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◆乙女ゲームの制服を改善させていただきます!◆  作者: ナユタ


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2-5   ヒロインで良かったわよね?



 先日クレイグさんから新たに舞い込んだ制服製造の依頼。後日私のもとに、約束通り件のお嬢さんが採寸にやってきました--が。


 私が彼女を一目見たときに感じたのは「え、どっちなの?」だった。“どっちなのって何なの”と思われるかもしれないけれど、本当にそうとしか言えない。せめて生前このゲームのキャラクター紹介や世界観だけでも目を通しておけば何かが変わったのかもしれない。


 しかしそんなチャンスはもう訪れないのだ。私は彼女達と出逢ってからもう何度目になるか分からない後悔を噛み締めている。何故私は友人から受け取ったときに義理でも良いから中を覗いてみなかったんだろう。


 --ってそんなの、死んだとしてもこの世界に転生するなんて思ってもいなかったからですよ!


 これはあれか。制作途中にシナリオライターが社長と喧嘩して途中で交代でもしたのか? それとも急な合併話でも持ち上がって造っていたチームに新戦力が加盟して起こった悲劇なの?はたまた王道ルートに飽きたゲーム会社の放った刺客?


 生前の私は恋愛どころか乙女ゲームすらプレイしたことがない学費と生活の為にあくせく働く苦学生だった。従って当然のごとく恋愛初心者なのだ。戦闘力を計るアイテムも、もちろん持っていない。グダグダと結局何を言いたいのかとお思いでしょう。そうでしょう。


 ではお答えしましょう。私が頭を悩ませているその原因について--それは。


 乙女ゲームの正規ヒロイン枠の見分け方なんて分かるはずがないじゃないっ!! だ。


 それくらい彼女からは初めてエメリンを見たときと寸分違わない--もしくはそれ以上の乙女力みたいなものを感じた。


 正しく丸みを帯びたスタイルがね? そもそもこの女子寮のご令嬢方はどの娘も普通の街娘とは格が違う美人さんばかりだが、それを加味しても何というのか、クオリティー? ポテンシャル? そういったものの桁が違う印象を受けたのだから。


 しかも何と、その娘さんも最近伯爵家に入ったらしいのだ。学期途中からの入学に学園側ではちょっとした騒ぎになったのだと訊かされる。それも同学年に在学中の王子様の一つ年上の兄君に見初められて交際、もとい婚約中なのだとか。私からしてみれば“在学中は勉強に集中しろよ”と言ってやりたいところだ。


 ゲームに限らず映画やドラマや小説の中の人間は、やたらと刹那的に恋をしている印象がある。でもあれは物語の中だからこそ許される仕様であって、現実的に生活に直結してくると傾国感が増すので怖い。


 王族が恋に生きてドロドロのお家騒動とか本気で困るぞ......。


 それにしてもこれは所謂テンプレという奴ではないの? そんなものを粗製濫造したらこのゲーム世界はどうなってしまうのだろうか?私がプレイしていないから知らないだけで、同列進行下にキャラクターが重複する場面でもあるの? 言い知れない微妙な胸騒ぎを感じる気がするのは何故だろう。


 いろいろ悶々としながら作業をしていたら学園の方から四時を報せる鐘の音が聞こえてきた。学園の一日の授業が全て終了したことを報せる鐘が鳴ったということは、あと三十分ほどすればこの制服を注文してくれているご令嬢が来る頃だ。


 私は慌てて残りの仮縫いをしながら、縫う端から待ち針を抜き取って針山に戻していく。幸い彼女は一般的な女性の体型だったので、今日中にフィッティングが済みそうだ。それが終わればあとは様子を見ながら寸や丈を詰めて本縫い出来る。


 ワガママな話だが今回の作業はすんなり進みすぎて前回に比べると若干の物足りなさを感じた。


 それに私の個人的な意見だが清廉な美しさと柔らかな人当たりの新たなご令嬢よりも、見た目とは裏腹に全てを粉砕しそうなパワーと性格を持つエメリンが、あの細っこい王子様と一緒にいるために大人しくしている姿の方が好感を持てる。生地にしても第二王子が全て用意してくれたのだがエメリンのものより各段に高価だ。


 とはいえ、ご令嬢は話してみる限り良い子なので服はしっかり造ってあげよう。そう思ってトルソーにかけた制服を撫でていると部屋のドアがノックされた。ドアを開けるとそこにはエメリンが立っていた。その後ろには件のご令嬢が立っている。


「あの--エメリンさんと校門で 一緒になったので」


「そうなんですよ! 今日はアーネストがお休みで退屈だったから、じゃあ帰る方向も一緒だしついて来ちゃおうかな~って」


 あぁ、うん。こうして並べてしまうと完璧に前者の方が正規ヒロインのように思えてきた。こう、儚くて庇ってあげたくなる系。私としては後者の方がゲーム的にやってみたいけど......毒されてるのかしら?


「「マクスウェルさん?」」


 二人して反応のない私を不思議に思ったのか、ほぼ同時に疑問符のついた感じに声をかけてきた。慌てて「何でもないわ」と答えてシンクロ率の高いタイプ違いのヒロイン二人をやや気後れしながら部屋に招き入れる。


「今日はフィッティングをしてもらうだけで良いわ。これできっちりフィットすれば本縫いに入れるから、遅くとも五日くらいで出来ると思うわ」


 私がそう言うと、ご令嬢は「良かった」と感極まったように声を震わせて両手で顔を覆ってしまった。んん......何だか大げさな子だな。こういうゲームってヒロイン適性が高いほど泣き虫になる隠しパロメーターみたいなものがあるのかしら? 


