4-2 デザイナーズバトル勃発。
最近ジェーンの巻き込まれ体質が伝染してるオーランドです(´ω`;)<ガンバ。
室内は張り詰めた空気に満ちていた。中でも取り分け緊張しているのは先程から身体にメジャーをあてがわれ続けている俺の主人な訳だが......。
「着丈、身幅、胴回り、ズボン裾、肩--袖丈も......うん、良いですね」
そう言って、アーネスト様の身に着けた制服を厳しい目で確認していた彼女がようやく顔を上げる。直後に息を詰めていたアーネスト様が身体から力を抜いた。
「最初は大きく感じるかもしれませんが、まだ成長期ですからサイズは少し大きめに取ってあります。ズボン裾や着丈、袖丈なんかは後からでも詰めることが出来ますからいつでも調節する時は仰って下さいね」
彼女はアーネスト様を見て満足そうにそう言い残して、壮年の店主に近付いて行った。そのまま店の奥で二言、三言、手入れする際の注意点などを確認している。
熱心にメモを取りながら質問を重ねる彼女に、店主も嬉しそうに師事している様子は師と弟子のようにも見えた。
「エマ、オーランド......そのどうだろうか? わたしはこの服に着られているように見えないか?」
「ううん、前の制服より断然良いよ! もう、すっごくカッコイイ!」
「まぁ、エメリン嬢と並んだときに以前よりは多少男らしく見えますね」
「ありがとうエマ。オーランド、君の意見は参考程度に訊いておくよ」
採寸から八日後の夕方。驚くべきことだが、アーネスト様の制服が出来上がったのは当初予定していた期限の半分程度の日数だった。
しかも異例の早さで仕上げたにも関わらず細部までしっかりと仕上げてある。それは大変結構なことなのだが、どうにも何か引っかかった。
「ねぇ、アーネスト、もしもだよ? もしもだけど来年の春には一緒にこれを着て登校出来たら素敵だよね?」
「そうだねエマ。わたしもそう出来るように(根回しを)頑張るよ」
長年の付き合いからアーネスト様がぼかした部分がしっかり予測変換出来るな......。
もちろん現状は口で言うほど簡単なことではない。というのもまだこの権利を独占している貴族家を特定するに至っていないのだ。相手は名義貸しを繰り返して姿を隠している。
通常、よほど多くの人間からその業績を認められでもしない限り、例え王家の人間であってもその商標登録期間は永久ではない。
一時でもワガママが通るのは王家だからだが、それを子々孫々続けて行くとなれば当然業績が必要になってくる。そうでなければ商人達から見放されてしまうことになるからだ。
そんなことくらいアーネスト様にも、そして恐らくエメリン嬢にも分かっている。彼女も元は下町の人間。市場のことならば学園内のご令嬢方などよりよほど詳しい。
勉学は苦手なエメリン嬢ではあるが、この先、紙の上の数字でしか市場を知らない王家の人間や貴族達よりも、彼女の知る生きた数字は役に立つことだろう。
目の前で新しい制服に身を包んだアーネスト様は本当に“嬉しそう”な表情をしている。城内で見る彼の表情は全て見せかけの紛い物だ。
だから彼がこうして楽しそうに暮らしている様を見るのは長年傍にいる世話役として素直に嬉しい。
目を細めて二人の様子を観察していたら、店主と会話を終えた彼女がこちらに戻ってきた。姿見の前ではしゃぐ二人を見て微笑んだ彼女はそのまま俺の横へとやってきて並んだ。
「無事に気に入って下さったようで良かったわ。それにこの間はあんなに素敵な物をありがとうございました。本当はすぐにお礼を言いたかったんですが......城に知り合いがいないもので。遅れてしまってすみません」
「いや、そんなことは気にしないでくれ。あれはこれまで世話になっている分の謝礼だ」
「いいえ、本当にあんな高価な物を戴ける仕事はまだこなせていませんわ」
そう言いつつもホッとしたように微笑みを深める彼女の横顔に違和感を覚えた。女性をジッと見るのは無礼だという認識はあるので、さり気なく窺う程度に留める。違和感の理由はすぐに分かった。
「--眼鏡を買い替えたのか?」
