5-8 もしかしてだけど……。
先に言おう。急展開です。
あ、でも安心して下さい。(・ω・*)<いつもの鬱ではないです!(当社比)
関節の痛みと喉の痛みがひくまであの後さらに二日を要したけれど、その間に身体に残っていた打ち身の方も随分と回復した。
さすがにあれだけ色々なことが一気に起こると八日程度の休みで全開という訳にはいかないわ。いまの私に十代の頃のような回復力があれば――と、無い物ねだりはなし!
幸い右手の握力もだいぶ戻ってきたのでようやくペンを握れるし、人と会って長時間会話するのも問題ない。
ではそろそろ気になっていた諸々の要件に手を付けていこうかな――。
ということで、まず真っ先に思い付いたのがエメリンに彼女との橋渡しをしてもらうことだった。
手紙をもらったのだから、当然手紙で返す。古風な言い方をすれば文通だろうか?
寝込んでいる間に私はある仮定を立てた。まぁ仮定と言えるほど大したことでもないのだけれど……。
むしろ今まで何故考えつかなかったのかが不思議なくらいで、私は自分の想像力のなさに驚いたくらいだ。
と、話を戻すけど、たった一行で一方的に送りつけた手紙に返事を寄越されるとは思いもしなかったのか「びっくりしてたよ」とエメリンに教えてもらった時は少しだけ“してやったり”と思った。
――《これは貴女のシナリオ通りなの?》
詳しいことはまだ何も分からないので相手にとってどうとでも受け取れるような一文にしたのだけれど、結果的にはそれで正解だった。
頭を悩ませた甲斐もあって記念すべき一枚目に私が綴った言葉への彼女の返答はシンプルかつ、私の導き出した答えがあながち的外れではなかったと思わせる内容で返ってきた。
――“どこまで知っているの?”と。
どこまでも何も、私は彼女が知っているであろうことは何も知らない。ただこれで仮定が少しだけ真実味を帯びた。これは大きな収穫だ。
でも問題はこの次の問いかけを私が考えつかなかったこと。だってまさか相手が一回目で素直に返事をしてくるなんて考えてもみなかったんだもの。仕方ないでしょう?
しかしこれでもう一つの仮定も埋まる。
彼女も私と同じで現状を失う恐怖に耐えかねているのだ。けれど彼女の場合は私と違ってある程度この世界に関する情報というか、予備知識のようなものを持っているらしい。
だからこのままいけば私の存在が脅威になると感じて今回のような短絡的な脅しにかかってきたのだろう。
でなければ位階第二位の恋人が女子寮の管理人を(しかもあわや殺しかけた)相手にするはずがない。身分に垣根を持たないタイプだとしても不自然すぎる。
――《一度会って話がしたいの》
“何の”とは言わずとも相手がどう取るかによって言い逃れかたを考えても良いだろう。だってうっかり余計な一文を添えた挙げ句に本当にただの私の勘違いだったら恥ずかしいし……。
それにほら、人間歳を重ねると狡く賢く世の中を渡っていかないとね?
といった諸々の理由から先日エメリンに渡してもらった手紙の返事を待っているのだけれど――これが来ない。
まぁ、エメリン経由なので途中で誰かの手に渡るということはないだろうし、返事がこないのであれば仕方がないわ。向こうにも立場がおありでしょうからね。
―――何て、ここでそんな物わかりの良いことを言う人間がいるかしら?
いいえ、いる訳がないわ。ここは普通に考えて返事がないのが証拠よね? うん、きっとそう。
いきなり背後から殴られたのも、髪をバッサリいかれてしまったのももう過去の話。水に流してあげても良いわ。
利き腕を痛めてしまったのは許せないけれど、髪はもともと切るタイミングを逸しただけで特別伸ばしていた訳でもない。そもそもかなり傷んでいたから切られたところで騒げる代物でもなかった。
頭は量の多い髪のおかげでそれほど大した怪我もなかったし、どちらかと言えば転倒で出来た怪我の方がよほど酷かったもの。
問題は山積みなんだけれど、取り敢えず彼女に会わないことには始まるものも始まらないわ。
けど平民で学園の生徒でもない、現状の接点である手紙も返ってこないとなると――さて、どうしたものかしら?
自室で頭を悩ませていても仕方がないので人気のない昼の時間帯に食堂へと向かうことにする。お腹が減ってはいざという時に力が出ないのは前回嫌と言うほど学んだしね。
今日はマリーもアーネスト様達も来られないと朝エメリンが教えてくれたので久し振りに一人の昼食だ。
犯人の特定が出来、なおかつこちらと同じ身である今となってはあちらもそう易々と手出しをしてこないだろう。そう思って一人食堂に足を踏み入れようとしたんだけど……。
一歩が出ない。根が生えたみたいに足が動かないのだ。まるでそこに壁でもあるのかという感じで、数日前にここに来られたのは皆がいたからだと分かる。
ピリピリと爪先から這い上がってくるのが寒さから来る冷たさなのか、恐怖から来る冷たさなのか分からないけれど、これではとても食堂で昼食など出来ない。
自分の情けなさを嘆きつつ太腿をさすりながら食堂の入口で立ち尽くしていると、玄関先の来客を告げるベルが鳴らされた。
どの道ここで食事をとれそうもないのでベルの音がする玄関先へと向かう。けれど玄関先に立っていたのは困惑した表情を浮かべる守衛さんの一人だった。
そう、例のあっさり彼女を招き入れてしまった彼。
「ベルの音を聴いて来たんですけれど……どうかされましたか?」
私がそう訊ねると彼は「はぁ、ええ、そのぉ」と歯切れが悪い。これでは私と顔を合わせるのが気まずいのか、要件が伝えにくいのか判別がつかない。
したがって私は少し強めに「ご用件は?」と訊ねた。すると彼もようやく「王城からの来客です」と返してくれる。
あんまり緊張して返すものだから子供のお遣いかと苦笑して――ふとある疑問が浮かんだ。今日はここに王城からの来客があるはずがない。
私にはアーネスト様かオーランドさんくらいしか王城の知り合いはいないし、今日は二人とも来られないと連絡があった。
―――おや? ということはもしかして……?
