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5-5   雪の降る日は甘いお菓子を。


おはようジェーン(・ω・`)<と、キレッキレの仲間達。



 試着会から二日間アーネスト様と情報屋、それに俺も合わせた三人で件の危険分子の炙り出しを画策していた。エメリン嬢や彼女に言わなかったのは単にその方が危険から遠ざけられると思ってのことだ。


 動きを見せそうな対象者に絞って一週間と二日をかけて撒いた獲物の好みそうな餌に、さてあとは食いつくのを待つだけだと思われた――その心の隙を突かれた。


 彼女が女子寮の中にさえいれば安全だという勝手な思い込みが、今回の件を招いたのだ。


 あの日――エメリン嬢の膝に力無く頭を預けている彼女を目にしたとき、自分の考えの足りなさに吐き気が込み上げた。


 二日ぶりに目にした彼女の痛ましすぎる姿が、俺の中でまだ見ぬ襲撃者に対しての憎悪を確かなものにさせる。


 あっさりと内部に部外者を招き入れた守衛を吊し上げようとした俺の横から、まだあの中では一番冷静さを保っていたアーネスト様が通した人物の姿を訊ねると――。


『こ、ここを通ったのは若い洗濯婦でした!! 忘れ物を取りに来たと言うので――女性だったせいもあり、あまり疑わずに通してしまいました!!』


 と、必死の形相で喚いた。


 ――女の力で殴られたお陰でと言うべきか、彼女はまだ生きている。しかし、若い女……それも洗濯婦に該当するような人間は俺達が調べ上げた中にはいなかった。


 そして、こちら側は相手が例え女だからといって手心を加えてやる気のある人間はただの一人もいない。


 けれど無能な守衛しか顔を見たものがいないせいで更迭するわけにもいかず、一応の措置として学園側にあともう一名増員を要請して、再び現れた場合に対処する形となった。


 完璧な後手だが仕方ない。それに管理人が襲われたと寮生に知られては大騒ぎになる。寮生達には彼女はたちの悪い風邪で寝込んでいると誤魔化すことにした。


 それにしても――手口が明らかに素人な上に襲撃犯が女であれば、男である俺が殴ることは止められるかもしれない。


 が、こちらの女性陣はいささか戦闘力が高めだ。同性からの拳で相応の報いを受けてもらうつもりでいる。


「あれ、また来てたの? そんなに毎日来てくれたってまだ会わせられないんだってば」


 彼女の部屋から出てきたマリー嬢が外で待機していた俺を見て苦笑した。マリー嬢はあの襲撃の直後から出来る限り彼女に付き添うためにユアンが暇な時は店番を任せて様子を見に来てくれている。


「あぁ、それは分かっているが――容態を訊きに来た」


「う~ん、容態って言われてもねぇ……。毎日来てるんだしお医者も頭の傷をちょっと縫いはしたけど、意識がハッキリしたからもう大丈夫だって言ってたでしょう?」 


 彼女が襲撃されてから五日が経ち、マリー嬢の中では未だ昨日のことのように鮮明な怒りとして記憶に残っているはずだが――マリー嬢は不甲斐ない俺に怒りを見せるどころか――、


「今は痛み止めでうとうとしてるけどさぁ、ここに様子見に来る暇があるなら、とっととあの子をこんな目に合わせた奴を引きずって来てよね?」


「――勿論だ。情報屋の数を増やして調べる範囲を広げている。直にこんな無謀な行いをした愚か者を引きずって来よう」


 ……襲撃者に対する殺意に尖りきっている。因みにエメリン嬢はこの五日間、毎日十kmの走り込みと二時間の筋トレを欠かさない。


 今まで我慢していた反動もあるのだろうが、あれでは騎士団の候補生とさほど変わらないトレーニング内容だ。


 剣の素振りこそないものの、徒手空拳で挑むのが戦闘スタイルらしいエメリン嬢にとってはあまり関係がなさそうに思える。


 寒空の下、もう女性としては華奢と呼べなくなった身体から湯気を立ち上らせて筋トレに励む姿から、最早この件に片が付いた時エメリン嬢がドレスを着られるかは未知の領分だろう。