「まぁ、よく気がつきましたね? 前のフレームより少し大きくなっただけですのに」
こちらを見上げて驚いたようにそう言った彼女を正面から見て確信したが、結局本当に気付いた言葉を何故か言い出せずに飲み込む。
「ご指摘を受けたのでマリーに付き合ってもらって買いに行ったんですが、結局このデザインに落ち着いてしまって......面白味がありませんよね」
自らをそう評して苦笑する彼女の言葉に「そんなことはない」と相槌を打ちながらも「化粧をしているんだな」とは言い出せない自分を不思議に思うのだった。
***
アーネスト様の制服が仕上がってから更に八日後。男子寮の臨時管理人であるユアン・ヒドルストンの制服が仕上がったと一報を受けた俺は、彼女の待つ女子寮に向かっている。
ここ数日アーネスト様とエメリン嬢は肖像画のデッサンにかり出されているため今日女子寮に向かうのは俺とヒドルストンだけだ。寮の前で合流した後はまたあの店に向かう手筈になっていた。
それはいいのだが--やはり明らかに作業期間が短いのが気にかかる。
加えて仕事に私情を挟むのは褒められたものではないと理解しているが、俺はどうにもヒドルストンと相性が悪い。あの軽薄な男とこれから仕事をすると考えただけで辟易する。
考えていても疲れるだけなので、個人的な不満を溜息ごと排出しただ目的地に向かって歩くことに専念した。道すがらここ数日新しく積もっていない雪が茶色く変色して街の景観を損なっている。
視界に女子寮の門が入った。門の前にはすでに待っている彼女の姿があるが、まだ距離があるためこちらに気付いていないようだ。
そのまま歩く速度を速めると、俺が歩く道の反対側からやってくるヒドルストンの姿が見えた。
相手もこちらに気付いたのか、何か言おうと口を開きかける。それを見て咄嗟に「管理人殿!」と声を上げていた。呼びかけに気付いた彼女が周囲を見回してこちらに気付き、手を振ってくれる。
俺と彼女が合流してから少し遅れて何か言いたげなヒドルストンが合流し、更にその少し後にはマリー嬢が合流した。こうしてみると思いのほか賑やかになりそうな顔ぶれだ。
だが年代が近しいことや、ヒドルストンがまた彼女に何かすることを警戒したマリー嬢が目を光らせてくれたこともあり、このままなら当初心配していたような衝突はないと思っていたのだが---。
「もう貴方にこの服を着ていただかなくても結構です!」
「何でだよ!? ちょっとそのままだと野暮ったいから着崩しただけだろ」
「制服はそのままの形が一番美しく見えるように計算してあるのよ!? それを着崩さなきゃ駄目なモデルなんて必要ないと言ってるの!」
「はぁ!? どこが悪いか訊いてきたのはそっちだろ? だったら改善するのが筋じゃねぇの?」
突然起こった文化衝突とでもいおうか......ことの発端は試着した直後にヒドルストンが漏らした「なんか格好悪ぃ」だったと記憶しているが......。
衝突しているのはヒドルストンと彼女、そして彼女を援護する店主だ。最初こそ驚いたものの、かれこれ三十分もこうした言い争いが繰り広げられていると次第に慣れてきた。
そもそも服装の方向性が全く違う者同士で集まればこうなることは薄々分かっていたのだが、まさかここまで合わないとは--。
意外にもこうなった時に真っ先に彼女を庇いそうなマリー嬢は現在、俺の横でことの成り行きを傍観している。
「貴方は彼女を援護しないで良いのか?」
「うーん......わざわざ口を挟まなくても、ジェーンはあたしが味方だって分かってるでしょ? それにほら、あの子いつも人に気を遣って言いたいこと飲み込んじゃうから」
それは今までの短い付き合いでも思い当たるので即座に頷く。
「また何か無理してストレス溜まってるのかもな--って。そしたら運良くあの馬鹿が口滑らしてくれたから、じゃあこのままアイツを気の済むまで罵らせてスッキリさせようかな......と」
なる程、要はヒドルストンを使ったストレス発散を目的にしていたのか。だったら確かにこのまま傍観していた方が後々彼女の仕事への意欲が高まるかもしれない。納得した俺は再びマリー嬢から視線を彼女達の方へと向けた。
