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3-3   嬉し恥ずかし、今日は制作発表会。


悩んだ結果はご覧の通りとなっております。


違う方が好みだった読者様、申し訳ありません(*´ω`*)



「えー......本日は年末のお忙しい中お集まり頂いてありがとうございます」


 数日前から冬期休暇に入った女子寮に残る生徒はほとんど......というかエメリンをおいて誰もいない状態なのでこんな前置きはいらないのだけれど、どうしても挟んでしまうのは前世の記憶のせいだろう。そもそも今日ここに集まっているのは今回の件に関わった人間しかいない。


 テーブルを挟んで向こう側には依頼主である王子様と、彼にそんなことを思いつかせた恋人のエメリン、そしてお目付役のクレイグさんが。私の隣には材料選びや試着まで散々付き合わせてしまったマリーが座っている。王子様とエメリンは席に着いた時からずっと楽しげなのに対し、クレイグさんはいつも通り真面目な表情だ。


 ふと考えてみれば彼等と出会ったのが十一月の頭だから何だかんだでもう二月が過ぎているのか......。当初はこんなことになるとは思ってもみなかったからちょっとだけ感慨深い。


「大変ながらくお待たせしました。でも待って頂いたお陰とマリーの手助けもあって納得のいくサンプルが完成しましたわ。今回は女生徒の冬用上下と学年分けのリボン、中に着るシャツです。とは言っても、私は紳士物は専門外なのでこちらはデザイン画だけになってしまいますが。女生徒の春夏用のデザイン画と併せて......ぜひお手にとってご覧になって下さい」


 そう言ってサンプルとデザイン画をテーブルの上に広げる。制服のデザインはやっぱり無難にブレザーにした。というのもこの国は大半が白人系なので男子の詰め襟は違和感満載だし、女子のセーラー服にかんして言えば似合い方がちょっと違うというか......。


 とにかくアレな出来になってしまうということで却下した。あとはお金持ちの生徒やその保護者が納得するようなアイテム数だろうか? 私個人としてはセーラー服に憧れが--いや、まぁ私が着るのではないですからね、はい。


 エメリンと王子様は興味深々といった様子で早速デザイン画と制服に手を伸ばしたのに、クレイグさんは微動だにしなかった。しかも何故かその表情に困惑の色が浮かんでいる。


 そんな顔をするほどおかしなデザインだとは思わなかったけれど、もしかしてこの形ってこちらの世界ではあまり普及していないの? それとも“待たせたわりにこの出来なのか”ということだろうか? 


 心配になって隣のマリーに目をやると、彼女は軽く肩をすくめただけだった。しかし取り敢えずは現役の学生である王子様とエメリンの反応の方が気になる。今日は寮の仕事もないし、彼が何故そんな微妙な表情をしているのかは後でじっくり訊いてみればいいだろう。


「......二人ともどうかしら? 学生の二人から率直な感想を訊かせて欲しいのだけれど」


 何といってもこちらの世界ですら制服を着る歳なんて十年前くらいだし、そもそも私服通学の学校だったから制服は本当にこちらに転生してから今回が初めての体験なのだ。ドキドキしながら二人の言葉を待つ私の背中をマリーが励ますようにポンポンと叩いてくれる。


「......ごい」


 王子様が何か呟いたが小さすぎて聞き取れない。それでも隣に座るエメリンには聞こえたのか、しきりに頷いている。私とマリーが不安になって顔を見合わせていると---。


「......凄い。これはまさに革新です。今まであった男女の垣根を程よく取り払いつつ、華美でないものの一体感と秩序を併せ持ったデザインだ......。こんな短期間で考えついて造られたとはとても信じられません。......貴女は本当に毎回わたしの予想を上回ってくれますね」


 視線を手元のデザイン画と制服から逸らさないまま王子様はそう言ってくれた。ただそこまで感動してもらっているところに水を差すようで悪いんだけど......そのデザインは向こうの世界ではポピュラーなの。もっと言うならそもそも私が考えついた形でもない。


