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3-7   新規参入者への洗礼。


......あれ?

今回オーランド視点でありながら傍観者の風がありますね(´ω`;)



 エメリン嬢と交わした約束より遅れること三日。新年の七日目にしてようやく熱の下がったアーネスト様を連れた俺は、一般の馬車を模したお忍び用の馬車で女子寮を訪れた。


「......エマに新年早々に余計な心配をかけたことを謝らないといけないな」


「そうですな。世話役の忠告を訊かずに働いたアーネスト様の責任ですので、エメリン嬢にそうご説明する他にないかと」


 長引いた理由が俺の言うことを訊かずにいたせいだとしっかり釘を刺しておく。忠告をするのは俺の仕事だがそれを実行するかはアーネスト様の判断でしかない。


「......そこは一緒に言い訳を考えてくれても良いんじゃないか?」


「そういった人付き合いでの甘やかしはしない主義ですので」


 馬車の中でそんな不毛なやりとりをしていると、来訪を告げに行かせたはずの御者が困惑した様子で戻ってきた。しかし会釈をして馬車の横をそのまま素通りしようとするので、窓を叩いて呼び止める。


 呼び止めた御者の口から「女子寮の管理人に誰でも良いから助けを呼びに行ってくれと言われたのですが」と聞かされた。


「だったら何故素通りしようとするのだこの馬鹿者が!」


 俺は御者に苛立ちつつ、向かいに座るアーネスト様にこの場を動かぬように言い含めて馬車を降りた。食い下がってくるアーネスト様を絶対に馬車から降ろさないように御者に強く言い含めてから女子寮へと急ぐ。


 門をくぐってすぐに聞き覚えのある声が二人分、どちらも冷静とは言えない状態で声を張り上げている。


「だからぁ、今日は謝りに来たんだって! こんな寒いところで立ち話なんてできねーじゃん? 寮生がまだ帰ってきてないならせめて中に入れて話させてくれよ」


「何度も言わせないで下さい! そんなこと出来るわけがないでしょう! それにもう前任者が戻るまでそちらと交流はしないと言っているんです。貴方に謝ってもらう必要はありませんから、さっさとお帰り下さい!」


 女子寮の玄関先までたどり着くと、そこには派手な格好の男に濡れたモップを突きつけている彼女の姿があった。男の方は背中を向けているが声と無礼な口調で先日の男子寮の管理人だと分かる。


 無理に押し入ろうとしているのを彼女が押し留めているのだと判断した俺は、すぐに男の排除に取りかかろうと踏み出した。モップを突きつけていた彼女が俺に気付いてホッとした表情を浮かべる。


 気丈に振る舞ってはいてもやはり怖かったのだろう。その表情を見て目の前の男に対して怒りを感じた。


「おい、ここで何をしている」


 一応背後から近付くときの礼儀として一声かけてから男の肩を掴む。


「いぃっ!? 痛っ、痛い痛いっ!?」


 みっともなく騒ぐ男の声を無視して、肩に食い込ませた指にさらに力を込めると男はその場に崩れ落ちた。肩を押さえたままうずくまっている男に一瞥をくれるが、あの程度の力で骨に異常はないだろう。


 俺はうずくまったままの男を無視して彼女に視線を戻した。モップを抱きしめたままことの顛末を見守っていた彼女に安堵の表情が戻る。


「--大丈夫だったか?」


 いま男に近付かれるのは嫌だろうかと思ってわざわざ離れた位置から声をかけたのに、彼女はこちらに近付いてきた。


「クレイグさん、ご心配頂いてありがとうございます。それに今日いらしていただいて......本当に助かりました。この方、急に訪ねてきた上にしつこいものですから困ってしまって--」


 まだモップから手を離そうとしない彼女は常よりも幾分饒舌だ。視界に男がいるからだろうと思い至り、男から彼女が見えないように立つ。すると緊張気味に上がっていた肩が少し下がった。


「でもエメリンがお使いに出かけている時で良かったわ。彼女に何かあったら私、貴方と貴方の主人に合わせる顔がないもの」


 そう俺を見上げて微笑む彼女に少し戸惑う。こちらとしてはどちらも無事でいてもらわないと困るのだが......。


「ちょ、そこのお二人さーん! オレのことほったらかして目の前でイチャつくの止めてもらえます!?」


 モップを抱きしめていた彼女の肩がまた上がったのを目にした俺は、あの程度の痛めつけ方では足りなかったのかと思って振り返った。と--。


「無事か! オーランド!」


「マクスウェルさぁぁぁん!!」


 馬車で待っているように釘を刺したはずのアーネスト様と、お使いに出かけているはずのエメリン嬢が揃って飛び込んできた。


「エメリン、今こっちに来ちゃ駄目!」


「アーネスト様、馬車で待つようにと言ったはずですが?」


 両者とも世話役からの声に敏感に反応してその場に立ち止まるが、出来ればもう少し早い段階でこちらの言うことを訊いて欲しいものだ。


「だあぁぁぁ~、クソ! オタクら全員ちょっとはオレの話を訊いてくれよなぁ!?」


 足下にうずくまっていた男がそう叫んだところでその場にいた全員から総反論を受けたのは言うまでもない。



***



 味方の総人数が増えたからか、彼女はあの後すぐに食堂で話の場を設けてくれた。俺としては約一名が不要に思えたが、この寮の管理人である彼女が許可するならしかたがない。


「アーネストが元気になって良かったぁ。ずっと心配してたんだよ?」


「そうそう、この子ったら毎日起きて来るなり門の様子を見に行くの。風邪をひかないか私もヒヤヒヤしたわ」


「そうだったのか......ごめんエマ、心配をかけて。管理人殿も彼女の心配をして下さってありがとう」

 