 寮生の中だけでなく学園の方にまでその肉体改造が知れ渡ったのか、アーネスト様に訊いたところによれば最近エメリン嬢が進む道は人が割れるのだそうだ。これでしつこく続いていた嫌がらせも止むだろう。


 ――そしてその過酷なトレーニングに少しでも付き合おうとしてへばっているアーネスト様を見ていると、男として多少不憫になる。


「だから勘違いしないでよ。あたしが会わせないんじゃなくて、あの子が会いたくないって言ってんの。……右側の顔の色がねぇ……ほら、分かるでしょ?」


 そう言って痛ましそうに顔を歪めたマリー嬢を目にして思い出すのは、視線を彷徨わせていた彼女が俺の声に反応してこちらを見た時のあの紫色に腫れ上がった顔。


 俺が彼女の顔を見たのは意識が戻ったと医者に呼ばれたのが最後だ。


 ……これで心配するなと言う方が無理な話である。


 しかし不幸中の幸いとでも言おうか、顔と膝、右半身を打ち付けたにも関わらず骨に異常はないとのことだ。


 思いのほか軽傷で済んだのは「冬の乙女の服の中は不思議で一杯なのよ」とマリー嬢が言っていた。


 要は“着膨れている”ということなのだろうが、横で彼女が聞いていれば顔を赤くして窘めたに違いない。


 新調したばかりの眼鏡も離れた場所で割れているのが発見されたので、これをかけたまま倒れていれば失明していたかもしれないとゾッとしたものだ。


「ハイハイ、そこで深刻な顔しな~い! 腫れは随分引いたのよ? ただ、内出血の後って日にちが経つと独特な黄色になるでしょう? あの子はあの色になった顔をアンタに見せたくないの。それに……髪のこともあるし」


 あぁ、そうか――まだその問題もあった。男の俺は顔の傷に目がいきがちで気付くのに遅れたのだが……彼女の髪はナイフか何かでバッサリと切り落とされていた。


 追い討ちでの脅しの意味も含めてだったのだろうが、これが女性陣の怒りをさらに加速させる要因になっている。襲撃者は捕らえられたら殴られた挙げ句に虎刈りにされるだろうが知ったことではない。


 ―――俺としては到底それで赦せそうにもないが。


「会えないのは残念だが仕方がない。その代わりと言っては何だが……これを彼女に渡しておいてもらえるだろうか?」


 こんな時にそんな物を渡しても良いものか悩んだ。でも少しでも彼女の心が和めば良いと思い買ってきたそれをマリー嬢に手渡す。


「あぁ、そっか~今日は“雪菓祭”か。ってことは中身はシストラムのレモンマカロン?」


「いや、あいにく有名店には疎くてな。こちらに向かう途中の街の賑わいで今日が“雪菓祭”だと気付いたくらいだ」


 “雪菓祭”とは、毎年二月の十五日に行われる雪に見立てた真っ白い菓子を食べて長引く雪の季節が早く終わるようにと願う行事だ。


 男の俺にはあまり縁のないものだが、毎年人気のケーキ屋などが競って新作を出しているところから女性の為の行事のようになっている。


 実際街で思ったのは……恋人に贈る菓子を買いに来た男達で混雑しているケーキ屋に入るのは遠慮したい、というところだろうか――。


「裏通りにある小さなケーキ屋で買ったのだが、思い付きで購入したので味が良いかは分からない。中身はレアチーズケーキだ。三つあるから良ければ三人で食べてくれ」


 俺がそう言うと、マリー嬢は“やれやれ”といった様子で頭を振った。何がいけなかったのかと疑問に思っていると、マリー嬢はいきなり俺にビシリと指を突きつけてこう言った。


「チッチッ、そういう心遣いは確かに大事よ? でもね、特別を演出するなら一つで良かったの。せーっかくマチ針渡したのに、これじゃあ効果半減じゃない」


 ……単に俺の理解力が低いせいだと思うがいまいちマリー嬢が何を言っているのか分からない。


「それにさぁ、エメリンにはアーネスト様が用意するに決まってるし。世話役としては主人の見せ場とっちゃ駄目じゃない?」


 なる程、これは一理あるどころではない。嫉妬深いアーネスト様のことだから絶対に面倒な言いがかりをつけられるな――。


「もしかしたら今日学園から帰る時にでも二人で――」


 マリー嬢が言い終わるよりも早く、後ろの彼女の部屋から『そうだわ!』と言う声が廊下にまで響いてきた。

 