 私が主に考えたのは色柄や使用する生地であって、デザインを称えられるべきはずっと以前にそれを制服に採用した先人だ。面倒だから敢えて言うつもりはないけど。


「ではデザインの方に変更する箇所はございますか?」


「いいえ、全くありません。というよりもここに手を加えるなど無粋です。是非このデザインをそのまま使用させて下さい」


 それを聞いて安心した私は思わずテーブルの下でガッツポーズをした。チラリと隣を盗み見るとマリーも同じことをしている。うーん、類友。王子様はさらに子細にチェックを入れたいみたいだったけれど、エメリンが着てみたいと言うので試着させてみることにした。


 ......マリーのサイズで造らないで良かったわ。危うく胸元の生地が余りすぎてしまうところだ。--誰のサイズで造ったかはこの場の誰も触れないで欲しい。


 完成したばかりの制服に袖を通して現れたエメリンは、初めて会ったばかりの頃の新入生時分みたいに初々しかった。ちなみに女子の冬用制服はツイードで仕立てた深緑色のジャケット。その下は無地の白いコットン・フランネルで仕立てたシャツ。


 スカートはツイードの深い赤系タータンチェック。大きめの※プリーツ(スカートなどに施された折りひだ。アコーディオン状に畳んだ形。)が入れてあるので前より手入れもしやすいはずだ。膝下丈だから無地の黒タイツでも履いてくれたらバランスがいいと思う。


 あと当初から迷っていたのが意外にも学年分けのタイだ。男女共通でネクタイにしようかと思っていたらマリーから“可愛くない”とクレームが入ったので急遽、光沢のあるタフタでリボンを造った。今のところ一年は赤、二年は緑、三年は金茶だ。エメリンに試着してもらったらこちらの方が断然良い。着る人間の可愛さが大きく左右している気もするが......。


 さらにこの上に防寒着としてメルトンで仕立てた男女共通の無地ベージュ系のトレンチコートがあるのだが--これは間に合わなかったのでデザイン画の方をご参照頂く。デザイン画には夏用も描いてみたが、このビジネスが実現するかはまだ不明なのでかなりの見切り発車感がある。


 でも考えついてしまったのだから仕方ない。しかもこの生地達、当たり前だが一部前の世界と名称が違う。物によっては向こうの世界の人名から取った物もあったので、似たものを探すのにマリーがいなかったら今頃きっと挫折していた。


 今までのように自分の分を仕立てるだけならその時々で気に入った物を使えば良いけど、大量生産品となるとそうもいかないだろうからね。


「「「おぉ~! 似合う」わよ」ね」


 思わず皆で声を合わせて褒めたのに一人だけ険しい表情をしている人物がいた。その人物は苦労を分かち合ったマリーではないし、もちろんエメリンの恋人である王子様でもない。


 となれば残るは一人......クレイグさんだ。彼はこのお披露目を前に何故か怒ったような表情をしている。いったいどうしたというのだろうか? 彼は長い溜め息を吐くと、ふいに私の方へと向き直った。


「それで、この制服をこの短期間で仕上げるのに貴方は一日に何時間ミシンの前にいたんだ? 一日の睡眠時間や食事はどうしていたんだ? 自分がどれだけ無茶な仕事の進め方をしているか分かっているのか?」


 おやおや? この和やかな雰囲気を何で今ぶち壊そうとするんだこの人は。空気は吸うものじゃない。読むものなんだよ? 