「人の忠告を初めから訊いていればこんなことにならなかったんですよ」


「なっ、言うなよオーランド!?」


「あははは、口止めはちゃんとしとかなきゃダメじゃない」


 アーネスト様がこの日のお詫びに用意してきた焼き菓子と紅茶のお陰で先程から話は尽きない。それも概ねいつものメンバー内ではだが。


「あのさぁ~......不自然なくらいオレのこと無視すんのそろそろ止めて?」


 テーブルの端から聞こえたその声にアーネスト様を除いた全員が冷ややかな視線を向ける。先日の件を簡単にアーネスト様に説明したのだが、意外にも興味を持った様子だった。


 だから今も何かを......この場合、相手の弱味に漬け込む口実を探して微笑んでいる。悪巧みをするときのアーネスト様は普段よりも輝きを増すからすぐに分かるのだ。天使の微笑みで悪辣なことを考えていたりするので手に負えない。


「はぁ? それが痴漢の台詞? むしろアンタなんか呼んでないから。ジェーンったらこんなのにお茶出すことないのに、本当にお人好しなんだから」


 つい先程この場に合流したマリー嬢の言葉に内心拍手を送りたいところだ。しかし彼女はマリー嬢の言葉に困ったように微笑んでいる。

 

「じゃあさ、お人好しなついでに話訊いてくれって」


「あ? 調子のんじゃないわよこの痴漢野郎」


 マリー嬢の辛辣な切り返しに男が怯んだ姿を眺めていた彼女は、声を出さずに笑いを殺している。しかしあれだけ肩が震えていれば、もう声を出して笑ってもあまり変わりがない気もするが......。


「ふふ、もうそのくらいで良いわよマリー。私、そろそろ彼の言い訳を訊いてみようと思うの」


 彼女はそう言って笑うとテーブルについた全員を見回す。誰も口を挟まないことを確認した彼女が男に先を促した。


「あー、その、あれだ......この間は悪ふざけが過ぎたっつーか、ちょっとからかうだけのつもりがやり過ぎたっつーか、その、アンタらの真剣にやろうとしてることを茶化したりして......ゴメン」


 最後の方は聞き取れないほどの声量だったが、その言葉は確かにこの場の全員に伝わったようだ。彼女もその謝罪を訊いて少しだけあの日の悔しさが和らいだのか、眼鏡の奥にある榛色の瞳を笑みの形に細めている。


「そう、分かっていただけたのならもう結構です。では玄関までお送りしますね」


 --どうやら彼女の中で“理解する”という言葉と“許す”という言葉は別の分類になるようだ。席を立って男の方に歩み寄っていくところを見ると本当にこのまま追い返すつもりのようだ。


 マリー嬢はテーブルに突っ伏して笑っているし、エメリン嬢もそれと似たような反応を示している。俺もそんな二人と同じ気持ちだったのだが......ただ一人そんな両人を眺めていたアーネスト様が良からぬことを考えついた顔で男に歩み寄る彼女に声をかけた。


「待って下さい管理人殿。どうやらそちらの方は本当に反省しておられるようですし、もう一度先日の提案をし直してみてはいかがでしょう?」


「もう一度......とは、デザイン画の掲示の件かしら?」


「えぇ。一度失敗してから短期間の間であれば人間は再び同じ失敗をすることは少ないそうです。ですからそちらの方が人間であるならば、この短期間に同じ失敗をすることはないと思うんですよ」


「ちょ、オイ待て! そっちの綺麗な顔したガキに何かすげぇ馬鹿にされてる気がするんだけど!?」


 ガキ呼ばわりした人物の正体をまだ知らない男はそう喚く。しかし彼女とアーネスト様はそんな男の声など端から相手にしていない様子で互いに頷きあう。すると彼女は一旦歩み寄る足を止めて少しだけ考え込む素振りをしていたのだが---。


「前回の件を水に流す気はさらさらありませんが、どうしても謝罪を受け入れて欲しいというならここに残って話をしていかれませんか?」


 そう脅しか勧誘か分からない言葉を投げかけて、この先の状況を飲み込めずに呆然とする男に向かって微笑みかけた。


「えぇ、全くそうですね。謝罪だけで女性の心を傷付けた罪を購えると思われては困りますよ。是非その見目を生かした“謝罪のしかた”を見せてもらわなくては。......顔の良い広告塔は貴重ですから」


 たたみかけるように被せられたアーネスト様の発言でこの場の空気は男の拒否権を完璧に奪ったのだった。



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