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来世で待つと君はいう  作者: 南のあかり
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白銀の龍

イツキ姫は、影に控えていたトリにむかい、急ぎ番いの娘の所へと隠業の札を

持たせ空に放った。


今回はトリの気配を早々に感づかれる失態は冒せない。

前回と同様に、娘のそばに手練れがいたとしても、この札でトリは上手く

やれるだろう。



「龍が来こし顕れます。イツキ姫様」


ソハヤの顔色は青くなり、細い肩を震わせ言葉を紡ぐのも難しいのか、か細い

声でイツキ姫に告げる


龍?イツキ姫はソハヤの言葉の意味を測りかねていると、楕円の鏡が前回同様に

光を放つ。映し出された光景は穏やかな春の日差しに、鮮やかな桃色、白、紫の

桜草が一面の大地を覆っている広々とした野原であった。


さらにトリが慎重に近づいていくと花々に囲まれ座り込んでいる一組の男女の姿

が見受けられ、女の方が”番い”といわれた娘だと分かる   



「姫さ~ん!ほら出来たぞ」



鏡ごしの声にソハヤがピクリと反応する

『今話した男の人が、この間トリの鏡をこわした者です。』

『こやつがこの前の手練れか。若いが能力はありそうじゃな。随分この番いの娘

 と親しくしておるな』



濃茶の短髪に切れ長の吊り上った目。腰には大振りの剣を携えている。

いかにも武人といった無骨な若者が番いの娘に、花冠を渡しているのが

不似合だ。


「えっ?それキバが作ったの?」


「ほら頭にのせて。少しは姫らしく見えるぞ」


「いやだ今更よ~」


娘は頭にのせられた花冠を手にとり、上手に編みこまれた茎を指でなぞる。


「この花冠・・素晴らしい出来だわ。キバってものすごい器用よね。」


男は娘から花冠をとりあげ再び娘の頭に飾る。


「俺が器用だって?それこそ今更だぞ・・・おう似合うじゃないか。」


「あははそう?孫にもなんとかかなあ。」


「おいおい自分でいうなよ。」


「はあ~今年も桜草きれいに咲いたねえ絶景絶景」


「あのさ・・姫さん・・桜草の花言葉しって・・・っ!」


突然、今まで顔を赤らめ娘を口説こうとしていた男の顔が豹変する。

押し黙って立ち上がり、剣の柄に手をかけ娘を庇う様に辺りを警戒し始めた。


イツキ姫は今さっき乳臭い男女のやり取りをしていた不器用な男が、突如

武人の顔にもどり隠業の札をものともせずトリの気配に気づいたことに

歯噛みした。


「あの札が通用しないとは・・ええい口惜しい」


イツキ姫の口をついて出た悪態と背後のソハヤが「うっ」とうめくのは

同時であった。


その瞬間、鏡の中の武人の男は空を見上げ、そのまま金縛りにあった

ように動けなくなった。


男の背後に映りこむ空に閃光が走り、銀色のうねりが速度を上げて

こちらに押し寄せてくる。

雲を風を光を・・空を形作る全てを巻き込み従える。

その膨大な質量のうねりは光の粒を全身にまとい、体中の鱗が七色に

光り輝いていた。


”まさか龍は実在していたのか。”


イツキ姫は今見ている光景に心が震え、ぶるぶると全身に伝わり鏡の

前にしゃがみ込む。


”何という神々しいお姿であろうか。”


龍の姿を見たイツキ姫は生まれて初めて恋焦がれる気持ちに囚われる。


”他の者には渡したくない。我だけを見てほしい。我のものになって欲

しい。”


いつまでも崇め自らの眼に焼き付けたかったが、龍が近づくにつれキーン

という耳鳴りと頭痛を覚えその痛みに鏡を見ていられなくなる。


これは龍の持つ神気なのだろう鏡を通していても耐えられず、気配の重苦

しさに胸を抑えうずくまってしまう。


「私の愛しい番い」


鏡から聞こえたてきた声が信じられず、イツキ姫は閉じていた目を開き鏡を

凝視する。


”あの龍が殿下なのか?”


龍の姿は既になく、そこには娘の手をとり、自身の喉元にその娘の手を

充てて、跪いた皇子が映っていた。


皇子の瞳は熱病にかかったように熱をはらみ、娘だけを映している。

頬は蒸気し、その表情は愛を請うことに取りつかれ恍惚としている。

どれ一つとってもイツキ姫が知る皇子ではなかった。


イツキ姫が知る皇子とは、何かに拘り強く欲するような俗臭さもなく、

誇り高く洗練された方であったはず。


”龍であり誇り高いあの方が何の力も持たない者に跪くなどあり得ぬ。

取るにたらない平凡なあの娘に無様に愚かしく愛を請うなど、ならぬ

こんなことはあってはならぬ”


イツキ姫の腹の中からぐらぐらとドス黒い感情が一斉に吹き出し真っ黒に

体中を染めあげていく。

今まで自分に相応しいものは全て、苦もなく手に入れてきた。


”なぜだ。なぜあの龍はわたくしを選ばぬのだ。なぜわたくしが番いではない。

間違っているこんなこと間違っている”





煌国の者なら誰しも知っているおとぎ話がある。


むかしむかしある国で山が火を噴き、地が涸れて民は困り果てていた。

一人の娘が天に向かい、自分の命と引き換えに助けてほしいと祈りつづけた。

すると空から白銀の龍が現れ瞬く間に全ての穢れを祓ってくれた。

娘は感謝しこう言った。わたしの命を捧げます。

うなずく龍は自分の背に、娘をのせて舞い上がりそのままどこかへ消えて

いった。

それからは二度とその国は災いに見舞われなかったという。


白銀の龍、その姿を現す。

この煌国では白銀の龍はなによりの吉兆の印であった。




”ソハヤ、白銀の龍の姿を鏡で誰にも見せてはいけないよ。”


あの人からそう言われたけれど、ソハヤはイツキ姫に白銀の龍をみせる

ことにした。


”だってそうすれば、変わるかもしれない。かなしい未来はかえてしまえば

いいでしょう?”


食い入るように鏡を見つめるイツキ姫の背後で、ソハヤは鏡から放たれる

龍の神気を身にうけ衝撃でうめきながらも、その姿を確かめたくてそっと

目を開けた。


先読みで視た姿と寸分たがわぬ雄々しい白銀の龍。

龍は娘の姿を捉えるとゆっくりと地上に降り、息する間もなく皇子の姿に変わる。


すると風がおこり娘の頭にのせられた花冠を遠くへと吹き飛ばした。

ざざ~という音とともに突風が地を撫で、一面に咲く桜草の色とりどりの花びらは

一斉に吹き上げられる。

空中に舞い上がった花びらは降り注ぐ陽の光をまといながら、ひらりひらりと皇子

と番い二人の頭上に舞い降りる。


皇子は跪き、龍の唯一の急所である自分の喉に番いの手をもっていき、命を賭して

愛を請うた。


”なんてきれいな・・・”


ソハヤは龍が番いだけを見つめ愛を請う姿が羨ましくて苦しくて涙がこぼれた。


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