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4-6   ズレた彼女の救援要請。


オーランドは白馬の王子様になれるかな?(・ω・*)




「今朝、ジェーンさんが急に寮生を食堂に集めて言ったんですけど……」

 

 揺れる馬車の中で向かいに座ったエメリン嬢から聞かされた言葉に、俺とアーネスト様は揃って表情を堅くする。


 エメリン嬢が語ったジェーンの会話文の内容を抜粋するとこうだ。


『昨日この寮の関係者を狙ったと思われる変質者の存在を確認しました。つきましてはこの件が解決するまでの間、学園からの帰宅時には決して一人にならないよう、必ず誰かと一緒に登下校して下さい。門には学園に要請して一時的に守衛さんに来ていただいてますので、失礼のないように』


 とのことだったそうだ。したがって学園が終わる時間にこうしてエメリン嬢を送り届にきたのだが――馬車の中から見る限り寮生が真剣に話を訊いていたのかは甚だ怪しい。


 門限は六時ということだが現在はすでに五時だ。しかしここに来るまであまり寮生を見ていない気がする。


 御者に門から離れた外塀に停めるように指示を出す。門の付近でエメリン嬢を下ろしてはまた彼女に怒られるからだ。とはいえ、一人で門まで歩かせるのもまずいだろう。


 一瞬迷ったものの戻る寮生もまばらだったので、先に馬車を帰らせて俺とアーネスト様も降りることにした。


「あぁ、すみません。現在この女子寮に外部から訪れられる方には、身分証明書の提示をお願いしております」


 ここを訪ねるようになってからそんなことを初めて言われた。当然、俺とアーネスト様はそう言われてあまり良い気はしない。


 だが事情が事情ということで、本来ならばあまり見せることのない王家の紋章が彫られた懐中時計をちらつかせた。身分証明というには些か大仰だがこれ以外の物を持っていないのでしかたがない。


 案の定、守衛は一瞬ギョッとした表情を浮かべたものの、すぐに姿勢を正して寮内へと通してくれた。まぁ、これを所持する人物を誰何する人間がそうそういるとは思えんが……。


 寮の玄関先に入ってすぐに、壁際に立って戻ってきた生徒の名前を名簿から探している彼女を見つけた。俺とアーネスト様は本来男子禁制の女子寮内に立ち入ってはならない人間なので、寮生達に見つからないよう柱の陰に身を潜めた。


 二言、三言戻った寮生と言葉を交わしていた彼女にエメリン嬢が声をかけると、それまで若干緊張していた彼女が少しだけホッとした表情に変わる。


 しかし他の寮生の前で親しげな反応をする気はないのか、手元の名簿と照らし合わせて頷いただけだった。


 だが前の寮生との会話を終えてその姿が見えなくなると、彼女はエメリン嬢の頭を軽く撫でて微笑んだ。


 エメリン嬢が彼女に短く説明をしているのか、彼女がやや驚いた表情になる。それを見て今日ここを訪れたことは彼女にとって迷惑だっただろうかと少し心配になった。


 エメリン嬢が俺とアーネスト様の隠れている柱の陰を指差すと、彼女はエメリン嬢に玄関先を見張るように指示を出したのか、彼女だけがこちらに近付いてきた。


「お二人とも、管理人の立場としましては困りますと言っておきますね?」


 呆れたような声でそう言った彼女は、少しだけ考える素振りを見せてから「ここでは何ですから」と言って身を翻した。


 俺とアーネスト様はその背中を追う形で柱の陰から抜け出す。そのさらに後ろから見張りをしていたエメリン嬢が追いかけてくる。


 それに気付いた彼女は一瞬苦い表情になったが、それでも足を止めることなく廊下を歩いていく。しかしすぐに廊下の行き止まりが見えた。


 けれど彼女はさもそこが廊下の続きであるかのごとく進む。当然後に続く俺達は訳が分からない。彼女は行き止まりの前で立ち止まると、その壁の煉瓦を無造作に押す。すると……壁の四隅に細い隙間が出来た。


「ここを開けたら一本道の廊下になっています。そこを真っ直ぐ行けば階段があるので、そこをのぼってすぐのドアを開けた小部屋で待っていて下さい。私も六時になれば向かいます」


 それだけ言い残すと彼女は今きた廊下を慌ただしく引き返していった。


 浮き上がった壁を押し込むと、確かに奥に廊下が続いている。中から風が吹いてくるところをみるとどこか先に窓でもあるのだろうか? 


