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5-2   魔法の杖は持たないけれど。


【学園都市物語~恋するあの人は王子様!~】 希望小売り価格 5,980円。

                         ジャンル 恋愛  

                         

                         \(・ω・*)<ですが…。



 不可解な熱は外気に当たる内にすっかり冷めてしまったので、私はこの季節にアイスコーヒーを飲む必要はなくなった訳なのだけど……。


 一難去って――というか自業自得なのだが隠し部屋というこの狭い空間に二人きりとは。


 よくよく考えれば何故こんな自分の首を絞める場所に連れてきたし! 確かに食堂はマズいかと思って除外したけれど! 他にも自室とか――あ、いや、自室は現状とても片付いているとは言えないのでもっと駄目だわ。


 私がグルグル考えている間に、彼はポットに移し替えてきたコーヒーのお代わりを自分のカップに注いでいる。変に意識しているのが自分だけだと分かると少しだけ冷静になった。


 湯気の上がるカップの向こうに見えるオーランドさん。極薄いヴェールの向こう側にいるみたいだ。表情がダイレクトに分からないからか緊張感が和らぐ。


 とはいえ、さっき彼から告げられた話の内容は一般人の私が訊いたところで悪用は出来ないけれど、さりとて期待されるような答えを返せるものでもなかった。


 そもそもこんな国の暗部的な重要案件を訊いてしまった私はこの制服改革が済んだ後どうすればいいのよ……。


 しかしせっかく信頼してこんな重要なことを相談してくれたオーランドさんを失望させたくはないし――どんな答えを返したところで決定するのは私達平民からすれば天上人。


 気に入らなければどんなことでも握り潰せる人達が相手なのだから、正直に思ったことを切り出してみることにした。


「オーランドさん」


 今から彼を怒らせてしまうかもしれない。そんな気持ちを抱えながら意を決して名前を呼ぶと、それまでコーヒーを飲んでいた彼が居住まいを正した。


 赤銅色の瞳が私を見据えたのを目にしても、今度は大丈夫だ。真正面から彼の視線を受け止めた私は緊張で声が裏返らないようにと願って話し出す。


「――さっきこの件を“アーネスト様にお伝えするべきか”とのことでしたが、私の答えは“はい”一択です」


 彼は無言のまま一つ頷いた。ここまでは恐らく彼も同じ意見だったに違いない。視線で先を促されて私も頷いた。


「そも失礼ですが、あの方は貴方とエメリン意外はどうでも良いと思ってらっしゃる節があります。それにご自分のなさりたいことしかされない方だわ。民衆の代表者を気取るつもりはありませんが、彼は王族の位階に列せられるには不適切な人材です」


 厳しいことを――生意気なことを言っているのは、自分でも良く分かっている。オーランドさんの眉根に深い皺が刻まれたのを見て、これ以上は言わない方が良いのかと迷う。


 けれど“相談”されたのだ。そして引き受けた。なら私はそれから逃げたくない。


「ですが、あの方はそんなご自分が分からないほど愚かではない。今回のお話を頂いた時も、私にはあの方がこの先、位階にしがみついて生きたいとは感じていらっしゃらないように思えました」


 厳しい視線を受け止めたまま、縮こまらないように背筋を伸ばす。


「……オーランドさんにはまだ子供に映るかもしれませんが、あの方はもう大人です。王族同士の諍いを、まして不仲とはいえ血を分けた家族です。この件を貴方に告げられたところで知らぬ存ぜぬで通す子供ではないわ」


 世話役は子守ではない。それは彼にも分かっているはずだ。


 けれど自分が幼い頃から護り続けた不遇な王子が、この上さらに位階を下げられると思ったら居たたまれなかったに違いない。


 王位継承者のスペアは本来二人もいれば充分だ。今のところ位階一位の長兄と、位階二位の次兄がいる。三人目がいるとしてもそれには“健康な身体”が必要不可欠になってくるけれど……彼にはそれもない。


