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2-4   仕事と遊びは表裏一体。


またまたオーランドのターンΣ(・ω・*)


次回は再びジェーンのターンになる予定です。



 約束をした手前、無駄と知ってはいるもののこれも報告の一環だ。俺は学園から戻ったアーネスト様に今朝彼女から訊いた話を一通りして様子を見ることにした。まず最初に報告すべきはエメリン嬢の制服が完成したことだろう。あの後さらにコーヒーのお代わりを出されたので、何となくの流れで彼女と共に検品することになったのだが......驚かされた。


 てっきり速さを重視した分どこかが疎かになっているものだと少し疑っていたのに結果は生地のせいで本物より多少ごわつきがある程度で、出来栄えとしては完璧に近い。僅か二週間であれだけの作業をやってのけた手腕は賞賛に値する--と。


「ふふふっ、それは是非見てみたかったなぁ。君が険しい顔をして女子生徒の制服のスカートを検品しているところ」


「アーネスト様......分かっていて妙な言い方をするのはお止め下さい。それに検品など端から見ていて面白いことなどありません」


「そう謙遜するな。君が検品する姿なんて絶対に面白い」


 そう言う本人が検品した方が恐らく無理のない図になるだろうとは口にしない。何といっても見た目は女子寮にいたとしてもおかしくないのだから。俺が憮然としていると、彼は目の端に浮いた涙を指で拭ってこちらを見た。


「それで君は彼女を元の管理人に戻せないか、と言うんだろう?」


 こういう訊き方をしてくる場合のアーネスト様の反応はほぼ一種類だ。そもそも彼が“こうしたい”と口に出したら結果は最初から決まっている。今回も恐らくはそうだろう。


「わたしとしてはエマの制服が完成したならもう良いよ、と言いたいのだけど......君がそこまで褒めるほどの腕前があるのならまだ駄目かな」


 予想していた言葉と、予測しえなかった言葉が同居した答えに思わず眉を顰める。


「--彼女にまだ何か造らせようとお考えですか」


 最初の俺を含めた四人以外の第三者が絡むような含みのある言い方だ。俺の言葉にしない問いかけに彼は美しくはあるが、同時に酷薄さを感じさせる顔で薄く笑う。


 全く彼のことを知らない人間が見れば宗教画の天使にも見える微笑みが俺の胃を重くさせた。昔からその笑みを目にし続けてきた俺には天使は天使でも堕天使に見える。


「うん、実は兄上にうっかり彼女の話をしてしまったんだ。そうしたら兄上の恋人も酷い嫌がらせを受けているようでね。ほら、兄上の恋人はエマと違って弱々しい方だろう? だから今のよりも頑丈な制服が欲しいらしいんだ」


 彼女の“悪い子ではなさそう”と言う発言を訊いた後だからだろうか。いつもなら呆れるか諦めるかで済まされるその人を試すような物言いが、今日は妙に俺を疲れさせた。


「それは彼女にとっては全く関係のないことです。彼女はアーネスト様付きの侍女でも衣装係でもありません。本人の預かり知らぬところで勝手な約束を取り付けるような真似はお止め下さい」


 こんなことには慣れているはずだというのに、今日はどういうわけか不愉快だった。遣える人間を悪く言いたくはないが、彼女の人を見る目は節穴かもしれない。


「それから兄君の恋人である彼女は世間一般では普通のご令嬢です。失礼ながらエメリン嬢と並べ賞されるご令嬢は今のところ学園にはおられません」


 心の中で“学園どころか国内にもいない”とは思ったが、そこは個人の表現の自由が守られるべきだろう。微かに彼の視線が厳しくなったが、気付かぬふりをする。この間成長を感じたというのに今日でまた振り出しの位置に戻ったか--。まぁ、これまでの積み重ねを考えれば一朝一夕にはどうにもならないだろう。


「ねぇオーランド、まさか君がエマのことを持ち出してまで彼女を庇うとは思わなかったよ」


「庇う庇わないの話ではありません。現時点で彼女は貴方からの依頼を完璧にこなした。であればあとは報酬を支払って元の仕事に復職させるのが道理かと。それだけではなく、」


 自分でも何をムキになっているのかは分からないが、恐らくは彼が俺とエメリン嬢以外の他者を理解しようとしないことに対する焦りが根底にあるのだろう。


「手配した管理人が体調不良を訴えています。恐らくこれ以上の職務は無理でしょう」


 他者の痛みや悲しみに鈍い彼とのこういったやりとりは、過去に何度も経験している。不毛さを感じなくはないものの、おおよそいつも通りのやりとりだ。


「彼女には明日以降にでもわたしの方から打診してみます。さすがに少しは日を明けないと、彼女も倒れてしまいます」


 あの異常な根の詰め方をまた二週間もしたら倒れるどころか、下手をすれば入院ものだ。目の前の彼といい、その恋人といい、さらには彼女。最近の俺の周りには頭の痛くなる人材が目白押しだ。


「そうか、君がそこまで言うなら分かった。彼女との交渉は任せたよ」


 彼は俺の眉間にしっかりと刻まれた皺を指差しながらそう言って、無邪気に見えるように計算した笑みを向けてきたことでその日の彼女に関わる会話は終了した。


 -----その三日後。


 俺はまた寮生のいない時間を見計らって彼女の元を訪れていた。無論あの要件を伝えにだ。今日の手土産に持ってきたコーヒーを淹れてもらった俺はそれを受け取って対面に彼女が座るのを待つ。前回より顔色も感情もだいぶ落ち着いているようだ。


