~妻の家出先4~
分かってはいる。妻の家出は多分、いや、おそらくは俺のせいである。
理由は分からないのだが。思い当たる理由は長ネギを買って帰らなかったことくらいだ。
しかし、長ネギごときでなぜ異世界というかMMORPGの世界に家出するのはどういう事なのだろうか。
しばし考えてみるが、俺には長ネギと家出の関係性がまったく理解できない。
そもそも、不思議世界に家出する妻など前代未聞である。
そんな俺の思いとは裏腹にテレビ画面の妻は生き生きと魔法で敵をバッタバッタとなぎ倒していく。
やけに飾り気の多いその本(おそらくは武器アイテムの一種)を開いて、呪文を唱えては見たこともない獣やらふよふよしたスライムみたいなのを壊滅させていく。
テレビ画面をよく見てみると、妻の姿以外にもなにかしらのステータスが表示されている。
HPケージ、小さなマップ、良くわからないアイコン、チャット画面・・・などなど。
そして、一番下の方に時間の表示があった。
AM:2:45
嘘だろ。こんな時間に起きて、明日の会議に間に合うわけがない!
そして、妻の言葉が決定打となる。
「あ、そうだ。明日のお弁当はゆうくんが作ってね。雅ちゃんは自分で買えるけど、和穂ちゃんはまだお弁当だから。ゆうくんも自分のお弁当どうにかしてね」
ハートマークをつけて、妻はとんでもない事を言った。
俺に料理をしろと!?
明日の予定を考えて頭が痛くなりそうだった。
まず、和穂の弁当を作り、二人の娘の朝食を作る。和穂を保育園に送り、急いで会社へ向かう。
間違いなく、会議の資料の印刷はできない。
というか、会社に遅刻する。
俺は頭を抱えてその場にうずくまった。
悪夢だと言ってくれ。これが現実ではないと、誰か言ってくれ。
しかも、家に帰ってきても掃除洗濯料理と山済みの問題が待っている。
地獄だ。ここは正に地獄に違いない。
しかし、テレビ画面の妻は容赦なく現実的な事を突きつけてくる。
本人はファンタジーの世界にいながら、現実的な事を言うのだから余計にたちが悪い。
「あ、和穂ちゃんのお迎えは6時って決まってるから、厳守ね」
ドラゴンを一発の雷撃で仕留めながら、妻がそう言った。
やっぱり、俺の頭はどうにかなっているんじゃないだろうか。