「このままここにいても寮生に見つかるだけです。行ってみましょう」


 俺が先頭、間にアーネスト様、最後にエメリン嬢の順になって進む。この編成の意味に気付いたアーネスト様が半眼で俺を睨んだがそれを無視する。アーネスト様には悪いがこれがこのメンバーでの戦闘力順だ。


 寮内の隠し通路で何があるとも思えないが念には念を入れるべきだろう。


 そこはいつも歩く明るい廊下ではなく、壁の色もどこかくすんでいた。しかし不思議とあまり暗くは感じない。というのも、壁には外からは気付かないような細かな隙間があり、そこから外の灯りが漏れているせいだった。


「ここ、この壁の向こう――たぶんだけど、食堂みたいだよ? 小さいけど……食器のぶつかる音がする」


 一番後ろのエメリン嬢の言う通り、漏れ込む光量と時間帯から考えて食堂の壁にある燭台の灯りだろう。夕食の準備に入っているのか前後の廊下に比べてここだけだいぶ明るい。


「ありがとうエマ。寮の中に詳しい君のお陰で、今どのあたりにいるのか分かりやすいよ」


 確かにアーネスト様の言う通り、この寮内に詳しい人間はこの場にエメリン嬢しかいない。助言のお陰で現在位置はつかめたが、まさか女子寮内にこんな隠し通路があるとは思わなかった。


 この女子寮は随分歴史があると訊いたことがあるから、非常事態用に設けられた隠し通路の内の一つなのだろう。


 程なく彼女の言っていた階段に突き当たり、これものぼってすぐ横手にドアがある。かなり古めかしいドアノブを捻ると、ドアは思いのほか滑らかに開いた。


 廊下より暗いかと思われた室内には、意外なことに窓があり、窓の外には微かに王城の尖塔の先が見えた。どうやらここは玄関口の反対側、裏口の方向にある隠し部屋のようだ。

 

「ねぇ見て、アーネスト。ほんちょっとだけだけど、ここからお城の灯りが見えるよ。綺麗だねぇ?」


「うん……ここから君と見るぶんには綺麗なんだけどね」


 明るい声のエメリン嬢と少し憂いのあるアーネスト様の声を聞きながら、室内に視線をやる。目端に骨董品のようなランプが入ったのでそれに灯りを点けて窓辺から離した場所に置く。


 室内を柔らかく照らし出す灯りに、ここが彼女の秘密の小部屋であったことが伺える。


 二人は依然として小さな窓の外に気を取られているようだったが、俺は部屋の隅に固めて布を被せられてあった物が気になった。そのままその下にある何かを確認しようと被せられた布に手を伸ばす。


 そうして布の下から現れた物を前にした俺は、もうすぐこの部屋へやってくる彼女のここ最近の生活に盛大に溜め息をつく。


 その内にアーネスト様とエメリン嬢が窓の外に飽きて、部屋の隅にあるそれらを手にとって眺めたり、羽織ったりし始めた。


 その中には俺が最初にマリー嬢の店で彼女達が試着していたのを見た制服も紛れていた。適当に重ねられた大量のスケッチブックと、走り書きされた技法のメモの束。


 他にもまだこの季節には早すぎる生地を使って造られたシャツや、前回見たコットン製のシャツのサイズ違いなどが空いているトルソーに無造作に引っかけられている。


 管理人の業務をこなしながら、これだけの数を仕立てるとは――いったい彼女はいつ眠っているというのだろう?


 アーネスト様が彼女をこちら側に引き込もうとした時に、俺はもっと強く止めていた方が良かったのではないか?


