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3-1   求人募集、面接担当は第三王子。



 あの後、一度きっぱりとその場で断ったにもかかわらずあまりに熱心に勧誘をかけてくる王子様に折れて、話を訊くために玄関先から食堂へと移動した。それにまさか王族の口から“ビジネス”という単語を訊こうとは思わなかったので若干の好奇心が勝ったのだ。


 今はテーブルを挟んだ私の向かいに渋い表情のクレイグさんと並んで紅茶を飲んでいる。


 猫舌なのか中々飲めない様子を少し微笑ましく思っていたら「王族で温かいものを飲むのが苦手な人間は多いんですよ」と微妙に含みのある言い回しでその綺麗な微笑みを向けてきた。知らない方が良いことは、世の中に色々あるわよね。


「それで、そろそろお話を伺ってもよろしいでしょうか? 貴方の仰るビジネスの話と言うのは具体的にどんなものなんです?」


 一度は突っぱねた申し出を再度断る為にはもう一度“話の内容をしっかり訊いてから導き出した”結果であると相手に印象付けねばならない。したがってまだ何の仕事にも取りかかれていないのにこうしてお茶を飲んでいる。


 内心は糸くずと生地の端切れで足の踏み場のない自室の床を掃除したり、溜まっている洗濯物をしてしまいたいのだが。表情には出さずともやきもきしている私に話を訊けと言った当の本人は微笑みかけながら紅茶を堪能している。


 綺麗なその顔にだんだん腹が立ってきたなと思っていたら、王子様の隣に座ったクレイグさんがこちらを見て申し訳なさそうな表情をしていた。そんな顔をされてもこちらも困る。眉根を寄せたまま二人で気を揉んでいるとようやくカップの中身を飲みきった王子様が私に向かって本題を切り出してくれたのだが......。


 その内容の前にそれぞれの王子様達の立ち位置を説明された。その内容がだいたいこんな感じ。


 まず第一王子が次の王になるのはもう決定事項で、この長男は人品共に問題のない方だそうだ。学園も六年前に卒業しており今は現国王の補佐を勤めている。下の弟二人とは年が離れているのでどちらにも優しい兄なのだそうだ。


 しかし問題は第二王子。この次男は目の前のアーネスト様と年子なせいもあって何かにつけて張り合ってくる武道派なのだそうで、身体の弱い彼は第二王子の暑苦しい性格が嫌いらしい。お金の使い方も豪快だそうで、あのご令嬢の制服に使った金額もそれなりに高額だった。


 彼曰く「頭と要領の悪い男なんです。国庫を食い潰すとしたらアイツですよ」と辛辣なことを笑って言ってくれた。私としてはそんな王家の内情を知りたくはないです......。


「そして第三王子であるわたしだが、残念ながら何の期待もされていない。きっといつ死ぬか分からないわたしを持て余しているのだろう。だからわたしはこの先の人生で恐らく国政に関わることは殆どない」


 自虐的な彼の物言いに隣のクレイグさんが顔をしかめた。あえて世話役を前にして言うことでもないだろうにとは思ったけれど、もしかするとこれは彼なりの警告を込めた優しさだったのかもしれない。もしもそうなった時の身の振り方を、クレイグさんも考えなければならないのだろう。


「けれどまだ現時点でわたしは王族の一人だ。他の兄達ほど自由に出来るお金はないのですが、一部を運用に回しているんです。ですからエマと結婚しても彼女に不自由させることはありません。彼女の実家も王家の血筋の人間と婚姻が持てれば良い程度です。後ろ盾としては“第三王子”の肩書きもそれなりに役に立つのでしょう。ただ、そこには“わたしである意味”がない」


 カップに落とした視線が揺れる。残念ながら私にはその顔に表情らしいものを読み取ることは出来なかった。ここにエメリンがいれば良かったのに。思わずそう感じてしまう危うさが彼にはある。


「だから自分の蓄えを一部運用して事業を興そうかと思ったんです。内容は何でも良かった。この地位を生かして出来ることをやろうと。王家の人間が始めれば余程の物でもない限り何でも“王室御用達”ですからね。そしてちょうどそこに貴女が現れた」


 あれ、何だろう、気の毒な生い立ちに同情して大人しく話の内容に耳を傾けていたら何だか雲行きが怪しくなってきた気がするぞ?


「貴女の縫製の技術を耳にした時にピンと来たんです。これだ、と。そのお仕着せをご自分で造っていらっしゃる貴女ならばお気付きになったとは思いますが、あの学園の制服にかける無駄は中々なものでしょう?」


 これには全く同意見だったので頷く。そもそも私がこの世界が乙女ゲームだと気付けたのもあの突飛なセンスの制服のおかげだからだ。幼い頃から見ているのにどうも馴染めない違和感のあるあの制服。一度でもデジャビュというのを感じた人なら分かると思う。


 あれが何の拍子だったかは忘れたが、ある日ふと見慣れた世界の異質さに気付くような経験があるだろうか? または花粉症のコップ現象というか、足りなかった“記憶”の入ったコップにある一定の量が満ちた瞬間に溢れ出すような感覚。


 私にとってのそれがあの制服だ。プレイしたことこそなかったゲームではあるものの、友人に手渡されたそのパッケージに(キャラクターの顔は見てなかった)でかでかとあったあの制服が私のマニア心に突き刺さりまくったのである。


「訊いた話によればあの馬鹿げた制服を造ったのは今から四十年前の“王家”の人間なんです。しかも制服の製造は一部の独占。元の王家筋の方が亡くなってから随分たつのにそのお金が今どこに流れ込んでいるのか、当の王家は誰も知りません。だったら同じ王家のわたしが上書きしても良いとは思いませんか?」


 カップから視線を上げた王子様は私を見て楽しげにそう言う。確かにこの世界にも独占禁止法みたいなものはちゃんとある。そしてその財源管理の甘さはどうなのよ。あと王子様が黒さを隠さなくなってきたのも気になる。まだ仲間になる流れじゃないですから!


