4-7 世話焼きは、世話を焼かれ慣れない。
新年最初の投稿です。
タイトルまま。
世話焼きの人って不思議とそういう方が多いですよね(´ω`*)<優しい人多め。
幸い俺の申し出を彼女は驚きつつも受けてくれたので、明日から空いた時間に女子寮を訪れるということで話は纏まった。その後は守衛への口裏合わせを考えたり、部屋にあった制服の説明を訊いたりしながら過ごした。
そろそろ帰らなければならないという時間になって、さてどうやって人目につかせないでここを出るか? という話になったのだが――。
『この女子寮の夕食は七時半からなので、ここから安全に出るなら七時半を少し過ぎたあたりがよろしいかと。エメリンは夕食に戻らなければならないけれど、私の夕食は彼女達の後ですから。お二人を人目につかせないで玄関先まで安全に送り届けられますわ』
という彼女の提案にしたがって先程女子寮の門をくぐった俺とアーネスト様は、現在守衛に教えてもらった辻馬車の中に向かい合って揺られていた。
「……さっきのことをまだ怒っているのか、オーランド」
女性的ですらある気まずそうなその声音から、先程の小部屋でのやり取りに俺が腹を立てていることは一応理解しているらしい。
エメリン嬢の安全を最優先に確保するために彼女を泳がせて囮にしようなどと、俺でなくとも彼女の知り合いであれば誰しも腹を立てただろう。特にマリー嬢に聞かれていたら平手打ちの一発くらいは飛んでいそうだ。
そしてもしもそうなったとしても、俺はマリー嬢を止めないだろう。
目の前の俺の主人は時々人の感性を持ち合わせているのかが怪しくなる。エメリン嬢を護ろうとするのは執着であって、人によっては自己愛の一種と受け取られるだろう。それを責めはしないが推奨もしない。
「そう仰られるからにはわたしが腹を立てた理由が何か、お分かりですか?」
わざと突き放した言い方をする俺に、アーネスト様は黙り込んで俯いた。暗い馬車内ではその表情を見ることは出来ない。
しかし敢えてこれ以上この話を続けたところで、本当の意味でアーネスト様が俺の言葉を理解をすることはないだろう。
これまで過ごした時間の中でもっと“共感力”というものを教え込めば良かったのだろうが、生憎俺も人に教えられるほど持ち合わせてはいなかったのでアーネスト様ばかりを責める訳にもいかない。
無言で揺られる馬車の中で俺達は、きっと互いにここにいない女性を思っているのだろう。
***
翌日から、アーネスト様を学園に送り届けてからすぐに彼女の待つ女子寮へと向かうことが俺の日課(仕事)に加わった。
“王城から今回の件で内密に派遣された”という適当な内容をあっさり信じた守衛は、勝手に極秘任務か何かだと勘違いしてくれたようで初日から好意的に接してくれて助かったのだが……。
――そんなに期待されてもまだ何も起こっていない現状で勝手に王城の兵を動かせる訳はないので、どうも騙しているようで居心地が悪い。
「おはようございます、オーランドさん。申し訳ありませんが、今日もよろしくお願いしますね」
すでに護衛についてから三日目だが、彼女は毎朝こうして謝罪を口にする。俺の方もだいたい「それはこちらの台詞だ」と返すので人のことは言えないが、この会話にも少々飽きた。
とはいえ立ち話に興じるには人目があるので無理だ。
昼までは女子寮内に他の仕事を受け持つ人間が働いているので彼女も一人ではない。したがって俺が隠し部屋から出られるのは他の人間がはけた昼頃からだ。
実質会話らしい会話が出来る時間は、彼女が管理人の仕事を片付けて俺を呼びに来るまで一切ない。
「それでは、また後で呼びに来ますね。お腹が減ったらテーブルの上にあるバスケットにパンとチーズとオレンジジュースが入ってます。それとお手洗いはこの前言ったようにこの通路を一番奥まで行って頂いて――」
「行き止まりの左手側にある煉瓦を教えられた手順で押せば、寮内の使用人通路に通じているから二階端のを使え・だろう? 初日の説明で憶えた。心配しなくても見つかるような真似はしない」
言葉を引き継いでそう言った俺に、彼女は少し気恥ずかしそうな微笑みを見せる。部屋から彼女が出て行くと俺も王城から持ってきた自分の仕事に取りかかった。
仕事と言っても書類整理が主なので場所が変わっても支障はあまり出ない。窓枠に腰掛けて今朝届けられた報告書の束に目を通す。
がたいの割にデスクワークに割く時間の方が多いのは意外だとよく人から言われるが、適材適所で働ける人間などそうそういないのではないだろうか?