 思わずそう考えてしまうくらいに常軌を逸した枚数の制服が、この部屋にはあった。形になりきらなかった物まで含めると、それこそまるで取り憑かれたような数だ。


 ――その時、控え目に部屋のドアがノックされた。


 一斉に三人分の視線が向けられたドアがゆっくりと開く。ドアから室内を覗き込んだ彼女の顔が一瞬だけ引きつった。考えてみれば室内の人物全員から注視されるのは少し驚くかもしれない。


「その様子だとお待ちの間だいぶお暇だったのかしら?」


 けれどすぐに体制を立て直した彼女は苦笑と微笑の混ざったような表情を向けてそう言った。



***



 部屋についた彼女の口から訊かされたその内容に、エメリン嬢はただの物取りだと思ったようだが、俺とアーネスト様の意見は違った。


 そして恐らく彼女もそう感じたからこそ、わざわざ学園側に守衛を貸し出すように要請したはずだ。


「本当に急な出来事で気が動転していたから……あのとき私が一瞬だけでも振り返って顔を確認していたら良かったのですけれど。そうすればすぐにでも人相書きが手配できたのに。不甲斐ないわ」

 

 そう言ってうなだれる彼女にアーネスト様は「貴方がご無事で良かった」と声をかけたが、俺も全く同じ気持ちだった。彼女はどうも自分のことを後回しにし過ぎるきらいがあるようだ。


 エメリン嬢に至っては「わたしが一緒だったら良かったね」と本気か冗談か分からない発言をしてアーネスト様をヒヤリとさせていた。


 謎なのは相手が無差別に女性を狙ったのか、それともわざわざ彼女を狙ったのかなのだが――彼女の“最近感じていた視線”というのが気になる。


「それよりも俺が気になったのは、相手が貴方を狙っていたのではないかという点だ。失礼を承知で言うがマリー嬢の店は、ここのご令嬢方にはあまり興味のある店ではないと思う。敢えてそちらに向かう寮の関係者は貴方かエメリン嬢くらいではないか?」


 怖がらせるつもりではなかったものの、俺の言葉に彼女とエメリン嬢の顔が曇る。しかし俺の隣で窓枠に座るアーネスト様も同意見なのか深く頷く。


「わたしも今のオーランドの意見と同感です。加えて、エマはまだ学園の生徒として身代金目的に狙われる可能性もありますが、失礼ながら貴方はここの管理人で身代金を要求するような家ではない。それを敢えてつける相手の意図が見えません」


 先程の俺の発言の失礼さを遥かに上回るアーネスト様の言葉に、彼女は気を悪くした様子もなく素直に頷いた。それどころか、


「無差別に女性を狙うにしても、もう少し若くて綺麗な娘を狙うでしょう。それにうちの寮生の娘達は綺麗どころが多いので、こういったことは以前からなかった訳ではないんですが……それとも少し違う気がして」


 などと少しズレたことを言う。それに何故か軽い苛立ちを感じる自分がいるのも不思議だった。


「ともかく、わたし達は現状、様子を見るほかに打つ手がありません。そこで貴方には本当に申し訳ないことなんですが……」


 アーネスト様が言い出しそうなことなど容易に想像がついた俺が止めるよりも早く彼女は「あぁ、囮ですね。引き受けましょう」と二つ返事でとんでもないことを言い出した。


 あっさり意図を汲んでもらえて喜ぶアーネスト様をエメリン嬢が叱る隣で、何とか俺も彼女の説得を試みたのだが――。


「だって、もしも狙いがマリーだったらどうするんですか? 相手が彼女のストーカーで、私から情報を聞き出そうとしている可能性もあるわ」


 その発想があるのに何故それが自分に向けられていないと思うのかが理解できない。かと言ってこれ以上無理に止めても彼女の性格から反発するのは目に見えている。


 そこで俺はこの件での最終的な妥協案として、この日から陰ながら彼女の護衛をかって出ることにしたのだった。



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