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2-3   職業適性とその方向性について。

視点交代。


再びオーランドのターンです(*´ω`*)


 

 “これは何の冗談だ”それが一番最初に浮かんだ言葉だった。学生が出払って人気がない昼間の食堂の中、古いが質の良いオーク材で造られた長いテーブルを挟んで彼女と向かい合うように座っている。


 注文を受けたミシンを届けてからまだたった二週間だ。しかし目の前に立っている彼女の憔悴ぶりからは僅か二週間という短期間でこの仕事を切り上げるために奮戦したのだと分かる。


「ですから、お約束の品物が完成しましたので、これでもう私は元の管理人業務に戻らせて頂きます。と、申し上げました」


 まだ状況を飲み込めずに目を見張る俺に向かって再度そう言った彼女は、本来ならば作業の進行具合の確認に訪れただけの俺に紙袋を押し付けてきた。しかしこれを受け取るべきは俺ではなくエメリン嬢だ。


 検分しろということだろうが、渡されたところで誤解されるような紙袋を開けるわけにもいかない。紙袋をなかなか受け取ろうとしない俺に痺れを切らした彼女はここが女子寮内の食堂であるにもかかわらずとんでもないことを言った。


「貴方がどうしてもと私に頼み込むから、こうして学園の女子用制服を一揃え造ったんですよ? それを今更受け取らないなんていったいどういうおつもりですか?」


 今この場にいるのが彼女と自分だけで良かったと心底思う。この制服をこの短期間で製作した手腕には感服するが、彼女は誰がどう見てもオーバーワークをおこしている。


 目の下に出来たクマの濃さからここしばらくの睡眠時間の不足がたたっているのだろう。冷静な判断力が失われている彼女はさらに「私の造った制服が受け取れないって言うんですか!」とテーブルの向こうから身を乗り出して迫ってきた。こう言っては何だが酒癖の悪い職場の同僚達とためをはれるだろう。


「急にどうしたんだ? 代わりの管理人は手配したし、彼女の契約期間はあとまだ半月はあるずだ。俺は注文していた制服が完成したのならそれで構わないが、貴方は一度休息期間を取った方が良い。それともそんなに急いで復職したい理由があるのか?」


 正確には一部嘘だ。今すぐにこの仕事を辞められるかどうかは現時点では分からない。一部の本当は彼女には休息期間が確実に必要であるという点と、新しく一月だけ雇用した管理人だ。彼女は話の腰を折られたせいで多少冷静になったのか、乗り出した体制から無事座り直してくれた。


 それを狙っていた訳ではないが、ちょうど復職したい理由についても気になるので俺はこのまま会話を続けることにした。


「--この女子寮に寮母がいないのは何故だか分かります?」


 唐突に脈絡のない問いかけをされた俺は無言で首を横に振る。彼女はその反応に深く頷いてから口を開いた。


「ここの女子生徒は私達と違ってどの娘も身分が高いでしょう? ですから自然と気位の方も高くなるんです。新しく雇用していただいたマリアさんは本来であれば寮母に最適な人材ではあるんですが--」


 そう言い淀んだ彼女を目にしてあぁ、そう言うことかと納得する。しかし一応最後まで話を訊いてからでも遅くはないかと視線で続きを促した。彼女の方も最後まで話を続けたかったのか頷いて先を続ける。


「シスターの彼女では強く相手を諫めることが出来ないようで、私の時よりも皆が高圧的な態度に出るそうなんです。私が見張っているときはそれほどでもないのですが......彼女も参ってしまっているようで近頃あまり元気がないんです」


 彼女の口振りから察すると結構気をやってしまっているのかもしれない。経歴を見た上では良いかと思えたのだが、どうやら完全な人選ミスであったようだ。


「それでこちらとしてもこれ以上増長しない間に彼女達の躾をし直したいと言いますか......」


 --そう言って俯いたせいで眼鏡が反射して見えなかったが、今の彼女の瞳には不穏な光が宿っていそうだ。


「そういうことであれば分かった。俺からアーネスト様に話しておこう。しかしだとしたら今の会話で一つ気になったんだが良いだろうか?」


 特に重要な質問でもなかったが何となく気になったのでそう訊ねると彼女は軽く目を見張ってから頷く。


「ここは以前貴方のご両親が管理していたと聞く。であれば、その時からこの女子寮に寮母はいないのか?」


「いいえ、以前は母がここの寮母で父が管理人をしておりました。ですが私は母と違って人の面倒を見るのに向いていないというか、むしろあまり人と関わるのが好きではない方なので」


 たった今この仕事に就いておきながらさらりととんでもない発言をしたことに彼女は気付いているのだろうか。言及しようかどうか一瞬悩んだが、とりあえず訊いてみることにした。


「--それで何故この仕事に就こうと思ったんだ?」


「昔から両親に手伝わされていたせいで慣れていたというのと、働かないと生きていけないのは当然なので。だったら両親が亡くなった後に空いていたこの仕事に就こうかなと思ったんです」


