はじまり
お初にお目にかかります。
楽しく読んで頂ければ幸いです
遥か昔、星人と獣人は争い絶えず、
長きにわたる戦いに土地は涸れ、病蔓延り
皆、塵と成り果てん有様となりにける。
遠く龍族の治める国ありき。皆が等しく幸多き国なり。
幼き子をもつ星人獣人、彼の国目指し出奔せり。
流れたものを龍族は懐深く受け入れたり。
ついに双国の長、龍王に頭を垂れて願い出る。
”どうか我らの救済を”
龍王は答える。
”わが元に集まり一つにならん。されば龍の加護を得られよう”
ここに煌国は始まりけり
煌国は大いなる国、豊穣なる地、龍王の治世は淀みなく
星人と獣人を善くまとめ平らかな国は
千歳に続くなり
「イツキ姫様この度はおめでとうございます。」
「男児誕生とはまことに喜ばしい」
「これでイツキ姫は第二皇子殿下のお妃となられる日も近いことでしょう」
現龍王の第二皇子の子を産んだイツキ姫は、龍王族の宮殿、
華宮に山と訪れた祝い人に疲れた顔も見せずその輝く美貌に笑みをたたえ
白き腕に和子を抱いていた。
皇子のもとに来てから五十年が経った後に、待ち望んだ子供を抱ける喜びは
ひとしおであった。
子どもが生まれた今、これまで何の位も与えられなかったイツキ姫も龍王族の
仲間入りだと星人族は喜びに沸き、正式な位を早々授かるであろうとみな口々
に噂した。
イツキ姫は星人族をまとめる長の娘であった。
星人族は芸術、学術の能力に長け、稀に祈祷や先読みの力を持つ
能力者とよばれる者が生まれる。
往々にして外見の整った者たちであったが、その身に宿す能力の高さが容貌に
顕れるため美醜は能力の高低を示す。星人族にとって容姿は自身の力を誇示する
大事な基準であった。
龍王族が治める煌国にとって星人の生み出すものは国を発展させ文化を豊かに
花開かせた。
だが、星人たちの情熱は研究や芸術に注がれるため、優秀な星人族の子どもは
なかなか増えず国内の勢力関係では獣人の数による優勢を覆すことが出来ない。
国の中枢において獣人族と水をあけ、勢力を盤石にしたいと考える星人族の
長老達にとって、星人のイツキ姫とその子の誕生により二人が龍王族に籍を
おくことは、長年の悲願であった。
この国を総べる龍王族。彼らの寿命は300年以上であると言われている。
獣人や星人の100年に満たない寿命と比べると遥かに長い時間を生きる。
身の内に底知れぬ力を持つ龍族の中で特に王族は子を成すことが難しい。
契る相手はその身に王族の子を育めるほどの強い力を必要とされる。
イツキ姫の力は星人の間でも稀にしか発現しない祈祷の能力者であった。
天に愛でられし女神姫といわれるほど、イツキ姫の行う祈祷の効力は国中で
知れわたっていた。
しかしそのように強い能力を持つとされたイツキ姫でさえ、皇子の子を宿す
まで五十年かかったのだ。
龍王族の存在は誠に稀少であり尊ばれるのも頷ける。
そう自分は龍王族の子を成す選ばれた存在なのだ。
イツキ姫は腕の中で健やかに眠るシオンと名付けた息子を見つめる。
祝いの口上を述べる者たちが長い列をつくるなかで、
むずがりもせず、すやすやと寝息を立てる。
その顔立ちは一点の瑕疵もなく美しい。
金色の瞳が示す龍王族の証。
この息子の能力は龍王族の力を確かに引き継ぎ、わが星人族へと恩恵をもたらす
であろう。イツキ姫は満足の溜息をついた。
そば付きの女官はイツキ姫の溜息にすぐさま近づき声をかける。
「そろそろお疲れでございましょう。」
確かに今日はこのあたりが頃合いだとイツキ姫は同意を示し和子を乳母に託す。
謁見の間に集まった祝い人達が退席する妃に頭を垂れる中、イツキ姫はしずしずと
私室に続く回廊に歩を進め、その後を大勢の女官たちが付きしたがって行く。
人の気配が遠のき、静寂の中長く伸びた廊下で一息つくと、ぴりりと額に熱が走る。
「ほう面白いではないか」
イツキ姫がつぶやくと、こちらに向かい滑るように廊下を進む女官が、イツキ姫の
前に頭を垂れる。
「お姫様。星の長さまより使いが参っております。」
使者が待つ部屋へと入ると、イツキ姫の視線は使者が伴っている小さな姿に注がれた。
その小さな子供は齢五つだという。
抜ける様に白い肌と白髪とも銀髪ともいえぬ髪色、瞼を閉じていながらもその外見は
星人らしい繊細な面立ちの群を抜く美しさであった。
「ソハヤ様はイツキ姫様の姪子殿の忘れ形見でございます。」
「はてあの子は婚姻していたのかのう」
「それが・・お相手は亡くなられるまで分らぬままでございました。
けれどソハヤ様はお母上と同じ先読みの力をお持ちでいらっしゃいます。」
さきほど廊下で自分が額に感じた熱はこの子が発したものだったか。
イツキ姫の力を測るような気配を感じたため、どこの痴れ者がわが力を試したかと
憤ったが、なるほど幼いソハヤが面会を待つ間にイツキ姫への興味で力を放ったの
だと分かる。
「ソハヤこちらへ」
イツキ姫はこの先読みの力を持つというソハヤが、今日この日に昇殿したことを
我が子誕生への天からの寿ぎの様に感じた。
”これは息子にとって良い駒になるやもしれぬ”
呼ばれたソハヤは瞼を閉じたまま、まるで見えているかのようにイツキ姫の前まで
スルスルとやってきた。
「ソハヤそなた目が見えぬのか?」
「いいえ。イツキ姫様、母上が亡くなる時に、わたしに瞼を閉じ決して開いては
ならぬとおっしゃいました。その約束を守っております。」
「なぜ開いてはならぬのか」
「母上は視えすぎるからとおっしゃいました。」
ソハヤを近くに呼んでなるほどと納得した。この目はどこまで先を見通せるのか。
小さく幼い体から溢れる力はこんこんと湧き出る泉のように豊かであり
イツキ姫の力をも軽く凌駕するほどの強さであった。
気に入った。早速神官長に引き合わせ手元に置くとしよう。
女官を呼びソハヤを神殿に案内させようとしたとき
「イツキ姫さま。番いとはなんですか?」
唐突にソハヤが口をきき、予想もつかないことを問いかけられてイツキ姫は混乱した。
「なぜ番いのことを知りたいのだ。」
「イツキ姫さまと契っておられる第二皇子様に番いが現れました。もうすぐ皇子様も
気づかれるでしょう。」
イツキ姫は眉根に皺をよせソハヤを凝視した。
この話のラスボス イツキ姫の若かりしの話です。