 何事かと驚いた俺とマリー嬢が部屋のドアを開けると、そこには作業机に向かってペンを握ろうと四苦八苦している彼女の後ろ姿が飛び込んでくる。


「えぇ!? ちょ、ちょっと、ジェーン! 勝手に起き上がったりして何してるのよ!!」


 慌てて駆け寄ったマリー嬢が彼女の肩に手をかけると、彼女は相手がマリー嬢だと気付いていないのか煩わしそうにその手を払いのけた。


 そして何度握ろうとしても転がり落ちるペンに苛立ち、口の中で悪態を吐いている。背後からではその表情が見えないが、それでも彼女の鬼気迫る姿から何となく察せられた。


「ジェーン……」


 見たこともない親友の姿に呆然としているマリー嬢の隣をすり避けて彼女に近付く。褒められた行為ではないものの、俺を部屋の中にいれたことに二人が気付かないうちに様子を伺おうと思ったからだ。


 震える手で必死にペンを握ろうと苦心している彼女は俺が背後に立ったことにも気付かないのか、製図用の方眼用紙に視線を落としている。


 左側から覗いた表情はいつも穏やかな彼女とは思えないほど厳しく張り詰めていた。悔しそうに唇を噛み締めている彼女の右手を、そっと自分の右手でペンごと握り込む。


「――何を描きたいんだ、ジェーン?」


 左側から彼女にそう囁くと、ようやくこちらを振り向いた。ざんばらに切られた髪はマリー嬢だろうか、耳の下辺りで綺麗に切りそろえられている。そのせいで彼女の榛色の瞳がよく見えた。


 ……ただ、右側の頬はマリー嬢の言ったように腫れは引き始めているが、黄色と紫色が混ざった痛々しい色をしている。


 一瞬キョトンと俺の顔を見つめて目を瞬かせていた彼女だったが、次の瞬間には正気を取り戻したらしく、顔を隠すように俯いた。


「あ、え? えぇ? ……何でオーランドさんが?」


「ジェーンの声が廊下にまで聞こえてきたからだ。何かあったのかと思ってマリー嬢に無理を言って部屋に入れてもらった」


 半分嘘を、半分真実を織り交ぜてそう答えると、彼女はさらに深く俯く。ふと、握り込んだ右手が震えているのに気付いて身体を離す。


 少しだけ安心したらしい彼女が息をつくと、代わりに俺と彼女の間にマリー嬢がその身を滑り込ませた。牽制するように睨みつけてくるマリー嬢の視線にしっかりと応じる。


「あー……ジェーン、今日が“雪菓祭”だと知っていたか?」


 この気まずい状況で大した話術を持たない俺は他に何と言えば良いのか分からなかった。マリー嬢の“まぁ、良い”という視線に軽く頷く。この場で大事なのは彼女を刺激しないことだ。


 彼女が俯いたまま微かに「いいえ」と返してくれたので、俺とマリー嬢は互いに頷きあう。


「それなら、ジェーン……もしよければだが――」


 視線を交えたマリー嬢が力強く頷くのを見て、俺も頷き返した。


「あー……その、菓子を買ってきたんだ。まだ寮生達が戻るまで時間もある。だからだな、貴方も……一緒に“雪菓祭”を祝わないか?」


 ――良い歳をした男がたどたどしく言ったところで不気味なだけだな。


 口にした端から早くも後悔し始めた俺に、マリー嬢も無言のまま微妙な表情を向ける。二人して“断られる”と腹をくくった時だった。


 俯いていた彼女がほんの少しだけ頷く。


 それを合図に急遽設けられた“雪菓祭”が幕を開けた――。

 


“雪菓祭”はバレンタインと節分を混ぜた感じのお祭りだと思われます。


その割合おおよそ(・ω・*)<7:3。


次回、犯人探し再開です。


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