 とはいえその赤銅色の瞳で睨まれてはそれこそそんなことを言える“空気”であるはずもなく、私はすっかり萎縮してしまった。するとそんなやりとりを見たマリーが急に私と彼の間を遮るように割り込んでくれた。


「ね~? 馬鹿でしょうこの子。自分が楽しかったらその他のお金とか、睡眠時間とか、時給換算とかどうでもよくなっちゃうの。でも安心して? 大まかな作業時間とこの間にこの子が使用した材料費はあたしが把握してるから。こちらをご参照下さいな」


 と、クレイグさんが眉をしかめる。マリーはそれを気にせずテーブルの上を覆い尽くしているデザイン画をザーッと押しのけて“大まかとは何ぞや?”といったグラフや細かな数字の並んだ用紙を広げた。


 そのあまりの出来栄えに友人である彼女がちょっと怖くなる。だって“どこかで見てた?”と訊きたくなるほど睡眠や食事の時間、寮内での仕事時間などの内容が正確なんだもの......これは、あれだ。夏休み明けとかにたまに見かけた出来の良すぎる観察日記みたい。


「マリーこそこんな物を作製しながらいつ仕事してたのよ......」


「あたしは接客してない時間はフリーだもん。暇な時間にやってたらなんか興が乗っちゃって」


「友人を珍獣か何かだと思ってない?」


「え~? 気のせいよ~。それにねぇ、真面目な話、今まではずっと固定賃金だったジェーンに言ってもピンとこないかもしれないけどさぁ、こういうお金の計算とかって凄く大事なのよ?」


 そう言われてみればこの場にいる人間で固定賃金は私とたぶんクレイグさんだけだし、エメリンはまだ学生というのもあるけれど、伯爵令嬢が外に働きに行くとは思えない。王子様は学生とはいえ働いて(?)いるものの普通の収入源かどうかがまず怪しい。......悲しいかな確かにマリーの発言がもっとも信憑性が高そうだった。


「--わたしの思い付きでこんなにも貴方に無理をさせていたんですね......」


「アーネスト様、確かにそうとも言えますが、彼女ももう子供ではないのです。作業の時間割くらいもう少しまともに組めて当然です」


「ひえぇ......わたしテスト期間でもこんなに机に向かってないですよ」


 他の二人の真面目なやり取りに比べて--エメリン、貴女って娘は! だから毎回テスト明けにあの表情で帰ってくるのね......。ちょっとでいいからテスト勉強しよう?


「確かクワトロさんでしたね? 貴女の書き記しておいてくれた記録のお陰で大変助かりました。ありがとうございます。人と共同作業を始めるつもりでこんなことにも気付けないとは情けない限りですね」


「クワトロさんなんて肩苦しいしマリーで良いよ。王子様とはいえ子供にお礼言われてもあれだし、昔っから無茶ばっかりする友人だもん。これくらい考えついて当然よぉ」


 --作業期間中に身分を教えてしまってもやっぱり彼女は人によって態度を変えたりしない人だ。友人のその強さには頭が下がる。


 ----が。


「というわけであたしのアドバイザー料金はこれくらいね。よろしく~」


 この恥ずかしい商魂たくましさに毎回驚かされるのも事実......!


 普通の王族がどんな人達なのか知らないが、ただの貴族だって許さないだろう発言に当の王子様は何がツボに入ったのかテーブルに突っ伏して笑っている。エメリンは大抵この顔ぶれの時は笑顔で固定されているので、気になるのはまたしても彼だけなのだが......その彼も少し笑っていたのは意外だった。


「ではお言葉に甘えてマリーさんと呼ばせて頂きますね」


 ようやく笑いの発作が治まった王子様が薔薇色の頬をした綺麗な顔でそう言うものだから、私とマリーは一瞬だけ見惚れた。だって両隣のクレイグさん達と違ってそう見慣れているわけじゃないんだもの。一拍遅れてマリーが頷いたのを確認した王子様はまた新たな提案を申し込んできた。


「もしよろしければこのビジネスのアドバイザー役としてマリーさんもご一緒して下さるととても心強いのですが。勿論、クロムウェルさんと同様にお手すきの時だけで構いません。貴女とクロムウェルさんのお給金はそちらでお決めになって下さい。市場に出回らないような現物支給でも構いませんよ」


 ---面白い物好きの彼女は私と違って迷うことなく、その日その場で即決したのは言うまでもない。



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