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5-7   これってこのルートで合ってるの?



 皆が帰って行った食堂で夕飯の準備を始めてくれるおばさん達に“今日の夕飯はいらない”とエメリンに伝言を頼んだ私はそそくさと自室に戻った。


 自室のドアと鍵を閉めた私は作業机の灯りを点けてそのままベッド端に座り込む。


 オレンジ色の灯りを見つめながら気持ちを落ち着けて、先ほどエメリンに手渡された可愛らしい封筒を眺める。


 あーあー……礼儀正しく封蝋が捺されているじゃない。平民の私には貴族家の紋章なんて分からないけれど、アーネスト様やオーランドさんに見せればあっという間に身許が割れてしまうだろう。


 迂闊というか、暢気でなければ宣戦布告でもしているつもりなのかしら?


 相手が何を考えているのか分からない。そんな呆れと戸惑いが入り混じった感覚のままペーパーナイフを滑らせる。


 中には薄い桃色の便箋が一枚きちんと二つ折りにたたまれて入っていた。どれどれと開いて見ると……便箋の真ん中にたった一行。それも女の子らしい丸みを帯びた形の文字でこう綴られていた。


 ―――“邪魔をしないで”と。


 裏返しても、灯りに透かしてみても、本当にその一文だけ。


 え、嘘でしょう? だってこんなに上質の紙に余白がこれだけあるのに。伝えたいことがたったのこれだけ? 


 確かにダラダラとした脅し文句を書き連ねるより短い一文の方が効果のある場合もあるだろうけど……。


 しかもこれだけでは“何を”指して邪魔だと断じているのかすら分からないと言うものでしょう。


 あぁ、ここに来て久し振りにこの世界のシナリオについて頭を悩ませる羽目になってしまった……。


 ここまでの状況から恐らくというか、確実に私に一発お見舞いしてくれたのはあの娘だ。あの――第二王子の恋人。もっと言うなればエメリンと正ヒロインの枠を競っている彼女。


 でもいったい何故? あの娘も第二王子もアーネスト様に敵対するような立ち位置にいないのに……。


 黙っていたって王家の位階二位とその恋人なのよ?わざわざこんなに危ない橋を渡らなくても良いでしょうに。


 第一、こっちは自ら位階を離れようと動いているのよ? もしも這い上がるつもりがあれば制服を造るよりもっとすべきことが一杯ありそうなんですけど……。


 いよいよ相手が何を考えているのか分からない。そもそもこの展開って本当に“めでたしめでたし”で終わる王道ルートなのかしら? 


 だとしたら何の敵認定が下ったのか知らないけれど……相手方の協力者をヒロイン(仮)が殴り倒すルートが存在するの? 


 私は戦慄した。いくらこっちが書き割りのキャラクターだからって何て傍迷惑な……! 二人の為に世界がありすぎでしょうよ!!


 でもこれがゲームのシナリオならどちらかが負け側なのよね? ドラマや小説と同じだと考えれば自然とそうなるだろう。


 だったら……舞台が西洋で、おまけに王族とかだと誰か死んだり幽閉されたりするの?


 うわあぁぁぁ……! 久し振りにこのゲームの説明書だけでも目を通しておけば良かったと心底後悔する。


 これが知り合いでなければただの政権争いですますことが出来るけれど、今は当事者の一人だ。この人間関係に愛着だってある。


 右半身を庇いながらベッドの上に横になった私は深い深い溜め息をつく。それこそ胸の中が空っぽになりそうなくらい。


 付き合いはまだ浅いけれど、アーネスト様もエメリンも良い子だ。誰が王様に選ばれたとしても妬むような子達ではないだろう。


 この制服改革を始めたのだって王族の王道ルートを避けるために作った分岐点みたいなものなのに……。


 あぁ、何だか色々考え出したら段々と腹が立ってきた。私を脅したヒロイン(仮)側の考えは読めないけれど、そっちの価値観をこちらに押し付けないで欲しいものだわ。


 頭の中がお花畑ならまだ可愛らしいものの、今回の件は明らかに闇堕ちの部類だ。下手をしたら死ぬことくらい考えて欲しい。


 それに、もしも――。


 身をよじって作業机の上に置いてあるオニキス色の小箱に目をやる。


 もしも第三王子のアーネスト様が負けたらエメリンは―――彼はどうなるのだろうか?