この窓辺は下から見上げても直前にあるレリーフが邪魔になって窓の存在が分からないように出来ている。彼女にこの部屋のことを訊いてみると、
『ここは戦時には尊い身分のご令嬢を匿ったりすることを目的に造られた部屋ですから、容易に発見することは出来ないかと。他にもいくつかこうした部屋がありますが、お教えできるのはここだけです』
そう管理人の顔で教えてくれたのだが「では今ここを使用しているのは何故だ?」と訊けば、
『それは、その、自室に作品を置いておくスペースがなくなったので……職権乱用してしまいました』
と、ややバツの悪そうな表情で告げられた。その時の彼女のふてくされた表情を思い出して少し口許が綻ぶ。しかしそれも次の書類をめくった瞬間かき消えた。
ある一文に目が釘付けになる。前後の書類を確認するが、その興味深い内容が書かれた書類は一枚だけ。それもたったの二行ほどだ。
何度も読み返してみるが残念なことに文字数以上に情報を膨らませる手がかりがない。王家の暗部に触れるモノを探り当てたこの情報屋はアーネスト様がご自身で選ばれた、いわば彼の子飼いだ。
王家の諜報部とは違い毎回かなり危うい道を探ってくるが、見た目はどこにでもいる気の良さそうな老人だ。何度か顔を見たが記憶に残らない。
アーネスト様の金払いの良さを気に入っているのか毎度確実に一つは大きな情報を引き当てて来るのだが……。
いくら何でもこれは一介の世話役である俺の手に負える案件ではない。アーネスト様絡みというだけでなく、まず間違いなく他の兄弟にも関係してくる事案だろう。
今のところ彼女が狙われることとの関連性は見えないが、このまま見なかったことにして捨て置く案件でないことだけは確かだ。
けれどまさかこれを鵜呑みにしてすぐに動くわけにもいかない。情報屋という人種が持ってくるモノは玉石混交だ。何が本物で何が偽物かを見極めるのは本人達しかいない。
その本人達というのが王家の息子達だというのが一番問題なのだが――。
頭が痛い事態というのはどうしてこうも重なるのか、誰でも良いから一度納得のいくように教えて欲しいものだ。
握りしめた書類にはたった一文。それもたった二行だけの少ない、けれど極秘と言って差し支えのない内容が書かれていた。
【現国王が婚姻前に使用人との間にもうけた庶長子に不穏な動きあり。その母子は現国王の即位後、部下に払い下げられ現在行方知れず】
「……まさか、今さら位階に加わる気ではないだろうな」
思わず漏らしたその声は誰の耳にも届くことなく自らに返ってくる。ただでさえ立場の危ういアーネスト様を抱える俺にとって、この情報がもたらす効果は計り知れない。
いま以上にアーネスト様が冷遇されるようになるかもしれないという危機感と、彼女の身の安全を優先してやりたいという自分でも説明のつかない感情がせめぎ合う。
「……何を悩むことがある? 俺は、第三王子の世話役だ」
彼女は主人に手を貸してくれてはいるが、ただの民間人。そもそも天秤にかけること事態が間違っている。
ふと――悩む俺の見下ろす窓の外を、箒を手にした彼女が歩いていた。その彼女が周囲を気にして少しだけ顔をこの窓に向ける。
レリーフが邪魔をして見えにくいとはいえ、部屋の場所を知っている彼女からは俺の姿が見える場所取りが出来るらしい。
俺にはまだ必要ではないが、彼女を見ていると眼鏡は人類が発明のした道具の中でも特に重要な物であることが分かる。
彼女がほんの僅かに手を振るような仕草をした。ただの気のせいかもしれない。しかし少なくとも俺にはそう見えた。
気のせいであった時のことを考えて少し躊躇したものの、結局は俺も彼女に向かって手を振りかえす。それに気付いた彼女は再びユラリと微かに手を振ると、仕事に戻っていく。
その後ろ姿を見送っていたら何故か、天秤が釣り合うように調整すればいいかと考えている自分がいた。
***
「お待たせしてすみません。いま最後の方が一時帰宅されたので、もう食堂へ移動しても大丈夫ですわ」
部屋に戻った彼女は開口一番にそう言うと、俺を食堂に案内してくれる。
あの部屋は女性を匿うスペースとしては問題がないのだろうが、大の男が長々いるには少し窮屈なので彼女の心遣いは有り難い。
「コーヒーを淹れて来ますね」と彼女が奥に姿を消すと、俺は最近馴染んできた食堂のテーブルに肘をついて、ぼんやりと陽に照らし出される埃を眺めた。
カップの触れ合う音と、コーヒーの香り。この二つと「お待たせしました」という彼女の声が生活に加わってからというもの心穏やかな日というものがあまりない。
「――あの、大丈夫ですか?」
かけられたそのやや硬質な声にふと我に返る。いつの間にかコーヒーが目の前に置かれて、いつの間にか向かいに彼女が座っていた。
「すまない、少しぼんやりしていただけだ」
俺がそう言うと、彼女はホッとしたのか表情を和らげた。
「それなら良かった。ちょっと体調が悪いように見えたものですから……」
彼女は少し俺から視線を外してそう言うと、自分のカップに手を伸ばす。何の気なしに見た彼女の手、その指先に視線が止まる。
――次の瞬間、俺は無意識に彼女の手首を掴んでいた。
驚いたように目を見開く彼女の手首は、思った通り冷え切っている。爪の色から察するに気温のせいばかりではなさそうだ。
「……貴方こそ、体調が優れないならそう言えば良い」
掴む手と声に思わず力が入った。彼女は狼狽えた様子でこちらを見ている。
「いや、違うな……俺がもっと早く、マリー嬢から最近貴方が化粧をしているのは何故かと訊かれたときに気付いていれば良かった。いったい毎日何時間の睡眠であの仕事量をこなしているんだ? 化粧をしているのは血色を誤魔化すためだろう?」
爪の色から極度の貧血状態であることが分かる。体温がここまで低いのも体調が優れないせいだろう。
つい問い詰めるような口調になった俺に彼女が萎縮している。正論を言っていてもさっきの書類を読んだ後では、八つ当たりに近いものが混じっているのも確かだ。
「――いまは俺がいる。ここで構わないから少し仮眠を取った方が良い」
今度はなるべく優しい物言いを心がけて言う。すると彼女の手から伝わる緊張が少しだけ解けた。さらに緊張を解く言葉を探して頭の中を総ざらえにしてみるも、気の利いた言葉を思いつかない。
「貴方……いや、ジェーンに危害を加えようとする者が来ても俺が護る。だから安心して眠ってくれ」
しかし俺はまた言葉選びを間違えたのか、彼女は再び緊張で身体を硬くしてしばらく仮眠をとるどころではなくなったのだった。
次回から少し話が動き出す……予感(・ω・`)<かな?