「それよりもジェーンが最近化粧してる理由が知りたいのよね。アナタも何か気付いたり、訊いたりしてない?」
急な質問にまた視線をそちらに戻す。下から見上げてくるマリー嬢の期待するような答えを持たない俺は、首を左右に振った。
「ま、そうだよね。仮に何かあったとしても、最近知り合った人達に相談するくらいならあたしの店に来るもんね」
そう言ってこちらに興味を失ったマリー嬢は視線を彼女達に向ける。その言葉に少しだけムッとする自分がいたのは意外だったが、確かにマリー嬢の言うとおりだろう。
「でも、あのジェーンがあそこまで人を罵るのって見たことないし......今まで恋愛したことないから本人に自覚がないだけで案外もしかして、もしかしたりするのかな?」
言葉につられるようにそちらに視線を向けるがその先にマリー嬢の言うような甘い雰囲気は微塵もなく--控えめに言っても現状はさっきより悪化していた。
「この服に改善すべきところはもうありません! 改善されるべきは貴方のその緩みきった人格と服装よ!」
「はあぁ!? じゃあこっちも言わせて貰うけどなぁ--」
「何ですか!」
「ただでさえ流行遅れの地味な格好で、化粧も下手な女に服装の良し悪しが分かるとは思えませんけどねぇ!」
ヒドルストンの口から飛び出した発言を訊いた彼女が口を閉ざす。それに伴いそれまで暑いくらいに感じた店内も凍りついた気がした。店内に冷静とは違った静寂が訪れる。
ふとさっきのマリー嬢が口にした言葉を思い出して彼女を見れば、呆然と立ち尽くしている姿が目に入った。その肩が僅かに震えている。そのまま泣くのかと思ったのだが......彼女の発言はこちらの予想の斜め上をいった。
「......そこまで仰るなら一つ勝負と行きませんか? この金髪クソ野郎」
“ニッコリ”と微笑んだ彼女のその発言に、一瞬その場にいた誰もが呼吸を止めた。マリー嬢ですら呆然と彼女を見つめているところからしても、今の彼女が異常な状態であるのだと分かる。
「ほら、返事はどうしたのですか? それともやっぱり人語が解せない方なのかしら?」
柔らかい声音の割にそこからはグッと沈み込むような圧力を感じる。いまやそこに普段の温厚な彼女の姿はなかった。
有無を言わせぬその圧力に気圧されたのか、ヒドルストンが頷く。それを見た彼女は背筋が寒くなるような微笑みを零した。
「今日から一週間、お互いの寮の玄関先にある掲示板に着崩した状態の制服のスケッチと、きちんと着用した状態の制服のスケッチをそれぞれ張り出して寮生に投票してもらいましょう」
「それじゃあ今んとこ寮生の多いアンタのが有利じゃねぇの?」
「あら、そんなところには頭が働くのね? だったらこちらとそちらの投票用紙を同じ枚数にすればいいのよ」
「--もしアンタか俺が数を多く水増ししたらどうすんだよ?」
まぁ、確かにあり得ないことではないと思うが--こういう発想は主に言い出した側が考えつくことだ。となればこの場合ヒドルストンがやる側か。あまり意外性がないな......。
「下らないことをいつまでもグチグチと喧しい方ですね。では破った場合は分かるように証人となる第三者を立てましょう。証人はそうね......クレイグさんにお任せしてもよろしいでしょうか?」
いきなり彼女にそう告げられて驚いたが、反射的に頷いてしまった。
「では、約束を違えたらその場で針千本飲ませる......のは無理ですから負けた方の制服で一番賑わう休日の大通りを歩きましょう。きっと年齢的に恥ずかしいですから」
チラリと聞こえた拷問内容にヒヤリとした後では、彼女の罰は軽い気もするが人の羞恥の感じ方はそれぞれだろう。
「--では今日から一週間後、投票結果を持って女子寮の食堂に夕方三時に集合して下さい。それでは解散」
この場を取り仕切る議長のように重々しく告げた彼女はマリー嬢を伴って去っていく。残された俺は店主に今日の出来事を詫び、帰路の途中でごねるヒドルストンを投げ出しての現地解散となった。