しになりそうな悪戯を思いつく。
「小賢しいが良く頑張った主にはご褒美が必要だな――」
歳の離れた弟のようであり、息子のようでもある賢しい“子供”の頭を撫でると、苦しげに寄せられていた眉根のシワがスゥッと消える。
―――この様子だと今晩から二日は発熱するだろうか。
途端にあどけない寝顔になった主人の頭を撫でてやりながら、しばし二日後の予定のどこを削るかに頭を悩ませるのだった。
***
今日は来客があると言った俺に怪訝な顔をしていたアーネスト様だったが、昼過ぎに現れた人物を見て目を見開いた。
その視線の先にはここまでの案内ですっかり萎縮した面持ちのエメリン嬢が立っている。
その表情に満足して口許を綻ばせていたら、ベッド上のアーネスト様がここ最近で一番の笑顔を浮かべて俺を見上げている。頷き返すと両手を広げて待ち人の名を呼んだ。
「――エマ!」
そのアーネスト様の呼びかけに立ち尽くしていたエメリン嬢の表情がみるみる輝いていく。
「本物のアーネストだあああぁ!!」
しかしさすがに扉から一気に駆け寄ってきてベッド上のアーネスト様に飛びついた時には驚いた。……そのスピードには戦慄すら覚える。
まだ病み上がりですらない状況の中で繰り出されたタックルに一瞬連れてきたことを後悔したが、嬉しそうにエメリン嬢の抱擁を受けている姿を見てやはりこれで良かったのだと思い直す。
手紙では幾分しおらしかったエメリン嬢もいざアーネスト様を目の前にすると抑えきれなかったようだ。
俺はそんな二人の姿を前に苦笑を浮かべて立っていたのだが―――。
『えー嘘、何年ぶり? まだそんな野暮ったい格好をしてるの?』
『卒業してからだから――三年ぶりかしらね? 貴女こそ久し振りに会っても変わらな……ううん、綺麗になったわね』
『へ!? あ、当たり前じゃない。そんなの、い、言われ慣れてるんですからね!』
『ふふふ、そうね。綺麗でオマケに可愛いわ』
『ふ、ふん、当然でしょ? 二時間たったら迎えに来てあげるから、それまで失礼のないようになさいよ!』
『案内してくれてありがとう。でも私はもう―――』
閉め切られなかった扉越しに廊下からすっかり馴染んだ声がした。その漏れ聞こえる声が“帰る”と言い出さないうちに俺は幾分焦って扉を開ける。
そこにはこの廊下で何度か見たことのあるメイドと、俺の良く知る女子寮の管理人が驚いた表情で立っていた。
「え、あ、申し訳ありません! ワタシは仕事に戻りますのでこれで……失礼します!」
「え? あ、ちょっと、待って――!」
俺を見るなり逃げるようにして去っていったメイドの背中に声をかけた彼女だったが、相手はすでに長い廊下の角を曲がって姿を消していた。取り残された彼女は“ギギッ”と音がしそうなほどぎこちなく俺を見上げる。
その反応に少なからず傷ついている自分が不思議だ。けれどすぐに彼女は態勢を立て直して微笑みを浮かべる。
やや警戒心が混じっているようなその微笑みに俺まで緊張していると、背後からアーネスト様の 「ジェーンさんにも入ってきてもらってよ」という声がかかった。
振り向いている間にも逃げ出しそうな彼女の手を取り、多少強引ではあるがそのまま部屋に通す。
扉をくぐった彼女の姿はパッと見ただけでも分かるくらいに緊張していて、アーネスト様と俺はその変化に戸惑うことになった。
次回は過保護×2の予定です(・ω・*)