 身も蓋もないとはこういうことを言うのだろう。もっとも働いている人間の大半が“この仕事が好きか?”と訊いたら彼女のような答えを返してくるのだろう。そしてそれは俺も例外ではない。訊きたいことも粗方訊き尽くすと会話が途切れる。


 すると何故か再び銀縁の眼鏡の下にある榛色の瞳が据わっていた。ふとその瞳がフラフラと俺の輪郭をなぞるように動く。今度は何だと思っていると--突然彼女が再び身を乗り出して俺のシャツの襟首を掴んで自分の方へと引き寄せた。今日はあの不況を買うドレスシャツではなく、前回と同様一般的な黒いシャツだ。


「な、何だ、今日はまともな装いのはずだが?」


 あと、近い 。顔を寄せられて気付いたが彼女の眼鏡はどうやら度数が会っていないように思えた。というのも至近距離にも拘わらず目を眇めているし、レンズ越しに見るより目が小さい。そのせいか彼女を普段より幼く見せた。しかし度が進行しているのに本人は気付いていないのだろうか?


「......これ、脱いで下さい」


「は?」


 眼鏡の度数を気にしていた俺に彼女が訳の分からん提案をしてきたせいで若干動揺した声になる。傍目には女に胸ぐらを掴まれておたついているようにしか見えないだろう。何とも締まらない画だ。


「自分から頼んでおいて何なんですが--あんな高価な物を戴いてしまったのにこんなに早く仕事が終わると後味が良くないんです。ですから、これ、脱いで下さい」


「何を言っているんだ貴方は......。第一、もし仮にこれをこの場で脱いだとして俺は何を来て帰るんだ?」


 勿論そういう問題ではない。いや、そもそも問題がそこではない。正気を失っているとしか思えない彼女の手首を掴んで、やんわりとシャツの襟首から手を離させる。何と形容すれば良いのか分からないが、寒空の下で追い剥ぎに会うよりも怖い。


 こんな体格に生まれたせいで今までこういった危険を感じることがなかったんだが......どういう状況なんだこれは。


「あぁ......それもそうですね」


「それに貴方は随分と疲れているように思う。今日はもう休んだ方が良い」


「いえ、ですが--」


「分かった、ではこうしないか? 俺は明日の朝これと同じシャツを持ってまた来よう。だから貴方は今日のところはもう寝るんだ」


「いいえ、貴方にもお仕事があるでしょう? それなのにそんなご迷惑をおかけできません。それに別にそのシャツが欲しい訳でもありません。人のことを変態みたいに言わないで下さい」


 そこまで言ってから先程自身のした発言の異常性に思い至ったらしい。彼女の頬が急激に赤く染まる。こちらとしても正気が完璧に失われているようではなくて安心した。腰を浮かしていた彼女がバツの悪そうな表情ながらもようやく向かいに座り直してくれる。


「では何故急にそんなことを言い出したんだ? 俺だからまだ良かったものの、全く貴方を知らない人間だったら--」


「だから私は変態じゃありません。どこの世界にそんな破廉恥なことを見ず知らずの人にする人間がいますか。今のは相手が貴方だから言ったんです」


「......俺は貴方にそこまで信頼されることをした憶えがないが?」


 その意外な言葉に思わず本音が口をついて出たが、言ってしまってから相手の受け取りようによっては傲慢に聞こえたかと焦る。


「そうですわね。でも貴方はあの王子様の相手をずっとしていらっしゃるようですから、気が長い方なのかと。他人にとっては甘やかしすぎにも見えたとしても、少なくともあの子はそこまで悪い子に見えませんでしたし」


 一応彼女が“あの子”扱いしたのはこの国の第三王子なのだが。多少複雑な気持ちにはなったが、彼女がこの無茶な仕事を申し付けたアーネスト様に対して比較的当たりが悪くないことに安堵する。しかしだとすれば問題はこの後アーネスト様がこのまま彼女を手放すかにかかってくるのか......。


 たった今したばかりの安堵が一転、一気に不穏な感じを帯びる。いや深く考えるのは止めよう、今から考えていると胃に穴が開きそうだ。


 急に俺が黙り込んだせいで何を勘違いしたのか彼女が「大丈夫ですか?」とやや気遣うような柔らかい声をかけてきた。どうも疲れている人間に疲れていると勘違いされたようだ。別に疲れを感じてはいなかったものの、彼女に心配されたことは少し意外だった。


「貴方も人のことが言えるほど元気には見えませんよ。そうだわ、もしよろしかったらコーヒーを飲みません? 実は紅茶より淹れるのが得意なの。もちろん貴方がお嫌いでなければですけれど」


 銀縁の丸眼鏡の奥で榛色の瞳が笑みの形に細められる。そこまで気を遣わせるのは悪いと言おうかとも考えたのに何故か俺は「では、是非」と答えていた。その答えに微笑んで席を立った彼女の背中を見送りながら、そういえばいったい何故急にシャツを脱げなどと言ったのかを訊きそびれたことに気付く。


 しかし今更蒸し返すほどのことでもないだろうと結論付けた俺は戻ってきた彼女が手渡してくれたコーヒーの意外な旨さに驚いて、そんなやりとりがあったのだということもすっかり忘れたのだった。



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