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4-1    去年からやってきた贈り物。


作品の中では過ぎちゃってますが、

投稿した日にちに因んでってことで\(・ω・*)<メリクリ~!




 冬休みの最終日。気温は低いものの年末からのグズついた空模様が持ち直して、久し振りに街並みに日が射し込んでいる。それが残った雪に反射して街全体を白く輝かせていた。


「休みの間に採寸だけでも出来て良かったわ。このお店は仕立ての期間が早いから、来週の終わり位には冬物の制服が一通り揃うと思うの」


 私の言葉に店から出てきた王子様とエメリンが嬉しそうな顔をした。今日はクレイグさんと下調べしておいたあの仕立屋さんに王子様の採寸をしに来ていたのだ。


 店主のお爺さんは最初王子様の華奢さに驚いていたけれど、デザイン画を見せたら面白い試みだと快諾してくれた。おまけに知り合いで手の空いている人がいたら声をかけてくれるそうで、今のところ新年の幸先はかなり順調な滑り出しだった。


「まさか管理人殿がご自分の休暇中にわたしの為に仕立屋を探しておいて下さるなんて......本当になんと言えば良いのか--」


「アーネストったら、そこはありがとうで良いんだよ!」


 感極まっているご様子の王子様が呪文のように長くなりそうなお礼の言葉を言い出す前に、横からエメリンが上手くあしらってくれる。


「彼女の言う通りですわ。それにこのビジネスを私に持ちかけて下さったのは貴方ですもの。ですから一番最初にこのデザインを来てもらわないと。あの痴......ユアンさんはそのその後でも構わないし、貴方とエメリンが対になったらきっと素敵だわ」


「えぇ、勿論です! あの痴......ヒドルストンさんには申し訳ないですが、このデザインに先に袖を通すならわたしの方が適任だという自負がありますよ。出来上がったらその日の内に絵師を呼んで二人の肖像画を描いてもらわないと」


 二人してこの場に居合わせないもう一人の制服モデルであり“痴漢男”こと、ユアン・ヒドルストンをそれとなく下げる。


 しかし制服モデル第一号になることに乗り気な王子様とは対照的に、エメリンはやや微妙な面持ちだ。おそらく活発な彼女のことだから、描いてもらう間じっとしているのが苦手なのだろう。


 私の視線に気付いた彼女が照れたように笑った。そんな風に店先で私達が盛り上がっていると、最後まで細かな打ち合わせをしていたクレイグさんが出てきた。


「待たせてすまなかった。完成は二週間後の夕方で、請求は二日後に見積書を送ってくれるそうだ」


 告げられた日数はほぼ当初の予想通りだったが、ここの店主の腕ならばもう少し早く出来上がるかもと思っていたので少しだけがっかりする。とはいえ年齢を考えればそれでもかなり早い。でも、もう少しだけ早く出来ないものだろうか。


 あぁ、だけど焦ってもろくな物は出来ない。それは分かりきっていることなのに--たった今まであんなに喜んでいた二人を見た後だから、こんな身勝手なことを考えてしまうのだろう。


 そう思い直して顔を上げると、三人の視線が私に集中していた。


「どうかしたのか? 気になる点があればもう一度訊いてくるが」


「あ、いいえ、そういうわけじゃ--紛らわしい態度を取ってしまってごめんなさい。今日はもう他に用もないことですし、お二人ともこのあと寮でお茶をしていきませんか?」


 話を逸らすための私の提案にエメリン達は誤魔化されてくれたものの、クレイグさんはまだ疑いの眼差しを向けてくる。うぅん......気が付きすぎるのも考え物かも。


 前を並んで歩き出した二人を見守る形で私とクレイグさんは後ろからついて行く。まるで初めてエメリンの制服の生地を買いに街に出た時のようだ。


 そう思って思い出し笑いを浮かべていると、隣を歩いていたクレイグさんが口を開いた。


「--何か面白いものでもあったのか?」


 そう微笑みを交えてかけられた言葉に、彼も同じことを思い出していたのだと分かる。だから私もあの日とは違った素直な今の思いを口にすることにした。


「えぇ、そうです」


 あの日とは違う切り返しに彼が一瞬だけ赤銅色の瞳に私を映す。けれどそれは本当に一瞬で、すぐにまた前方の二人に向けられた。

 

「今日は何が面白いのか訊いても?」


 彼のわざと含みを持たせた言葉に、あの日の自分の失言を思い出して何とも言えない苦い気持ちになる。よくも会ってまだ間もない人間にあんな失礼な口をきいたものだと思う。


「あの日はごめんなさい。ちょっと虫の居所が良くなかったからって貴方に当たってしまって--大人げがなかった。でも今はこうして貴方達といることが、とても......とても面白いわ」


 今度は虫が良すぎただろうか? そう思い至って新たな言葉の深みにはまりかけた私の耳に届いたのは、低いビブラートの効いた彼の笑い声だった。

 

 含み笑いの域を抜けきらない声は前方の二人には届かないらしく、かなり貴重そうな現場だというのに振り返る気配すらない。彼が声を出して笑うところなんて想像もしなかった私は、一瞬その声に聴き入ってしまう。


