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4-3   デザイナーズバトルの勝敗は?


今回、腹黒いジェーンですv(ーωー*)v



 あぁ......いま思い出しただけでも腸が煮えそうだ。夕方のあの痴漢男の発言で前世の嫌な記憶がフラッシュバックしてしまった。


『何でいつもクソつまんねー服造ってるアンタの作品なんかが通んだよ!』


 専門学校のコンペで毎回奇抜なセンスで勝ち進んでいた子がいた。


 彼は耳にピアスを四つずつ開けてるようなやんちゃ系で、私とは真逆の服のセンスと評価をもらっている子だった。しかし最後のあのコンペでは一般の人からの票も勝負を大きく左右していたような......?


 今にしてみればちょうどあの頃流行っていたアイドルグループがカチッとした制服を衣装にしていたからだと思うが、ともかく私の作品は若い子達に評価されてコンペに滑り込めたのだ。


 ---で、冒頭のがその時の彼の言葉。


 毎回ビリの私が通過したのが許せなかったのか凄い剣幕でそう言われた。


 彼はセンスの人。私にあったのは技術だけ。


 けれどあの時スランプ気味だった彼は「奇抜とファッションをはき違えている」と酷評され、面白味の欠片もない私の服は「縫製技術が確かだ」と褒められた。


 たった一度評価が入れ替わっただけなのに、挫折を知らない彼は随分と私をこき下ろしてくれて......あの痴漢野郎は彼に似た性格に違いない。


 前世では年齢差が一回り以上あったから大人ぶってみたけど、今回は歳も近そうだしこうなったら何が何でも全力で凹ませてやる。

 

 --そうと決まれば早速張り出すデザイン画を用意しないとね。


 痴漢野郎が言い出したようにキチンと、私のつまらないデザインではないハイファッションに描き直してあげるわよ。不愉快ではあるけれどこれはもともと私のデザインではない。


 結局どこまで行っても“既存の制服の模倣”しか出来ない私には痴漢野郎の言うようにどこまで行っても“自分のデザイン”がないのだ。


 誰に理解されなくても構わない。お洒落を気にするよりは働く場でのTPOをわきまえた格好が大事だ。


 このお仕着せはその点においては私の最高傑作。だって今の私はどこから見たって“真面目で面白味のない女子寮管理人”だもの。


 前世の私には春先の桜の下で、真新しい制服に袖を通せる子達がとても眩しかったのだから。いや、今はさすがに着れる歳じゃないから罰ゲームに参加したくはないけど......。


 過去の暗い記憶に引っ張られそうになった頭を切り替え、気合いを入れ直して製図用紙に向かう。


 それにしても女子用の制服の着崩し方には何か法則でも働くのかしら?


 これでは今の現行デザインと変わり映えしないエ......んん、まぁ、年頃の男の子の考えることは全世界でそう変わらないのかもしれない。


 ......あぁ、でもそう言えば痴漢野郎に一つだけ忠告するのを忘れていたことがあったわ。私、デザイン画を描く時には試着してくれたことのある人物しか描けないのよ。


 でもモデルにも著作権があると思うし張り出す場所も男子寮なのだから、女子用の改造制服にエメリンを使うわけには--ね?


 とはいえどうせあの人も黙っていれば綺麗な顔だし、構わないか。美形という人種は本当に得だわ。


 え? どこかから“デザイン画に顔はいらないんじゃないのか?”とか言われそうな気がするから言っておこうかしら。


 勝負に勝つのに手段なんて選びませんけど?



***



 休日の人で混み合う大通りを一人、奇抜なファッションで歩く男。


 いつもなら休日の人混みになんて絶対出かけない私だけれど、今日は特別にその後ろをついて歩いてあげている。人とすれ違うたびに怪訝な顔をされている姿は実に愉快だ。

 

「いや~、今日はお天気も良くて人も多いし、本当に良い気分よねぇ」


「えぇ、そうねマリー。どんな勝負でも勝つのって嬉しいのね」


「当然じゃない! しかも今回は特に・格別に・よ。臨時休業にしてまで観に来た甲斐があったわ~」


 そんな会話を交わしながらマリーとゆっくり並んで大通りの人混みに流されるようにして歩く。


 昨日までの雪から一転して晴れた今日は、手を繋いでいなかったらあっという間にはぐれてしまいそうな人出だ。


「おいぃ!! アンタらもっとさっさとついて来いよな!」


 先を歩いていた痴......ユアンが私達を振り返って叫ぶ。もう変質者扱いしないかわりに“さん”付でなんて呼んでやらない。ユアンの声に隣を歩いていたマリーが「負け犬は文句言わないで歩きなさいよ!」と叫び返している。


 そう言われたユアンは言い返そうと立ち止まりかけたものの、その方が注目されそうだと悟ったのか仕方なさそうに歩き出した。私とマリーは顔を見合わせて吹き出してしまう。


 それにしても元の制服の着こなし方ならあそこまで注目されなかっただろうに......“ざまぁ”だ。


 裾を足首を出す程度にロールアップさせて腰ばきしたズボンに、ヨレヨレのショートブーツ。


 半端な着丈のジャケットは、これも袖をまくって中のシャツは校則違反のと言えば鉄板の“赤”に変更済み。でもあれってよくよく考えたら、別に色に関係なく指定にない物を着てるから違反なのよね。


 シャツの第一ボタンは当然留めないで、ジャケットの前も開いたまま。これだけでもだらしないのに、ネクタイをチョウチョ結びにするから安いホスト感まで漂っている......。


