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5-4   襲撃者、参る。


今回、ちょっと痛いシーンがあるので苦手な方はご注意下さい!


Σ(>ω<;)<あいたぁ!



 ―――前回の試着会から二日。


 やっぱりあの日お城に帰ったアーネスト様は翌日熱を出されたらしく、学園を休んだと帰ってきたエメリンから聞かされた時は罪悪感に苛まれた。


 けれどエメリンが「でもね、あの日のアーネストってば、凄ーく嬉しそうだった!」と言ってくれたので、その言葉にほんの少し救われる。


 手許にあるあの日描いたスケッチは、素材の良さが活きていて王道な王子様とちょっぴり遊び人風な問題児のコントラストが我ながら絶妙である。


 それに気に病んだところでアーネスト様の熱が下がる訳ではないのだから、私は私に出来ることをやろうというものだ。


 というわけで――いま私は人間コピー機として各協力店に配る夏用制服のデザイン画を作成している。


 “うおぉぉ! 俺は人間火力発電所だあぁぁ!” ……なんてね。


 春夏兼用のシャツは軽やかで張りのあるローン生地。リネンの風合いも持ち合わせているので適度に上品。男女共に極薄いクリーム色にしてみた。


 何で白じゃないのかって……だって汗染みとか、気になるじゃない? 


 この生地はドレープ※(布を垂らした時に出来る、柔らかいひだ)に向いてるんだけど、女子用の制服に用いるには手間がかかり過ぎるので断念。男女の区別として丸襟か、普通の立て襟にする程度が限界だもの。


 次に春夏用のズボンだが、これは張りがあってややかための素材感があるコードレーン生地。ドライな質感で見た目にも清涼感がある。生地の表面に畝があるので肌に張り付かないのだ。


 ジャケットも同じ生地で仕立てた。ジャケットは薄い灰色がかった生地で、ズボンは近付いて見ないと分からないような極細い紺と白のストライプが入っている。


 ただあの日のユアンの感じからジャケットとズボンの色を逆にした方が良いのかな~と、思案中。でもそうなるとジャケット脱いだ時に間の抜けた姿になっちゃうし……やっぱ現状のままかな?


 そしてあの日スケッチをしながら感じたのは……いつもお世話になっているあの仕立屋さんの腕の確かさ。私が紳士ものはまだ造れないので、二人のは先行で仕立ててもらったいわばオーダーメイドだ。


 同じ装いのはずなのに身に着けた時の姿が全く違って見えたのは、細かく微調節された仕立ての妙。これが本職の腕前なのかと思うと背筋が伸びた。


 こんな人達の手を借りられるのだから現世の私は運が良いわ。


 管理人業務の合間にやるものだから中々枚数が描けないのが目下の悩みではるけれど……何もしないよりはうんと良いし、そう信じたい。


 こうしていると分かる。前世のコンビニにあったコピー機の何と優秀だったことか! とね。


 でもね――指に指貫で出来たタコと、スケッチのしすぎで出来たペンダコ、それにあかぎれと三連続コンポを見舞われるとさすがに笑いたくなる。


 若くは……ないにしても手がここまで酷い状態の女性はどうなのかしら?


 自室の作業机の上に広げられたスケッチの数々を見て苦笑しながら、自分の手の現状をちょっぴり恨めしく思う。いつも指先まで手入れの行き届いてるマリーに訊いてみようかしら……。


 ただでさえ面白味のない地味な容姿なのだから、せめてどこか一つくらい綺麗に整えておかないと、とは思うんだけど、ね。


 そう言えば以前“清潔感と女性としてのお手入れは全くの別物”だとマリーが言っていた。


 白い部分がないほど短く切った爪には縦に筋が入っているし、髪はキッチリ纏めてさえいれば人に不快感を与えないだろうと思っていたから枝毛だとか艶を気にしたことがあまりない……かも。


 それに化粧は年始めの挨拶か血色が悪い時にしかしないし、服装はのび〇君システムと同じで、基本同じデザインのものを着回しているだけだわ。


 これは……アウト、かな? だってセーフな部分がどこにもないものね?


 その動かしがたい事実に気がついた私は、猛然と動かしていた手からペンを離して作業机に突っ伏した。今頃になって何で自分の容姿が気になるのかしら。


 乙女ゲームなら出演者全員美形にしたって構わないでしょうに――って、あぁ、でも管理人は攻略に絡みっこない書き割りだものね……仕方ないか。


 突っ伏したまま溜め息をついた私は、視線の先にあるオニキス色の小箱を見つめる。


 それを見ていたらやる気がムクムクとまではいかないけれど、少しだけ戻ってきたので再びスケッチを描こうと身体を起こした――が、


 “グキュ~~……”


 情けないお腹の虫の声が自室にやけに大きく響いた。


「ふ、ふふふ、気のせいよ……お昼食べる暇があるならスケッチを一枚でも多く描かなきゃ」


 そう一度は自分に言い聞かせてはみるものの――。


 “グググッキュウ~~クルッポ……”


 最後の声に一気に今まで盛り上がっていた気が萎えた。怪鳥でも飼っているのか、私のお腹は……。


 ほら、誰だってたまにあるでしょう? 自分で自分のお腹の音に驚くことが! 誰でも良いからあるって言ってよ!


