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5-1   この感情のサンプルってあるかしら?


今回は珍しくジェーンがオーランドに振り回される感じですΣ(・ω・*)



 この間の一件以来、初めてのマリーの店だ。出かける時はオーランドさんが送ってくれたけれど、今は仕事の為に一旦王城へと戻っている。


 あの日の出来事を話した瞬間のマリーの顔と言ったら……この歳になってあんなに人に怒られたのは初めてだった。表の札を“クローズ”にした時から嫌な予感はしていたけれど――。


 泣くわ泣くわ、怒るわ、なじるわ、それはもう大変だった。


 結局「泣きはらした目で接客するわけにもいかないでしょ?」との理由から店も閉めさせてしまったし、本当に申し訳ない。


 今日はこれから外注することになるであろうことを見越して、造り貯めておいた制服のシャツのサンプルと型紙をマリーの店に持ち込んだのだけれど……。


 制服以外にもたまに小物類を置いてもらったりすることもあるので持ち込み自体は初めてではないけれど、常なら気心の知れた友人である彼女もこの時ばかりは商売人の目で私の作品を検品する。


 さっきまでの取り乱しようなどなかったかのような真剣な表情に、毎度のことながら緊張してしまう。


「……うん、確かに。S・M・L・LLサイズの冬用ブラウスのサンプルが一枚ずつと、それぞれの型紙が三セットずつね。凄いよジェーン! この短期間でよく揃えた! 偉いぞ!」


 いつものように彼女が晴れやかな笑顔を見せてくれたのを合図に、身体から緊張感が抜けていく。まさしく“腑抜け”るといった感じだ。


「も~、ジェーンってば。いい加減持ち込みにも慣れなさいよ?」


 苦笑しつつ検品の済んだシャツをたたんでお会計レジの脇に寄せたマリーは、カウンターに突っ伏している私の結い上げた髪の中に人差し指を突っ込んだ。


 地味にゾワッとするので止めて欲しい。無言のままその手を捕まえて引き剥がすと、マリーは鈴を転がすような笑い声を上げる。


「このサンプルと型紙は約束通りに協力加盟店に配っておくから安心してね。加盟店の子達も乗り気だったから、造り慣れたら他の協力してくれそうな店にサンプル造って配ってくれるってさ」


 マリーのその情報にカウンターから勢いよく身を起こす。そんな私に「うわぁ~、現金だぁ」と目の前で苦笑するマリーが言うけれど、仕方ないじゃない?


 さっきからマリーが口にする“協力加盟店”はこの街の中で個人で店を構えている仕立屋さん達に、余暇の時間でサイズ別にシャツを仕立ててもらうという趣旨のもの。


 ここで大切なのは個人店の保護だ。というのも、この世界では服の既製品がまだそこまで普及していない。そんな中で仕立てるのは一部の富裕層で、そういう人達は当然大手の仕立屋を贔屓にしている。


 個人店にはリフォームやデザイン変更のアドバイスを求めに来るお客が多く、それだけではせっかくの腕も鈍ってしまう。そこで今回の“制服改革”にご協力願えないかと声をかけたのだ。


 出来上がったそれは検品の後、アーネスト様が買い上げる制度を取り入れたいわば実験的な試みだ。


 したがって、お金持ちが歩くような目抜き通りに店舗を構える大手は勝手に仕事が舞い込むから、この実験には参加出来ない。そもそもがしなくても平気な地力と地盤のある大手だ。


 きっと声をかけたところで断られるだろうし、すでに箔を持っているあちらにしても望まないはず。


「現金って……もっと別の言い方にしてよ。だって私達の声かけに乗ってくれるところなんてまだ少ないんだもの」


「まぁね~……でも言っちゃ悪いけど、まだ海のものとも山のものとも言えない訳じゃない? そうなると失敗したら大火傷しちゃう個人店はやっぱり二の足踏んじゃうのよ」


「それはそうだけど、昨日でもう二月に入っちゃったのよ? このペースのままだと来年の制服更新に間に合わないわ」


 と、言ってはみたものの――。


「あらら? ジェーンちゃんったらまだ決定もしてないのに気が早いんじゃないの~?」


 意地の悪いマリーの言葉に私は再びカウンターに撃沈してしまう。カウンターを食らってカウンターに突っ伏すのか……。


 そんな慣れないボケを考えていたら、私の背後で店のドアベルが鳴った。お客さんかと思って振り返った私の目に映ったのは、二日前から顔を真正面から見られなくなってしまったオーランドさんだった。


「この子のお迎えご苦労様。外は寒かったでしょう? 良かったら温かい飲み物でも用意しようか?」


 挙動が不振になっている私の代わりに、マリーがそう提案してくれる。でもオーランドさんに見えないように指でビスビス突っつくの止めてよね。


「いや、すまないマリー嬢。外も暗くなって来たのでお気持ちだけ頂こう。ジェーン、俺は表で待っているから帰る用意が出来たら出てきてくれ」


 彼に名前を呼ばれた私は頷くだけで精一杯だった。背後からマリーの指が突っつく速度をあげる。いや、今それどころじゃないのよマリー! あと本当に痛いから!