「それはまぁ......そうでしょうが。それと私の職務は全く関係がありません。縫製の腕をかって下さるのは嬉しいのですが、これとてクレイグさんと王子様の下さったミシンのお陰ですし--」


 何とかこの悪い流れを切り抜けなければ。しかしそう思って放った私の渾身のお断りルートを叩き潰したのは今まで黙りを貫いていたクレイグさんだった。


「そんなことはない。貴方の仕事は丁寧で確かなものだ。わたし程度の人間が見ても分かるくらいだから思わずアーネスト様にそう報告してしまったのだ。この間の仕立ては王家に出入りしている職人と比べてもそう大差のあるものではなかった」


 これには“余計なことをやらかしたのはお前かよ”と思う反面、“誰かに認められて嬉しい”ががっぷり四つに取り組んで良い試合を見せてくれた。こんなに自分の内に承認欲求があったとは情けない限りである。


「彼は決してお世辞や相手を傷付ける類の嘘を言いません。それは保証します。もうこれまでの流れで分かって下さったとは思うのですが、貴女にお願いしたいのはその縫製と......たぶんですがデザインもご自分でなされますよね? なのでそのデザイン能力も活かして制服を造るのにご協力願いたいのです。勿論すべての製作工程を貴女にして欲しいなどと無茶なことは言いません。ただ最初の一着をデザインして形に起こして欲しいのです」


 興奮気味にまくし立てる王子様を隣のクレイグさんが窘める。彼はそれを煩わしそうにしながらも私から視線を外さない。


 自分がこの世界に転生したのだと知ったときに前世の夢は諦めた。前世からの夢でも、前世は前世だ。私にはこの世界の両親がいたし、間違いなく前世よりずっと幸せな家庭だった。


 だからもうしがみつかないでも生きていける。生きていこう。そう決心したのに--今、その思いが揺れている。


「ビジネスとは言いましたが、結局わたしの自己満足に終わるのかもしれません。でも認めさせたいのです。エマが選んだわたしが王家のお荷物だなどと世間に知られたら、彼女まで口さがなく言われるでしょう。だから王家を抜きにして彼女がわたしを選んだのは、その才能だと言われたい。どんな褒美でも構わないと言ったのにミシンを頼んだ貴女も......」


 最後までその言葉を続けずに彼は食い入るように私を見つめる。綺麗な顔立ちは青白く、内に流れる血の色が透けるのではないかと思えるほどだった。けれどその白磁のような頬にうっすらと紅を叩いたように赤みが差す。


「それに貴女は嘘をつけない方だ。貴女のその真摯な姿勢がわたしや彼女のような期待をされない人間には眩しい。ですからどうせビジネスパートナーを選ぶなら貴女が良いのです」


 そう言って年相応にはにかんだ笑みを浮かべた王子様にチクリと胸が痛んだ。けれど結局この日私はこの返事をすることはなかった。


 膝に置いた手がいつのまにか皺になるくらい強くスカートを握りしめていたのを見た二人が「すぐに決められることでもないでしょうから」とその場はあっさり退いてくれたからだ。


 帰り際、無邪気な笑顔を見せて馬車に乗り込む王子様とそれを労るように支えるクレイグさんを見ていたら何故だか鼻の奥がツンとした。二人を乗せた馬車が門をくぐって見えなくなっても、私はしばらくその場を動けなかった。



*****



「そんなの難しく考えないで受けちゃえば良いじゃん!」


 あの日から二日間ひとりで悩んだものの、その間にこなした仕事は上の空で何一つ上手くいかなかった。このまま中途半端なことをしていては埒があかないと感じた私は、他に頼れる当てもないので友人であり商売人でもあるマリーに相談にきたのだが、その結果が冒頭の答えである。


 ちなみに答えが返ってくるまで十秒くらいしかかからなかった。この薄情者のドライモンスターめ.....。彼女は生前仲良くしていた友人に似ている。ハキハキしていていつも闊達。そんな友人の顔も名前ももう思い出せないけれど、マリーとこの世界で出会えたことは何かの縁を感じる。


「友人の進退をそんなあっさり答えないでよ......」


「うじうじした友人の性格を知ってるからこそ言ってんの!」


「うじうじしたって......言い方があるでしょ」


「そういうとこよ、そういうとこ。だいたい最近立て続けに細々したもの買いに来てるジェーンの顔、楽しそうなんだもん」


 マリーは適当なことを言って売上を伸ばそうとするタイプではないし、何より私自身がそのことに気付いていた。ここ最近は慌ただしくて寝る間も惜しい。だけど困ったことにそれが嫌ではないのだ。


 一人で百面相をしていた私にマリーのデコピンが炸裂する。痛みに顔をしかめた私に彼女はニッと人好きのする笑顔を見せてこう言った。


「第一贅沢なのよねぇ。反省も後悔も最悪あとで出来るけど、チャンスはそうそう転がってないのよ?」


 --別に、この言葉に乗せられた訳ではないけれど。


 夕方、私は両手に抱えられる限界まで生地を抱えて寮に帰ったのだった。



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