 このままだと全く仕事にならない。仕方なく椅子をひいて立ち上がる。考えてみればずっと座りっぱなしだったのでこの休憩は丁度良いのかも。


 そう思い直すことにして空腹という生存本能に完全敗北した私は、諦めて食堂へと向かったのだけれど――。


「あぁ……そっか、そうだったわ……」


 空っぽになってしまったパントリーの中で一人うなだれた。すっかり忘れていたけれど今日は食品の入れ替え日だったっけ。


 古い食材はここに来てくれてるおばさん達が持って帰ってしまった後だし、新しいものも五時にならないと来ないんだったわ……。


 すぐに食べられそうなめぼしいものもないし、かといって買い出しに行こうにも一人で外に出るなと注意もされている手前どうしようかと考えていた時だった。


 ---コツッ、と。


 私のすぐ傍で靴音のような物音がした。


 通常この時間帯にこの女子寮内に私以外の人がいることは殆どない。やや緊張して振り返るが彷徨わせた視線の先に人影はない。


 一瞬侵入者という言葉が脳裏を過ぎったけれど、その線もこの寮の周りを取り囲む塀の高さや人通りを考えると薄い。しかも唯一入れる門には守衛さんが立ってくれているのだ。


 以上のことを踏まえて導き出した結果は、この食堂で働いているおばさん達の誰かが忘れ物を取りにきたのだろう、というものだ。


 それなら家に帰るおばさんに買い物につきあってもらおうか? 


 そう考えて音のした方向へ向かったのだけれど―――パントリーから出た次の瞬間、突如後頭部に強い衝撃を受けた。


 初めて知ったことだけど……あまりに強い衝撃は“痛み”より“熱”として感じるみたいだ。そういえば前世で最後に感じたのもこんな“熱”だったような気がする……。


 あぁ、私は今回も天寿を全うすることなく殺されるのか――そう思ったら自然と涙が零れる。


 薄れていく意識の中で私が最後に耳にしたのは『ごめんなさい』という女の人の声だった………。



***



『―――!』


 …………?


『ど……――さん!?』


 ……ヒトノ、コエガスル。


『おき……よ……!』


 ―――ダレノ、コエ……?


「嫌だ、嫌よぉ、起きて!! 起きてよぉ、誰がこんな酷いこと……ねぇ、ジェーンさん!! ジェーンさんってばぁ!!」


 え!? うわ、ヤダ、何これ!? すっごく頭に響くんだけどぉぉぉ!?


 そのあまりの“痛さ”に思わず瞼を持ち上げた私は、一瞬いま自分が置かれている状況が分からずにぼうっとなる。目に映っているのは食堂の床みたいだけど……こんなところで私、何してたんだっけ?


 二、三度瞬きすると、どういう訳だか知らないけれど現在自分がエメリンに上から覗き込まれていて、なおかつ膝枕をされている状況だということが分かった。


 まるで身体が濡らした羽毛布団でくるまれたかのように重くて、自分の指一本動かせそうにない。


 んん……後頭部と右の側頭部と右半身がやたらと痛い。あぁ、嘘、膝もなの? しかも何だか右側の視界が狭いような――でも、何で? 


 何が何だか分からずに少し身動ぎすると、今までこの世の終わりのように泣きじゃくっていたエメリンがそれに気付いて目を見開いた。


「ジェーンさん!?」 


「うん……」


「うわぁぁぁ!! 良かったあぁぁ、生きてたよおぉぉぉ!!」


「……うん」


 ありがとう、エメリン。でもちょっとシャウトし過ぎ。でもこんなに心配してくれてるのに頭に響くから止めてって言い辛いし……。


 オイオイと大声で泣き出したエメリンにどう声をかけようかと思っていたら、バタバタと複数の足音が近付いてきた。


 ――これ以上魂を震わせるシャウトを聞かされたら死ぬかも……。

 

 そんなことをぼんやりと考えていたら―――、


「どうしたのエマ!?」


「いったい何があったんだエメリン嬢!?」


 あぁ、だから、止めてって、ば。何なのよ皆して、頭に響くのよ……。

 

「――なっ、ジェーン!?」


 狭い視界の中で、自然とその声の主を探している自分がいる。あぁなのに……眠いのか何だかわからないけれど瞼がだんだんと落ちてきた。


 声の主を……彼の顔を見たいのに、視界が再び暗くなり始める。


「エメリン嬢、ジェーンを……」


 急に近付いてきた声に一瞬だけハッとして瞼を持ち上げると、私の視界が彼で一杯になった。視線の高さから彼が膝をついているのだと分かる。


 痛ましそうに顔を歪ませるオーランドさんの頬に手を伸ばしたくなったけれど、生憎指一本動かせそうにない。


 頭の下にソッと手を入れてくれたのだとは思うけど、それでも信じられないほど痛くて思わず唇の間から苦悶の声が漏れた。


 それに怯んだ彼の手が離れそうになるのをエメリンのしなやかな手が押さえ込んだ。それは良いんだけどあの、出来ればもう少し優しく――痛いんだってば……。


 エメリンに手を押さえられた彼は彼女に頷き返すと、再び私の頭の下に手を入れ自分の膝の方に移動させる。


 ―――いま一番顔を見たい彼だったけれど、膝枕の寝心地はエメリンの方が良いです……。同じ筋肉質でもやっぱり女性と男性って違うのかしら? 


 痛みのあまりまともな思考回路でない私を覗き込んだ彼が、その大きな掌で顔の右側に触れる。


 触れられたことで走った鈍い痛みに混じって、彼の体温を感じた。


 ―――痛いのに、とても安心する。


 相反する感覚に戸惑う私の視界が再び闇に閉ざされる寸前、歪んだ彼の表情が滲んで流れた。


 ―――この次に私が瞼を持ち上げたら、お願い、貴方はどうか笑ってね?




Q 眼鏡は?

A 吹っ飛んで割れてます。  Σ(TωT;)<買い直し!!

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