 隣のエメリンを盗み見たら、私と同じような表情をしている。彼女はこちら側の人間らしい。私としてはますますヒロイン迷子になってしまう。


「ええと、それじゃあ一度着てみてくれる?」


 いつまでも泣いていられても困るので私がそう声をかけると、ご令嬢は今度はエメリンを見つめてモジモジし始めた。--あぁ、人前で肌をさらすのが恥ずかしいのか。


 理解できなくはないので「食堂に行って、誰かいたらお茶の用意を頼んでおいてくれる?」とていよくエメリンを追い出しにかかった。素直な彼女は頷くとさっさと食堂におつかいに出かけて行く。単純すぎて微笑ましい。


 部屋に残った私とご令嬢は廊下から聞こえてくる鼻歌にどちらともなく微笑みあって作業に取り掛かった。その後、無事にフィッティングを終えた私達が食堂に行くと、ありったけの手持ちのお菓子を用意した彼女が出迎えてくれたのだった。


 ---製作開始から一週間。


 前回の作業ですっかり慣れたミシン仕事と造りやすい素材で出来た制服は、本日第二王子のお付きの方に無事引き取られて行った。疲れはあるもののまだ昼の十一時を少し回ったところ。世間はまだ仕事をしている時間帯なので眠るのも憚られる。


 仕方がないのでうん、と伸びをして溜まった洗濯物でもしようかと考えていたらーー門の前にさっきとは違う馬車が横付けされた。そろそろきちんと怒らないと駄目だろうか......。


 一応淑女の礼をとったままその場に待機する。そうしていると初めて巻き込まれた日のことを思い出してふと笑ってしまう。私の予想通り中から降りてきたのはやはり王子様と彼だった。


 一つ以前と違うことを挙げるなら、王子様をエスコートするように降りてくる彼を見てももう最初の時のように吹き出したりはしない。彼は今日も黒いシャツだ。私の視線に気付いたのかこちらを見て苦笑している。どうやら彼の方でも同じことを考えていたらしい。一方で王子様の方は今日も今日とてお姫様だ。


「--管理人殿!」


 それまで大人しくエスコートされていた王子様が私を認めるや彼の手をすり抜けてこちらに駆けてくる。


 ーーーえ? え?? え???


 一瞬何がおこったのか理解できずに尻餅をついた格好のまま凍りつく。ただ別に淑女の礼を続けられなくなって尻餅をついたわけではないので、悪しからず。


「先日のわたしの無理な注文を訊いてくれて本当にありがとう! さっきそこで兄上の馬車とすれ違いました。あぁ、貴女はわたしが思っていた以上の逸材です!」


 興奮気味に頬を紅潮させた王子様のご尊顔が私ごとき平民のまん前にある。男の子なのに睫毛長って、え??? どうしてこんな至近距離にこんな天使みたいに綺麗な顔があるの??? 瞬間二度目の死かと覚悟したが、そうではなかった。


「お止め下さいアーネスト様。彼女が驚いています」


「良いではないか、彼女にそれくらい感謝と敬意を表しているんだぞ?」


「当の本人にこんな顔をさせる表し方をするのは如何なものかと」


「むぅ......。本当にオーランドは頭の固い奴だな」


 とか何とかいう会話を私の文字通り目前で交わした王子様がようやく私の膝の上から上半身を退けてくれる。尻餅をついたまま惚けている私の目の前に大きくて筋張った手が差し出された。


「アーネスト様を止めきれずにすまない。立てるか?」


「いえ、大丈夫、です」


 当然のことながら嘘だ。内心子供相手に動揺しまくりである。くそぅ、いくらこういうドッキリに慣れていないとは言え情けない!


 彼の手を取った時に若干震えていたかもしれないが、出来れば絶対に指摘してくれるな。案の定、私の手を握り返した彼が一瞬だけ方眉を上げたが、そこはさすがに大人だ。特に何の言及もせずに立たせてくれた。どちらかといえば“立たせてくれる”というより“持ち上げられる”が正しかった気がするけど......。


「今日はアーネスト様が直接貴方に引き受けてくれた礼を言いたいと言い出したのでお連れしたのだが--すでに引き渡しまですませてしまうとはさすがだな」


 そう言って呆れ半分に笑いかけてくれる彼の顔に目が釘付けになった。どうして、ってそれは--安心したからか、それとも褒められたことが嬉しかったから? 


 よく分からないけれどそんなところだろう。目を細めて微笑む元ファッションモンスターはここしばらくで随分とレベルアップしたものだ。実はまだ手を握られたままなのが気になるものの、とりあえず私は彼に微笑み返す。


「他でもない貴方が教えてくれた趣味と実益を兼ねた仕事だもの。早く仕上げるに決まっているわ」


 思わず深く考えずにそう言ったら、急に握られた手が離された。私の調子に乗った発言に気分を害したのだろうかと覗き込むと、そこにはバツ悪そうにしている彼の表情が見えて気分が萎んだ。しかも何故か王子様は興味深々でこちらのやりとりを見守っている。--失言する前に止めてよ。


「お礼でしたらもう結構です。後日費用を計算して明細をエメリンに渡しておきますから、報酬も彼女に持たせて下さい。それで王子様が考えたこのお遊びもお終いですわ」


 彼の顔を再び見上げる勇気のない私はそれだけ言ってその場を離れようとしたのだけれど。


「待って下さい。これで終わりなんてとんでもない! 今日は貴女とビジネスの話をしようと思ってきたのです。話だけでも訊いて下さいませんかミス・マクスウェル?」


 そう言って天使の微笑みを浮かべた王子様の背後に黒いモノを見た気がしたのは私の気のせいだと思いたい--。



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