 二人してカップに口を付け、さすがに良い豆は味の深みが違うといったような意見を言い合う。ずっとこうしているだけならば普通に楽しい時間だと思えた。


 その間に交わした会話と言えば、エメリン嬢があの制服で学園に行っても教師や生徒の誰一人としてあれがレプリカだと気付かなかったことや、木登りをしやすかったらしいこと。汚しても濡れたハンカチで押さえればそれなりに汚れが落ちたということなど--。


 会話の中の幾つかはアーネスト様から直接訊いていたが、さらに新たに加わった情報からエメリン嬢は令嬢とは思えない体力と筋力を持った娘だと分かった。アーネスト様の異性の好みに若干不安を感じる。


 途中で一度彼女が席を立って「そう言えば美味しい焼き菓子を頂いたからお持ちしますね」と自室に取りに行ってしまった。残された俺は彼女を待つ間にこの話題をどう切り出したものかと考える。せっかく和やかに過ぎている時間をせき止めて濁流にかえるなど、とてもではないがわざわざしたい所業ではない。


「お待たせしてしまってごめんなさい?」


「いや、ここは静かで心が安らぐので待つのは苦にならん」


「それを聞いて安心しましたわ」


 テーブルの上に小さなバスケットにあけられたクッキーが置かれる。と、彼女が俺のカップを見て少しだけ微笑む。


「あら、コーヒー飲んでしまわれたんですね?」


 指摘されて初めて飲んでしまっていたことに気付いた俺に「もう一杯お淹れしますわ」とカップを持って再び席を離れてしまった。その背中を視線で追いながらさっさと話してしまおうと腹に力を込める。せっかくのもてなしを裏切るような行為だがこれ以上良くされると尚更言い出しにくくなるだけだろう。


 新しいコーヒーを淹れて来てくれた彼女からカップを受け取って席に着くのを待ってからついに本題を切り出した。


「今日ここを訪ねて来たのは報酬の件もあるのだが実はその......前回の制服の出来が良かったとアーネスト様が知り合いに漏らしたところ、自分も欲しいというご令嬢が現れてしまってだな--」


 ふと視線を落とした手元のカップに入ったコーヒーに映る自分の眉間に、また皺が出来ていることに気付く。バスケットのクッキーに伸ばされていた彼女の手が、視界の端で止まる。それを見ただけで自分でもよく分からない緊張感が背筋に走った。


 考えてみればーーいや、みなくとも誰だって怒る話だ。たとえ彼女がここから今すぐ立ち去ったとしても誰も責めないだろう。


「前回の仕事からたった三日しか経っていないのに本当に申し訳ないと思っている。だがそのご令嬢もエメリン嬢と同様の理由から制服を造って欲しいとのことだそうだが--」


 予期せぬことだがまるで同情を誘う狡い言い方になってしまった。彼女には全く関係のない話だというのに退路を断つようなことを言った気がして、俺は慌てて言葉を重ねる。


「勿論、受ける受けないは貴方の意志で決めてくれて構わない。これは貴方の本職でもなければ義務でもない。こちらが一方的な無理を言っているのだから」


 視界の端で止まっていた彼女の手が再びバスケットのクッキーに伸びて、その中から一枚を摘み出す。


 クッキーを咀嚼する音と、カップをソーサーに戻す際に出る“カチャリ”という音がするだけで彼女は一言も喋らない。俺は無言に耐えかねて少しだけカップの上から視線を動かして彼女の様子を窺うことにした。しかしまたしてもあの銀縁の丸眼鏡が光を反射してその表情が読み取れない。


 そうして窺う内に彼女の手が再びクッキーに伸びる。摘まむ。咀嚼する。コーヒーを飲む。さっきと同じこの動作をさらに四度繰り返した彼女を見て、段々これは無言の拒絶かと感じ始めた時だった。


「良いですよ」


 もう諦めてコーヒーに口を付けていた俺は、その突然の宣言に声を上げそびれて思わず彼女の顔を凝視した。


「だから、良いですよ。やってみても。その代わり報酬の件はまたこちらが提示しても構わないんでしょうか?」


 まさか今日中に説得できるとは思ってもみなかった俺はアーネスト様にその件をすっかり訊きそびれていた。だが繰り返すようだが無理を言っているのはこちらの方なので彼女の言葉に頷く。


「では構いませんよ。あぁ、あとはそうね......マリアさんが体調不良で先日辞めてしまったので、ここの管理人と両立させてもらいます。それさえのんで頂けるなら、その女生徒をここに連れてきて下さい。採寸を済ませ次第製作に取り掛かりますわ」


 丸眼鏡に当たった光の隙間からフッと目許を緩めた彼女の表情が見えた。その提案にも頷く。しかしそうか--管理人は先に退職してしまったのか。「連絡先を訊いておいたので手当金をよろしくお願いしますね」と渡された紙に細かな給与明細が書き込まれている。


 行き届いた仕事ぶりに礼を述べて今回何故受けてくれる気になったのかと訪ねたら、彼女は少しだけ考える素振りを見せてから、


「この“仕事”がほんの少し楽しかったからよ」


 と、笑った。



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