 辺境の地に飛ばされたら身体の弱いアーネスト様はあっという間に重病を患いそうだし、エメリンはそんなアーネスト様を支えるには充分だけれどもしもその存在を失ったら?


 彼だって……自分の主人がそんな扱いを受けて黙っているとは思えない。何かして反逆者のレッテルを貼られれば終わりだ。


 そして私はただの平民。きっと最も消される率も高ければいなくなった所で揉み消しも容易い。


 心配なのは私のために無茶をしそうなマリー。彼女の真っ直ぐな正義感は今回のような一件では危険な目にしか合わないだろう。ユアンは――どうとでも逃げそうね……。


 これで少なくとも一名以外は確実に何らかの報復を受けることになるはずだわ。


 だったら……邪魔をするなだなんて、そんなの――冗談じゃない!! 


 座して死を待つ人間がどこの世界にいるのよ? 例えゲームの中だとしてもいないわよ!


 大事な場所も、時間も、人も――ここで初めて手に入れたのよ。それを全部奪われる?


「そんなこと……例え王道ルートだってさせるもんですか」


 ベッドに横たわったまま漏らした呟きは自分の声とは思えないほど攻撃的に尖っていた。瞼を強く閉じるとじんわりと眼球が熱くなる。


「――絶対に奪わせたりしないわ」


 もう一度絞り出すように漏らした声は、怒りで僅かに掠れていた。


 ――――――さて、と。

 

 時間は容赦なく進んでもう朝みたい。カーテンの向こうが白っぽく明るいもの……。


 昨夜の決意を固めた私はあまり冷静とは言えない状態だった。どうやら私は昨日の格好のまま布団を巻き付けて眠ってしまったらしい。


 こうしてみなくても分かるけど二月はまだまだ寒いわ。そして喉が痛いってことはあれね、風邪をひいたのかよ……何やってるの私。


 自分の馬鹿さ加減に昨夜の決意もちょっと脇に置こう。もしや自分でも驚くくらい冷静でなくなったのは熱のせい? ちょっとそう考えて布団の中でグシャグシャになっていた手紙を眺めてみる。


 ――うん、良かった。さすがにそこまで情けない理由じゃなくて。


 胸の奥にある熱が“怒り”という感情であることに安堵した私は、取り敢えず寝間着に着替え直して自室のドア下から【風邪で寝てます。起こさないで下さい】と書いた紙を廊下に出しておく。