「あー......笑ったりしてすまない。頼むからまたあの日のように気分を害したりしないでくれ」


 そんな意地の悪いことを口にしながらも口許に浮かんだ笑みが、この発言が皮肉ではないことを物語っている。何だかむず痒い気持ちになった私は彼の横顔から目を逸らした。


「だが今その言葉を訊けて良かった。お陰でこれを渡すきっかけが出来る」


 その姿を視界の隅に留めたまま歩いていた私の目の前に、彼が“何か”を差し出してきた。その“何か”はちょうど彼の手の中にすっぽりと納まってしまって全貌が見えない。


 首を傾げて彼の方を見上げると、彼はこちらを見ないままもう一度手を差し出してくる。“受け取れ”の合図だと気付いた私は彼の手の中からそれを抜き取った。


 そうして私が手に取ったのはオニキスのように艶のある黒い小箱だった。


「これは?」


 私はすぐさま軽くて滑らかな小箱の中に納められている“何か”の正体を聞き出そうとしたのに--。


「遅ればせだが聖夜祭の贈り物だ。今夜眠る前にでも開けてくれ」


 彼はそう言ってまたあの含みのある微笑みを口許に浮かべただけで、こちらが慌てていくら「受け取る理由がない」と拒んでも「巻き込んでしまった礼だ」と聞き入れてはくれなかった。



***



 約束通り眠る前に、昼間彼から受け取ったオニキスのように艶のある黒い小箱を開けた。しかしその直後に視界に入ったものが信じられずに再び小箱を閉ざす。そのまま恭しくそれを作業机の上に置いた私はよろよろとベッドに腰を下ろした。


 胸が早鐘を打つように忙しない音を立てている。こちらの世界でもあまりサプライズの類に縁のなかった私は、すぐにはこの幸運を受け止めきれそうもなかった。


 ベッドに突っ伏して枕に顔を埋め、叫びたくなる衝動を何とか堪える。今日の夕方には全員の寮生が戻ってきているので、もう昨日までのように感情の高ぶりのまま過ごしたりは出来ないのだ。


 しかしいつも主にそういったことをしているのはエメリンなので、私には無縁の注意事項だと思っていた。でもこれは反則だろう。


 さすがに枕にいつまでも顔を埋めていられなくなった私は、今度は年甲斐もなく足をばたつかせる。けれど最近干すのをサボっていた布団から結構な埃が舞ったので少し冷静になった。


 もうもうと部屋中に散った埃が落ち着くと、私はもう一度作業机に近寄ってその小箱を手の上に載せた。まさかこれを手の上に載せて見られる日が来るとは思ってもみなかったのでだいぶ動揺している。


 それでも何とか心を落ち着けてそうっと開くと、シンプルなオニキス色の小箱を開いた中にはチェス盤を模したもう一回り小さな箱が収まっていた。


 外箱からその箱を取り出し手の中でクルクル回しながら細部を確認する。


 ---あった。ごく僅かな突起が人差し指の腹に触れる。私はドキドキしながらその突起を押してみた。するとキューブ状の箱がカチリと小さな音を立てて開いた。開くと言っても、ただ開くのではない。


 まるでサイコロの展開図のように開いたそれは、私が以前からマリーの店に立ち寄るたびに眺めていたチェス盤を模したマチ針のセットだった。


 欲しくてたまらなかったけれど高価すぎて手の出せなかった憧れのアイテム。それがいま自分の手の中にあることが不思議で、なおかつまだ冷静な部分が「こんな高価なもの貰って良いわけがない!」と叫んでいる。


 当然欲しい。


 物凄く欲しい。


 悶えるほど欲しい。


 出来ることならこのまま何も考えずに自分のものにして、毎日こうやって寝る前に鑑賞していたい。


 けれど---、


「いやいやいや......駄目よ、やっぱりこのまま受け取っちゃ......駄目。だってミシンも貰ったし、生地代だって返してもらったし、お給金まで受け取ってるのよ? それなのにこの上まだ何か受け取るつもりでいるの?」


 ぶつぶつと自分を諦めさせるために必死で正論を並べ立てる。


「だいたいあの人いつの間にこんなの買ってたのよ......そもそもどうして教えてくれなかったのよ、マリーの馬鹿ぁぁぁ」


 自らに巣くう煩悩を退治しようと思ったら、その矛先が友人である彼女に向かってしまった。でもそれもあながち全くのお門違いとも言い切れないのではないかしら?


 だってあのとき彼女が口ごもった理由が今になってやっと明らかになったところで私の苦悩が増しただけじゃないか!


 ちょっと考えてみて欲しい。“顔も知らないお金持ちにお買い上げされていった”というのはまだ諦めがつくものだ。幸せになるんだよ、くらいで納得しよう。


 けれど“一緒に仕事をする間柄ではあるけどまだそこまで親しくない人”が今度の仕事を引き受けてくれたお礼として個人的に自腹を切って高額商品をくれる......ね? これ、アウトな気がするでしょう? 


 いや、人によっては平気かもしれないけど、少なくとも私は「わ~! ありがとう」などと受け取れ---あ、そうか。閃いた。というかもうただ単に欲しすぎて冷静な判断力が失われただけかもしれないけれど......。


 これはもしやタダで貰う気になるから気が引けるの?


 だったら今までよりも必死に、それこそ毎日三時間くらいまで睡眠時間を削って働けば貰っても良いのでは?


 マリーのお店にあったときの値札についたゼロの数を考えればそれでもまだ足りないのかもしれないけれど、これを受け取るにはもうそれしかない。


 それに幸いにも明日から学園が始まるのだ。管理人としての仕事を終える時間を早めれば(もちろん手抜きはしないで)あとの時間は自由に使える。となれば--。


「もしかして明日からあの仕立屋さんに入り浸って......私が出来る作業があれば手伝えば王子様の制服が早く仕立て上がるんじゃ?」


 もっと言うならば近くで紳士服の仕立てを見せてもらって新たに技術を手に入れるチャンスかも。


 こうして生存本能を無視した危険な賭けに俄然やる気が出てきた私は、いつもより四時間も早くベッドに潜り込んだ。



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