3-2 心躍らぬかくれんぼ。
今回は中間管理職なオーランド視点です\(・ω・*)
『今回の件ですが......お受けさせていただこうと思います』
先日、あの日の返答を訊こうと訪れた食堂で彼女の口から出たその言葉に心底ホッとした。その時はあの訪問の日からまた熱を出して寝込まれたアーネスト様に良い報告が出来ると思っていたのだが......甘かった。
というのもその後すぐに切り出された彼女の提案のせいで報告自体を封じられてしまったからだ。その提案というのが--。
『私の納得できるサンプル品が完成するまでは、こちらに訪ねてくるのを控えて頂きたいんです。出来ればこの返事の報告もしないで』
訳が分からないという反応を示した俺に彼女は『急かされて妥協したくないんです』と答えた。それは理解できなくもないのでその場は引き下がったのだが、後日彼女の秘密主義は筋金入りだと知る。そのとき俺は寮を訪ねるのを控えれば良いのだと解釈した。
しかし彼女は同じ寮内にいるエメリン嬢にすら新しく造るサンプル品の内容を漏らさないらしく、その全貌は一週間経っても全く分からないままだ。
だがただ彼女からの報せを待つのもそろそろ限界だ。というのも熱も下がらないのにベッドから這いだそうとするアーネスト様をこれ以上引き留めていられないからだ。若干彼女との約束を破る形になるが、仕方なく寮以外で彼女の近況を知っていそうなところに当たることにした訳なのだが......。
「あ、駄目、あの子もうこっちに向かってきてるわ。いま店から出たら間違いなく鉢合わせになるよ。気まずくなるのが嫌なら隠れてて」
背伸びをして窓の外を眺めていたマリー嬢はそう言うと、店の隅に立てかけられた生地のロール裏に俺を押し込む。寮以外で彼女が立ち寄りそうな場所といえばここより他に思いつかなかった俺は、たったいま近年では最大の失態を犯しそうになっていた。
「そこで出来るだけ身体を小さくしてて。物音立てたりしなきゃバレないよ。今日はそのへんの生地に用はないと思うから。あ、でもアナタのその髪色あの子の好みだから、生地の隙間から見えたりしないように気をつけてね」
それだけを早口に伝えるとマリー嬢は鼠色や黄土色といった地味な色味の生地のロールを積み上げて、向こうから俺の姿が見えないように工作してくれる。言われたとおりに俺がその場で身体を斜めにして片膝を付いたのとほぼ同時に店のドアベルが鳴った。
「いらっしゃいジェーン! 外は寒かったでしょう?」
「こんにちはマリー、寒いなんてものじゃないわ。さっきから遂に雪が降り出したのよ。まだこの間積もった雪が残ってるのに嫌になるわね......」
「ふふ、だったらこの店の中は天国じゃない? あれだったら奥で何か温かい飲み物でも作ってこようか?」
「ううん大丈夫よ、ありがとう。それより早速で悪いんだけど、今日も試着に協力してくれる?」
積み上げられた生地のロールに隠れて表情は見えないが、久し振りに耳にする彼女の声は今まで訊いたことがないくらい楽しげに弾んでいる。
それに試着ということは少なくともサンプル品は最低でも一着は出来上がっているようだ。そのことに安心しつつも、彼女の相変わらずの仕事の速さに内心舌を巻いた。
「それは勿論構わないけど、先にその野暮ったいコート脱いでよ。どうせその中に試作品の一着、着てきたんでしょ?」
---どうやら最低でも二着だったようだ。俺が呆れと感心を覚えていると、生地の向こう側の話し声はさらに賑やかさを増していく。
「えぇ、でも先にマリーに着替えてもらってからよ。いっせーのーで、で見せないとこの歳で一人で学生服って恥ずかしいじゃない」
「あ~、それは確かに! じゃ、今日はもう表の札をクローズにしてちょっと奥で着替えてくるから待っててよ」
「え? でもまだ営業時間じゃない。もしお客さんが来たらすぐに戻るって言っておくわよ?」
「外、雪が降ってきてるんでしょう? そんな中をわざわざやってくる物好きなんてジェーンくらいだから大丈夫よ~」
「ちょっと引っかかるけど......それもそうね」
「でしょ? じゃ、札をクローズにして待っててよ!」
「ふふ、了解しました!」
彼女が友人とはいえ他人とこんなやり取りをするとは思っていなかったので少し意外だった。
軽い靴音とドアの閉まる音が聞こえる。ドアベルが鳴らなかったところから店ではなく、マリー嬢の家へと続くドアなのだろう。隠れている上から音が聞こえる。ここだけ斜めになった天井といい、どうやらここは階段の下らしい。
また軽い靴音。今度はドアベルの音がするから彼女だろう。店の札をクローズにした彼女が寒風を引き連れて店内に戻ってきた。再びドアベルが数回鳴る。その音が聞こえなくなると、店の中は微かに漏れ聞こえる外の風の音だけになった。
彼女はマリー嬢を待つ間、店の商品を見ることにしたのか軽い靴音が店内に響く。コツコツと歩いては立ち止まる。床板が軽く軋むような音を立てる時はどうやら爪先立って棚の上の物を取っているらしかった。
“コツコツ--ギッ”
“コツコツ--ギッ”
いくらも棚と棚の間を移動せずに立ち止まる音から察するに、このお世辞にも広いとは言えない店内は彼女を誘惑する品物が多いらしい。品物の間をウロウロとする彼女を想像すると少し微笑ましかった。しかし気に入った物を見つけたのかその靴音が止んだ。