なかなかその場から動き出さない私に痺れを切らした彼はさらに「お相手は馬車の中でお話がしたいとのことでした」と言う。
―――何だ、果報は寝てても来る時はちゃんと来るものらしいわ。
***
急ではあるけれど、ここで私はある“貴い身分の方”のお話をしようと思う。
え? お相手の名前? どこかからそんな突っ込みが入りそうだけど、匿名という条件での告白でしたから“貴い身分の方”で納得して頂戴。
私の回想と同じくがっつり割愛させて頂きますが、文句は一切受け付けません。
結果からはっきり言ってしまうと、やはり私の予想通り“貴い身分の方”は私と同じ転生組でした。
でも違うところがあるとしたら“貴い――”あぁ、これ面倒だわ。
要するに第二王子の恋人である彼女はこのゲームのハードなプレイヤーだったらしく、推しメンの彼が王道から外れたいわゆる“隠しキャラクター”だったそうだ。
彼女は私と違って心酔していたゲームの世界に転生したのだとかなり幼少の頃に気付いたのだそうで、日々楽しく第二の人生を“プレイ”していたらしいのよ……。
射止めた役所も“ヒロイン”。やっぱりこの彼女がヒロインでエメリンは通常キャラクターなのだそう。
とはいえ――通常キャラクターとか言わないで欲しいわ……。
それで彼女に訊いたところこのゲームの世界には私達以外にもちらほら転生組が存在するのだそうで、多くは気付いてしまうくらいにこのゲームをプレイした人達らしい。
彼女が確認しただけでも数十人は現在この国にいて、もっとも驚くべきは彼女付きのメイドの一人もそうなのだとか。確認されている転生組は全員女性らしいけどね。
これで行くと私は完璧に例外中の例外なわけか。何となく寂しい……。
そしてこちらには当てはまる節があるというか……形は様々だけど前世で不幸せだった女性が多い、というかほぼそう。
うーん、ネガティブな人間を吸い込む系のシナリオのゲームだったのかしら? 本筋とは関係ないけど気になったので訊いてみたらやっぱりそうらしい。
基本的にこのゲーム“ハッピーエンド”が存在しない。あるのは“ノーマルエンド”と“メリーバットエンド”なる二択なのだとか。
それで彼女の推しメン。この彼のルートがとってもくせ者で手を焼いていたらしい。しかも行き着く先は“メリーバットエンド”。
――どうしてそこで“ノーマルエンド”を選ばないのか謎だわ……と、言ったら彼女は私が本当の愛を知らないからだと笑った。
少し腹が立ったので彼女の前世をバラすことにする。匿名だから良いわよね? 異論は認めない。
自称“本当の愛を知る”彼女は駄メンズな彼を持ったOLさんで女癖の悪かった恋人の痴情のもつれで殺されてしまったそうだ。……本当の愛とは?
あ、そうそう、お気付きかもしれないけど先にバラしてしまうと彼女の攻略キャラクターは第二王子ではありません。
その気がないのにルートとやらに持ち込むために近付くとは――この小悪魔さんめ。
だから、ねぇ……本当の愛とは? 存在するの?
基本的にこの世界に転生してしまった女性達は前述したようにハードプレイヤー。そして愛情に恵まれなかった系。
そんな彼女達はゲーム世界とあって割と美形の多いこちらの人生で、今度こそ大切な家族を得ているのだとか。
……私も含めて両親に恵まれるのは本当に幸せだと知った。
で、ここからが大事なの。そんな彼女達は危ないポイントは事前に察知して避けられるとか。狡いでしょう……。
だから当然、暗黙のルールのように転生組の彼女達はそれと分かる人間関係から距離を置く。それをしなかったのは今回巻き込まれた私だけ。
そこで彼女は私を重大な“バグ”だと思ったのだそうだ。まぁシナリオにない動きをとる書き割りキャラクターがいたら誰だってそう思うわよね……。
彼女が攻略する彼の為には不確定な動きをする私を止めなければならないから。んん? 「攻略するとか言わないで」? はい、無視します。
そういうやんごとなき彼と彼女の恋バナは後々とっても大事になるでしょうが私は一切関知しません。
こちらとしては“敵対するつもりはない”ということと第三王子は“位階に興味はない”。この二つをしっかり理解して動いてくれるのなら殺人未遂も水に……流そうか?
必死に護りたい場所も、人も、いまの彼女と私にはあるのだから。むしろ犯罪に走らせるくらい不安がらせてちょっとごめんね。
こうして私と彼女は馬車の中でお互いの意見交換やこれからの“流れ”について数時間ほど語り合った。
しかしせめて彼女の二度目の人生が“メリーバットエンド”をやや回避出来ないものだろうか……。
そんなことを考えていたら顔に出ていたのか「お人好しなのね」と笑われてしまった。
だってお互いの立場を多少なりとも袖触れ合ったというか、知ってしまったのだし……ね。
―――私達はただ護りたいのだ。
―――今回ばかりは、この人生を。