 後ろでワチャワチャしている私達を見る彼の目が一瞬不思議そうに瞬いたけれど、微笑みを浮かべて出て行った。


 私がヘナヘナとその場でへたり込むと、カウンターの向こう側から飛び出してきたマリーが目の前に回り込んでくる。その目の輝きに嫌な気配を感じて身構えた。


「なになになに、今の!! あの“しょうがないな”みたいな微笑み! 何があったのか白状しなさいよ~!」


 ほら来た! 普段は大人びたマリーだけれど、彼女は意外にもこういう類の話が大好物なのだ。


 感情の高ぶるまま声を上げるマリーの口を慌てて塞ぐ。やや乱暴になってしまったが、私は悪くない!


「何考えてるのよマリー、声を抑えて! それにそんなんじゃないから!」


 あ、違う、そんなんじゃないって、じゃあどうなんだってことよね? 


 とか思っていたら、口を塞いでいた私の手を引き剥がしたマリーがさっきより幾分抑えた声で「じゃあどうなのよ?」と訊いてきた。


 ――やっぱりそうなるわよね? ですよね? 


「そ、そんなの……彼と私達はただの仕事仲間でしょう? それよりあんまり待たせちゃ悪いからもう行くわ。夜の戸締まりはきっちりしてね?」


 どうにか無理やり平静を装ってそうマリーに告げた私は、彼女の返事を待たずに店を出た。火照っていた顔に外の空気が触れて常より大袈裟に冷たく感じる。


「何だ、もう出てきたのか? マリー嬢はまだ話足りないようだと思ったのだが、違ったか?」


 ドアを出たばかりでそう声をかけられた私は「大したことじゃないですから」とやや素っ気ない言い方をしてしまったのに、オーランドさんは穏やかに「そうか」と頷いた。


 寒空のなか自分の仕事だってあるだろうに、わざわざその仕事の合間にこうして護衛を申し出てくれている彼に対してこの態度って……。


 ――どこのご令嬢なのよ、私の馬鹿。


 マリーの店を出てから何となく無言で歩く。


 無言でいてもそれが嫌ではないのもあるけど、さっきの態度のあとにどうやって会話を再開させれば良いのか分からないのだ。


「……冷えるな」


 自己嫌悪から立ち直れないでいる私の頭上から彼の声が降ってきた。独り言のようにも聞こえたものの、もしも私にかけてくれた言葉だと悪いので見上げる。


 が―――赤銅色の双眸とまともに視線がぶつかってせっかく冷めていた頬に余分な熱が戻ってきた。何とかあからさまにならないように視線を外しつつ「そうですね」と返す。


「あー……マリー嬢にはああ言ってしまったが、寮に戻ったらコーヒーを淹れてもらっても構わないだろうか?」


「も、もちろん、それくらいのことでしたら喜んで」


 ぎこちない会話でもしていないよりはマシだ……と思う。意識を会話に向けられる間は頬の熱も落ち着くから。


「その、俺はもしやこの間のことでジェーンに警戒されているのか?」


 会話で落ち着けると思った矢先に投下された言葉にそんな認識も吹き飛ぶ。声の感じから彼が少々傷付いているらしいと判断した私は全力で首を横に振った。


「そうか、それなら良かった。貴方に避けられると仕事でも、それ以外でも色々と困るからな」


 ―――え? これ、どう反応すれば正解なの?


「現状で信頼が置けてこんなことを相談出来そうな人間が他にいないので困っていたんだが――寮に戻ったら少し知恵を貸して欲しいのだが構わないか?」


 あぁ、そっちね。拍子抜け……という訳でもないか。だってチラリと伺い見た彼の表情からどうやら深刻な案件のようだし。


「――何だか込み入った話とお見受けしました。それは食堂では訊かない方が良さそうですし、まして外でこうして匂わせることでもなさそうだわ」


 オーランドさんの少し悩みを抱えた声で、ようやく冷静な判断力が戻ってきた。なのでその冷静さを失わない内に彼にそう釘を刺す。


「どこで誰が聞き耳を立てているか分からないのに、こんなところでそんなことを仰るなんて余程のことでしょうから」


 冷静さを取り戻せば彼の顔をまた以前のように正面から見られるはず! ……だと思ったんだけどなぁ?


「こんなことを女性の貴方に言ったら怒られそうだが――やはり相談できる相手がいると頼もしいものだな」


 あ、本当に笑うとそんな表情になるのか――。


 完璧に不意打ちにあった私はまともにその表情を直視してしまう。


 目許にほんの少しだけ笑い皺が寄ると、オーランドさんはいつものキリリとした印象からモフッとした大型犬っぽい感じになった。


 どこかから“伝わりにくい”と言われそうだから補足しよう。あのですね、こう、躾のいいシベリアンハスキーがサモエドスマイルしてくれたような感じなの。……うん、この表現は我ながら的確だわ。


 ――と、まぁ、そんな訳で――。


「ん? 何だか顔が赤いようだが……冷えのぼせか?」


「えぇ、まぁ、大体そんな感じです。歩いていればそのうち元に戻りますから早く寮に帰りましょう」


 二月に入ったばかりの外気は冷たいはずなのに、私の火照った頬にはその冷たさがちょうど心地良い。急に足早に歩き出した私に首を傾げつつも歩幅を合わせてくれる彼に対して、内心並ばないで欲しいと思う。


 もしも帰るまでにこの不可解な熱が冷めなかったら、私は風邪をひく覚悟でアイスコーヒーを飲もうと心密かに決意した。



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