立ち止まっている時間がさっきまでのどの棚より長い。彼女がそこまで気になる何を見つけたのか、興味をそそられてほんの少しだけ隙間を覗く。
以前アーネスト様に貸していた黒いコートを着た彼女は、会計をするカウンターの横にある棚の中を熱心に見ている。だが、ここからは彼女が何を見ているのか分からない。姿勢が辛くなってきたので一度体制を立て直そうとしたその時、俺の足元の床板が“ミシリ”と大きく軋んだ。
マズいと思った瞬間、音に気付いた彼女が怪訝そうな表情を浮かべてこちらを振り返る。そしてその表情のままただの家鳴りにしては大きな音の出所を探ろうと近付いてきた。見つかると覚悟しかけたその時、俺の頭上で軽い靴音が響く。彼女にもその音が聞こえたのか、再びカウンターの奥にあるドアを振り返った。
「ゴメンゴメン、お待たせ~」
そう言ってドアの向こうから現れたマリー嬢が一瞬女神に見えた。彼女の背中を見ながら一気に張り詰めていた緊張が解けそうになるが、また今のようなことにならない為に気を引き締める。
しかし制服の出来を知らねば報告が出来ないので体重移動に細心の注意をはらって隙間から様子を窺う。彼女の背中越しにちらりと見えたマリー嬢は大判のショールを羽織っている為、下の制服はまだ見えない。
「ううん、そんなに待っていないわ。それより準備は良い?」
「いつでもオッケー!」
「「いっせーのー......でっ!!」」
両者のかけ声と同時に上着がはね除けられる。別にやましい行いをしているつもりはないが、そんな二人を前にしてこの行為に少しばかり居心地の悪さを覚えた。
「うん、やっぱりそのデザイン、マリーに良く似合ってるわ。前回気にしてたわきの下の※タック(洋裁の手法。布の一部を小さく畳んで縫ったひだ。体形との調整や装飾に用いられる)をちょっとだけ目立ちにくくしてみたんだけどどうかしら? 腕を動かす時に動かしにくかったりしない?」
「お褒めに預かり光栄ですわぁ~......なんてね。うん、大丈夫。やっぱりこっちの生地の方が前のヤツより良い感じ。程よく伸縮性があるけど洗濯やこすれにも強いしね。そっちもその制服、カチッとしててジェーンに似合ってるよ。でもさぁ、せっかく学生気分なのにその髪型はないわ」
「髪型は関係ないじゃない?」
「あるよ! これ着てる以上は学生気分に徹しなきゃ!」
そう言うが早いか素早く彼女の背後に回り込んだマリー嬢が彼女の髪から藍色のリボンを抜き取る。結い上げられた黒髪が肩に散らばって広がると、確かに後ろ姿は学生と言われても納得できそうだ。ちなみにマリー嬢は彼女より乗り気なのかすでに肩に豊かな金茶色の髪を流している。
そんなマリー嬢と彼女の制服は対照的だった。まずマリー嬢だが紺と藍が混じった上下に分かれた制服。
スカートはいくつか襞に分かれてたたまれており、その襟は随分と大きくて後ろから見ると白い線が引かれた長方形の布がくっ付いているようだ。
首もとには深みのある赤いスカーフ。現在の制服よりはいくらかマシだが奇妙さで言えばどちらも甲乙がつけがたい。ただしこちらの方が曲線を強調していないぶん学生には良いだろう。
「うんうん、こっちの方が良いよ。ねぇ、ちょっとクルって回ってみて」
そう言ったマリー嬢がこちらに向かって片目を閉じる。彼女は「このスカートはふわっとは広がらないよ?」と言いつつもその場でゆっくりとターンする。彼女の言ったとおり生地が重いのかそれほど風になびかない。
マリー嬢のお陰でその対照的な全容が見れた。彼女の制服はかっちりとして男性用にも見える。
上着は今のボレロ型ではなく男性の夜会服に似ているし、下に着ているのも飾り気のない白いシャツだ。全体的に黒みがかった緑を基調にした色合いは学生の持つどこか浮ついた空気とは無縁に感じる。
こちらのスカートもマリー嬢のものと同じ形をしているが首もとにはスカーフではなく、タイのようなものが締められている。何というか--髪を解いている姿が新鮮なせいもあってか悪くない印象を覚えた。
服の良し悪しは分からないがひとまずどちらも奇抜ではあるが品がないわけではなさそうだと結論付けた。出来れば彼女がこれ以上突き詰めずにこのどちらかを持ってきてくれることを切に願う。
その後も彼女とマリー嬢は一着にかかるコストと時間を細かく話し合っていたようだが、学園の鐘の音が聞こえてくると彼女はマリー嬢に礼を言って切り上げた。店のドアベルが鳴って彼女の気配がなくなるとドッと疲れが押し寄せる。
「やぁやぁお疲れさま~、身体の方は大丈夫?」
「......二度とこんなことはしないだろうなとは思っている」
「そりゃそうだよねぇ。でもさ、これで分かったでしょ?」
マリー嬢の発言に苦笑して頷く。あの様子ではわざわざ急かしたりせずとも近いうちに彼女は戒厳令を解いてくれるだろう。一つ心配事がなくなった俺は彼女が熱心にのぞき込んでいた棚に近付いて、マリー嬢に彼女が何を眺めていたのかを訪ねることにした。
ブレザーとセーラー......悩みますね。
男子はブレザーか詰め襟か......。
皆さんはどちら派ですか??