「――本人は身体の弱さに負い目を感じているみたいですけれど、エメリンはそんなことを抜きにあの方を大切な人として見ているわ。あの方にとって位階にどれほどの価値があるのか、それを決めるのは貴方ではありません」


 生意気で嫌な女だと思われただろうか? もしもそんな風に思われたとしても意見を曲げる気はないけれど、ほんの少しだけ胸が痛んだ。


 オーランドさんは私の話を訊く間、遮ることも席を立つこともしなかった。ただじっと何かを探るような視線を私に向けるだけ。しかし話を全て訊き終えると、赤銅色の瞳は私を解放してその視線が床に落ちる。

 

 緊張で喉はカラカラに渇いていたけれど、とてもコーヒーを飲む気分にはなれない。彼が何も言わないのでそれ以上どうすれば良いのか分からずに途方にくれる。


「やはり……貴方もそう思うか」


 溜め息に紛れるほど小さな声で、彼は確かにそう言った。私が見つめていることに気付いた彼は少しだけ視線を上げて苦笑する。


「困ったことに俺も全くの同意見だ。アーネスト様はそういう方だ。幼い頃から見ていた俺にはまだ子供に映るが、それでもアーネスト様にはもうエメリン嬢という護るべき女性もいる。……このあたりが位階にしがみつける潮時だろう」


 後半にかけて呻きにも似た彼の声が私の胸を締め付けた。


「それに――位階に就いたまま日に日に弱っていくよりも、どこか城から離れたところでも構わないからアーネスト様が平穏に生きられたなら、と。出来れば俺はアーネスト様を自由にして差し上げたい。飼い殺される籠の鳥ではなく、自分で飛ぶ空を選ばせてやりたいのだ……」


 政権争いに巻き込まれることを厭う人は多いだろう。けれど自分の世話した王族を位階から抜けさせたいという変わり者はそうはいないはずだ。それでいくと彼はだいぶ変わり者の部類らしい。


「今さらと思うだろうが、改めてお願いしたい。アーネスト様の……聞こえは悪いが位階からの足抜けに、ジェーン、貴方の力を貸してはくれないだろうか?」


 鋭い光を放つ赤銅色の瞳は、まるで赤々と燃える焔のようだ。その熱が私の胸中に伝播する。


 もっと、もっと、燃やせと。


 もっと、もっと、活かせと。


 こちらに転生したのだと知ってから、ふと湧き上がったこの欲求が。今の私を形成していく。構築していく。


 それはまるで枯れ野に燃え広がる野火のように鮮やかな速さで私の心を浸食していった。


 コンペの最終枠をもぎ取って迎えたあの朝を、私は今も悔やんでいる。記憶が戻ってから――いいえ……この世界の制服に苛立っていたのがその証拠だわ。


 あの日、あの時に戻れないと言うのなら、どうか、神様。


「私の力添え程度で――」


 変わるとは思えない? “馬鹿ね――変えるのよ”と。心の中で声がする。もう一度だけチャンスが欲しい。未だこの胸を焦がすこの欲求を叶えるチャンスが。


「……力を貸すだなんて、とんでもないわ」


 ふと、気が付けばそんな言葉が口をついて出る。そのままスルリと滑り落ちた続く言葉は一瞬、自分の物ではないような気がした。


「お互いに利用したり、されたりしましょう?」


 そんな私の挑発的な言葉にオーランドさんは少しだけ目を見開く。しかしそれからすぐに、あのサモエドスマイルを浮かべて面白そうに頷いた。


 

***



 穴があったら入りたい――というか、なかったら掘ってでも埋まりたい。


 あの後すぐに四時の鐘が鳴ってエメリン達が帰ってきた。別れの挨拶を交わしているエメリン達を微笑ましく見ていたのだけれど――。


 その時すっと近寄って来たオーランドさんが「改めて貴方を利用させてくれ」と耳打ちしてきた時は本当に顔から火が出そうになった。あんな自分でも驚くような発言をした後だからより居たたまれない!


