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3-4   街歩きという名のお遣い。


きっとオーランドとジェーンに年末年始の休みはありませんね......(・ω・;)



「本当にどうしても駄目だろうか?」


「敢えて何度聞き直されようが駄目なものは駄目です」


 バッサリと切って捨てるような俺の物言いにアーネスト様は不満げに形の良い眉をしかめた。しかしそれはこちらも同じことだ。何度言われようが許可は出来ない。

 

 ベッドの上から聞き分けのない主人が未だに恨めしそうな顔をして俺を見つめているが、ここで絶対に折れてはならないことはエメリン嬢と遊びに出かけた聖夜祭と、先日の制服発表の席で明白である。


 要するにどちらも「大丈夫だから」と聞き入れないで出かけた結果、一度下がった熱がぶり返したのだ。年明け早々にベッドから出られない生活を送っているが自業自得と言える。


「せめてあと二日は絶対安静です。それが出来れば寮に行くことくらいは考えておきましょう」


 それだけ釘を刺した俺は口答えされる前に話を切り上げると、今し方アーネスト様から受けた依頼を片付けるために街へ出ることにした。しかし足早に廊下を歩いていた時だ。


 道をわざと塞ぐようにして第二王子の守り役が現れた。確かどこぞの貴族の三男だった記憶があるものの、特に接点がある人物ではないため名前は憶えていない。俺より出自が高いため例え相手が進路を妨害してきたとしてもこちらが道を譲らねばならなかった。


 面倒ごとを避けたい俺が無言のまま脇に寄れば「たかだか乳母役の息子風情が余計な入れ知恵をするな」と嫌味を言われる。恐らくこの間の制服の件で第二王子が以前よりアーネスト様に対する当たりが幾分マシになったからだろうが......そのあまりの低俗さに口の端を僅かに歪めて笑みの形を作る。


 しかしせっかく人が作った笑みに顔をひきつらせた守り役はそれ以上何を言う訳でもなく去って行った。


 --王城内のこうした空気がアーネスト様の身体を日々蝕んでいる。“余計なことをせずに早くどうにかなればいい”といった風潮が歯痒くないと言えば嘘だが、俺にはどうしてやることも出来ない。気を取り直して歩き出した廊下は、長年馴染んだ場所にもかかわらず余所余所しくてそら寒かった。



***



 まだ新年の二日なので街中は休業の札が出された店がほとんどだ。いつもは人でごった返している大通りも今日は人がまばらだった。自分の家の周りの除雪作業をする住民以外は室内で家族と過ごしているのだろう。時折建物の中から人の笑い声が聞こえてくる。


 白い息が視界を曇らせる中で、俺は意外な人物を見つけた。直後に忘れかけていた脚の痛みを思い出す。


 というのも先日の制服発表の日に彼女が用意してきた物が前回と全く別作品であったことに言及しそうになったところを、マリー嬢に蹴り上げられたからだ。......あれはなかなかに効いた。そんなことを思い出していたら思わず声をかけていた。


「管理人殿!」


 その呼びかけに気付いたのか、前方で店の休業期間を書いた貼り紙をのぞき込んでいた彼女が振り返って周囲を見回しているが......こちらに気付かないようだ。待っていても仕方がないので、足元の踏み固められて滑りやすくなった道を注意深く歩いて彼女に近付く。


 しかしだいぶ近くに--俺が彼女の目鼻立ちをはっきり認識できる距離まで近付いても、彼女は俺だと気付かないようだった。もうあと彼女との距離は五歩くらいかというあたりまで近付いて、初めて彼女は俺だと認識したらしい。


「まぁ、今の声はクレイグさんだったんですね。新年おめでとうございます。それにしても今日はこんなところにお一人でどうされたんです? まだごらんの通り街中は新年休みですよ?」


「あぁ、おめでとう。ただ、その言葉ならそっくり貴方にお返ししよう」


「ふふ、それもそうだわ」


 以前より柔らかく微笑むようになった彼女にこちらも少し微笑みと呼べる表情を作る。彼女の表情が引きつっていないところを見ると、どうやら成功したようだ。和やかな空気なので俺は彼女に以前からの疑問を訊ねてみることにした。


「それはそうとその眼鏡--もう度数が合っていないようだが大丈夫なのか? 特に今日みたいな日は度が合っていたとしても危ないぞ」


「あぁ、この眼鏡ですか? 確かにもう度は合っていないんですが母の形見なので。以前レンズを新調しようと思ったんですけれど、今の私の度数ではこのフレームの大きさに合わせられないらしくて。日常生活に不便はないので何となくそのままにしています」


「いや、今まさに俺が見分けられていなかっただろう? それとも貴方の中で人の見分けがつかないことは生活の不便に含まれないのか?」


「そういう訳ではありませんわ。今も髪の毛の色でそうじゃないかとは思ったんですよ? ただ少し呼びかけるにはには自信がなくてですね......」


 人はそれを不便と評するのだと思うが、取り敢えず俺だという認識はあったようなので何も言わずにおく。それにしても見分ける部分が髪の色だけとは......もしも同じ色の他人だったらどうするつもりなのだろうか?


