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 湯浴みして着替える。小袖の他に切袴と袿が揃えてある。袴は初めてだ。切袴は長袴と違い、子どもや下臈がはく。足元までの長さに切ってあるので、足さばきが不要で歩きやすいのだ。ここでは中臈以上の女はみな長袴をはいている。朝顔も陽炎もそれ以外の上臈方もだ。もちろんお館さまは濃き色の袴を召しておいでになる。有為の切袴は水色だ。地紋が織り出されて張りのあるりっぱな袴。小袖は白く袿は露草色だ。

 奥の宮に行くといつものようにお館さまが待っていて、横に座ると


「今日はなにをしていたの」


と聞いてくる。


「今日はお庭をながめていました。秋津(赤トンボ)が飛んでいました」


 お館さまは「おや、そう?」と少し眉のあたりを曇らせた。なぜだろう。


「今日から袴をはいて大人の仲間入りをしたのに、秋の心とは…」


 お館さまは脇に控える朝顔を見やった。有為からは見えないが朝顔ははっと平伏した。眉宇のあたりにご不興の色がある。お館さまは有為の手をそっと取って


「何か寂しい気持ちになったの?」


と尋ねた。


「うん、お墓参りもしてないな、と思って」


 ああ、里心がついたか、とつぶやくと、お館さまは


「ごはんのあとで、有為に会わせたいものがある」


とにっこりした。


「だから楽しみにしてね」


 珍しく箸が進まないのを「楽しみにして」という一言ではげまされて、ゆっくりごはんを食べ終えた。広縁に出ると、端近いところに畳が出ている。手をとられてそこに座るとお館さまも隣に座った。ほんとうにきれいな所作の方だ。陽炎の所作がきれいなのも、日々お館さまを見ているからなのだろう。奥の宮の上臈方はみなそれぞれ麗しく端正だ。でもお館さまの美しさには遠く及ばない。

 お館さまは有為の髪をなでると「伸びましたね」と言った。


「袿袴姿もよく似合う。とてもかわいらしい」


「ありがとう」


 有為はどぎまぎしてうつむいた。


「あの、会わせたいものって」


 お館さまはふっと苦笑をもらす。


「約束ですものね」と言ってすいっと右手の人差し指を立てる。指先から光の線が天を衝く。にわかに村雲がうごいて、星がかげり、空にばささっと音が響いた。たん!と軽やかな足音がして、大きな獣が広縁の前に降り立った。


 かたや金色に輝く狻猊しゅんげい。かたや漆黒の獬豸かいち。どちらにもおおきな翼があった。


「金色の方が太白たいはく、黒の方が北斗。わたくしの目と耳でもある。二匹とも、これなるは有為」


「かわいい」


 猛き神獣でありながら、こよなく優しい目で有為を見つめる二匹に、有為は思わず抱き付いてしまった。


「あ、ダメ!」


 お館さまの声に二匹がびくっと後退る。


「あぶなくない、だいじょうぶ」


 有為が顔をあげて笑うと、お館さまの悲しそうな顔にぶつかった。


「わたくしだって、まだ有為に抱いてもらってないのに」


「あ」


 有為は座り直してうつむくお館さまの顔を下からのぞきこんだ。


「ごめんなさい。大きくてふかふかで優しい目をしてたから、かわいいと思って」


「わたくしは?かわいくない?」


 お館さまは時々こんなふうに、小さい子どものようにすねる。


「お館さまはとってもきれいだから」


「かわいくないんだ……抱いてもらえるほどかわいくないんだ」


 有為はうろたえた。いつもよりひどくこじれている。膝立ちすると端座しているお館さまのうなだれた頭を胸に抱き寄せた。お館さまは深いため息をつくと、有為の腰にぎゅうぅっと抱き付いた。しばらくお館さまの髪をなでていると、やっと腕がゆるんだ。見ると庭先に座る二匹の神獣は気まずげに視線をそらしていた。

 顔をあげたお館さまはにこにことご機嫌だった。そして碁笥のような器を取り寄せると、蓋をあけて中からきらきらする粒を取り出した。


「こうしてね」


 太白に投げる、と狻猊は器用に口で受け止めた。


「特別なご褒美にあげている星屑。有為もやってごらん」


 手に取ってみると宝石のようだ。こちらを期待の目で見つめている獬豸に投げてあげる。獬豸はうれしそうにぱくっと食べる。


「お前たちは白妙に入ることを許す」


 お館さまが二匹に言い渡すと二匹は頭を下げた。


 「たまに有為のところに遊びに行くだろうから、星屑をあげて。甘やかすとお仕事を怠けて、有為のそばに入り浸るかもしれないから、その時は叱ってね」


 お館さまがにっこりしてご機嫌をなおしてくれたので、二匹の神獣はあからさまにほっとしたようだった。お館さまが左手を振るとさっと翼を広げていなくなった。


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