 他の生徒達が帰ってくる前にオーランドさんとアーネスト様を見送る。


 エメリンと別れて自室に戻った私は床に広げたままになっているの生地の山を爪先で除けながらベッドを目指した。


 作業机の上からあの小箱を手にしてベッドに座り込む。マットレスが軽く軋みを上げて私を支えると、そのまま背中から倒れ込んだ。


 手の中でクルクルとオニキス色の小箱を弄ぶ。うつ伏せに寝転び直してその小箱を開くと中にはチェス盤を模したもう一回り小さな箱。


 それを開こうか開くまいか悩んで……結局は見たい欲求に負けてソッと箱の蓋を開けた。納められたチェスの駒を模したマチ針の中からナイトの針を一本抜き出す。


 確か初めて見た晩にも思ったけれど、その横顔はどことなく生真面目で融通の利かなさそうなオーランドさんに似ている。指先で針の部分を摘まんで部屋の灯りに翳す。


 チェスを模したマチ針はどれも精巧に作られていて、顔形まで何度見ても良くできている。キング(王)、クイーン(女王)、ビジョップ(僧正)、ルーク(城)、ポーン(歩兵)……それから、このナイト(騎士)。


 特に黒い方のナイトが彼を彷彿とさせる。彼の髪も瞳も黒とは縁遠い赤銅色なのに。


 私はまだこのマチ針をもらえるような腕にとてもじゃないけど届かない。でも今日の自分の発言で私は気付いた。技術が“いつか追い付く”何て言っていられないのだ。


 出来れば今日にも、さもなければ明日にでも。彼に大見得を切った手前、一日でも早く“利用されたり”する腕前にならないと。


 それに、アーネスト様やエメリンが学園に通えるのも今年を除けば来年一年だけだ。去年の十一月に始めたばかりで今年の申請には間に合わなかった制服も、最低でも今年の夏頃までには申請しないと……。


 普通は何年も前から制服の変更はメーカー同士の間で取り決められるのだけれど、この世界に“制服メーカー”は存在しない。


 上手くことが運んだら周辺の村や町、国内の小さなお店にだって新しい雇用形態が出来る。それを取り仕切るのは位階から“足抜け”したアーネスト様がやればいい。


 私としてはその製作とデザインを手がけさせてもらえればもう大満足。


 前世の思い残しもなくなってこの世界を本当の意味で……なんて大袈裟かもしれないけれど、でも、悔いなく生きていける。


 そのために私はアーネスト様の持つ財政力と権限を最大限に“利用させて”もらうつもりだ。


 指先に摘まんだナイトをクルリと回す。灯りを反射した小さなこのナイトは彼。たった一人の主のために誇り高い輝きを放つ。


 だからキングは勿論、アーネスト様。クイーンはエメリンね。


 残念ながらチェス盤を模したこのマチ針の中に、私の針はないけれど。


 あぁ、でもそうね……エメリンは元々は下町出の“灰かぶり姫”だから私の役所はお城に彼女を送り出す魔女かしら?


 ――うん、それも悪くない。


  一振りしただけでドレスを造れる魔法の杖は持たないけれど、私には針とミシンがあるものね。


 そう思って部屋の隅に置かれたミシンを見つめた私は、何だか愉快な気分になった。


「たまにはアナログな魔女がいたって良いわよね? 相棒」


 始まりのきっかけになったそいつを見つめて、指先のナイトに視線を戻す。そうして私は祈りを捧げるようにその頭に口付けてから、彼をチェス盤の小箱に横たえた。




市場販売結果は惨敗。

中古販売価格 980円。   Σ(・ω・`)ノノ<ヒエェ……。

                      

Qさて、何が悪かったでしょうか? 

 お暇のある方は答えを考えてみてネ!(ただの悪のりです)


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