 元々の制服の形と全然違うので私が被る被害もないし、単純に楽しめるから実に愉快。思わず寮で留守番中の王子様達が気の毒になる。


 本当は一緒に来たがっていたのだけれど「今日は悪天候後の晴れ間なのでかなりの人出になる」とクレイグさんが止めたのだ。でも身体の弱い王子様は留守番で正解だったかな。


 ようやくユアンが大通りを抜けきった頃には、普通の格好で後ろから笑ってついて行っただけの私とマリーでも疲れてしまった。まぁ、ユアンはその倍以上に疲れている様子だったけど自業自得よね。


 そんな姿を見てさらに笑い出した私達を置いてさっさと女子寮に向かって歩き出したその背中を追いかける。もちろん、笑いながら。


「いやぁ、もう最高に面白かったんだから。君たちにも見せたかったよ、あの勇姿を。あたし途中で笑いすぎて頭痛くなったもん」


「えぇ、そうでしょうね。わたしもこんな身体でさえなかったら......本当に悔やまれます」


「あ! それじゃあ暖かくなったらもう一回やってもらおうよ!」


「イヤイヤ、絶対やらねーから! 大体なぁ、こっちは本気で恥ずかしいわ、寒いわで大変だったんだぞ!」


「知らないわよそんなの。そもそもデザイン画の段階で前のボタン留めないアンタが悪いんじゃない。真冬なのに馬っ鹿よね~」


 うーん、集合する人数を考えればこうなるとは思っていたけど......賑やかすぎてカオスだわ。


 手にしたトレイから順に飲み物と焼き菓子を配るものの、興奮醒めやらぬマリーのお喋りに皆さん気が向いているのか誰も気付かないし。


 苦笑しつつも自分の分を手にした私は少し離れたところに座って、楽しげに談笑する皆を眺めながらコーヒーに口を付けた。身体が冷えていたので喉から食道を通って胃に下りてくるコーヒーの温かさが沁みる。


 そこでふと、あの中に一人だけ足りないことに気が--。


「自分で言い出したこととはいえ、今日は寒かっただろう管理人殿」


 急にすぐ後ろからそう声をかけられてカップを取り落としそうになった。


「......背後から驚かせないで下さい、クレイグさん」


 わざと不機嫌な声を出して振り返ると、クレイグさんは赤銅色の瞳を細めて私を見ていた。てっきり向かい側に座ると思っていた彼は、私との間に一人分のスペースを空けて隣に座る。


「この間はどうするつもりなのかと驚いたが--貴方もなかなか人が悪いな」


「あら、それは心外ですね? 負けたときに着用する制服に取り決めがなかったのに、女子用の制服を渡さなかっただけ感謝されても良いと思いますけれど」


「あぁ......まぁ、確かにそうか」


 笑いをかみ殺している彼がデザイン画を思い出しているのは明らかだったけれど、私は涼しい顔でコーヒーをもう一口飲んだ。すでにお分かりかとは思うが、デザイン画の勝負は私の完全勝利で幕を閉じた。


 これがただのデザインコンペだったら私がユアンに負けていた可能性は大いにあったけれど、今回の勝負は制服一択ですから。こっちも元から負ける気なんてなかったからふっかけたまでだ。


「だが、あのデザイン画はよくもあの短時間で思いついたものだな? あれはアーネスト様でなくとも絶賛する出来だ」


「ふふ、お褒めに与り光栄ですわ」


 内心“そうでしょうとも”と舌を出す。今回は前世で友人とやった悪戯が役に立ったなぁ......。でも悪戯と言っても大したことではない。


 コンペで自分の服を酷評してきた奴をデッサンしておいて、後で酷評してくれた服を清書したデッサン内で着せてやるだけの他愛ないものだ。ただこれがなかなか面白い。


 服の趣味が真逆な人間には、やっぱりコケにされた自分の服は破滅的に似合わないものなのか、かなり笑える出来になる。それを逆手に取ったデザイン画を男子寮の玄関に張った。


 通常の男子用制服を身に付けたユアンの姿の隣に“女子用制服姿バージョン”をね? だってどっちも着用例がいるじゃない?


 描いてみたら顔も綺麗だからそこまで違和感もなかったし。学園から戻れば男だらけの生活環境で、特殊な性癖に目覚める子がいたとしても私の知ったことではない。

 

 “頑張ってねユアンちゃん”くらいは思うけど。


「それにユアンには悪いけれど、あの小細工を抜きにしたところで今回は私が勝ったと思いますわ」


 私がそう言うと彼は興味深そうな表情でこちらを見た。先を促すように黙る彼に説明するまでもない内容を訊かせる羽目になる。


「人間誰しも初めて見たり触れたりするものには、無意識にお手本を求めるものなんです。ですから、ユアンのようにアレンジしてみせるのは“生活に根付いて”から初めて求められることですわ」


 それにしても、こんな簡単なことが分からないあたり奴は本来根が私より素直なんだろう。ただの馬鹿の可能性もあるけど......。


 何にせよ一週間前の怒りがすっかり治まった。善きかな善きかな。


 ただ......ここまで人に説明させておきながら無反応なクレイグさん。赤銅色の瞳がこちらに向けられてはいるので訊いていなかった訳ではなさそうなのに--もしや今の説明が分かりにくかったとか?


 心配になってもう一度新たな説明文を考え直していた私に、クレイグさんは思いもよらない問を投げてきた。


「ヒドルストンを呼び捨てにすることにしたのか?」


 ---と。



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