 果報は寝て待ってはいられないんだけどね……。


 ―――“邪魔をしないで”。


 そう私に綴って寄越した彼女とは、一度二人きりで話し合う場を設けるべきかもしれない。


 開いた便箋に書かれたその言葉の意味を考えたまま、私は再び浅い眠りに落ちていった。



***



『ちょっと、ジェーン大丈夫~? もし起きてたらここ開けて~?』


 あの後うつらうつらと悪夢と目覚めを繰り返していた私を最終的に起こしたのは、そんな心配そうなマリーの声だった。


 ということはもうお昼過ぎなのか……寝過ぎたわ。


 モソモソとベッドから起き上がった私はマリーの待つドアに向かおうとしてはたと気付く。どうやらだいぶ寝汗をかいたらしい。


「ごめんマリー、ちょっと着替えるから待ってて」


 少し掠れた声になったけれど『はいはーい』とドアの向こうからマリーが明るい声で返事をしてくれる。悪夢続きの後にはこれくらい元気な声を聞きたいものね……。


 おっと、忘れないうちに例の手紙を作業机の引き出しにしまい込む。まだはっきりしない内に見られたら憶測で物事が進んでしまうかもしれない。


 何となくだけれどそれは拙い気がした。


 布団とシーツを整え、寝汗で張り付いた下着も着替えてさっぱりしたところでドアを開けた。


「やだマリー、何そのお菓子。昨日あんなに食べたのに……」


 ドアを開けた先には色とりどりのお菓子の小箱を抱えたマリーが立っていたので、私は思わず苦笑してそう言ったら――。


「違う違う! このお菓子の山はたぶん寮生の子達だよ。ドア下のメモに積んであったから」


 マリーはそう言うと私の横をすり抜けてベッドの上にお菓子の山を積み直す。一つ一つは小さくてもザッと目算しただけでも二十個はあるな……。


「昨日の“雪菓祭”の余波じゃない? ドアの前に山積みになってたのはたぶん直接渡すのが恥ずかしかったのと、そのメモのせいだと思うけど。どっちにしても可愛い子達だねぇ」


「そんなの――わざわざ私に向かって言わないでも分かってるわよ。うちの寮生は皆ちょーっと素直じゃないけど可愛いの」


 ご丁寧に一つ一つに“風邪くらいでいつまでへばっているの!”とか“歳のせいかしらね?”などと書かれた可愛いカード付きである。本当に可愛いわねぇ?

 

「そもそも風邪で寝込んでるのなんかただの口実で充分なのに。律儀にひかなくても良いってば。それにあのメモ、寮生の子達も“今さら何言ってんの?”って感じでしょ」


 あ、言われてみれば確かにそうだわ……。朝は熱でそれどころじゃなかったけどだいぶ間抜けなことをしてしまった。全開したらこれをネタにしばらく馬鹿にされそうな気がする。 


 懐いているのかいないのか。血統書付きの猫みたいなお嬢様方は色々と悩ましい。まぁ、エメリンのように全身全霊で“懐いてます!”みたいな子の方が珍しいんだけどね。


「まだ本調子でもないのに夜更かしでもしてたんじゃないの~?」


「残念でした。昨日みんなと別れてすぐに寝ちゃったから夜更かしじゃなくて長ーーい、うたた寝です」


「――馬鹿」


 寮内は一応全館内セントラル・ヒーティングを採用しているとはいえども、床から上がってくる冷気にまでは対応出来ない。したがってやっぱり寒いものは寒い。


「あ、そうだ、さっきこっちに来る前に昨日のアーネスト様の描いてくれたデザイン画、あの仕立屋さんに持って行っといたよ。あれくらいなら前の生地も余ってるし、二日で出来るってさ」


 マリーにお礼を言っていたら私のお腹が“クルルル……”と鳴った。一瞬の沈黙の後、噴き出したマリーをバツの悪い顔で睨み付ける。


「そうそう。今日と明日はアーネスト様達もこっちに来られないらしいから、久し振りにジェーンを独り占め出来るってことね?」


 まるでとってつけたような報告だったけど、手紙の件があるのでその情報はありがたい。


 それにそんな風に悪戯っぽく微笑むマリーを見たらいつまでも怒っているのは難しいし。お菓子の山とマリーを交互に見やった。


「――だったらものは提案なんだけどマリー、今日のお昼はこのお菓子ですませちゃうとかどう?」


 本当は風邪を治すためにも栄養のあるものを食べないといけないんだろうけれど、確かにこうして二人だけで集まるというのがここ最近なかったなぁと思う。


 すると不思議なもので大人の思考などどこかに飛んでいってしまった。いくつになってもそういう褒められないことをしてみたくなるのだ。


「さっすがジェーン、そうこなくっちゃ! あたし食堂でブランデー入りホットミルクを作って来てあげる」


「じゃあ私はお菓子の中身を広げておくわね」


 私達は息ぴったりに頷き合うと、マリーは食堂へホットミルクを淹れに。


 私はあまり布をベッドに敷いて、お菓子の箱の中身をひっくり返して待ちましたとさ。……なんてね。


 

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