「そういえば今日はマリー嬢やエメリン嬢は一緒ではないのか?」


「えぇ。マリーは母親のいるサンタルクの方へ帰っていますし、エメリンは寮で課題中ですわ」


「課題? アーネスト様はそんなことを言っていなかったが......」


「それじゃあ何かの罰かしら? 今さっき出かけると伝えに行ったら部屋で涙目になって片付けているところでしたわ。そう言えば貴方こそ今日は王子様とご一緒ではないんですね?」


「あぁ、また熱を出されたので今日と明日の二日は大人しくしておくように釘を刺して出てきた。だが、大人しくしているかは分からんがな」


 二人して何だか所帯じみた会話をしていることに気付いて苦笑する。そのまま一つ二つ当たり障りのない会話を交わしたのだが、ふとその流れに任せて思いついたことを口にしてみた。


「さっきの眼鏡の話を聞いた後だとここで貴方とこのまま別れるのは心配だ。もし良ければだが、目的の場所まで送ろう」


 そう申し出たことが自分でも不思議だったものの、このまま別れた後に転んで怪我でもされたらたまらない。そう考えればこの申し出も別におかしなことでもないかと自分で納得する。


 彼女は唐突な申し出に一瞬目を丸くしたがすぐに頷いて了承の意を示した。それに歩きながら訊いてみればどうも彼女もアーネスト様と同じことを考えていたらしく、奇しくも俺と彼女の目的は一致していた。


「では貴方も休みの間にマリー嬢の他にも生地を卸してくれそうな店を捜していたのか」


「えぇ、さすがにマリーの店の規模では学園の全校生徒分は揃えられませんから。それに学園で使用する生地だけ仕入れさせては彼女の店の特色がなくなってしまうし、ストック場所もとても足りませんわ。だからまだお休みで人の少ない間に他に卸してくれそうな店の下見をしようと思って。そうでないと急に捜したのでは間に合いませんもの」


「同感だな。先に準備をしておけば後で慌てることもない」


 俺の同意を聞いた彼女が何度も頷く。だがそこまで考えつく彼女はその割に自分の作業になるとその段取りがおざなりになるらしい。今までこんなに静かな日中の街中を歩いたことがなかったせいか、彼女に訊けば随分前からあるという店の半分も知らなかった。


 だがまぁ、見るものの半数が目新しく感じるので店が閉まっていても楽しめるといったメリットはある。そのまま店舗付きの住宅街を抜けて、純粋に商店だけの地区に入るとまるでこの辺り一帯が無人になってしまったかのように感じた。


「--この辺りは随分と静かだな」


 あまりの静けさに隣を歩く彼女に声をかける。言葉にしてしまってから初めての俺と違いそんなことは承知している彼女相手に間の抜けたことを言ったものだと思った。しかし彼女は特に気にした風もなくこの区画の説明してくれる。


「えぇ、でもその代わりと言っては何ですがこの地域には大きな問屋さんが集中しているんですよ。いつもは買付の業者とかで賑わっていますけど、さすがに年明けですから人もいませんね。こんなことは珍しいですから次に訪れる時は覚悟して下さい」


 そう不穏な一文で締めくくられた会話のあとはしばしの沈黙が落ちる。彼女は似たような通りの似たような建物の中から目当ての店に貼られた休業期間を次々に眺めてメモをとっていく。その姿を目にしながら今日は偶然とはいえ彼女と合流できた幸運に感謝した。途中雪に足を取られて転びそうになる彼女を支えながら歩く。


「ここでこの区画も終わりですね。気になっていたところは大体回れましたし、後はお店が開く頃にまた来ましょう。それと......余計かとは思ったんですけれどさっき角を曲がる時に右手に黒いドアの小さなお店があったの気付きました?」


 唐突に途切れた店舗街と同じくらい唐突な彼女の問いかけに首を振る。そもそもあそこは生地問屋には見えなかったが--。


「紳士服専門の仕立屋さんでお爺さんが一人でやっていらっしゃるんですけれど、この間のデザイン画にあった男子用の制服を先に一着だけあそこに頼もうかと思うんです」


「--では俺はここまでの道順を憶えてアーネスト様をお連れしよう」


 この間の帰りにエメリン嬢と揃いの制服を着たいとアーネスト様が言っていたのを憶えていてくれた彼女に少し好感を抱く。その時、遠くで四時を報せる鐘の音が響いた。もう帰らなければとぼんやり思うのだが今朝のこともあってあまり早く帰るのも気が進まない。


「お互いだいぶ冷えたからもしよろしかったらですけど、寮によって行きませんか? 自分で言うのも何だけれど、美味しいコーヒーをご馳走するわ」


 そう言って彼女が微笑むのを見ていたら断るのも気が引けた......というのは建て前で“旨いコーヒー”につられた俺はその誘いに頷く。並んで歩く帰り道で彼女が「明日は男子寮の玄関先にあのデザイン画を張らせてもらう約束をしているの」と教えてくれる。


 その行動力と発想力にどうやらアーネスト様が彼女を選んだのは間違いではなかったらしいと思うのだった。


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